要約
検察官の要求に応じるまで、基本的にあなたは人質にされているのです。これは、健全な社会における刑事司法制度のあるまじき姿です。
― 郷原信郎弁護士(元検察官)、2019年1月5日、
ジャパンタイムズでの発言より
中村氏の家族は日本の法制度への信頼を失った。税理士の中村氏は、2016年10月に詐欺の容疑で警察に逮捕されたとき、膵臓がんを患っていた。弁護人は、適切な治療が必要だと何度も保釈を請求し、がんが肺に転移し、血圧や血糖値が低下し、脳が正常に機能していないことなどを示す医学的証拠を提出した。
裁判所は、がんの転移という医学的根拠に基づく弁護士の保釈申請を、7回却下した。中村氏は2017年3月にようやく保釈された。第一審と控訴審では有罪が宣告された。氏は2019年5月、上告審の判決を聞くことなく息を引き取った。家族は、長期の拘禁と拘置所側が適切な医療を提供しなかったことが、氏の死を早めたと主張している。
A・トモ氏は2017年8月、生後1ヵ月半の息子を揺さぶり、脳に損傷を与えて死亡させたとして傷害致死の容疑で逮捕された。捜査当局は当初、揺さぶりが死因であるという十分な医学的証拠を氏に示さなかった。しかし、氏を逮捕するまでの約10ヵ月間にわたって、A・トモ氏夫妻の取調べを行った。氏は起訴前後合わせて約9ヵ月間の勾留で、検察官から、あなたか妻のどちらかが赤ん坊を殺したに違いないのだから、あなたが自白しなければ妻を起訴することになると告げられた。氏は自白を拒否したが、地裁は2018年11月に無罪判決を下し、2020年3月の控訴審判決も地裁判決を支持した。
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日本の法制度は、よく機能しかつ公平であると、国際的には広く評価されている。しかし、刑事司法制度を形作る法律や手続き、実務は、被疑者・被告人の権利を体系的に侵害している。問題はきわめて根深く、日本では批判的に「人質司法」と呼ばれるほどだ。捜査当局が、被疑者を自白圧力にさらしながら恣意的に長期間未決拘禁する(時には数ヵ月・1年以上に及ぶ)ことが多い現実を反映した表現だ。
この問題はきわめて広く知られており、日本語には、誤った嫌疑や訴追によって司法制度の犠牲者となることを指す「冤罪」という言葉があるほどだ。こうした裁判の誤りを扱う雑誌の宣言文は「冤罪」についてこう記している。
無実にもかかわらず犯罪者として扱われる冤罪。[…]たとえ無罪を勝ち取ったとしても奪われた時間は決して戻らない。そればかりか仕事や家庭や友人など、それまで築き上げてきた財産を完全に回復できるとも限らない。
本報告書は、元被拘禁者とその家族、弁護士、検察官、法律家への数十件のインタビューに基づき、日常的に行われている保釈申請の却下、被疑者から自白を引き出すことを目的とした拘禁、黙秘権の行使や弁護人との相談を希望した被疑者の取調べ、弁護人立会いのない取調べ、起訴前拘禁期間の長期化を目的とする再逮捕などについて、詳細を明らかにした。こうした人権侵害は、ほとんどの被疑者が収容専用の刑事施設に拘禁されるのではなく、食事時やトイレを含めてほぼ常時監視されている警察署内の留置場に拘禁されることで助長されている。
このような実務慣行は、個人に大きな苦痛をもたらし、誤った有罪判決を生み出している。国際的に保障された権利である、デュープロセス(適正手続き)と公正な裁判を受ける権利、及び残酷で非人間的で品位を損なう扱いを受けない権利を侵害するものだ。こうした権利の多くは、1946年に制定された日本国憲法によっても保障されており、そこには、すべての被拘禁者が直ちに弁護人に依頼する権利、適正手続きを受ける権利、自己に不利益な供述を強要されない権利などが含まれている。
保釈の否定
刑事司法制度の問題のはじまりは、起訴前の被疑者は保釈が申請できないこと、また起訴後でも裁判所が黙秘又は否認している被告人の保釈申請をしばしば却下することにある。
刑事訴訟法は、起訴前の被疑者を最大23日間拘禁することを認めている。第203条1項及び第205条1項によれば、検察官が被疑者を拘禁する必要があると判断した場合、逮捕から72時間以内に裁判官に勾留を請求しなければならない。起訴前の勾留期間は原則10日とされており(刑訴法208条1項)、やむをえない事由があるときに限り、さらに最大10日の延長ができるとされているにすぎないにもかかわらず(刑訴法208条2項)、裁判所は、10日間×2の勾留期間、つまり最大23日の身柄拘束を許すという実務運用をしばしば行っている。
日本も批准する、国連の「市民的及び政治的権利に関する国際規約」では、刑事上の容疑で逮捕または抑留された者は、「速やかに」裁判官の面前に連れて行かれるものとする。この国際規約の各国の遵守状況を監視する独立した専門家機関として、国際人権(自由権)規約委員会は、48時間が裁判官に引き合わせるのに通常十分な時間であり、それ以上の遅れは「絶対的に例外的でなければならず、また状況を勘案して正当化されるものでなければならない」としている。
刑事訴訟法は、起訴前勾留を命じた裁判官に保釈の権限を与えていない。勾留されていた被疑者が起訴され、保釈請求が可能になってからも、自白していなかったり、黙秘していたりすると、裁判官に保釈請求を認めさせるのはとても難しい。裁判官は、そのような被告人を「罪証隠滅のおそれがある」とすることが多い。こうして長期にわたる、不必要な未決拘禁が生じるのである。
多くの元被拘禁者や刑事弁護人がヒューマン・ライツ・ウォッチに語ったところによると、保釈申請の却下は、被拘禁者に自白を迫る目的で、また一種の報復として用いられている。
ミュージシャンの土井佑輔氏は、コンビニエンスストアで1万円を盗んだ容疑で逮捕され、保釈が認められず10ヵ月間勾留された。保釈申請は9回却下された。最終的には無罪となったが、逮捕前にレコード会社と交わしていたアルバム制作の契約は解除され、経済的にもキャリア面でも損失を被った。
弁護士で法学研究者(元早稲田大学大学院法務研究科教授)でもある高野隆氏は、被疑者は「真実を話せば」釈放されると言われるが、それは実際には「本当でも嘘でも自白しろ」という意味だと指摘する。ジェフリー・キングストン教授(テンプル大学ジャパンキャンパス・アジア研究学科ディレクター)はこう指摘する。「長期間の未決拘禁により、検察官は被拘禁者を孤立させ、自白するよう圧力をかけることができます。無実を主張する被拘禁者は、[有罪だという]自己暗示にかかるまで長期拘禁されます。自白を拒めば保釈は極めて難しいのです。」
保釈申請を妨げる再逮捕
検察や警察が権限を濫用して、実質的に同じ事件について新たな容疑で逮捕し、起訴前拘禁期間を最大23日とする法律上の制限を回避する方法を用いることがある。捜査当局は、起訴前拘禁期間が終了した時点で被疑者の取調べを終えることに法律上はなっている。しかし、改めて被疑者を逮捕することで、新たな起訴前拘禁期間を開始させると、取調べを継続できるのだ。最後の起訴前拘禁期間が終了するまで、被疑者は保釈の可能性がない状態に置かれ続けるのである。
検察官は、新たな容疑での逮捕を繰り返して、自白をさせようとする。再逮捕のたびに、起訴前拘禁期間がまた1日目から始まる。これを行うために、警察や検察は実質的に1つの事件を分割する。例えば、死体が発見された場合、被疑者はまず死体遺棄罪の容疑で逮捕され、23日後の勾留期限が近づくと、殺人の容疑で再逮捕されるというのがよくあるパターンだ。
こうした実務慣行は、被疑者に自白を迫るために使われる。ある人物は株価操縦の容疑で逮捕された後のことをこう語っている。
20日間の拘束の満期日の夕方に、保釈の通知が来て保釈されました。荷物(布団や衣服)を全て整理し外に出ました。そして拘置所から外に出てすぐ、そこにいた警察の人に再逮捕されました。その足で警察の留置場に連れていかれ、前回と同じプロセスが繰り返されました。検察官には、株価操縦が1年続いていたから、自白しないと2ヵ月ごとに分けて6回逮捕できるよと言われ、「お前は人間ではない」と怒鳴られました。
自白させることを目的とした人権侵害的な取調べ
最近では、被疑者への身体的暴力の報告はほとんどないが、日本の捜査員は、威嚇や脅迫、暴言、睡眠妨害などを用いて、被疑者に自白や情報提供を強要している。これは国際法が定める法的保護に違反しており、憲法の規定にも違反するものである。
日本国憲法は、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」と規定している。また、自白が「唯一の証拠」である場合には、何人も有罪にしてはならないと定めている。
日本弁護士連合会によると
日本の刑事司法制度においては[…]捜査官が供述者を威圧したり、利益誘導したりといった違法・不当な取調べが行われることがあります。そのうえ、公判において、供述者が「脅されて調書に署名させられた」、「言ってもいないことを調書に書かれた」と主張しても、取調べ状況を客観的に証明する手段に乏しいため[…]えん罪の深刻な原因となっています 。
しばしば、強要の結果として自白が生じているのは、未決拘禁が長期化し、弁護人が取調べに立会うことができず、裁判になればほぼ間違いなく有罪になるため、不任意の自白が起こりうる環境が作られているからだ。法律上は、自白の任意性を立証するのは検察官の役割だが、実際には、被告人自身が自白に任意性がなかったことを立証しなくてはならないのが実態で、これができなければ、任意性が認められてしまう状態だ。
家族等との接触の禁止
日本では、裁判所が「接見等禁止命令」を出すことができる。これもまた、被拘禁者に自白を促す圧力となっている。 この命令は日常的に出されており、被拘禁者が接見等をできる相手は弁護人に限られてしまう。家族を含む他の誰とも、会うことも、手紙をやりとりすることすら許されないのである。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのインタビューに応じた多くの人が、拘禁中に大きな不安を抱く理由として、こうした連絡が禁止されることを挙げている。
2015年、N・カヨ氏は詐欺を共謀した容疑で逮捕された。2008年2月から2011年10月まである会社で秘書として働いていたという。2008年12月、その会社の社長から、後任が見つかるまで上司が経営する別の会社の社長を一時的にやってほしいと頼まれた。氏は、その会社に実態がないことや、その上司が過去にブラックリストに載っていて融資を受けられないことなどを知らなかったという。逮捕・勾留された後、裁判官は罪証隠滅のおそれがあるとして接見禁止命令を出した。氏は1年間、弁護人以外の人と面会することができず、手紙も受け取ることができず、成人した2人の息子には裁判長の許可を得てしか手紙を書くことができなかったという。氏はこう述べた。
東京拘置所に移動した後、2016年4月から2017年7月まで「鳥かご」(独居室)でした。とても寒くて、野原に布団を敷いて寝ているようでした。初めてしもやけになりました。声を出すのは1日2回、朝と夕方の点検の時に自分の番号を言うだけ。声が枯れて出なくなりそうでした。逮捕から1年後に接見禁止がとれました。でもその後も独居室のままでした。
N・カヨ氏は、自分がなぜ独居室に入れられていたのかわからないという。警察は息子たちにも自白を強要するような取調べをしたという。そして長い裁判の過程は、経済的困難を深刻化させた。N・カヨ氏には懲役3年の実刑判決が下った。
責任を問われない検察官
日本の刑事司法制度では、検察官の権限は広範であり、往々にしてチェックを受けない状態である。弁護士や学者は日本の刑事司法制度をしばしば「検察官司法」と呼ぶ。多くの国と同じように、検察官は公訴権を独占している。しかし、裁判官の公訴棄却権は極めて限定されており、形式的な誤りがあるなどの場合を除き、検察官の反対を押し切って行われることはまずない。
最高裁判所の2021年の統計によると、起訴有罪率は99.8%であるため、起訴するかどうかの判断は非常に大きな意味を持っている。刑事法学者である笹倉香奈教授(甲南大学法学部)は、裁判はしばしば 「検察の判断を追認する儀式 」に成り下がっていると述べる。
検察は、捜査や捜査で得た情報の使用について大きな権限をもつ。近年の改革にもかかわらず、検察官は、重要な証拠でも、裁判所に証拠として提出しないかぎり、被疑者・被告人側に対して、また公判の場で、見せないでおくことができる。近年の改革で導入された証拠開示にかんする改正はその例外だが、裁判官が公判前整理手続や期日間整理手続に付すことを決定した少数の事件(裁判員裁判に付される事件を含む)にしか適用されない。こうした手続きでは、裁判官と検察官、弁護士が争点や取り調べるべき証拠、裁判の進め方などを協議する。
公判前整理手続等に付される一部の事件においても、検察官はすべての証拠を開示することを義務付けられていない。そうした場合には、実務上は、個別具体的な証拠を被告人、弁護人が特定した場合、公判の証拠調べ段階に至ってから、裁判所による訴訟指揮権の発動によって検察側の手持ち証拠の個別開示が認められることがあるのにとどまる。これは長いプロセスであり、1年以上かかることもある。
検察官は、被疑者の供述内容とは異なる調書を作成することもある。虚偽の調書への署名を拒む被疑者が多くいる一方で、圧力に負けて、また混乱から署名してしまう人もいる。
重要なのは、検察官が被疑者の勾留を請求した場合には、まず却下されないことだ。最高裁判所によると、2020年には検察官請求の94.7%が認容された。勾留中は、要求された勾留期間に必然性があるかなど、捜査機関に対する司法の監視は最小限だ。
代用監獄制度
日本の刑事訴訟法では、検察官が被疑者を拘禁する必要があると判断した場合、被疑者を逮捕後72時間以内(送検から24時間以内)に勾留請求しなければならないと定めている。勾留請求が認められた場合、被疑者は法務省が管轄する収容専用の刑事施設に送られると定められている。
しかし、実際には起訴前に収容専用の刑事施設(拘置所)が使用されることはほとんどなく、捜査官が所属する警察署にまずは相当期間勾留されるのが通常である。多くの場合、被疑者が警察署から拘置所に移されるのは起訴後であり、起訴前に取調べできる期間が終わってからだ。こうした実務慣行は一般的に「代用監獄」制度(近年は「代用刑事施設」とも言われる)と呼ばれている。
2018年、国連自由権規約委員会は、日本の定期報告に対する総括所見で、代用監獄が「自白を得ることを目的とした長時間の取調べや、人権侵害をもたらす取調べ方法が用いられるおそれを強めるもの」と指摘し、廃止を勧告した。
不十分な医療体制
日本の刑事施設での医療は人員が不足し、過密状態にある。2003年には316人だった刑事施設の常勤医師は、2013年には約260人となり、法務省が必要と定める332人をはるかに下回っている。
日本政府は、1979年に批准した「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」に基づき、政府に拘禁されているすべての人に対して保護と医療を提供する国際法上の義務を負う。また、国連の「被拘禁者処遇最低基準規則」(ネルソン・マンデラ・ルールズ)は、「被拘禁者は地域社会において利用可能なものと同水準のヘルスケアを享受」しなければならないと規定している。
不十分な改革
日本の刑事司法制度を改革しようとするこの20年の試みは、根本的な問題に対処できないままだ。2004(平成16)年の刑事訴訟法改正では、検察による証拠開示が拡充されるとともに、重大犯罪の被疑者が起訴前に国選弁護人を利用できるようになった(被疑者国選弁護制度の導入)。しかし、一連の改革は、捜査過程における体系的で広範な問題を解決するものではなかった。笹倉香奈教授はこう指摘する。
被疑者やその弁護人、そして司法に不利益をもたらす検察による刑事手続の支配(一般的に「検察官司法」と批判されています)を含む、日本の刑事手続の主要な問題点はそのまま残されました。手続きはいまだ透明性に欠けています。そして、公開の法廷ではなく、弁護人のいない、閉ざされた取調室において事件がどのように扱われるかが決定されています。
国民の司法参加を強めるため、2009(平成21)年5月に司法への市民参加の制度である「裁判員制度」が施行された。現在、死刑または無期の懲役・禁錮に当たる重大犯罪や、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件では、一般市民から選任された6人の裁判員が、3人の職業裁判官と一緒に裁判を担当する。裁判員は事件審理を行うが、起訴には関与しない。
2016(平成28)年5月の刑事訴訟法改正では、重大犯罪と特捜事件について取調べの録音・録画が義務化された。しかし、日本弁護士連合会の集計によると、取調べの音声と動画での記録が法律上義務化されているのは、刑事事件全体の3%にも満たない。 特に問題なのは、証人や逮捕されていない被疑者の取調べでは、指定されたカテゴリーの事件であっても録音・録画しなくてよいことである。
国連からの批判
2013年、国連拷問禁止委員会は、弁護人の立会いなく得られた自白が有罪判決を得るために使用されていることに懸念を表明した。また、同委員会は、新たに改定された国連の被拘禁者処遇最低基準規則(ネルソン・マンデラ・ルールズ)に沿って、刑事施設の環境を改善するよう勧告した。
