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リビア:抑圧続くも、人権状況が少し前進

リビア政府は、自由な言論や結社を処罰する法律を廃止し、不当に投獄されている人を釈放し、刑務所での虐殺の犠牲者に法の正義を

(トリポリ)-リビアで、表現の自由が拡大し、刑法改正が提案されるなどしており、部分的とはいえ人権状況の改善がみられる。しかし一方で、弾圧的な法律による言論の封殺が続くとともに、国内公安機関(Internal Security Agency)による人権侵害が日常的に起きている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書で述べた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、本日、この報告書を発表する記者会見をリビアで開催する予定。本記者会見は、政治的に微妙と見られる問題についても国民的論議を引き起こすきっかけになると見込まれるが、こうした記者会見がリビアで開催されるのは初めてのことである。一方、2009年12月7日、著名な評論家ジャマル・エル・ハジ(Jamal el Haji)が逮捕された。彼の逮捕は、政府を批判することは、リビアでは今もほとんど許されていないという厳しい実態をあらわしている。

「リビアの首都トリポリで、リビアの人権状況を公開の席で論議すること自体、数年前までは考えられなかった。これは、リビア国民が自由な議論を許される限界が、徐々に拡大してきたことを示している」とヒューマン・ライツ・ウォッチの中東・北アフリカ局長サラ・リー・ウィットソンは語った。「リビア政府は、全てのリビア国民に対し、刑事処罰される恐れなく、自由に議論する権利を認めるべきである。政府を批判したからといって投獄をするのを止めなければならない。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは今年4月に10日間、リビアを訪問し調査を行った。この4月の調査訪問はヒューマン・ライツ・ウォッチにとってリビアへの直近の訪問となる。このときの訪問調査及び国外からの常時の人権状況モニタリングをもとに作成されたのがこの78ページの報告書「リビア:真実と法の正義は待てない」である。同報告書は、インターネット及び新しく発刊された2つの新聞が、政治的に微妙とみなされてきた一部の問題に関して、ジャーナリストがオープンに記事を書くスペースを提供しはじめているという前進を明らかにするとともに、同時に、表現の自由の行使に対して重い刑事罰が科されえるため、ジャーナリストたちが苦しい闘いを強いられている現状も明らかにしている。名誉毀損罪には重罰が定められており、ジャーナリストが裁判にかけられる事件が増加している。一方で、ジャーナリストが実際に投獄された事例はまだない。

リビア法務省は、不当に投獄されている人びとを釈放しようと努力しているが、国内公安機関の抵抗にあっている。リビアの国内治安機関は、リビア国民を意のままに投獄したり「失踪」させたりしながら、処罰されたり責任を問われたことのない機関である。リビア政府は、1996年にアブ・サリム(Abu Salim)刑務所で起きた虐殺事件に関して、損害賠償の支払いを申し出るなど、犠牲者の遺族の活動の拡大を容認しつつあるものの、虐殺事件に対するアカウンタビリティ(真相解明と責任の追及)はまだ全く果たしていない。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、アブ・サリム刑務所を訪れ、そこで囚人6名から聞き取り調査を行なった。また、トリポリ弁護士会及びジャーナリスト組合のメンバーや囚人の親族、元政治犯、アブ・サリム刑務所で殺害された人びとの親族などと面会するとともに、公安長官と司法長官にも面会した。

リビア法務省は、最も弾圧的な刑法条文の刑罰を軽減する2回目の刑法改正案を準備。これは重要な改革の一歩ではあるものの、「公務員侮辱罪」や「革命目的に違反した罪」など、政治的内容の言論を犯罪とする刑法規定は、未だに残っている。こうした現状のなかでも、国外に拠点を置く民間新聞社やウェブサイトのジャーナリストたちが享受する自由は拡大しつつあるものの、ジャーナリストたちは政府高官に対する批判はしないでいるほか、批判的な記事を書いたジャーナリストに対する検察当局の取調も続いている。12月7日、リビアの国内公安機関が、元政治犯エル・ハジを逮捕。リビア政府が政治犯を投獄し続けている実態をエル・ハジがインターネット上で批判したことと、今年9月のBBCのインタビューでリビア政府による人権侵害を厳しく非難したことを受けて、今回の逮捕となった。

