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(イスタンブール)不安の政治が原因となり、2015年は世界各国の政府が人権状況を後退させたと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した『ワールドレポート2016』で述べた。

World Report 2016. Cover: Asylum seekers and migrants descend from a fishing vessel used to transport them from Turkey to the Greek island of Lesbos, October 11, 2015. © 2015 Zalmaï for Human Rights Watch

26年目の発行となる『ワールドレポート2016』(全659頁)で、ヒューマン・ライツ・ウォッチは90カ国以上の人権状況を評価した。序文でケネス・ロス代表は、中東を越えて広がるテロ、抑圧と紛争を原因とする大量の難民発生を受け、多くの政府が人びとの権利を抑制しているが、そうした方策は自国の治安を守るには見当違いだと指摘した。同時に、世界各地の独裁政権は、ソーシャル・メディアがたびたび盛り立て役となる非暴力の抗議活動を恐れ、近年で最も激しい弾圧を独立系団体に加えた。

「テロへの恐怖と難民の大量流入により、欧米では多くの政府が人権保護を後退させる方向に進んでいる」と、前出のロス代表は述べた。「このような後ろ向きの動きは、一般の人びとを守る効果のあることが示されないままに、あらゆる人の権利を脅かすものだ。」

シリア紛争は、過激派組織イスラミック・ステート(ISIS)の名による民間人への広範な攻撃と合いまって、ヨーロッパへの難民の大量流入の主因となっており、これによって不安を煽る動きとイスラム嫌悪が高まっていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。しかしヨーロッパ各国が国境閉鎖に動くことは、難民に住まいと保護を提供する用意がそれほど整っていない周辺国に問題を押しつけて、難民問題への自国の責任を狭めようとする古くからのやり方の復活である。難民の潜在的脅威を強調する動きはまた、自国内から発するテロの脅威に対処し、不満を持つ人びとの社会的周辺化を避けるために必要な措置を講じることから目を背けさせる効果を持っている。

米国の政策立案者たちは、テロの脅威を口実として、諜報機関が大規模監視を行う力を穏当に制限する最近の流れを逆転させようとしている。また英国フランスは、監視能力の強化をもくろんでいる。こうした動きが実現すれば、テロ抑止力の増大が一切証明されていないなかで、プライバシー権を著しく弱めることになる。実際にヨーロッパでの最近のテロ事件は、多くの場合、実行者が法執行当局に把握されていたにもかかわらず、警察側は人手不足で動向を追跡できていなかった。つまり必要なのは大量のデータではなく、標的となる人物を追跡する能力の強化であると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

「移民やマイノリティのコミュニティ全体に汚名を着せることは、それ自体が誤りであるだけでなく、危険でもある。一握りの人びとの行動を理由に集団全体を悪者呼ばわりすることは、まさにテロリストを集めようとする人びとにとって、格好の材料となるような分断と敵意を生むことになる」と、ロス代表は指摘した。

難民流入へのヨーロッパの対応も非生産的である。大半の難民申請者を、ぼろ船に乗って命がけでヨーロッパを目指さざるをえない状況に置くことで、テロリスト志願者がたやすく利用できる混乱した状況が生まれている。

「難民が安全かつ秩序だってヨーロッパに到着できるようにすれば、入管職員が治安上のリスクを排除し、すべての人にもっと安全な状況を作り出した上で、洋上で失われる人命を減らすことができるだろう」と、ロス代表は述べた。

民間団体がソーシャル・メディアの力を借りながら立ち上げた大衆運動は、多くの権威主義的な政権をおびえさせた。アラブ諸国での蜂起、香港の雨傘革命、ウクライナのマイダン運動を見た多くの権威主義的支配者は、人びとが集まって意見を表明することを阻止しようとした。

人権侵害を繰り返す政権は市民団体に大打撃を与えようと、その活動を制限するとともに、団体が必要とする海外からの資金援助を絶つ法律を成立させている。この点でロシアと中国は最悪の地位にある。ロシアでは政権に批判的な団体の活動が停止させられ、中国では人権派の弁護士と活動家が逮捕されている。これらの弾圧は数十年ぶりの激しさだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。トルコの与党は、政府を批判する活動家とマスコミへの厳しい弾圧を主導した。

エチオピアとインドは、国家主義的な論理にたびたび訴えており、海外からの資金援助を規制し、政府の人権侵害をモニタリングする独立した活動を妨害した。ボリビアカンボジアエクアドルエジプトカザフスタンケニアモロッコスーダンベネズエラでは、活動家の動きを抑え、独立系団体の活動を制約することを目的として、曖昧で過度に広範な規定をもつ法律を成立させている。西側政府は世界各地でのこうした脅威をなかなか批判しなかった。

このようにいくつもの形で人権が脅かされてきたものの、2015年には前向きな変化もあった。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)の人びとは、法による人権侵害や暴力的な攻撃に度々さらされているが、アイルランドメキシコと米国で同性婚の合法化を、またモザンビークで同性愛の被犯罪化を実現し、平等に向けて大きく前進した。国連人権理事会は72カ国の声明として、性的指向と性自認に基づく暴力と差別の撤廃に向けたコミットメントを確認した。

ビルマの画期的な総選挙は11月に無事行われた。ナイジェリアでは国民が野党への平和的な政権委譲を歓迎した。9月に国連は、今までにない、普遍的で人権に基づく意欲的な17の開発目標を採択した。男女平等の実現や、裁判を誰でも受けられるようにすることなどが目指されている。国連気候変動パリ会議(COP21)では、各国政府が気候変動への対応にあたり、とくに先住民、女性、子ども、移民、その他弱い立場にある人びとの人権を「尊重し、促進し、配慮する」ことが初めて合意された。

薬物使用に対する懲罰型アプローチの失敗を踏まえ、カナダチリクロアチアコロンビアジャマイカヨルダン、アイルランド、チュニジア、米国など多くの国で非犯罪化に向けた対話と取り組みが進んでいる。チャドの元独裁者イッセン・ハブレが1980年代に犯した人道に対する罪で、セネガルで訴追されたことは被害者たちに歓迎された。この裁判は、元国家元首が他国で裁かれた最初の例だ。

「国際人権法に記された見識は、自国の安全を引き続き確保し、自国民に最も効果的に資することを目指す政府にとって不可欠の指針となっている。私たちは危険を承知でそれを放棄しているのだ」と、ロス代表は述べた。

2015年の出来事:ビルマ(日本語)はこちら

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