2020年11月、国連の恣意的拘禁作業部会は、カルロス・ゴーン被告(資金不正流用や詐欺などの容疑で逮捕された外国人経営者)の主張を受けて、ゴーン被告の逮捕・勾留のプロセスは、自由の回復や、弁護人との自由な連絡など公正な裁判を受ける権利の享受を妨げ、根本的に不公平であるとの見解を示した。この意見書は「独房拘禁、運動不足、照明の常時点灯、暖房のない環境、家族や弁護人との接触が制限されたこと」により、ゴーン被告の防御権が侵害されたとしている。
これに対し、日本政府はこの意見を「到底受け入れられない」とし、次のように述べている。
我が国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保障しつつ、事案の真相を明らかにするために、適正な手続を定めて適正に運用されている。また、刑事施設における処遇も、未決拘禁者の人権を尊重して運用されている。
2014年、国連の規約人権委員会は、日本政府に対し、起訴前期間について保釈などの勾留の代替手段を提供することや、取調べ時に弁護士が立会う権利を提供するよう勧告した。
また、自由権規約委員会は代用監獄の廃止を求めた。しかし、 政府の回答は、委員会が指摘した根本的な問題に対処するものではなかった。
警察留置施設での被疑者の勾留は、家族が被疑者に面会したり、弁護人が被疑者に定期的に面会したりする上できわめて便利なものであった。警察署内の留置施設の使用を禁止することは現実的ではなかった。被拘禁者は刑事施設視察委員会に申し立てることができた。拘禁された被疑者は、みずからの防御のために弁護人を選任できることをつねに直ちに告知されていた。弁護人を雇う金銭的な余裕がない場合は、裁判所が弁護人を選任することになっていた。
主な提言
法務省・検察庁に対して
- 刑事訴訟法第89条4号の誤った運用を止めること。この規定は保釈の例外として「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」の存在を認めているが、そのような証拠がない場合にも日常的に使用されている。
- 実質的に同じ事件を分割して逮捕を繰り返す実務慣行を廃止すること。
- 身体拘束されたすべての被疑者に対して、秘密を保持しながら弁護人に速やかにアクセスできるようにすること。
- 全被疑者が、取調べ全過程で弁護人立会いを受けられるようにするための指示を発すること。
- 接見等禁止を請求する基準を見直し、被疑者・被告人が逃亡や証拠の隠滅を計画していることを示す十分な証拠がある限られた場合にのみとすること。
- 警察及び検察官が確実にかつわかりやすく被疑者に黙秘権を告知すること及び、被疑者が黙秘権を行使した場合には取調べを終了し、黙秘権を保障すること。
- 自白をしていない被告人による保釈申請に原則として反対する姿勢をやめること。
国会に対して
以下の通り、既存の法律の改正、または新法を制定すること。
- 判決前に個人が拘束されることは、原則ないようにすること。起訴前拘束中に保釈を申請する権利を導入し、保釈に関する規定を、無罪の推定と個人の自由に関する国際基準に沿って改正すること。被告人が罪証を隠滅しそうであると示すしっかりした証拠がない場合でも、広く保釈申請の却下を認めている刑事訴訟法第89条4号を改正すること。検察官は、裁判官の保釈決定に不服申立はできないものとすること。
- 身体拘束中の全被疑者が、取調べ中のすべての場合を含め、秘密を保持した状態で弁護人にアクセスできるよう、明示し、制度化すること。
- 当該接触によって真の保安上の危険が生じる限られた場合を除き、接見等禁止命令を廃止すること。
- 被拘禁者が、憲法上の権利である黙秘権を告知され、その権利が現実に尊重されるようにすること。被疑者が黙秘権を行使した場合には取調べを終了することを義務付け、黙秘権を保障すること。被疑者・被告人には取調べを受ける義務がないと認めること。
- 「人質司法」による冤罪の疑いがある場合には、独立した調査委員会を設置すること。
最高裁判所に対して
- 「人質司法」による冤罪の疑いがある場合には、独立した調査委員会を設置すること。
調査方法
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2020年1月から2023年2月にかけて、栃木県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、京都府、大阪府、愛媛県の8つの都府県で本報告書のための対面及びオンライン調査を行った。取調べや起訴を受けていたか、過去に受けたことのある30人にインタビューを行った。また、弁護士や研究者、ジャーナリスト、検察官、取調べを受けたり起訴されたりした経験を持つ人の家族など26人にもインタビューを行った。
今回の調査は、日本の刑事司法制度における適正手続きと公正な裁判の侵害に焦点を当てた。本報告書は、日本の刑事被告人が直面する人権侵害を網羅的に調査したものではない。司法制度の大きさに鑑み、包括的な調査を行うことはしなかったが、被告人や弁護士、研究者からの指摘を踏まえ、大きな流れと主要な問題を明らかにした。ヒューマン・ライツ・ウォッチが入手した個人の証言は、報道や公式文書、国内の人権団体などによって裏付けを行った。
インタビュー回答者には金銭的な報酬は一切支払っていない。インタビューは日本語または日英同時通訳により実施した。インタビューのうち4回はオンラインで行われたが、残りは対面で実施した。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査員は、調査目的及びインタビュー回答者の証言の本報告書や関連資料での使用方法について、事前に日本語で説明を行ってインタビュー回答者全員から承諾を得ている。インタビュー対象者はインタビューをどの時点でも中断することができ、また答えたくない質問には答えなくてよいとの説明を受けている。
本報告書では、匿名を希望したインタビュー対象者については仮名で表記している。
I. 日本の刑事司法制度
日本の刑事司法制度は、第二次世界大戦後の1946年に制定された日本国憲法の理念に基づいて確立された[1]。制度の概要は次の通りである。
裁判制度
日本の刑事裁判制度は三審制である。第一審は、起訴された罪の刑罰の重さに応じて地方裁判所または簡易裁判所となる。簡易裁判所は、罰金以下の刑などに当たる軽微な犯罪を担当する。原則として高等裁判所が第二審である。そして最高裁判所が最終審となる[2]。地方裁判所では、1人の裁判官が判断を下すが、重大犯罪などでは3人の裁判官による合議制がとられる。
2009年5月、殺人罪、傷害致死罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪などの重大犯罪を対象とした「裁判員制度」が施行された。この制度では、職業裁判官3人と一般市民から選ばれた裁判員6人からなる合議体が、事実認定と量刑を行う。裁判官と裁判員は証拠調べを行い、有罪の場合には量刑の判断を行うが、法解釈に関わる事柄は職業裁判官が担当する[3]。司法への国民参加が導入された背景には、司法制度が政府に支配されているとの批判があり、その目的は “reposition the public as actors, not bystanders, in governance”(国民を統治の傍観者ではなく、統治主体として位置づけ直す)ことにある[4]。
裁判員が参加した合議体が判断を示すには過半数の賛成があればよい。ただし、有罪判決を下す場合には、裁判官と裁判員のそれぞれ1人が過半数の意見に含まれなければならない[5]。
被告人や検察官が第一審の裁判所の判決に不服がある場合には、判決を覆すために第二審の裁判所に控訴できる。刑事事件の控訴審は、すべて高等裁判所の裁判官3人による合議体で扱われる。第二審への控訴は、訴訟手続きの法令違反、法令適用の誤り、量刑不当、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認などを理由として行うことができる[6]。
最高裁判所への上告は、憲法の違反があることまたは憲法の解釈に誤りがあること、または最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと、最高裁判所の判例がない場合には高等裁判所の判例と相反する判断をしたことのみを理由として行うことができる[7]。
捜査
刑事手続の第一段階は捜査である。一般的に、犯罪の種類や性質に応じて、被害者、目撃者、または警察がその端緒となる[8]。
主たる捜査当局は司法警察職員と検察官だ。一般的には、警察官が一次的な捜査を行う。その後、検察官が事件を検討して立証の可能性を評価し、補充的な捜査を行う。しかし、政治家絡みの汚職事件、企業犯罪等については、検察庁自ら検挙摘発して「独自捜査」を行うこともある。検察庁の独自捜査は、東京、大阪及び名古屋の地方検察庁におかれている特別捜査部(特捜部)を中心に行われているが、それ以外の地方検察庁でも行われている[9]。
「検察官司法」
日本の法律家や法学者は、刑事司法制度を「検察官司法」と呼んでいる[10]。これは、検察官が広範でしばしば歯止めのない権限を持っているとともに、裁判官から長期間の勾留をしばしば取り付けて被疑者を取調べているが、多くの場合、裁判所から最小限の監督しか受けない現状を指している[11]。検察官による勾留請求が却下されることはほとんどない。最高裁判所によると、2020年には検察官の請求の94.7%が認められた[12]。まれに請求が却下されても、検察官は準抗告を申し立てることができる[13]。
多くの国と同様に、検察官は事件を起訴するかしないかを決定する権限を独占している[14]。裁判を受けた被告人のうち有罪判決を受けた者の率(有罪率)が99.8%であることを考えると[15]、起訴するかどうかは、刑事裁判の流れで最も重要な判断だ。そのため、裁判は「検察官の判断を追認する儀式」とも言われている[16]。
刑事訴訟法第247条は「公訴は、検察官がこれを行う」と定める[17]。起訴・不起訴を判断する検察官の裁量は広い。たとえ根拠のある嫌疑があり、被疑者が有罪であると判断したとしても、検察官は起訴を猶予することができる。検察官は「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」など、様々な要素を考慮して起訴するかどうかを判断する[18]。
検察官は、捜査中に得た情報の使用についてかなり大きな権限を持っている[19]。 近年の改革にもかかわらず、検察官は、起訴後には弁護人に対して、裁判では公衆に対して、重要な証拠を開示しなくてもよいのが原則だ。一連の改革で証拠開示のあり方が見直されたものの、裁判官が公判前整理手続や期日間整理手続に付すると決定した裁判員裁判事件などの一部の事件にしか適用されない。こうした手続きでは、裁判官、検察官、弁護人が争点、調べるべき証拠、公判手続の計画を協議する[20]。
このような手続きに付された少数の事件でも、検察官には証拠を完全に開示する義務はない。開示しなければならないのは、検察官請求証拠の証明力を判断するために重要な証拠のほか、被告人または弁護人の証明予定事実/主張に関連する証拠に限られる。この手続きは長期に及ぶことが多く、1年以上かかることもある[21]。
検察官は、被告人や証人の供述を自分の言葉で作文し、より強い事件として提示するために供述を変えたり、装飾したりする。こうして作り上げられた供述に署名することを拒む被疑者が多い一方、圧力や混乱に負けて署名してしまう人も少なくない[22]。
2011年に最高検察庁が全検察官を対象に行った意識調査では、「取調べについて、供述人の実際の供述とは異なる特定の方向での供述調書の作成を指示されたことがある」という問いに対し、肯定的に「大変良く当てはまる」(6.5%)または「まあまあ当てはまる」(19.6%)と回答した検察官の割合は合わせて4分の1を超えた[23]。取調官が作成する自白調書は、取調べの際に被疑者に署名のために提示される。弁護人は、被疑者が供述調書への署名をする時点も含め、取調べの過程に立会うことができない実務となっている[24]。 この刑事司法制度では、裁判を受ける人の圧倒的多数が有罪になっているため、検察官には有罪にするプレッシャーがかかっている。この2011年の調査では、「自分が起訴し又は公判を担当した事件が無罪になると、自分のキャリアにとってマイナスの影響があると感じる」という問いに対し、3割以上の検察官が「大変良く当てはまる」(8%)または「まあまあ当てはまる」(22.8%)と回答した[25]。
検察官は、日本の刑事司法制度の要であるだけでなく、立法過程にも大きな影響力をもつ。日本の刑事司法制度を研究するデイヴィッド・T・ジョンソン教授(ハワイ大学マノワ校社会学部)は「法務省の主要ポストの大半に検察官が就いているので[また、日本の法律のほとんどが内閣によって提出されているため、たいていの場合]、法律の制定と改正に大きな権限を持つ官僚が、その法律を被疑者に適用するのと同じ役人だということになる」と指摘する[26]。 そのため、刑事司法、特に捜査に関する法律を改正して、検察官の権限を制限することは極めて困難である。
検察官はしばしば捜査資料を独占的に使用できる。弁護人は、逮捕・勾留された被疑者と話はできても、被疑者や証人、被害者の供述調書、専門家の意見書や鑑定書などを含めた捜査報告書、その他公判に提出されない証拠については、検察官がみずからの主張を裏付けるためにこれらの証拠を裁判所に提出することを選択するまで、そしてそうしない限り、開示を受けられないのが原則だ[27]。刑事弁護を専門とする和田恵弁護士はこう語る。
検察官が持っている証拠にアクセスできないため、弁護人は十分に反論を準備できません。私は、日本旅行中にコカイン使用で起訴されたイギリス人の弁護を担当しました。その際、検察は鑑定書について、実際には鑑定が終わっていたにもかかわらず、鑑定未了であると、裁判所に虚偽を申告しました。しかし、弁護人は資料にアクセスできなかったので、適切に反論することができませんでした[28]。
ぜい弱な裁判所
日本の裁判所は立場が弱く、検察の主張に挑もうとしないため、有罪率が極めて高い結果となっているとの批判が広く行われてきた[29]。弁護士の間では、裁判官は検察官に異議を唱えたがらないという認識が大きく浸透している。現在、刑事裁判を受けている、あるいは過去に受けたことのある人にインタビューしたところ、裁判官は弁護側の主張よりも検察側の主張をもっと重視していたと述べた人が複数いた。元検察官の郷原信郎弁護士はこう語る。
日本では有罪率が極めて高いので、被疑者が有罪になるか無罪になるかを検察官がほとんど単独で決定しているといえます。たとえ検察官が被疑者を誤って起訴したとしても、その判断を裁判で覆すのは並大抵のことではありません。無罪主張に真剣に向き合う裁判官は少ないのが現実です。冤罪はこうして生じるのです[30]。
検察官が優遇されている例として、メディアへの情報提供の基準が被告人側とは異なることが挙げられる。
弁護人が公判前の証拠開示で得た情報を共有することは禁じられている[31]。2004年の刑事訴訟法改正では、弁護人の証拠開示請求権が規定されたが、弁護人は開示された証拠を公判の準備以外の目的で他人に提供してはならないと定められている[32]。一方、国家公務員法100条は秘密を守る義務を定め、1項は「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする」と規定している[33]。 それにもかかわらず、捜査側はしばしばメディアに情報を流している。
検察官の裁量権はチェックなしの状態であり、また有罪率が高いために、検察官は刑事司法制度で裁判官よりも重要な位置を占めているといえる。基礎法学が専門のコリン・ジョーンズ教授(同志社大学司法研究科)はこう指摘する。
法務省のトップは事務次官ということになっているが、実際には、検事総長や複数の検察最高幹部に年功面でも給与面でも劣っており、また、他の多くの高級官僚とは異なり、検察幹部[検事総長、次長検事及び検事長]は内閣が任免し、天皇が認証することになっている[34]。
元最高裁判所調査官で大阪高等裁判所判事を務めた瀬木比呂志教授(明治大学法科大学院)によれば、「日本の裁判官の実態は、『すべて裁判官は、最高裁と事務総局に従属してその職務を行い、もっぱら組織の掟とガイドラインによって拘束される』ことになっており」「判決や論文等でそれなりの(つまり、最高裁が暗黙の内に公認している方向と異なった)意見を表明してきたような人物であると」、人事や昇進で不利益を被ることになる[35]。
俯瞰的視点からすれば、裁判所が捜査と訴追を行う捜査機関に従うのは、政府に同調しており、自らを真に独立した政府機関とは見なしていないことの反映といえる。