リビア法務省は、国内公安機関に対し、不当に投獄中の囚人を釈放するよう求めるなど、自立した決定もいくつか行っている。リビアの裁判所は、アブ・サリム刑務所での虐殺事件の真相を明らかにするよう、リビア政府に命令。しかし、これまでのところ、国内公安機関も政府も、この裁判所命令に従ってはいない。リビアの多くの裁判では(とりわけ国家治安裁判所)、弁護士へのアクセスや上訴権などが制限されたままであり、適正手続に関する国際基準を満たしていない。

政治犯を恣意的に投獄していることで悪名高いアブ・サリム刑務所とアイン・ザラ刑務所は、国内公安機関が完全な支配権を持っている。司法長官によれば、刑期を終えたか、あるいは、リビアの裁判所で無罪判決を受けた囚人およそ500名が、国内公安機関の命令で投獄されたままである。例えば、リビア最高裁判所は2008年3月、非合法組織所属容疑で訴追されたマフムード・ブシマ(Mahmoud Boushima、英国とリビア2重国籍者)に対して無罪を言い渡したが、彼は、アブ・サリム刑務所に投獄され続けている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、4月の訪問時に彼との面会を要請したものの、国内公安機関に拒否された。

「不当に投獄中の人びとの問題にリビア法務省は取り組んでいる。これは正しい方向での重要なステップである。しかし、すべてのリビア人が知っているとおり、リビアでの真の改革を実現するためには、今のように、国内治安機関が法を超越した存在である限り不可能である」とウィットソンは語った。「改革の第一歩として、国内公安機関は、法的な根拠もなく拘束を続けている囚人500名を直ちに釈放しなければならない。」

国内公安機関は、容疑も明らかにせずに人々を拘束。起訴前の数ヶ月は、外界との接触を一切禁止して隔離拘禁する。加えて、スイスに本拠を置くリビア人権団体リビア・ヒューマン・ライツ・ソリダリティ(Libya Human Rights Solidarity)は、最大で30の「失踪」事件が未解決であると推定している。1978年から行方不明のままの著名なレバノン人聖職者イマム・ムサ・アル・サドゥル(Imam Musa al Sadr)師の事件や、アブ・サリム刑務所に投獄されていた1996年4月を最後に消息を絶っているリビアの反体制派グループのメンバー、ジャバッラ・マタル(Jaballa Matar)とイッザト・アル-メガルイエフ(Izzat al-Megaryef)の事件などである。国外に拠点を持つリビアの反体制派グループは、数百名にも上る政治囚たちが、不公正な裁判にかけられて懲役刑を科され、投獄されたままであると推定。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、独自にその数字の裏付けをとることはできなかった。リビアで最も有名な政治犯ファシ・エル・ジャフミ(Fathi el Jahmi)は約7年間拘束され続けた後、この5月に死亡。政治団体への所属を禁止する71号法を適用されて現在も拘禁中のリビア人の数をリビア当局に問い合わせたものの、今も回答はない。

「リビア政府は、指導者カダフィ大佐を侮辱したかどで15年の刑に処されたアブデルナセル・アル-ラッバシのような、平和的に意見を表明しただけで拘束されている全ての囚人を直ちに釈放するべきである」とウィットソンは語った。