公式には、すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、憲法及び法律にのみ拘束されるとされる[36]。しかし、実際には、裁判官の独立性は制限されている。昇進、懲戒、給与、配属などを最高裁判所が統制しているためだ(裁判官がどこの裁判所に配属されるかも、厳格に管理された階層的な官僚制度の一部である)。
下級裁判所の裁判官は最高裁判所事務総局の監督下にあり、事務総局から役職と給与を割り当てられている。下級裁判所の裁判官は、最高裁判所からよい役職を割り当ててもらうために政府に従うこともしばしばだ。
政府は最高裁判所について長官を含む判事を任命する権限を持っている[37]。
最高裁判所は違憲立法審査権の行使にとても後ろ向きだ。過去75年間で、最高裁判所が違憲判断を示した法律は11件しかない。まれに裁判所側がこの権限を行使したとしても、政府や国会がその命令に従わないことがある[38]。
2006年、矢口洪一元最高裁判所長官は、日本の司法の独立性と権威について次のように述べた。
皆さんは、戦後の裁判所をご覧になって、「違憲立法審査権をもっと行使すべきだ」とおっしゃるけれども、今まで二流の官庁だったものが、急速にそんな権限をもらっても、できやしないです。[…](しかし)これからは「闘う司法」でなければ駄目です。それが今後の司法だと思う[39]。
歴史的に見ても、検察と司法の関係は非常に密接である。近年、両者の分離を進めようとする試みがなされている。国連の「検察官の役割に関するガイドライン」は、検察官は司法の役割から厳密に分離されるべきだとする[40]。現在の日本の体制ではそれができないと弁護士や専門家は考えている。笹倉教授によれば、検察官は一般的に1つの裁判所・裁判体に配属されるため、裁判官と検察官の間には、弁護人よりも、親密さや関係性が生じやすいという[41]。
東京在住のある検察官は、匿名でヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取り調査に応じ、こうした見方に強く反論し「近年、関係は変わってきた」と語った。
過去20年ほどの検事生活で、裁判官と2人きりで食事をしたりお酒を飲んだことはありません。そしてこの15年の間、弁護人不在で、裁判官と事件について話をしたこともありません。今の制度は過去より透明性が高いです。以前は、裁判官が短期間だけ検察官を務めたり、その逆もありましたが、この15年でそのような習慣はなくなりました。しかし、裁判官は今でも、法務省の中の検察庁以外の、刑事局や民事局、人権擁護局といった部署の職員になることができます[42]。
近年の改革
2004(平成16)年の改革
日本ではこの20年間に刑事司法にかかわる大きな司法制度改革が2度試みられた。1回目は、1999(平成11)年に内閣に設置された司法制度改革審議会が、2001(平成13)年6月に内閣総理大臣に提出した提言によるものである[43]。 法科大学院の導入、民事訴訟での紛争解決手段の多様化、重大犯罪についての裁判員制度の導入などが提言された。2004(平成16)年5月、国会で「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立した[44]。2009(平成21)年5月、裁判員制度が始まった。この法律では、検察側と弁護側の証拠開示の要件が拡大された。
また、2004年の刑事訴訟法改正により、死刑または無期の懲役などに当たる重大犯罪や、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件について、被疑者が起訴前に国選弁護人を利用できるようになり、適用範囲は2018(平成30)年にはすべての勾留請求事件に拡大された。しかし、弁護人が取調べに立会う権利はいまだに認められていない。以前は、国選弁護人を依頼できるのは起訴後に限られていた[45]。
弁護士や法学者のあいだには2004年の改革を歓迎する声もあった。裁判員制度によって司法制度への国民参加が促進され、司法官僚制(judicial bureaucracy)の意思決定の硬直性が緩和された面もある[46]。
しかし、職業裁判官の合意なしには判断が下せないため、刑事事件で示される判決のあり方には根本的な変化がないという批判もある。また、証拠開示にかんする改正は主に裁判員裁判にしか適用がない。コリン・ジョーンズ教授は、裁判員制度を「裁判官がこれまでよりも批判されずに同様の判決を出し続けるために存在している」とする[47]。
おそらく最も重要な点は、2004年の改革が、捜査過程における体系的かつ広範な問題に対処できなかった点にある。笹倉教授はこう指摘する。
被疑者やその弁護人、そして司法に不利益をもたらす検察による刑事手続の支配(一般的に「検察官司法」と批判されています)を含む、日本の刑事手続の主要な問題点はそのまま残されました。手続きはいまだ透明性に欠けています。そして、公開の法廷ではなく、弁護人のいない、閉ざされた取調室において事件がどのように処理されるかが決定されています[48]。
2016(平成28)年の改革
2004年の刑訴法改正後、冤罪及び捜査段階の不正事件が複数発生し世間の耳目を集めたことで、より包括的な改革の必要性が認識されるようになった。2007年には、特に2つの冤罪事件が耳目を引いた。富山県で起きた氷見事件では、柳原浩氏が自白に基づいて2件の強姦事件で有罪判決を受けた。3年の実刑判決を受けた氏が出所した2006年になって、別の事件で逮捕された真犯人が犯罪を自白した。氏は2007年に再審無罪となった[49]。
鹿児島県で起きた志布志事件では、立候補者が村民に焼酎や現金を配るなどし、多くの高齢者を含む十数名の市民が、公職選挙法違反という軽い罰金刑が見込まれる罪で起訴され、最大395日拘束された。後日、捜査当局による架空の事件であることが判明した。しかし、自白した者はすぐに釈放される一方で、否認を貫いた者は何度も保釈を請求してようやく認められた。最終的に鹿児島地方裁判所は検察の訴えを退け、全員に無罪判決が言い渡された[50]。裁判中に1人が亡くなり、自殺未遂者もでている[51]。報道によると、警察はある女性に窓から叫んで自白するよう命じたり、ある男性には親族の名前を書いた紙を踏み字させたりしている[52]。被告全員を無罪とした判決では、虚偽の自白が生まれた原因として「連日のように極めて長時間の取調べを受け、取調官から執拗に追及された」ことがあると認めている[53]。
厚生労働省の局長だった村木厚子氏は、2009年に郵便割引制度をめぐる虚偽有印公文書作成・同行使の罪で起訴された際、仮に有罪となってもまず執行猶予付きの判決が見込まれていた事件であるにもかかわらず、勾留は5ヵ月以上に及んだ[54]。 検察は、村木氏の部下である職員が、同氏の指示で証明書を偽造して発行したと主張した。氏の保釈申請は3回も却下され、勾留は164日間続いた[55]。 しかし、氏は一貫して無実を主張し、後に無罪判決を受けた[56]。 なお、この事件では大阪地方検察庁特別捜査部の検察官が、証拠改ざんで後に有罪判決を言い渡されている[57]。
冤罪や検察官の不祥事への世論の反発を受けて、法務省は検察庁のあり方を検討する委員会を設置した。この「検察の在り方検討会議」は2011(平成23)年3月に最終報告書を発表し、法務省は法制審議会に特別部会を設置した。
この法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会には「時代に即した新たな刑事司法制度を構築する」ための提言作成が諮問された[58]。同特別部会は2014(平成26)年7月に「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果」を提出した。2016(平成28)年6月に、提言に基づく法案が国会で可決され、2019年6月に新規制が施行された[59]。 2016(平成28)年の改革では、刑事訴訟法に5つの大きな変更が導入された。
- 特定の事件での取調べの録音・録画の義務化
- 検察官と被疑者・被告人との間の司法取引(協議合意制度)の導入
- 捜査手段として司法が認める通信傍受の対象犯罪の拡大
- 証拠開示制度の拡充
- 犯罪被害者等・証人の保護措置
これらの改革が刑事司法制度の改善に及ぼした効果は、限定的なものにすぎなかった。取調べの録音・録画が義務付けられているのは、裁判員裁判の対象となる重大犯罪、特捜事件、被疑者に知的障害がある事件に限られており、刑事事件全体の3%しかない[60]。
また、逮捕前の被疑者や参考人への取調べには録音・録画が義務付けられていない。司法取引は、第三者が捜査協力する場合に限られており、被疑者の刑罰の軽減等に結びつく自己負罪型の取引は認められていない[61]。
また、2016年の改革では、裁判官の令状があれば被疑者の通信を傍受できる犯罪の対象範囲が拡大され、爆発物取締罰則、現住建造物等放火、殺人、傷害、逮捕及び監禁、未成年者略取及び誘拐、人身売買、強盗、詐欺、児童買春、児童売春・児童ポルノ禁止法(児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律)違反などが含まれるようになった[62]。 当該犯罪が数人の共謀によるものと捜査員が判断した場合にのみ通信傍受令状を請求できるとされる。
重要な改正点は、通信傍受が行われる通信施設を管理する通信管理者等の立会いが不要になったことである[63]。 裁判官の令状に基づく盗聴の範囲を広げること自体は、必ずしも問題ではない。 しかし、ただでさえ検察官が強大な権力をもつ検察制度があるなかで、捜査・訴追の不正に歯止めが効かなくなる可能性が広がったといえる。
証拠開示の拡充と犯罪被害者等・証人の保護措置の拡充は強く求められていた。2016年の改革では、裁判所が公判前整理手続・期日間整理手続に付した一部事件については、被告人又は弁護人から請求があった場合は、検察官が保管する証拠の一覧表の交付が義務付けられた[64]。ただし、弁護人が開示請求できる証拠は、刑事訴訟法で定める一定のカテゴリー(類型証拠、主張関連証拠)に該当するものに引き続き限られる[65]。それ以外の証拠については、検察官が任意に証拠を開示しない限り、弁護人がアクセスすることはできない。
そのほか、証人に危害が加えられるおそれがあると判断された場合の保護措置、証人の氏名等を被告人に知らせてはならない旨の条件を付して弁護人に開示する措置又は氏名に替わる呼称等を開示する措置なども盛り込まれた。弁護人は、情報をこのように開示しないことに対し、被告人の防御に実質的な不利益を生じるおそれがある場合は、異議を申し立てることができる[66]。
笹倉教授も多くの専門家と同様、2016年の改革に失望している。「結局、今回の改革の重点は、自白や供述の利用を制限することではなく、検察が自白や供述を得るための新たな方法を生み出すことにあったのです。[67]」
2020(令和2)年の改革の試み
捜査当局は2018年11月19日、カルロス・ゴーン日産自動車会長(当時)を金融商品取引法違反容疑で逮捕し、12月10日に起訴した。ゴーン氏が保釈されたのは最初の逮捕から108日目のことだった。ゴーン氏の制限住居の玄関には監視カメラが設置されていたが、2019年12月に日本からレバノンに逃亡した。
ゴーン氏の拘禁をきっかけに、日本の「人質司法制度 」に内外から改めて注目が集まった。こうした国際的な批判もあって、森雅子法務大臣(当時)は法務省に「法務・検察行政刷新会議」の新設を指示した[68]。この委員会には、複数の弁護士、複数の法学者、複数の民間代表、元裁判官1人、元警察官1人、元検察官1人などが参加し、2020年7月に審議が開始された。委員会の任務は、検察の綱紀粛正、検察・法務行政の透明化、そして国際社会から見た刑事手続全般の見直しを検討することであった[69]。
日本の刑事訴訟手続きを国際基準に適合すべきとの発言は多くなされた。具体的には、被疑者取調べへの弁護人立会いの導入の必要性が強調され、刑事訴訟法の改正がなされる前の段階でも、この点について早急に運用を開始/試行することが求められた。他にも、取調べの録音・録画の対象範囲を拡大して全事件で全過程の録音・録画を義務付けるべきことや、被告人が否認し又は供述を拒否したこと等を保釈の判断の際に不利益に考慮してはならないとすることなどの提言がなされた[70]。
しかし、法務省の会議のメンバーは、法務省が事実上選ぶことから、同会議には、警察OBと検察OBのメンバーも選任された。その2名を中心に、刑事手続改善が必要ではないとの意見、そして、法務大臣の諮問にもかかわらず、刑事手続については検討すべきでないという意見までが展開された。こうした抵抗に対して、当時の森雅子法務大臣は、「刑事手続に関する御議論については、この場で議論することをちゅうちょされている御意見もお見受けいたしましたが、国際社会と向き合ってきた法務大臣としましては、カルロス・ゴーン被告人の逃亡事件以前から、日本の刑事手続制度に対する国際社会又は国民からの御批判があることは事実であり、そのことを真摯に受け止めなければならない」と同会議で述べて反論した[71]。
森雅子法務大臣は、2020年9月に安倍内閣の総辞職に伴い、法務大臣を辞任した。同委員会は2020年12月、報告書を上川陽子法務大臣あてに提出したが、改革を先送りする内容となった。刑事手続については改革の賛成意見と反対意見が両論併記され、具体的には、2019年6月までに施行された改正刑事訴訟法の3年後検討の際に「弁護人立会いの是非も含めた刑事司法制度全体の在り方について、[…]検討がなされるよう適切に対応すること」と提案するにとどまった[72]。
3年後の2022年に法務省は、10名の委員からなる「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」を立ち上げ、令和4年7月以降、1~2ヵ月に一度会議を開催しているものの、協議会が提言を取りまとめる段階には至ってない。本協議会は非公開で、メディアにも公開されていない。会議開催の数週間後に議事録が公開されるのみとなっている[73]。法務省が選んだ10名の委員のうち5名は、「人質司法」問題解決のための改革には後ろ向きの立場の法務省・検察庁、警察庁、裁判所所属の裁判官や検察官等で、その他のメンバーでもそうした改革に積極的な委員は限られている。人選そして国民に開かれていない開催方法などからしても、法務省が、「人質司法」問題の改革に後ろ向きな姿勢が改めてみてとれる状況で、本協議会に積極的な改革の提言を期待することは困難な情勢とみられる。
II. 適正手続き(デュープロセス)違反
保釈の却下と再逮捕
国際人権法では、刑事事件の被疑者・被告人に対する未決拘禁中の制限は、自由への権利、無罪の推定、法の下の平等の権利と矛盾がないようにしなければならないと定めている[74]。何らかのペナルティの目的、自白を得る目的、あるいは保釈金を払うことができないなどを理由とした、被疑者・被告人の未決拘禁は、こうした権利と矛盾する[75]。
日本政府が1978年に批准した「市民的及び政治的権利に関する国際規約」は、自由への権利を「すべての人は、自由及び身体の安全に対する権利を有する」と定める(第9条1項)[76]。人の自由は、恣意的な法律または法律の恣意的な執行によって、恣意的に制限されてはならない。この規約を遵守するためには「自由の剥奪は法律によって認められたものでなければならない」のであり、「明らかに不釣り合いなもの、不当なもの、予測不可能なものであってはならない」のである[77]。
生後7ヵ月だった息子に対する虐待を疑われて傷害罪で2018年9月に逮捕され、のちに嫌疑不十分として不起訴処分になったT・ヒデミ氏はこう語った。
生後7ヵ月だった息子はある日、自宅でつかまり立ちから後ろに転倒して大けがをし、意識を失って救急搬送されました。それから1ヵ月半後のある朝、刑事たちが突然家に来て家宅捜索を行い、その後私と夫をポリグラフにかけ、夕方6時ころまで取調べをしました。その数ヵ月後にも、警察、検察それぞれから出頭要請があったので、どちらも任意で応じて取調べを受け、調書にも署名をしました。私は逃げも隠れもしていませんでしたが、息子の大けがから1年後のある朝、「ピンポーン」とインターフォンがなり、警察が突然自宅に来て、逮捕されて身柄を拘束されました。本当に驚きました。裁判所は当初10日間の勾留を決定しましたが、勾留決定に対する準抗告が認められたために結果的に3日間で釈放されました。そしてその後、検察官は私を不起訴処分としましたので、裁判にかけられることもありませんでした。しかし、逮捕の必要性もまったくなかったと思います[78]。
保釈の否定
刑事訴訟法では、起訴前保釈が認められていないため、保釈の可能性がない状態で勾留されることになる。刑事訴訟法では、犯罪が重大である場合、被告人に重大犯罪や常習の前科がある場合、証拠を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき、氏名または居住地が分からないときなどを除き、起訴後に保釈の請求があったときには保釈を認めなければならないと規定している[79]。
「市民的及び政治的権利に関する国際規約」は、未決拘禁状態にある者は保釈されるべきだと定める。「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならず、釈放に当たっては、裁判その他の司法上の手続のすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭が保証されることを条件とすることができる」(第9条3項)とする[80]。また、未決拘禁は、公正な裁判に必要なものとして同規約が確認する無罪の推定を損なうものだ。「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する」(第14条2項)とされている[81]。
日本では、起訴前勾留中の被疑者が保釈を請求することはできない。起訴されてようやく保釈請求ができるようになっても、自白していない又は黙秘しているなどの場合には、裁判官が「罪証隠滅のおそれがある」と見なすために保釈請求の許可を得ることが難しいことが多い[82]。 その結果、勾留期間がさらに長くなってしまうのである。
弁護士で法学研究者でもある高野隆氏の意見は次のようなものである。裁判官は、万が一被告人が逃亡したり、証人や被害者を脅したりするなどの「不祥事」が起きたら、世間から非難されるのは自分たちだと考えている。だからそうしたことが万が一にも起こらないように、逃亡や証拠隠滅の「おそれ」が否定できない限り保釈を認めようとしない。しかし、そうしたおそれがないことを証明することはほとんど不可能だ。その結果、罪を認めない被告人は、病人や高齢者でも保釈を認めないという、過剰な拘禁 --「人質司法」--が行われることになる[83]。 強要罪で逮捕・起訴されたある男性は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに「何度も保釈申請をしたが、いつも『罪証隠滅のおそれがある』という理由で却下された。では証拠が見つかっていないのに、なぜ私を逮捕したのか、と問いたい」と語った[84]。
刑事弁護を専門とする和田恵弁護士はこう指摘する。
(日本では)保釈を却下する具体的な理由は6つあり、それ以外の場合は保釈を認められなければならないとされています。また、刑事訴訟法第90条では、健康上や社会生活上の理由により、裁量的に保釈を認めることができるとされています。しかし、保釈請求は、無罪を主張しているほとんどのケースで却下され、その理由も非常に薄弱なものであることが多いです。政府の統計によると、保釈が認められるケースは約30%です。しかし、この数字は、起訴されてから保釈までにどれほど時間がかかるかを表していません[85]。
1970年代には多くの事件で保釈が認められていたが、その後、保釈を得ることは難しくなっている。弁護士歴40年以上のベテラン弁護士によると、1970年代には約60%の被告人に保釈が認められ、その手続きは非常に簡単だったという。
40年前、弁護士会館の地下では、名前とその他わずかな内容を記載するだけの、小さな1枚の保釈請求用のフォームが売られていて、それだけで保釈が認められていました。でも今は、弁護人がしっかりとした法的論拠が書かれた20ページにも及ぶ保釈請求書を提出しても、裁判所は法律の条文を引用するだけで、具体的な理由を全く記載しない定型フォームで簡単に却下してしまいます[86]。
2003年に保釈率は12%まで下落したが、2019年には33%に上昇した[87]。最高裁判所によると、判決前に保釈された被告人の割合は、2018年は34%、2015年は26%だった。最高裁判所はこの数値について、罪を自白した人と否認した人とを分けていないが、日本弁護士連合会提供の資料によると、公判手続開始までに1年以上かかる事件が少なくないにもかかわらず、2015年には罪を否認した人のうち公判前に保釈されたのはわずか7.4%だった[88]。
多くがヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、自白しないことへの一種のペナルティとして保釈が却下されていると話す。元検察官の郷原信郎弁護士は、自白するまで被疑者を人質にしておく目的で保釈が却下される現状を指摘する。
逮捕された容疑を認めれば、比較的早く保釈されます。しかし、逮捕容疑や起訴内容に異議を唱えたり、無実を主張したりすると勾留が長引くのです。保釈は認められず、勾留が何週間・数ヵ月も続きます。検察官の要求に応じるまでは、基本的に人質なのです。これは、健全な社会における刑事司法制度としてあるまじき姿です[89]。
20年の経験がある東京の検察官は、この20年でより保釈が認められやすくなった、そして、保釈が認められた後に被告人が逃亡する事例が大幅に増えたと話す。そして、以前は、執行猶予が付く見込みの被告人だけが保釈され、実刑が見込まれる被告人は保釈されない傾向が強かったが、現在では、罪の重さから実刑が見込まれる者にも幅広く保釈が認められていると述べる。
わたしたち検察官は、保釈に反対し続けるのは嫌なんです。解決策は、裁判の手続きを効率化することにあります。保釈は合理的に認められるべきですが、逃亡した者には相応の罪を与えるべきです[90]。
ここからは、保釈の権利が恣意的に否定されたと思われる事例を紹介する。
事例 吉野量哉氏
吉野量哉氏は、2010年に東京で傷害致死罪で逮捕・起訴された。氏はこう述べた。
保釈申請は5回却下されました。検察側が、私が目撃者らに近づき、脅しや暴力をふるい、証拠などの隠滅をするかもしれない、と言ったことが却下された理由でした。その後、保釈が認められるまで10ヵ月ほどかかりました。日本の司法制度では起訴されれば99%以上の確率で有罪になると言われていますが、私は幸い優秀な弁護士と出会ったことで無罪判決を勝ち取ることができました。ですが、当時は仕事も軌道に乗り、人生の中で一番充実していた頃の1年以上を逮捕勾留そして裁判員裁判に費やすこととなり、当然ですが、収入が閉ざされた中、勾留中も弁護費用他、住まいの支払いやクレジット他なども並行して支払っていました。無罪判決にはなったものの、自由も信用も社会的立場も奪われたあげく、私を有罪にするための虚偽のストーリーを作り上げた刑事や検察官ら誰からも謝罪はないのです。勾留されていた数百日分の刑事補償金は出ましたが、私の年収との差は、明らかにかけ離れていました。失った収入や信用そして仕事は戻ってきません。あの事件後、私の生活が一変してしまったことは言うまでもありません[91]。
吉野氏は、酔っ払いに突然絡まれ、追いかけられてしつこく殴る蹴るされたので、危険を感じ身を守るため一発で反撃したところ、加害者が倒れ地面に頭を打ちつけ気絶したという。氏は救急車を呼ぶように頼んだ。気絶した人物はその後死亡したため、氏は傷害致死罪で起訴された。氏は正当防衛を主張し、裁判では無罪となった。無罪判決後も、人付き合いや取引を敬遠されて孤立し、経済的にも苦しくなっていると感じている[92] 。
事例 E・ナツ氏
E・ナツ氏は、2011年に香港から日本へ禁止薬物を持ち込んだとして東京で逮捕された。本人は容疑を否認している。保釈されるまでの経験を語ってくれた。
保釈は10回以上却下された後にようやく許可され、無罪判決も下りました。なぜ保釈申請が却下されたか、納得いく理由はひとつもありませんでした。警察はすべての証拠を持っているのに、なぜわたしが証拠隠滅のおそれがあるとされなくてはならないのでしょうか[93]。
事例 土井佑輔氏
2012年から2013年にかけて、ミュージシャンの土井佑輔氏は、コンビニエンスストアで1万円を盗んだ容疑で逮捕され、その後に無罪判決を受けたが、その間10ヵ月間保釈が認められなかった。保釈申請の却下は9回に及んだ[94]。
事例 N・カヨ氏
裁判官には保釈金の額を決める裁量権がある。場合によっては、被告人の合理的な支払可能額よりも高い保釈金が設定されることもある。N・カヨ氏は、銀行を相手にした詐欺を共謀したとして、2015年から2016年にかけて東京地方裁判所に起訴された。審理は41回行われた。保釈申請は数度にわたって却下された。氏はヒューマン・ライツ・ウォッチにこう語った。
保釈金300万で保釈されました。でも、息子たちも若くてそんな貯金はないし、自己破産宣告された人に、借金しなさいと言っているのと同じじゃないですか[95]。
事例 S・タカオ氏
S・タカオ氏は、2016年から2018年にかけて、背任と電気公正証書原本虚偽記載違反の容疑で大阪拘置所に430日間勾留された。
私の弁護人は、(検察官から開示された)証拠は段ボール10箱以上あるため拘置所の接見室に持ち込めないので、保釈が出ないと、証拠を見ながらの打ち合わせはできないと言いました。被告人は段ボール10箱の証拠を見ることさえできないのです。被告人には裁判を戦わせないのと同じことです。被告である自分を守ることが全くできません[96]。
事例 T・ハル氏
T・ハル氏は、2012年から2014年にかけて、金融商品取引法違反などの容疑で、東京拘置所に966日間勾留された。氏は、インターネットや電子メール、電話などが使えない拘置所で、複雑な金融事件の防御活動を行うことの難しさをこう述べた。
自分を防御するための情報をリアルタイムで調べることができませんでした。たった1冊の本を入手するのに2週間かかるのです。私は金融の専門家ですから自由の身であれば適切な本を自分で選べます。でも本を選ぶのは専門家でない弁護士です。ですから、欲しい本を手に入れることもできませんでした。
弁護士も、検察官も、裁判官も、金融の専門家ではありません。基本的な理解を欠いたまま裁判が進んでいったので本当に苛立ちました。(検察官が主張する)金融スキームがいかにばかげたものかを裁判官に理解してもらうために、金融の専門家に法廷で証言してほしかったのです。私が自由の身であれば、自分で専門家たちに依頼したかったのです。でも囚われの身ではそれさえできませんでした[97]。
事例 山岸忍氏
大阪地検特捜部が捜査した業務上横領事件で2019年12月に逮捕され、その後起訴されたものの、2021年10月28日に大阪地方裁判所で無罪の判決を受け、その後検察庁が控訴を断念したことから無罪が確定した、東証1部上場の不動産会社プレサンスコーポレーション元社長の山岸忍氏はこう語った。
私は逮捕後248日間身柄拘束されました。保釈申請にあたり、私の弁護士さんは、私がなぜ逃亡しないか、なぜ証拠隠滅しないかを詳細かつ説得的に説明しましたが、検察官の反論は極めて稚拙なものでした。私の娘が当時米国に住んでいたことを挙げて米国に逃亡するかもしれないなどと主張する始末。6回は保釈請求したと思いますが、裁判所はずっと保釈請求を却下してしまいました。本当に信じられません。
私は、逮捕前に検事から何十回も事情を聞かれましたが、自分が被疑者になっているとは夢にも思わず、参考人としての事情聴取だと思っていました。
氏は、逮捕後も一貫して検事に対し、犯罪の認識はなく、無実だと、何十回も冤罪を主張した。しかし、「人質司法」は不正義だったと述べる。
起訴され、拘置所の3畳ほどの小さな房に閉じ込められ、自由に動くこともできず、座ってじっとしながら、何もすることがない時間を耐えなければいけない、本当につらい時間でした。いつになったら出られるかもわからない。ここから出るには虚偽自白をするしかないのだと思うと、精神的に大変つらい248日間でした。刑務所のほうが、いつ出られるかもわかるし、労働もできる分楽ではないかと思います。
氏は、今の日本の司法制度では、有罪の客観的な証拠がある人の方が自白をせざるを得なくなって保釈がでるが、罪を犯していなくて客観証拠がない人のほうが閉じ込められる制度だと思うと話した。
氏はまた、身柄拘束が防御活動にも大きな悪影響を与えたと述べた。10名以上の、専門分野の異なる弁護士で弁護団を作ったにもかかわらず、勾留されていては、経済関係の証拠の理解など、専門知識を必要とする複雑な事件の有効な弁護をしてもらうために必要な効果的なコミュニケーションをとることはできなかったと述べた。その後氏は保釈され、自ら弁護団会議に出席し、弁護士たちにタイムリーに情報提供をすることができた。その結果、弁護団はいかんなくその力を発揮し、無罪を勝ち取ってくれたと話した。
しかし、私にお金がなくてドリームチームの弁護団を組織できていなかったら、人質司法で拘置所に閉じ込められたままで有効な防御活動などできず、冤罪になったと思います。お金があったら無罪、お金がなかったら有罪ではおかしいと思います。冤罪を訴える人を長い間閉じ込めておく人質司法はやめるべきです[98]。
事例 村木厚子氏
保釈不許可事由の1つである「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」は、非常に広く解釈されており、特に自白を拒否する人の身体を拘束し続けるために頻繁に用いられている。
厚生労働省の課長職だった村木厚子氏は、2009年に虚偽有印公文書作成・同行使罪で起訴され、5ヵ月以上勾留された(前述)。仮に有罪になっても執行猶予付きの判決が見込まれていた事件であるにもかかわらず、氏の保釈申請は3回も却下され、長期にわたり勾留された。氏は一貫して無実を主張し、2010年に無罪判決が下された[99]。
事例 志布志事件
2007年に鹿児島県で起きた志布志事件では、多くの高齢者を含む十数名の市民が、公職選挙法違反という軽い罰金刑が見込まれる罪で起訴され、最大395日拘束された。後日、捜査当局による架空の事件であることが判明した。しかし、自白した者はすぐに釈放される一方で、否認を貫いた者は何度も保釈を請求してようやく認められた。最終的には、検察の訴えは退けられ、全員が無罪となった[100]。
再逮捕
検察が法制度を濫用する方法の1つとして、実質的に1つの事件を複数に分割する手法がある。こうすると被疑者を23日の期限を超えても拘禁できる。この再逮捕という手法は、何度も繰り返し行われることも多く、その場合被疑者は何度も最大23日間起訴前拘禁される。被疑者が判決を受ける前であるにもかかわらず、1年を超えて時に数年も拘束され続ける事例があるが、その場合にこの複数回の再逮捕が起訴後勾留に先行している事案もある。 再逮捕の「新しい」容疑は、往々にして新しいものではなく、警察や検察が自白を強要するための悪質な試みといえる。大麻所持容疑で逮捕されたある人物は、ヒューマン・ライツ・ウォッチにこう語っている。
警察に勾留されている間に、大麻栽培容疑で2度目の逮捕をされました。警察署の取調室で、腰縄を椅子に結びつけられた状態で、逮捕状を見せられ、左手首に手錠をかけられましたが、納得できない部分があり、両手に手錠をかけるのは弁護士に連絡した後にするように求めると、警察官らは大声で罵声をあげながら、無理矢理に右手にも手錠をはめようとしてきました。左手首につけられている手錠のもう片側を右手にかけるために左右の手首を近づけようと、警察官4人がかりで何度も手、腕、手錠を引っ張ったり、ねじったりしてきました。手錠がねじれながら左手首に喰い込むような方向で力をかけられた際の痛みは特に激しく、梃(てこ)の力が働いて骨が折れてしまうのではないかと感じられるものでした。今でも左手首に傷跡が残っています。受傷当日も、翌日も、警察官に病院に連れて行ってほしいと何度も頼みましたが、応じてもらえませんでした。やがて傷が感染し、手の甲から肘にかけて腫れあがると、受傷後5日目にようやく警察嘱託医の診断を受けることができました[101]。
佐戸康高氏は、相場操縦を行ったとして金融商品取引法違反で起訴された。2017年10月に逮捕され、14ヵ月間拘禁された後に保釈された。その経験をこう説明する。
20日間の勾留の満期日の夕方に、釈放の通知が来て釈放されました。荷物(布団や衣服)を全て整理し外に出ました。そして留置場から外に出てすぐ、そこにいた警察の人に再逮捕されました。その足で再び留置場に連れていかれ、前回と同じプロセスが繰り返されました。検察官には、株価操縦が1年続いていたから、自白しないと2ヵ月ごとに分けて6回逮捕できるよと言われ、「お前は人間ではない」と怒鳴られました。そして看守は、ノートを月1で検査するので、自分が書いた拘禁や取調べの状況のノートやメモなどが見られてしまいます[102]。
2015年、鶴田知己氏は暴行と傷害の罪で起訴された。東京拘置所にいるときに再逮捕されたという。
当初の傷害罪が他の罪状に分割されました。警察は、私の罪はさらに分割される可能性があり、繰り返し逮捕されるかもしれないので、自白したほうがいいとずっと言ってきました。検察や警察は、私に黙秘権があることを教えてはくれませんでした[103]。
下山泰毅氏は、窃盗の容疑で9回も逮捕・再逮捕された。このうち2件で起訴され、残りの7件は不起訴になった。 2台の車を盗んだ容疑は、ナンバープレートの窃盗、車両1台の窃盗、未登録車運転などに分割されていた[104]。
ひどいやり方の例として、殺人の容疑者を死体遺棄の容疑でいったん逮捕し、最大23日間の起訴前拘禁期間経過後に、殺人の容疑で再逮捕する手法がある[105]。
例えば、小野陽氏は、2020年11月に妻の死体を遺棄した容疑で最初に逮捕され、12月4日に起訴された。同日、殺人容疑で再逮捕され、12月25日に起訴された[106]。