スイス国籍のマックス・ゴルディ(Max Goldi)とラチド・ハムダニ(Rachid Hamdani)の両名は、2008年7月、リビアで10日間拘束されて入国査証の違反を問われて以来、リビア当局からリビア出国を許されない。この措置は、その数日前、ジュネーブでリビア指導者カダフィ大佐の息子ハンニバル・カダフィ(Hannibal Ghaddafi)がスイス当局に拘束されたことの報復と見られる。9月、治安機関員が、トリポリの病院からこの両名を拉致し、52日間隔離拘禁して外界との接触を完全に禁止。今月、入管審判所は、両名に対し、入国査証違反の罪で16ヶ月の刑を科した。この裁判では、両名の弁護士は有罪の証拠に対して反駁することは許されないなど、公正な裁判は行なわれなかった。

1996年6月にアブ・サリム刑務所でおきた囚人1,200名の殺害事件の遺族に対する政府の損害賠償支払に関連しては、重要な進展が見られた。しかし、刑務所で何が起きたのかの真相は未だ公けにされておらず、また、責任者の訴追もされていない。長い間、リビア政府は、虐殺が起きたことさえ否定していた。2008年年末まで、殺害された囚人たちの遺族の大多数は、情報を全くえられなかった。しかしながら2008年6月、アブ・サリム刑務所虐殺の被害者の一部の遺族たちは、裁判で、殺害された囚人たちにいったい何が起きたのか、真実を明らかにすることをリビア政府に命令する判決を勝ち取った。この裁判に続き、リビア政府は遺族たちに死亡証明書を発行し、リビア国内の裁判所や国際法廷でこれ以上裁判を起こさないことと引き換えに、最大20万リビア・ディナール(164,300米ドル)の損害賠償の支払いを提案し始めた。

殺害された囚人たちの多くがベンガジ(Benghazi)の出身であるが、このベンガジの遺族たちの大半は、政府の提案する条件で損害賠償金の支払いを受け入れるのを拒否。そして、何が起きたのかという真相を全面的に明らかにすることと、責任者の処罰を求めている。家族のスポークスパーソンであるモハメド・ハミル・フェルジャニー(Mohamed Hamil Ferjany、現在は米国に居住)は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、彼にとって「金は関係ない」と述べた。彼は「私たちの家族は苦悩の年月を過ごしてきたんです。弟が、いったいどこにいってしまったのかもわからないまま、15年の月日を耐えざるをえなかったんです。そして、弟が死んだという以外には何も書いていない、1枚の紙切れをもらっただけ。私たちは正義がほしいんです。」

2004年、リビア政府は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、アブ・サリム刑務所での囚人大量殺害事件に対する調査をすでに開始していると説明。しかし2009年4月、司法長官は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに、当該調査が行われていないことを認めた。9月、全人民防衛委員会(General People's Committee for Defense)は、アブ・サリム大量殺害事件を調査する目的で、捜査判事7名からなる調査委員会(元軍事法廷判事が団長)を設立。事件から13年目のことだ。

この数ヶ月の間に、ベンガジで、数百の家族が、真相究明とアカウンタビリティ(責任追及)そして適切な損害賠償を求めでデモ行進を行った。リビア政府がこのようなデモ行進を許可したのは初めてのことだったが、家族たちは、公安当局からの嫌がらせと脅迫にさらされたほか、逮捕された人もいる。

「お金だけでは十分でない」とウィットソンは語った。「リビア国民には、1996年のある一日だけで、1,200名もの囚人を殺害したというおぞましい事件について、いったい何が起きたのかという真相を知る権利とともに、虐殺の責任者たちの処罰を求める権利がある。」

リビアと欧州連合は、現在、一般枠組み合意の交渉中であり、12月16日に次回交渉が予定されている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、欧州連合に対し、一般枠組み合意締結の条件として、刑法改正や不当に投獄されている囚人の釈放などの主要な課題に関し、リビアの改革のための測定可能な基準を設定するよう強く求めた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、国連の強制的または非自発的失踪に関する作業部会(UN's Working Group on Enforced or Involuntary Disappearances)に対し、リビアの拘禁施設への訪問視察を要請することを求めた。

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