別の例として、例えば、佐藤喜人氏は2020年12月、住居侵入して殺害したとされる女性の死体を遺棄した容疑でまず逮捕され、死体遺棄罪で起訴された。その後、2021年1月6日に強盗強制性交殺人と住居侵入の容疑で再逮捕され、1月26日に追起訴された[107]。
取調べへの弁護人立会いが認められていないこと
刑事訴訟法は、被告人又は被疑者の弁護人を依頼する権利について次のように定める。
身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者[…]と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる[108]。
日本国憲法にも、資格を有する弁護人を依頼する権利について「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」との定めがある[109]。
以前は、国選弁護人制度は起訴後に限られていた。しかし、2004(平成16)年の刑事訴訟法改正が施行された2006年以降は、起訴前勾留中の被疑者も、私選弁護人を選任できない場合、国選弁護人制度を利用することができる仕組みが拡充されていった[110]。
検察官は、捜査の必要があるときは、被疑者と弁護士との接見や授受の日時、場所及び時間を指定する権限を持っている[111]。かつては接見を認めないことも珍しくなかったが、近年、検察官がこの権限を行使することは減っている[112]。 しかし重要なのは、警察や検察が、取調べにおける弁護人立会いを認めていないことだ[113]。 刑事弁護を専門とする和田恵弁護士はこう語る。
弁護人は取調べに立会うことを許されていません。でも、警察や検察での取調べにおいて、弁護人が被疑者に同伴することを禁止する法律はありません。警察官向けの内部規定の中には、弁護人の立会いを想定しているものもあります。しかし警察や検察はそれを許していないのです[114]。
2020年10月に開催された第6回法務・検察行政刷新会議において、法務省は「検察庁において、公式に、弁護人を取調べに立ち会わせないという方針決定がなされているとは承知しておりません。 」「 検察官による被疑者の取調べに弁護人の立会いを認めるかどうかは、その取調べを行う検察官において、取調べの機能を損なうおそれ、関係者の名誉やプライバシー、捜査の秘密が害されるおそれ等を考慮して、個別の事案ごとに適切に判断すべきものと承知しております」と回答し、弁護人立会いは可能であり、それを認めるかは検察官の判断であるとの見解を示した[115]。
これを受けて、前述の通り、一部の同刷新会議の委員は、実際に立会いの試行を開始するよう何度も求めたが、検察庁はいまだに検察官らに対し、弁護人立会いが可能であるとの通知等の文書を出しておらず、ヒューマン・ライツ・ウォッチの知る限りでは、いまだに日本全国どの地域でも、弁護人の立会いが開始されたとの情報はない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取りに対し、逮捕時や初回の取調べである弁解録取手続前に弁護人を選任できる権利を知らされなかったと述べた人も複数いた。
事例 O・ジョン氏
O・ジョン氏は、2019年に出張で東京に滞在していた折、乾燥大麻0.8グラムを所持していたとして逮捕された。取調べを行ったのは、組織犯罪対策部だった。氏は、弁護士に連絡する権利があることを告げられなかったと主張している。
警察署に連行された後の取調べは7〜8時間に及び、気づいたら夜が明けていました。取調官は、私が黙秘したいと言うと声を荒げました。弁護人を依頼する権利があるとも言われませんでした。警察官たちからは「自白すれば手続きが簡単になる」と言われました[116]。
O・ジョン氏は逮捕翌日に自白し、執行猶予付きの半年の懲役刑を宣告された後、日本を出国した。
事例 E・ナツ氏
2011年8月、E・ナツ氏(前述)は羽田空港で、禁止薬物を日本に持ち込んだとして、覚醒剤取締法違反容疑で逮捕された。氏は弁護士に連絡できることを知らされていなかったと述べた。
弁護士を呼べると知らなかったし、誰もそう言ってくれませんでした。それをいいことに、誘導尋問のように、明らかに自分が悪くなるような調書を取られました。空港での取調べは休憩なしで6~7時間続きました。生理中で体調がよくなかったのですが、トイレには行かせてもらえないし、生理用品も使わせてもらえませんでした。逮捕後、検察からは20回ほども取調べに呼ばれました。検察の取調べは平均2~3時間くらいで、一番長いときで9時間ほどでした。検察は自白するよう圧力をかけてきました[117]。
事例 T・ヒデミ氏
生後7ヵ月だった息子に対する虐待を疑われて傷害罪で逮捕され、のちに嫌疑不十分として不起訴処分になったT・ヒデミ氏(前述)は、弁護士の立会いを要請した際の経験をこう語った。
身柄拘束中の取調べはあまりにひどかったのですが、録音録画もされていませんでしたし、弁護士さんの立会いもありませんでした。録音録画や弁護士の立会いがあればあそこまでひどい取調べはできないと思います。釈放後、警察から、聞けていないことがあるので話を聞きたいと連絡があったときには、私は「いいですよ、でも弁護士さんも同席させてください」と回答しました。そうしたところ、「では結構です」と言われました。結局その後一度も取調べの要請はなく、不起訴処分となりました[118]。
事例 山岸忍氏
山岸忍氏(前述)は、取調べに弁護士の立会いを求めたものの拒否されたと、ヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。
逮捕されて3日目のころ、供述調書の表現に不安があり、言葉の罠のようなものに陥れられたくないので、弁護士を取調室に呼ぶことはできないのかと、検事に対して尋ねたことがありました。しかし、検事からはそんなことはできないと断られました。
また山岸氏は、取調べに弁護士の立会いが認められていれば、そもそも自分の逮捕に至らなかったと思うと、ヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。氏は、検察が自身を逮捕・起訴した柱は、すでに逮捕されていた2名の関係者から、「私が犯罪に関与した、私に犯罪の認識があった」という趣旨の供述調書を得たからだと話した。氏がその2名の取調べの様子の各録音録画をみたところ、その供述調書は、2人が検察から圧力をかけられた結果得られたものと分かったという。
その2名は、それぞれ、検察官から机を叩いて大声で罵倒されたり、「会社がこうむった損害は10億、20億などではすまない。それを背負う覚悟はあるのか」「山岸氏の関与があるなら言わないと、あなたの責任の重さも変わってきますよ」などと威圧的な態度で詰め寄られたりした結果、うその調書に署名してしまったのです。うち1名は翌日、うそをついてしまったと供述の撤回を検事に申し入れていますが、無視されていました。
裁判では、取調べの様子の各録音録画をふまえ、裁判官もこれらの調書の信用性を否定し、裁判の証拠として認めなかった。山岸氏が無罪となった理由のひとつである。
もし、山岸氏の関与を認めさせるための圧力をかけられた関係者2名の取調べにそれぞれ弁護士が同席していれば、検察も恫喝はできず、うその調書を取ることもできず、よって氏が逮捕されることもなかっただろう、と山岸氏は語った。
無罪が確定してさらに驚いたのは、検察が全く自浄作用のない組織ということです。私は民間企業の社長ですが、民間企業でこれほどの不祥事があれば、謝罪し、第三者委員会を設置して調査により原因を究明し、再発防止に向けた改革を行うのが当然です。しかし検察にはそれがまったくない。私に起きたような不正義が今後誰にも起こってほしくないと心から願っていますが、不祥事が明確でも検察の実務も制度も変わらないのですから、まちがいなく不正義が続くでしょう[119]。
黙秘権の侵害
刑事訴訟法は、被疑者の黙秘権を定めている[120]。しかし、捜査当局は、被疑者は身体拘束中ずっと取調べを受ける義務があると刑事訴訟法が規定していると解釈している。黙秘権を行使しても取調べは止まらず、捜査官は被疑者に、質問に答え、容疑とされた犯罪を自白するよう迫り続けるのである[121]。
事例 佐戸康高氏
佐戸康高氏(前述)は、2017年10月に逮捕され、14ヵ月間拘禁された後に保釈された。氏はこう語っている。
黙秘を続けようと試みましたが、「やましいから黙秘するのだ」「黙秘により周りにどれだけ迷惑がかかっているかわかってるのか」などとずっと非難されました。朝の9時から正午、午後1時から4時、夜の7時から9時~10時までと、1日3回検察から取調べがあり、それが最初の20日間続きました。休みになったのは、弁護士接見か病院受診のときだけでした[122]。
氏は、逮捕・勾留されたことで、経済的にも精神的にも大きな負担を強いられたと主張している。両親はともに体調が思わしくなく、老人ホームに入所していたため、両親との連絡や訪問のために短期間でも身体拘束の解放をと訴えたが、そうした求めさえも認められなかった[123]。
事例 O・ジョン氏
O・ジョン氏(前述)は、2019年に出張で東京に滞在中に、乾燥大麻0.8グラムを所持していたとして逮捕された。六本木の歓楽街にあるバーを出ようとしたところ、私服の警察官に呼び止められた。パスポートをホテルに置いてきたのでその場で提示できなかったため、警察によって逮捕され、警察署に連行された。警察署での捜索で、警察官は靴に隠された大麻を発見した。氏によれば、取調べを行ったのは組織犯罪対策部だった。氏が取調べの際、黙秘したいと言ったところ、取調官は声を荒げた。黙秘権の告知どころか、自白した方が手続きが「簡単になる」と言われたという[124]。
事例 T・ヒデミ氏
T・ヒデミ氏(前述)はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、黙秘権の行使後も取調べが続いたと語った。
逮捕後すぐに、黙秘すると警察に伝えました。すると刑事はイライラした様子で、それでも息子に暴行を加えたと自白させようと、取調べを続けました。
氏は、警察の取調べは毎日3~5時間程度続き、「お前はいろいろなところで嘘をついていて、めちゃくちゃ破綻している」「乳児院の人もお前がいいお母さんの仮面をかぶっているって言っていた。気持ち悪いって言っていた」など人格攻撃的な取調べだったと話した[125]。
事例 山岸忍氏
プレサンスコーポレーション元社長の山岸忍氏(前述)は、完全黙秘をしなかった経緯をこう語った。
逮捕された直後から、検事さんから黙秘をしない方がよいと繰り返し言われました。私が弁護士から黙秘するように指示されていると言ったときも、検事さんは「私が弁護士だったら、絶対黙秘なんて言わない」などと私の弁護士を非難してきました。
氏は、検事が最初から黙秘は卑怯と刷り込もうとしていたと思うと話した。逮捕後、弁護士からは完全黙秘するべきとアドバイスされたものの、完全黙秘は卑怯という検事の言葉も頭にあり、また何も悪いことをしていないのに黙秘しないといけないなど理不尽だという思いもあったため、完全黙秘しなかった[126] 。
取調べでの人権侵害
日本国憲法は、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と定める[127]。刑事訴訟法は、「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない」と定めている[128]。また、自白が「唯一の証拠」である場合には、何人も有罪にしてはならないとも記されている[129]。
しかし、多くの元被拘禁者や日本の法律専門家によると、捜査官は頻繁に自白を強要あるいは強制しようとし、裁判官は自白が唯一の有力な証拠である場合すら自白に頼ろうとすることがある[130]。
日本の刑事司法制度では、被疑者から自白を得ることが特に重視されている。自白が本当に任意なものではないことも多い。未決拘禁期間が長いこと、取調べに弁護人が立ち会わないこと、有罪率が非常に高いことなどが、自白を強要する環境をつくっている。また、起訴有罪率99.8%という現実は、本来なら容疑に異議を唱えるはずの人びとに絶望感を与えている。
弁護士で法学研究者でもある高野隆氏は、被疑者は「真実を話せば」釈放されると言われるのだが、それは実際には「本当でも嘘でも自白しろ」という意味だと指摘する[131]。
ジェフリー・キングストン教授はこう指摘する。
長期間の未決拘禁により、検察官は被拘禁者を孤立させ、自白するよう圧力をかけることができます。無実を主張する被拘禁者は、罪を認めるまで長期にわたり拘禁されます。自白を拒めば保釈は極めて難しいのです[132]。
インタビューに応じた複数の人から、自白させることしか頭にない検察官の態度が語られた。取調べ時の圧力の結果、取調べ時の自白を公判になってから被告人が撤回することもある。しかし実際の実務では、裁判所は、自白が強制されたことの証明を被告人に求めているに等しい。日本弁護士連合会の資料はこう記す。
捜査官による高圧的な取調べや便宜供与などの違法で不当な取調べが行われ、その結果、被疑者がやってもいない罪を意図せずに自白することが少なくない。たとえ被告人が法廷で取調べの違法性や不当性を主張しても、それを客観的に証明する手段がないため、冤罪が生じる可能性もある[133]。
聞き取りに対し、第三者供賄で逮捕されたある人物は、「罪を認めれば、これ[毎日のノンストップの取調べ]は終わる」と繰り返し言われたという。検察官からは「どうせみんな有罪になるのだから、この事件を争うのは金の無駄遣いだ」と言われた[134]。
高野隆弁護士によると、警察官も検察官も「人質司法」を有罪獲得の道具としてフルに活用している。彼らは捜査の過程で罪を認めないと保釈が認められず、さらには接見禁止措置がとられて、裁判が終わるまで家族にも会えなくなることを被疑者に伝える。さらに、日本の弁護士のなかには、「争っても無駄だ。有罪になっても執行猶予になる」「認めれば保釈で出られる」というアドバイスをする人がたくさんいる。高野弁護士は、こうした実務の結果、日本には隠された冤罪がたくさんあると考えている[135]。
弁護士や被疑者・被告人によると、警察や検察官は脅迫、暴言、おどし、睡眠妨害などを使って、被疑者に自白や情報提供を強要することがある。勾留期間が長く、取調べへの規制が欠如していることによって、被疑者にとって敵対的で威圧的な環境が生じている。窃盗罪で起訴され、後に無罪となったある人物によると、取調べの際、警察官は「アホか、誰が録音するか。お前にそんな権利あるか」と言い放った[136]。
模造紙でできたデモ隊の横断幕を破ったとして立件されたH・イチロウ氏は、3日間にわたり、一日中、警察官らの取調べを受けた。「横断幕の存在に気づかずに間違って破ってしまった」「破るつもりは全くなかった」と反論したところ、「そんなはずはない」と主張した警察官は、とうとう机を力任せにバーンと叩き、「お前なあ、そんな言い訳が、とおるわけないやろ!」と激高して大声で怒鳴ったという。それでも氏がくじけずに自分の主張を続けたところ、取調べ2日目になってようやく警察官らは氏の主張に納得してくれたという。H・イチロウ氏はその後不起訴処分を受けた。氏はこう語った。
テレビドラマでみたような刑事の激高シーンが本当に目の前でおきました。自分は、警察の厳しい取調べを受けた人の経験を本で読んだことがあったので心の準備ができていて自分の主張を貫くことができました。でもあのような取調べを受けて、心が折れてしまう人もいるのではないでしょうか[137]。
検察官が用いる威圧的な手法は、13年近く検察官を務め、取調べ中に被疑者を殺すと脅して辞職に追い込まれた市川寛氏の事件が浮き彫りにしている。
市川氏は自分のやったような取調べは珍しいことではないと言う。検察官が被疑者を怒鳴る場面や、ある上司が「机の下からこうやって被疑者の向こうずねをけるんだよ。特別公務員暴行陵虐罪をやるんだよ」と言うのを聞いたことがあるという。市川氏は、取調べ中に「ぶっ殺すぞ」と怒鳴りつけたが、その行動は自白させなければならないという上司からのプレッシャーのせいだったという。また、別の上司の指示により、被疑者に自分が作文した供述調書に無理矢理署名させたことも認めている。午前10時ころから取調べを開始し、「被疑者が一言も話していないのに、勝手に作文を調書にし」、午後11時になって「署名をもぎとった」という。
氏は、ある先輩検事からは、たとえその事件が無罪になるべきものだとしても、無罪をみとめてはならない、と言われたり、検察教官には「無罪になるからこそ徹底的に争った」旨言われたりしたと、修習や検察官時代の経験を振り返り、無罪判決を「地獄」と感じたという[138]。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの取材に対し、東京のある検察官は、匿名を条件に、日本の刑事司法制度における自白の「重要性」を認めた。しかし、強制が広く用いられているわけではないと述べた。
検察は自白を促そうとします。警察や検察は、無理やり自白を得ようとしていると批判されることが多いです。もちろん、圧力や強制は良いことではありません。被疑者は自分のしたことを振り返り、反省し、被害者に謝罪するべきだと私たちは考えているので、自白を促すのです。その手法が時に過激になってしまい、警察や検察が被疑者に自白を強要するケースはいくつかあります。しかし、私の経験では、被疑者が最初は容疑を否認していても、取調べの過程で罪を認めるケースがとても多い。合法的な手段で罪を償わせたいと願っています[139]。
事例 T・ヒデミ氏
T・ヒデミ氏(前述)は取調べの様子をこう語った。
黙秘すると伝えましたが、刑事の取調べは止まらず、「お前のせいで息子に後遺症がでた」「お前の息子の脳はスカスカで一生障がい者だ。健常者になるなんて思うなよ」「お前の息子はお前の慰めものじゃない、一生介護だぞ。旦那にそれを背負わせるのか、お前ひとりでやれや」「お前はいろいろなところで嘘をついていて、めちゃくちゃ破綻している」「乳児院の人もお前がいいお母さんの仮面をかぶっているって言っていた。気持ち悪いって言っていた」「お前は異常」「旦那がかわいそうや」「SBS(乳幼児揺さぶられ症候群)の医学論争とかと違うで。ただのお前のうそや」「子どもは親の背中みて育つねんぞ。お前の背中なんて見せられへんやろ」などと言われました。
氏は、取調べ中には嘘つき、嘘つきと何度も言われたが、息子の障がいについて揶揄されることが何より辛かったと述べた。また、逮捕、メディアにさらしたこと、人格攻撃的取調べのすべては、自分に自白をさせたかったからだと感じるとした。「取調べが終わると『ああまた自白をとれなかった』と焦っている様子でした。」
T・ヒデミ氏は、弁護士による勾留決定に対する準抗告を裁判所が認め、逮捕後日3目に釈放されたのは幸運だったと思うと話した。「準抗告が認められるのはとても珍しいことだと言われました。審理を担当した裁判官もSBS(乳幼児揺さぶられ症候群)について偶然知っていたようで、本当に幸運だったと思います。」
しかし、男性の警察官による取調べは、女性として特に気持ちが悪かったと話した。
留置場ではブラジャーが許されません。取調べ中もブラジャーをできなかったのですが、夏だったので薄着で体の線が見えてしまっている中で男の刑事2人と密室でいるのがとても気持ちが悪かったですし、気になってしまい取調べに集中できませんでした。その後弁護士さんが申し入れをしたら、取調べ中だけはブラジャーが許されました。取調べ前には、すべての女性の被疑者に、ブラジャーをする機会を与えるべきではないでしょうか。日本は女性がノーブラで外を歩くことのない文化です。本当に気持ちが悪かったです[140]。
事例 佐戸康高氏
自白しようとしない被疑者を「落とす」戦術として、長時間の取調べや睡眠妨害が行われる場合がある。佐戸康高氏(前述)は、2017年のその体験を語っている。
発疹ができていたので、眠たくなる薬を飲んでいましたが、21時の消灯後に取調べがあることもありました。また、21時に眠たくなる薬を飲んで寝たら、そのあと21時半に起こされて、23時ごろまで取調べされたりもしました[141]。
事例 吉野量哉氏
傷害致死罪で起訴され、裁判にかけられた吉野量哉氏(前述)は、2010年に受けた取調べについてこう述べた。
警察に、何が起きたか鮮明に話しましたが、全く違う事件のように話を進め誘導してきました。逮捕直後、夜から明け方まで取調べが続いたあと、5時半頃に留置場に送られて、朝食後また取調べが再開しました。そして逮捕2日目に検察庁に送られました。検察は、私が怒りにまかせ、自ら暴力を振るう目的で亡くなった男を何発も殴ったのだと自白を強要してきました。警察と検察からの取調べは朝から晩まで続きました…警察署で朝からの取調べが終わると、腰縄と手錠をつけられて、検察まで連れていかれました。そこで20時頃まで待たされたあと、担当の検察官から「どう、しゃべる気になった?」と聞かれる。そんな嫌がらせと自供を迫られる毎日でした[142]。
事例 M・ヨシ氏
警視庁は2016年、大麻所持の容疑でM・ヨシ氏を逮捕した。その10ヵ月前、警察は氏を職務質問した後に警察署に連行し、所持していた植物片の大麻予試験を行い、その結果が陰性であると氏に告げるも、一方で名前と携帯電話番号を教えないと帰らせないと言って4時間以上留め置いた。警察官らは氏に何の容疑もかかっていない、逮捕されることはありえないと告げ、それを信じた氏が名前と携帯電話番号を告げたところ、警察署から出ることができた。
ところが、10ヵ月後、警察は氏を電話で呼び出し、植物片がやはり大麻であったと告げて逮捕した。氏がヒューマン・ライツ・ウォッチに話したところによると、警察署で逮捕され、約2ヵ月間勾留された。「警察からひどい目にあいました。勾留中は警察から頻繁に怒鳴りつけられていました。[143]」
事例 鶴田知己氏
鶴田知己氏(前述)は、2015年5月に、交際相手に暴行を加えたとして傷害罪で起訴された。氏は、その女性に怪我を負わせてはおらず、酒を飲んで具合が悪くなったのだと主張した。氏は拘禁中の取調べの様子を次のように述べている。
最初の取調べは、逮捕された翌日の検察官との取調べで、5分ほどでした。でも、全員終わるまで、朝9時から夕方4時半まで待たされました。その後20日間は、毎日警察から取調べを受けました。自白を迫られ、警察官はテーブルを叩いたり、大声を出したり、扉を強く閉めたりして私を威圧しました[144]。
事例 D・ナオ氏
D・ナオ氏は2018年3月に奈良県で恐喝の容疑で逮捕された。毎日の取調べと保釈の可能性の低さという心理的な拷問のせいで、無実を主張しているにもかかわらず、自白寸前まで行ってしまったという。心が折れて、やってもいないことを自白してしまうところだったが、「なんとか自白しないでいられたのは、嫁と、今の弁護士たちと何年かかっても戦いなさい、との約束があったから」と話した[145]。
D・ナオ氏は、自白せよという心理的なプレッシャーから、話そうとしても言葉が出てこない状態になってしまったと述べた。裁判官と検察官の仲が良すぎて、検察官のミスが見逃され、弁護人にはプレッシャーがかかっていたと感じていた。「私には、裁判官と検察官が同じチームに見えました。[146]」
事例 I・ヤス氏
I・ヤス氏によると、国選弁護人から、やっていない容疑であるにもかかわらず、自白するよう勧められた。氏は東京都内で監視カメラ映像をもとに強制わいせつの容疑で逮捕された。職場の同僚の1人が映像を見て、氏が犯人だと警察に通報したと聞いているそうだ。しかし、人違いであることがわかって不起訴となった。にもかかわらず氏は逮捕直後に解雇処分を受け、のちに撤回されたが、復職は断念せざるを得なかった[147]。この辛い経験は、氏の脳裏に今も刻まれている。
私の名前をネット検索すると、逮捕のニュースが出てきます。でも、私が不起訴になったことは報道されませんでした。その結果、一方的な確定前の不確実な情報があたかも事実として残り続ける影響により、公私に渡り不利益を被るだけでなく、一生、常に不安や怯えを感じて過ごす状況は解消されず、名誉も取り戻すことができません[148]。
事例 伊藤大介氏
伊藤大介氏は、相手に暴行を加えたとして2020年に逮捕され、傷害罪で起訴されたものの正当防衛で無罪と主張している。氏はヒューマン・ライツ・ウォッチに「私は、ナイフで脅してきた相手から自分や友人を守るために、素手とはいえ暴力に訴えざるを得ませんでした。私はナイフで腹を刺されました」と話した。
その相手は逮捕され、捜査側の主張を認めたので略式起訴で罰金となり間もなく釈放された。しかし事件の約10日後、警察が伊藤氏の自宅まで来て氏を逮捕した。警察は、氏に対しても傷害罪を認めろ、正当防衛の主張などとんでもない、と強く迫ったという。氏はヒューマン・ライツ・ウォッチにこう述べた。
警察は、2人とも同じく略式罰金にして、けんか両成敗としたかったのだと思います。しかし私は納得できませんでした。すると警察は、正当防衛を主張し続けるならば否認事件になる、否認事件になれば身柄拘束が長引く。裁判が始まるまで、あるいは始まってからも身柄拘束が続くかもしれない、と言いました。否認すると留置場から出られなくなるというニュアンスでした。
伊藤氏は会社の経営者として、自身がいないと決裁できないことも多いため、否認を続ける決断をするのがとても難しかったという。裁判開始まで身柄拘束が続けば、自分の会社は確実に倒産すると思ったと話した。結局、氏は起訴の翌日保釈された[149]。
事例 石川知裕氏
石川知裕氏は、衆議院議員であった2010年1月に、元民主党代表・小沢一郎衆議院議員の秘書時代の政治資金規正法違反容疑で逮捕された。暖房のない狭い独居室に3週間拘禁され、連日12時間の取調べを受けた。最終的に当初より軽い罪を認めた。本人は自白は強要されたと主張している。
日本の検察官はとてもしつこいのです。逮捕前に筋書きをつくっており、そのストーリーに沿って自白を強要してきます。私の取調べでは、私が言ったことは調書に書きませんでした。[そうではなくて]あらかじめ用意しておいたものを書いて、署名を求めてくるのです。私は何度も「私が言ったことと違うので、署名はしません」と言いました[150]。
石川氏は、22日間拘禁された後に、政治資金収支報告書の虚偽記載を認める供述調書に署名した。しかし、2011年6月の公判で、東京地方裁判所は、検察側が証拠として提出した氏の供述調書をすべて却下した。裁判所は、氏が「強い心理的圧迫を受け、小沢氏に累が及ばないように妥協していた」と判断し、検察の捜査を違法とした[151]。氏は保釈中の2010年5月、東京地方検察庁特別捜査部の検察官による取調べを密かに録音しており、この録音が氏の供述調書の信用性を否定する判決の決め手となった。
検察官が虚偽の捜査報告書を作成していたことが明らかになったため、法務省は減給などの懲戒処分を行い、この検察官は辞職した[152]。
石川知裕氏については、2014年に政治資金規正法違反での有罪判決が確定した。石川氏は小沢議員の秘書時代に、建設会社からヤミ献金を受け取った上で、小沢議員の資金管理団体が土地の購入資金にあてた4億円をめぐり、政治資金収支報告書にうその記載をしたとして起訴されていた。
石川氏は捜査中に「小沢元代表から了承を得た」という供述調書に署名したものの、公判では供述調書の内容は事実ではないと述べた。氏は建設会社から金銭は受け取っていないとして裁判で争ったが、東京地方裁判所は氏らが裏金を受け取ったと判断し、2011年9月、氏に禁錮2年、執行猶予3年の判決を下した。この判決は、2014年9月に最高裁判所で確定した。
また、小沢氏が政治資金収支報告書の虚偽記載で起訴された別の裁判で、東京地方裁判所は、収支報告書のうその記載について小沢元代表の了承を得たとする石川氏の供述調書について、検察の取調べは違法で不当であると強く批判し、すべて証拠として採用しないことを決めた。この裁判では小沢氏に無罪が言い渡された後、無罪判決は後に最高裁判所で確定した。
事例 O・ジョン氏
O・ジョン氏(前述)は、組織犯罪対策部による逮捕後の取調べは日に7~8時間に及んだという。その後、検察官の取調べを受けた。
私は手錠をかけられて検察庁に連れてこられ、他の大勢の人たちと長いロープで繋げられました。席に着くと、椅子に固定されました。とても屈辱的でした。検察官からは供述調書に署名するように言われたので、国選弁護人からの助言もあって署名しました[153]。
O・ジョン氏は、日本の司法制度にかかわることになった経験についてこう語った。
31日間の独居室での拘禁中、私は毎日毎晩泣いていました。釈放されてからパニック障害に悩まされるようになり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のセラピーを受けることになりました。パニック障害になったことはそれまでありませんでした…今でも眠れないことがあります[154]。
事例 T・コウキ氏
T・コウキ氏は、乳児が死亡した責任を問われた。2017年に逮捕され、2019年に保釈されるまで2年以上未決勾留された。保釈から2年後、東京高裁は無罪を言い渡しその判決は確定した。 氏は取調べの様子をこう語った。
警察に任意同行されての取調べでは、朝5時ぐらいに警察署に入り、夜7時ぐらいまで取調べが続き、なかなか帰宅させてもらえませんでした。赤ちゃんを揺さぶった、と言えば今日帰っていいからというようなことでした。そこで、不本意ながら警察の意向に添った上申書を書いてしまいました。そうしたら家に帰してもらえました。赤ちゃんをあやしていたことはあると言ったのですが、それを揺さぶったような言い方に変換されてしまいました。それが自白の強要なのかなと思います[155]。
事例 PC遠隔操作による脅迫メールえん罪事件
2012年6月から7月にかけて、横浜や大阪で大量殺人を予告する書き込みが同市のWebサイトに投稿されるなどし、大きな話題となった[156]。2012年9月末までに警察は4人を逮捕したが、いずれも当初は容疑を否認していた。しかし、数日間の拘禁後に、男子大学生 (19)と福岡県の男性 (28)の2人が犯行を自白した。当時未成年の男子学生は捜査官から「検察官送致になると裁判になり、大勢が見に来る。実名報道されてしまう」と言われたという[157]。
2012年10月になって、真犯人であるとして犯行声明を出した人物が弁護士や報道機関にメールを送り、脅迫の経緯等を詳細に説明した。メールによると、その目的は「警察・検察をはめてやりたかった、醜態をさらさせたかったという動機が100%です」というものだった。2013年2月、警察当局は片山祐輔氏を真犯人として逮捕した。その後、氏は有罪判決を受けて服役した[158]。
事例 H・イチロウ氏
従軍慰安婦の映画上映会の警備担当者のひとりとして、同映画上映への抗議活動参加者に対する暴行罪で2020年9月に起訴され、裁判所により罰金刑を言い渡されたH・イチロウ氏(前述)はこう語った。
検察官の取調べ初日は冒頭から、相手を突き飛ばしたということで間違いないね、と高圧的でした。「突き飛ばしていない」というと、検察官は私たちの警備活動への敵対心むき出しで、まるで反社会勢力を追い詰めなくてはという空気でした。初めから検察官のストーリーはできていて、それと違う調書を作ってもらうのはとても大変でした。取調べはとても長く続きました。検察官にはあくまで中立の立場に立って粛々と取調べをしてほしかったです[159]。
接見等禁止命令
日本の裁判所は「接見等禁止命令」をしばしば出す。これは被拘禁者の連絡相手を弁護人だけに制限するものだ。この命令が出ると、被拘禁者と刑事施設外の人物とのあらゆるやりとりが厳しく管理される。被拘禁者は、家族を含め、誰かと面会したり、手紙を書いたり受け取ったりすることすら許されない[160]。そもそも日本では、未決拘禁者は電話をかけることは、弁護人の電話接見が一部例外的に認められている以外は、誰であれ許されていない。
これは国際人権基準に反している。国連の被拘禁者処遇最低基準規則(ネルソン・マンデラ・ルールズ)は、「被拘禁者は、必要な監督のもと、定期的に家族および友人と」「文通、利用可能な場合は遠距離通信、電子、デジタル及び他の手段」および 「訪問を受けること」により「連絡を取ることを許されなければならない」と定める[161]。さらに、「すべての被拘禁者は、施設への拘禁、他の施設への移送、あらゆる重大な傷病について、直ちに、自己の家族、あるいは連絡先として指定したその他の人物に対し、通知する権利を与えられ、かつ、通知するための能力及び手段を与えられなければならない」と規定している[162]。
刑事訴訟法は、勾留されている被告人が「逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは」接見等を禁じることができるとする[163]。実際には、勾留される人で接見禁止決定を受ける人は38.3%に上り、検察官による接見禁止等請求は約9割以上が裁判所によって認容されている[164]。ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取りに対し、多くの元被拘禁者は、勾留中の大きな不安要因として接見等禁止命令を挙げた。
刑事弁護が専門の和田恵弁護士はヒューマン・ライツ・ウォッチにこう述べた。
接見禁止命令は多くの場合認められ、被疑者被告人に甚大な苦痛をもたらします。接見禁止命令を出す法的根拠は、具体的なものでなければならず、逃亡や証拠隠滅の実質的危険性がなくてはなりません。しかし、接見禁止命令は多くの場合認められ、詳細で説得力のある理由付けがなされないことがほとんどです[165]。
しかし、東京のある検察官は、接見禁止等請求の認容率が極めて高いという見方に異論を唱えた。ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取りに対し、匿名で回答したこの検察官はこう述べた。
私の経験では、接見禁止令が認められるケースはとても少ないです。一般的には、組織犯罪、薬物関連犯罪、経済犯罪、複数人の共謀による犯罪の場合に認められることが多いです。例えば、その被疑者が組織の上位者なども含めてすべて自白すれば、接見禁止令は請求しません。組織や共犯者をかばったり、うそをついたりしているときに限って、請求します。検察が接見禁止を要求しても、裁判官が拒否することも多い。一部の人物との接触を制限する限定的な接見禁止もあります[166]。
刑事施設では、被拘禁者どうしが接触する機会も限られている。ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取りに応じた複数の元被拘禁者が、被拘禁者どうしの会話は、ごくまれな特定の機会に限って認められているだけだと述べた。
事例 N・カヨ氏
2015年12月、銀行から不正に融資を引き出した容疑で逮捕されたN・カヨ氏(前述)は、接見等禁止命令を受けた。氏は1年間、弁護人以外の誰とも会うことができなかった。
手紙を受け取ることはできず、息子に手紙を書くのにも、裁判長の許可が必要でした。東京拘置所では、2016年4月から2017年7月まで「鳥かご」(独居室)でした。とても寒くて、野原に布団を敷いて寝ているようでした。初めてしもやけになりました。声を出すのは1日2回、朝と夕方の点検の時に自分の番号を言うだけ。声が枯れて出なくなりそうでした。逮捕から1年後に接見禁止がとれました。でもその後も1人部屋のままでした[167]。
事例 土井佑輔氏
2012年6月、コンビニエンスストアで1万円を盗んだ罪で起訴された土井佑輔氏(前述)の保釈請求は、9回にわたって却下された。結果的に300日間拘禁され、うち9ヵ月間に接見等禁止命令がついた。氏はその後に無罪となった。逮捕後に、母親が土井氏のスマートフォンに事件の15分前に自宅の部屋で友人と映っているタイムスタンプつきの写真を見つけたが、それでも当局は土井氏への嫌疑を失うことはなかった。起訴後に、開示された防犯カメラの映像を母親が詳細に検討した結果、コンビニの自動ドアから見つかった土井氏の指紋が、犯行日以前に来店した際につけられたものであることが分かり、ようやく無罪が証明されたのである。
検察や政府当局者は、接見等禁止命令は主に組織犯罪絡みや共犯者がいる事件に用いられていると主張するが、土井氏は重大犯罪に関与しておらず、また組織犯罪ネットワークに属してもいなく、当局もそのような主張はしていなかった。勾留が長期化し、孤独に苛まれたために、自殺を考えたこともあったという。氏は、裁判官が罰としてこのような命令を下しているのだと考えていた[168]。
事例 F・テツ氏
税理士のF・テツ氏は、2019年に顧客が不正に融資を受けるのを幇助したとして、詐欺共犯で逮捕された。氏は、顧客が不正融資を受けるべき詐欺行為を実行した内容には一切かかわっておらず、あくまで税理士として顧客からの相談に真摯に向き合っていたことから、共犯とされることに対して承服出来ないと、一貫して主張している。氏は6ヵ月間拘置所にて拘禁された後に保釈された。2022年3月、地裁は懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を下した。氏はこう述べる。
裁判官と最初に面会したのは逮捕翌日でした。接見禁止令が下ったことを教えてもらいました。事務的な感じで、何か気持ちが入っているわけでもなく、ただ文章を読み上げるだけでした。接見禁止は22日後、起訴された直後に、妻と子どもに対しては解除されました[169]。
F・テツ氏は、詐欺行為にかかわっておらず、税理士として顧客からの相談に真摯に向き合っていただけなのにもかかわらず、接見禁止命令を受け、起訴後も保釈を拒否されたことで被った精神的・経済的負担について次のように述べた。
会社から解雇されました。税理士の免許も自主的に一旦返上しました。中学生の息子がいて、妻は働いていないので、母に地方から来てもらい一緒に生活してもらわなくてはなりませんでした。新聞で個人情報が報道されてしまい、ネットでも検索すると出てきてしまいます…これは一番不安な部分ではありました[170]。
氏はまた、接見禁止命令により身動きがとれなかったことが、裁判に与えた影響を以下のように述べた。
顧客が「税理士の指示に従った」と嘘の供述をしていることを知り愕然としました。ぜひ法廷で自身の潔白を証明したいと考えましたが、半年間も拘束されてしまい一切の情報から断絶されてしまっていましたので、立証のための証拠資料が散逸してしまっていて、充分な準備期間を与えられない状態で裁判に臨まざるを得なくなりました[171]。
事例 D・ナオ氏
2018年3月に奈良で、恐喝の容疑で逮捕されたD・ナオ氏(前述)への接見禁止は9ヵ月に及んだ。氏は20回近く命令の解除を求めたが、そのほとんどが妻との接見許可を求めるものだった。氏は、弁護士は私の唯一の窓口だった、と語った[172]。
事例 T・コウキ氏
乳児が死亡した責任を問われ、2年以上未決勾留されたのちに裁判で無罪が確定したT・コウキ氏(前述)はこう述べた。
逮捕後は、(弁護士以外誰とも)面会も出来ない、手紙も出せないという中で、自分の周りがどうなったかも分からないままでした。そうした中で、妻からの離婚届がいきなり突きつけられました。初めて自分に負けたなと思いました。自殺したいと真剣に思うようになりました[173]。
十分に防御の準備をする権利
接見等禁止命令は、被告人がみずから防御の準備をしたり、弁護人による防御の準備を支援したりする能力を制限することにもなりかねない。
接見等禁止命令によりコミュニケーションが弁護士に限定されることにより、被告人は事実上弁護人を替える権利を奪われることになり、十分な防御ができなくなることもある。
事例 K・アキ氏
K・アキ氏は、2016年に大麻所持の容疑で逮捕された。検察は直ちに接見禁止等の決定を得た。氏はヒューマン・ライツ・ウォッチにこう述べた。
弁護士は、私が妹に服やお金を届けるようお願いしたメッセージを伝えませんでした。1月でとても寒い時期でした。さらに弁護士は、私が自白するべきだと主張しました。でも私は無実なので、弁護士を替えたいと思いました。弁護士は妹にそのことも伝えなかったので、検察の取調べを受けている間も同じ弁護士のままでした。私と妹は10年前からレストランを経営していたのですが、私が逮捕されたとき、弁護士は妹に、お客さんがいる前でその話を伝えました[174]。
K・アキ氏は、不起訴処分となったにもかかわらず、経営していたレストランを閉めなければならないなど、逮捕によって個人的、精神的、経済的なダメージを被った。逮捕までの15年間、氏は「スピリチュアル・カウンセラー」として活動してきたが、不起訴になったとはいえ逮捕されたことで、大半の生徒と80%の収入を失ってしまったのだ。また、母親の健康状態が心身ともに思わしくないのは、自分の逮捕がトラウマになっているからだとも話している[175]。
事例 T・ハル氏
金融商品取引法違反などの罪に問われて、東京拘置所に966日間勾留され、全期間で接見等禁止命令がついたT・ハル氏(前述)はこう語っている。
人質司法の厳しさは勾留の長さだけではない、弁護人を替えられないこともそうです。966日の勾留中、接見禁止もついて家族にも会えない。私の公判を傍聴にきた金融マンの知り合いからは「金融の素人の弁護人は変えたほうがいいのでは」とも言われました。それは勾留中からわかっていましたが、会えるのは弁護人だけなのに、その弁護人にあなたは無能だから別の人を連れてきてなどと口が割けても言えるはずがないのです[176]。
事例 S・タカオ氏
2016年から2018年にかけて、背任、電磁的公正証書原本不実記載・同供用罪などに問われて大阪拘置所に430日間勾留され、うち333日間接見禁止とされていたS・タカオ氏(前述)は、接見禁止命令のもとで弁護人を替えることの難しさをこう語った。
家族と支援者は、一審の弁護人と面談した後、弁護人を変更したほうがいいと考えました。でも、接見禁止中だったので、家族や支援者の声は届きませんでした。結局弁護人を替えることができたのは、身柄釈放の後の控訴審の段階になってからになってしまいました。もし一審段階でも接見禁止がついておらず、弁護人を介さなくても私と家族らが連絡ができる状況だったら、弁護人を変更していたし、地裁判決はよりよいものになっていたと思います[177]。
不十分な医療体制
日本が1979年に批准した「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」に基づき、日本政府は、政府に拘禁されているすべての人の健康ケアを守り、提供する国際的な法的義務を負っている。
日本の刑事施設での医療は人員が不足しており、人員不足のままでの運営となっている。2003年には316人だった刑事施設の常勤医師は、2013年には約260人となり、法務省が必要とする332人をはるかに下回っている[178]。
複数の元被拘禁者が、十分な医療を受けることができなかった経験を語った。ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査した、ある被告人--がん患者--の日記には、治療を受けられず、体力が減退し、疲労が溜まることからくる絶望感が綴られていた。2016年10月10日には、頭と膝が始終痛み、目もよく見えない旨が記されている。この被告人の男性は、取調官に病状を伝えたものの、取調べは止まず、日曜日にも行われたとはっきり記している。2016年10月28日、この男性は取調べ中に高熱とインフルエンザで意識不明になり、民間病院に搬送された。翌日、再び取調べを受けた。日記には、頭がぼんやりしていて、質問を理解することすらできない、警察には「話すことができない」と伝えた旨、記されている。
III. 日本の国内法と国際基準との比較
逮捕・勾留・保釈
刑事訴訟法では、刑事事件で逮捕された者について、逮捕後72時間以内(送検から24時間以内)には勾留請求を行い、裁判官の面前に出頭させることが求められている。
国際人権法では、逮捕された瞬間から拘禁の適法性を争うために裁判所の面前に出頭する権利を、拘禁の法的根拠を最初の段階から検討するための司法審査を確保する上で欠かせない保障として認めている[179]。
72時間という期間は、国際基準に反している。日本が批准する市民的及び政治的権利に関する国際規約第9条3項は、刑事上の罪で逮捕または拘禁された者は、裁判官または司法権を行使する権限を法律によって与えられた他の機関の前に「速やかに」引き出されるべきであると規定している[180]。同規約を解釈する独立した専門家機関である規約人権委員会は、人の自由と安全に関する一般意見第35号(2014年)において、「個人を移送して裁判所の審問に備えるには、通常、48 時間で十分」とし、「48時間を超えての遅滞は、絶対的な例外にとどめられ、諸事情に照らして正当化されなければならない」とする[181]。
また、刑事訴訟法では、裁判所が被疑者の勾留を認めた場合、法務省の管理する専用の刑事施設(拘置所)に送致されることになっている[182]。しかし、実際には拘置所が使用されることはほとんどなく、捜査官が所属する警察署にまずは相当期間勾留されるのが通常である。
国連自由権規約委員会は2008年、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に基づく日本政府の第5次報告書に対する審査の総括所見で、以下のように代用監獄制度の廃止を勧告している。
委員会は、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律のもとで、捜査と拘禁の警察機能が正式に分離されたにもかかわらず、代替収容制度(代用監獄)は、そのもとで、捜査を容易にするため被疑者を最大23日間にわたって警察の拘禁施設に 拘禁することが可能であり、その間保釈の可能性はなく、また弁護人へのアクセスも 限定され、特に逮捕後最初の72時間は弁護人へのアクセスが制限されているために、自白を得る目的での長期に及ぶ取調べ及び濫用的な取調方法の危険を増加させていることについて、懸念を繰り返し表明する[183]。
国連自由権規約委員会は2014年の「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に基づく日本政府の第6次報告書に対する審査における総括所見でも、同様の懸念と勧告を繰り返した。
日本の国内法では、起訴前勾留を命じた裁判官に保釈を認める権限が与えられていない[184]。刑事訴訟法では、起訴後に保釈が請求されたとき、犯罪が重大である場合、被告人に重罪や常習の前科がある場合、証拠を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき、氏名または居住地が分からないときなどを除き、保釈を認めなければならないと規定している[185]。
この状況は、市民的及び政治的権利に関する国際規約第9条3項の「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならず、釈放に当たっては、裁判その他の司法上の手続のすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭が保証されることを条件とすることができる」という規定と矛盾している[186]。未決拘禁は、逃亡や証拠隠滅、犯罪の再発を防ぐなどの目的のために、合理的かつ必要という個別事案ごとの具体的判断によって、行われなければならない[187]。
国際法では、刑事事件の被疑者・被告人に対する未決拘禁中の制限は、自由への権利、無罪の推定、法の下の平等の権利と一致するようにしなければならないと定めている[188]。ペナルティとして、自白を得るため、あるいは保釈金を払うことができないことなどを理由とした、被疑者・被告人の未決拘禁は、こうした権利と矛盾する[189]。
市民的及び政治的権利に関する国際規約第9条1項は、自由への権利を「すべての人は、自由及び身体の安全に対する権利を有する」と定める[190]。人の自由は、恣意的な法律または法律の恣意的な執行によって、恣意的に制限されてはならない。この規約を遵守するためには「自由の剥奪は法律によって認められたものでなければならない」のであり、「明らかに不釣り合いなもの、不当なもの、予測不可能なものであってはならない」のである[191]。
また、未決拘禁は、公正な裁判に必要なものとして同規約が確認する無罪の推定に影響を及ぼす。市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条2項は、「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する」と定める[192]。
国連自由権規約委員会は2014年、日本政府に対し、起訴前期間について、保釈を含む勾留の代替手段を提供するよう勧告している[193]。
弁護人へのアクセス
日本国憲法は、資格を有する弁護人を依頼する権利について、「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」と定めている[194]。
また、日本の国内法では、被疑者が弁護人と秘密を保持しながら連絡を取る権利が規定されている。刑事訴訟法は「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者[…]と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる」と定める[195]。
2006(平成18)年以前は、国選弁護人制度の利用は起訴後に限られていた。しかし、2004(平成16)年の刑事訴訟法改正を受けて、起訴前勾留中の被疑者についても、私選弁護人を選任できない場合、国選弁護人制度を利用することができるように制度が拡充されていった[196]。
しかし、日本法上は、取調べに弁護人が立会うという特段の規定はない。実務上は、警察・検察官は取調べの弁護人立会いを認めていない。多くの場合、被疑者は弁護人と一度も接見しないうちに最初の取調べに臨む。また、一部の事件では、弁護人が被疑者と接見する際に時間が制限されることもある。
逮捕時点から弁護人へのアクセスを確保していない点や、弁護人へのアクセスの制限は、十分に防御を準備する権利や、被疑者が選任した弁護人と連絡する権利を侵害している。市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条3項は、刑事犯罪の容疑をかけられたすべての者が「防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡すること」を権利として有しているとする[197]。
国連自由権規約委員会は一般意見で「弁護人と連絡する権利は、被疑者・被告人に弁護人への速やかなアクセスが認められることを要求する。弁護人は依頼人と秘密を保持しながら会い、両者の連絡の秘密が完全に尊重される状態で被疑者・被告人と連絡することができなければならない」と述べおり[198]、この権利は、取調べ中を含め、直ちに制限なく弁護人にアクセスできる意味と解されている。
国連の「あらゆる形態の抑留又は拘禁の下にあるすべての者の保護のための諸原則」では次のように述べられている。すなわち、「拘禁された者又は受刑者が、遅滞なく、また検閲されることなく完全に秘密を保障されて、自己の弁護人の訪問を受け、弁護人と相談又は通信する権利は、停止されたり制限されたりしてはならない。但し[…]裁判官等により安全と秩序を維持するために必要不可欠であると判断された例外的な場合を除く」[199]。ほとんどの事件で、取調べに弁護士を同席させても、日本の安全や公の秩序を脅かさないのは言うまでもない。
検察の判断に対する司法の監視
日本の国内法では、検察官は被疑者を起訴するかどうかを決定する権限を独占している。検察官は、捜査や捜査で得た情報の使用について大きな権限を持つ[200]。
日本では検察の決定に対する司法の監視が欠けていることを受けて、国連の恣意的拘禁作業部会は2018年に「司法の監督が不十分な状態で検察の裁量が大きすぎると、法の差別的適用を助長する環境が生じかねない」との見解を示した[201]。
国連の恣意的拘禁作業部会は2020年、被疑者が「供述調書 (pleadings)を見せてもらえず、取調べで聞かれた質問に基づいて検察の捜査を再構成しなければならなかった」と指摘している[202]。
人権侵害を伴う取調べ
日本の捜査官は、自白や情報提供を強要するために、威嚇、脅迫、暴言、睡眠妨害などを行っている。
日本国憲法は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と規定する[203]。また「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」とも定めている[204]。
憲法は、強要された自白を証拠として用いることを禁じている[205]。刑事訴訟法では「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁がされた後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない」と明確に定めている。また、自白が「自己に不利益な唯一の証拠」である場合には、有罪とされないとも規定する[206]。
日本が批准する国際人権条約、特に「市民的及び政治的権利に関する国際規約」[207]と、「拷問及びその他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」(拷問等禁止条約)[208] は、被拘禁者へのあらゆる形態の虐待を禁止している。ただし、日本は、個人通報制度を有する、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の第二選択議定書及び拷問等禁止条約の選択議定書は批准していない。
国連拷問禁止委員会は2013年、弁護人の立会いなしに得られた自白が有罪判決を得るために使用されていることに懸念を表明した。また、国連の被拘禁者処遇最低基準規則(ネルソン・マンデラ・ルールズ)に沿って刑事施設の環境改善を勧告した[209]。
国連の恣意的拘禁関連作業部会は2020年11月、金融商品取引法違反及び特別背任罪の容疑がかけられていた外国人経営者カルロス・ゴーン氏の主張に対して、逮捕・勾留のプロセスは、氏が自由を回復することや、弁護人と自由に連絡できることなどの公正な裁判を受ける権利を享受することを妨げ、根本的に不公正であると述べた[210]。作業部会は、「独房監禁、運動不足、常時点灯の照明、暖房の欠如、また家族や弁護人との限られた接触」が、本人の防御能力を損なっていると付け加えた[211]。
接見禁止
日本の裁判所は「接見等禁止命令」をしばしば出す。これが出ると、被拘禁者は接見や授受等をする相手が弁護人だけに制限されてしまい、家族を含め、誰かと面会したり、手紙を書くことすら許されない[212]。裁判所は、被拘禁者からの具体的な要求に基づいて、この禁止命令を部分的に解除することができる。
国連の被拘禁者処遇最低基準規則(ネルソン・マンデラ・ルールズ)では、規則58で「被拘禁者は、必要な監督のもと、定期的に家族および友人と、以下の方法により連絡を取ることを許されなければならない。(a) 文通、利用可能な場合は遠距離通信、電子、デジタル及び他の手段、および (b) 訪問を受けること」と規定する[213]。
国連自由権規約委員会が一般意見で指摘しているように、一部の拘禁条件(家族との接見等禁止など)は、恣意的拘禁をもたらしかねない[214]。また、接見等禁止命令は、国連のあらゆる形態の抑留・拘禁下にある人々を保護するための原則(UN Body of Principles for the Protection of All Persons under Any Form of Detention or Imprisonment、被拘禁者保護原則)にも反している。同原則は、被拘禁者が外部との、特に家族や弁護人との連絡を維持する権利を規定している[215]。
迅速な裁判を受ける権利
すべての人は、「不当に遅延することなく」裁判を受ける権利を有している(市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条3項c)[216]。自由権規約委員会は、一般意見で、不当に遅延することなく裁判を受ける被告人の権利は、「被告人を自己の運命について不確かな状態にあまりに長く留め置くことを回避し」、未決拘禁の場合には「かかる自由の剥奪がその事案の状況で必要とされる以上に長引かないことを確保する」と述べている。委員会は、何が合理的であるかは、「事案の複雑さ、被告人の行為、および行政機関や司法機関によるその事件の取り扱い方」を考慮して、事件ごとの状況によって評価する必要があるとしている。被疑者・被告人が裁判所によって保釈を拒否された場合、「可能なかぎり速やかに審理されなければならない」としている[217]。
IV. 提言
内閣総理大臣・日本政府に対して
- 法の適正手続きと公正な裁判に関するすべての人の権利を、弁護人へのアクセスの問題や保釈を含めて、完全に尊重するための刑事司法制度改革を行うことを公に約束すること。
- 国連の「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の第二選択議定書、及び「拷問及びその他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」の選択議定書を署名、批准し、国際法に基づく個人通報制度へのアクセスを日本法の下でも保障すること。
法務省・検察庁に対して
- 保釈申請への対応を、無罪の推定と個人の自由に関する国際基準に沿った運用に改善すること。検察官は、裁判官の保釈決定に不服申立はしないこととすること。
- 刑事訴訟法第89条4号の誤った運用を止めること。この規定は保釈の例外として「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」の存在を認めているが、そのような証拠がない場合にも日常的に使用されている。
- 実質的に同じ事件を分割して逮捕を繰り返す実務慣行を廃止すること。
- 身体拘束されたすべての被疑者に対して、秘密を保持しながら弁護人に速やかにアクセスできるようにすること。
- 被疑者について、取調べ中を含め、全身体拘束期間を通して弁護人にアクセスできるようにすること。
- 全被疑者が、取調べ全過程で弁護人立会いを受けられるようにするための指示を発すること。
- 接見等禁止を請求する基準を見直し、被疑者・被告人が逃亡や証拠の隠滅を計画していることを示す十分な証拠がある限られた場合にのみとすること。
- 被拘禁者が、必要な監督のもと、定期的に家族及び友人と、文通及び面会に加えて、電話や電子メール、ビデオ通話などの、遠距離通信、電子、デジタル及び他の手段により連絡を取ることを許す制度とすること。
- 警察及び検察官が確実にかつわかりやすく被疑者に黙秘権を告知すること及び、被疑者が黙秘権を行使した場合には取調べを終了し、黙秘権を保障すること。
- すべての被疑者・被告人と弁護人が、検察が被告人に対して裁判で提出予定か、または被告人に有利な証拠や無実を証明する捜査証拠や資料など、すべてにアクセスできるようにすること。
- 全刑事事件の取調べ全過程について、すべての被疑者や参考人等への取調べも含めて、電子的に記録するなどの保護措置を実施し、その記録を被告人に提供し、裁判で使用できるようにすること。
- 取調べ全過程に弁護人が立会う権利を定めること及び、取調べの時間や方法に厳しい制限を設けることを含む、自白強制的な取調べをなくす措置を採用すること。国連の「あらゆる形態の抑留・拘禁下にある人々を保護するための原則」に則ること。同原則は、判断や決定の能力を損なう「暴力や脅迫、取調べ方法には、いかなる被拘禁者もさらされてはならない」としている。
- 国連自由権規約委員会における第5次日本政府報告書に対して2018年に示された総括所見に沿って、捜査、勾留、訴追の機能を分離させる措置をとること。同総括所見は、代用刑事施設制度(代用監獄)の廃止を勧告し、代用監獄が自白を得ることを目的とした、長期間に及ぶ人権侵害を伴う取調べの危険性を高めることに懸念を表明している。
- 法務省から独立した資格のある医療者が、拘禁中の被拘禁者の心身の状態を定期的にモニタリングし、評価する体制を確立し、その医療記録を被拘禁者と弁護人に開示し、かかりつけ医を受診できるようにすること。
- 本報告書の勧告を実施するために必要な法案を国会に提出すること。
国会に対して
以下の通り、既存の法律の改正、または新法を制定すること。
- 判決前に個人が拘束されることは、原則ないようにすること。起訴前拘束中に保釈を申請する権利を導入し、保釈に関する規定を、無罪の推定と個人の自由に関する国際基準に沿って改正すること。被告人が罪証を隠滅しそうであると示すしっかりした証拠がない場合でも、広く保釈申請の却下を認めている刑事訴訟法第89条4号を改正すること。検察官は、裁判官の保釈決定に不服申立はできないものとすること。
- 未決拘禁中の被告人が可能な限り速やかに裁かれること、また必要以上に長く勾留されることが決してないよう確保すること。
- 実質的に同じ一連の事件を分割して複数回逮捕する実務慣行を廃止すること。
- 被疑者が身柄を拘束されたときから48時間以内に、被疑者に対する裁判官の勾留質問が行われるようにすること。
- 身体拘束中の全被疑者が、取調べ中のすべての場合を含め、秘密を保持した状態で弁護人にアクセスできるよう、明示し、制度化すること。
- 弁護人の立会いがない取調べにおける自白は、被告人が同意する場合を除き、裁判の証拠とできない制度とすること。
- 当該接触によって真の保安上の危険が生じる限られた場合を除き、接見等禁止命令を廃止すること。
- 被拘禁者が、必要な監督のもと、定期的に家族及び友人と、文通及び面会に加えて、電話や電子メール、ビデオ通話などの、遠距離通信、電子、デジタル及び他の手段により連絡を取ることを保障する制度とすること。
- 被拘禁者が、憲法上の権利である黙秘権を告知され、その権利が現実に尊重されるようにすること。被疑者が黙秘権を行使した場合には取調べを終了することを義務付け、黙秘権を保障すること。被疑者・被告人には取調べを受ける義務がないと認めること。
- 全被疑者・被告人とその弁護人が、警察捜査及び取調べの記録、無実を証明する被告人に有利な証拠、裁判で提出予定の証拠などすべてにアクセスできるようにすること。
- 全刑事事件の取調べ全過程について、すべての被疑者や参考人等への取調べも含めて、電子的に記録するなどの保護措置を実施し、その記録を裁判で使用できるようにすること。
- 代用収容制度(代用監獄)を廃止し、国連の拷問禁止委員会の勧告に従って捜査と勾留の機能を分離すること。
- 取調べ全過程に弁護人が立会う権利を保障し、全刑事事件の取調べの時間や方法に厳しい制限を設けることで、自白強要的な取調べを廃止すること。
- 被疑者・被告人に対する公訴提起及び保釈への反対に関する検察官の裁量権を、実質的に制限し、かつ明確に定義することで、検察官権限の濫用をなくすこと。検察官は、裁判官の保釈決定に不服申立はできないものとすること。
- 法務省から独立した資格のある医療者が、拘禁中の被拘禁者の心身の状態を定期的にモニタリングし、評価する体制を確立し、その医療記録を被拘禁者と弁護人に開示し、かかりつけ医を受診できるようにすること。
- 「人質司法」による冤罪の疑いがある場合には、独立した調査委員会を設置すること。
最高裁判所に対して
- 「人質司法」による冤罪の疑いがある場合には、独立した調査委員会を設置すること。
- 裁判官を対象として、被告人の権利や国際人権法上の公正な裁判の規定に関する研修を定期的に実施すること。
- 裁判官の昇進については、政府が関係する事案でいかなる判断を行ったかを考慮することなく、職務上の能力のみで評価すること。
- 国際的な法的基準に沿って被疑者・被告人の権利を守るために、検察官の行為を司法として監視するよう裁判官に指示すること。
裁判所/裁判官に対して
- 無罪の推定と個人の自由という国際基準に沿って、保釈及び身体拘束に関する規定を適用すること。
- 実質的に同じ事件に基づいて容疑を分割する再逮捕事件について、検察官による逮捕や勾留の請求を認容しないこと。
- 未決拘禁中の全被疑者について、裁判所による被疑者への質問の全過程を含め、全身体拘束過程を通じて弁護人にアクセスできるようにすること。
- 弁護人の立会いがない取調べにおける自白は、任意にされたものでない疑のある自白として取り扱い、被告人が同意する場合を除き、裁判の証拠としないこと。
- 検察官から接見等禁止命令が請求された場合には、範囲と期間を区切った請求であり、かつそうした命令が国際基準の下で認められている限られた場合にのみ認容すること。
- 全被疑者・被告人とその弁護人が、警察捜査及び取調べの記録、被告人に有利な証拠、裁判で提出予定の証拠など、すべてにアクセスできるようにすること。
- 病気の人ないし病気の疑いの強い人に対して、本人の希望があれば、裁判所は勾留の執行停止(刑訴法95条)を積極的に活用して、かかりつけ医等の必要な検査や治療を実現すること。
検察官に対して
- 自白をしていない被告人による保釈申請に原則として反対する姿勢をやめること。
- 保釈申請への反対は、無罪の推定と個人の自由に関する国際基準に沿ってのみなされるようにすること。
- 全被疑者について、逮捕後から、取調べ全過程を含めて弁護人と速やかに秘密を保持してアクセスできるようにすること。
- 取調べ全過程で弁護人立会いを認めること。
- 接見等禁止命令については、範囲と期間が区切られ、かつ、そうした命令が国際基準の下で認められている限られた場合にのみ請求を行うこと。
謝辞
本報告書はアジア局シニアカウンセルのサループ・イジャスが、2020年1月から2023年2月にかけて行った調査に基づき執筆した。追加の文献調査、インタビュー調査、アウトリーチ活動は、日本代表の土井香苗、アジア局上級プログラムオフィサーの吉岡利代、ヒューマン・ライツ・ウォッチ東京オフィスのインターン里内晶が行った。
本報告書の内容は土井香苗、アジア局前局長のブラッド・アダムスが校正編集した。
法律及びプログラムの観点からは、法務部長のジェームス・ロス、プログラム局長代理のトム・ポーテオス、ダニエル・ハス上級プログラムエディターが校正編集を行った。専門家による監修を笹倉香奈教授に行っていただいた。報告書と関連物の日本語訳は箱田徹氏に、インタビューの通訳は熊野里砂氏に行っていただいた。宮塚タケシ氏が報告書および動画の漫画を描いてくださった。クリエイティブ面の指示はマルチメディア局長のイフェ・ファトゥネス、制作はヒューマン・ライツ・ウォッチ前上級マルチメディアエディターのリリアナ・パターソンが行った。
作成支援は、アジア局アソシエイトのクリストファー・チョイとオードリー・グレッグ、デジタルストーリーテリング局長のグレイス・チョイとデジタルオフィサーのトラビス・カー、及び上級総務マネージャーのフィツロイ・ヘプキンスが行った。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、調査方法についての助言や、インタビュー対象者の紹介等をして下さった全ての専門家の方々に厚く御礼を申し上げる。安部祥太准教授、趙誠峰弁護士、藤原大吾弁護士、郷原信郎弁護士、弘中絵里弁護士、石村信雄弁護士、金岡繁裕弁護士、村井宏彰弁護士、西愛礼弁護士、坂根真也弁護士、酒田芳人弁護士、佐々木さくら弁護士、澤康臣氏、白取祐司弁護士、高野隆弁護士、高山巌弁護士、田代浩誠弁護士、寺岡俊弁護士、徳永裕文弁護士、遠山大輔弁護士、和田恵弁護士、吉田京子弁護士(アルファベット順)のお名前を特にここに挙げさせていただき、深く御礼申し上げる。
またヒューマン・ライツ・ウォッチは、プロボノでの法律的助言を下さった細川兼嗣弁護士、寺口由華弁護士、雲居寛隆弁護士、藤波華恵弁護士をはじめとする現・元モリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所の先生方に深く御礼を申し上げる。これらの先生方による刑事司法制度の多国間比較調査および様々な法律的助言とご支援により、本報告書の出版が可能となった。
本報告書のために個人的な体験を私たちにお話し下さった、取調べや起訴を受けていたか、過去に受けたことのある方々と、そのご家族の皆様すべてに心より御礼を申し上げる。