内閣総理大臣 高市早苗 殿
CC: 外務大臣 茂木敏充 殿
貴政権では、いわゆる「スパイ防止法」と「外国代理人登録制度」の制定を検討されていますが、私たち非政府組織(NGO)は、こうした法制度が、日本国憲法と国際人権法、とりわけ市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR:以下、自由権規約)に適合したものとなるよう、要請します。
私たちは、国家安全保障の確保や、政治における不正な資金の影響への対処が、民主主義的制度を促進・擁護する上で重要であることを認識しています。しかし同時に、日本政府がこれらの目的を追求するにあたっては、人権尊重の観点に立つことが不可欠です。すなわち、国家安全保障の目的で人権を制限し得るあらゆる措置は、適法性、必要性、そして比例性の原則に適合しなければなりません。また、いかなる制限も差別的であってはならず、加えて、悪影響を特定し防止するため、独立機関による監視が確保されることが極めて重要です。
とりわけ私たちは、検討されているスパイ防止法および外国代理人登録制度が、日本国憲法で保障されている基本的権利、具体的には思想および良心の自由(第19条)、集会・結社・言論・出版その他一切の表現の自由(第21条)、ならびに自由権規約に定められた諸権利を侵害することのないよう、日本政府に強く求めます。
スパイ防止法については、少なくとも以下の点を確実に担保しなければなりません。まず、「国家安全保障」の定義が国際人権法および国際基準に沿ったものであること。また「スパイ行為」「外国代理人」「政治活動」など、定義があいまいで過度に広範囲な用語を根拠に規制を科さないこと。さらに、表現の自由を保障する内容を盛り込むこと。これには「公益目的」に関する一般条項を設け、公益目的で情報を取集・公表する内部告発者、ジャーナリスト、研究者、活動家などの人権擁護者を明示的に保護することなどが含まれます。
外国代理人登録制度に関しては、自由権規約委員会や平和的集会および結社の自由に関する国連特別報告者などの国際人権メカニズムによる勧告に沿うべきです。同時に、市民社会団体が外国の資金を求め、受け取ることを不正に妨げたり、外国から資金を受け取ったという理由のみで罰則を科したりするものであってはなりません。さらに、政府は、両法律の施行状況を監視するため、国家安全保障と情報への権利に関する国際原則(ツワネ原則)に沿った、独立した監視機関を設置すべきです。
スパイ防止法と外国代理人登録制度と類似の法律を持つ国の多くが、こうした法律が国際人権法と国際基準を遵守していないと、国内、地域、そして国際的な人権機関に強く批判されています。本書で言及した要件は、国際人権の枠組みおよび国連人権機関の解釈に基づくものです。詳細については別添資料をご覧ください。
以上、ご検討くださいますようお願い申し上げます。本件ならびに共通の関心事項について、貴殿および関係する日本政府関係者と直接意見交換の機会を頂戴できますと幸甚に存じます。ご連絡は までいただけますと幸いです。
敬具
取りまとめ団体(3団体)
ヒューマン・ライツ・ウォッチ
公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
グリーンピース・ジャパン
署名団体一覧 (50音順 15団体)
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
監獄人権センター
グリーンピース・ジャパン
公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
国際協力NGOセンター
在日カンボジア救国活動の会
市民社会スペースNGOアクションネットワーク(NANCiS)
特定非営利活動法人 名古屋NGOセンター
特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウ
認定NPO法人開発教育協会
認定NPO法人国際子ども権利センター(C-Rights)
ヒューマン・ライツ・ウォッチ
不戦へのネットワーク
レイディー・リバティー香港
SFT日本
附属書:国際人権法および国際基準に基づく法的根拠
スパイ活動防止に関する法律
国際人権法上の適法性の原則を遵守する必要性
自由権規約のもとでは、法律が有効であるためには、一般人が自らの行為の結果、その法律に違反する可能性がある場合を合理的に予見できるほどに明確でなければならない。すなわち、法の条文は明確、精確かつ、予見可能性とアクセス可能性を備え、非恣意的であること―また、非遡及的に適用されることが求められる。
つまり、スパイ活動の防止に関するいかなる法案においても、「国家安全保障」を含む中心的な用語は可能な限り国際的な定義に沿うか、または限定的かつ明確に定義する必要がある。
日本国憲法および国際法に沿って、公益目的で情報収集及び開示する者を含むすべての人の表現の自由を明確に保護する
自由権規約の第19条第2項は「すべての者は、表現の自由についての権利を有する」「あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む」と定める。同第3項は、この権利は「他の者の権利又は信用の尊重」ならびに「国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」のために法律によって定められ、かつ必要な場合にのみ、一定の制限を課されうると規定する。
自由権規約について権威ある解釈を提供する独立専門機関である国連の自由権規約委員会は2011年、第19条に関する一般的意見第34号において、「締約国が表現の自由の行使に制限を課す場合、それらの制限はこの権利それ自体を危うくするものであってはならない」と述べるともに、「締約国は、反逆罪その他の国家安全保障に関する条項が、その名称が公務秘密漏洩罪や煽動罪などであれ、本条第3項の厳格な要件に適合するかたちで制定・適用されるよう、極めて慎重でなければならない。例えば、国家安全保障を損なわない正当な公益情報を抑圧または秘匿するためにこうした法律を援用したり、当該情報を流布したジャーナリスト、研究者、環境活動家、人権擁護者などを訴追することは、本条第3項に適合しない」と指摘した。
したがって、提案されるいかなる法律においても、内部告発者、ジャーナリスト、研究者、活動家、独立したオブザーバーなど公益目的の情報収集者を明示的に保護するため、公益の抗弁を含めたセーフガードが盛り込まれるべきだ。
外国代理人登録制度
市民社会団体が外国の資金を求め、受領し、利用できるようにする
平和的集会及び結社の自由に関する国連特別報告者は2012年、「登録・未登録を問わず、いかなる結社も、個人、企業、市民社会団体、政府、国際機関を含む国内・国外・国際的な主体から資金とリソースを求め確保する権利を有する」と述べ、「多くの国において、国内資金は極めて限られているか存在しないため、結社はその活動を行う上で国外の支援に頼らざるを得ない」と付け加えた。
したがって、いかなる法案も、市民社会団体が外国に籍を置く主体からの資金を求め、受け取る能力を禁止・阻害するものであってはならない。
市民社会団体のスティグマ化および誤解を防ぐ
2025年3月、ジョージア議会は「外国代理人」法を可決した。同法は、外国の委託者から、曖昧に定義された「影響」の下で活動するか、そこから資金を受け取り、かつこの委託者の利益のために「政治活動」に従事する個人と団体に対し、「外国代理人」として登録することを義務付けている。また、過度に詳細な年次財務申告書の提出、公表から48時間以内のあらゆる公開声明の写しの提出、およびこれら声明すべてへの「外国代理人」という侮蔑的ラベルの付記を義務付けている。従わない場合、最長5年の刑を含む刑事罰が科される。
欧州評議会の憲法問題諮問機関であるベニス委員会は、同法が課す権利制限は「民主主義社会における適法性・正当性・必要性の要件」を満たしていないと結論付け、当局に対して同法の廃止を「強く勧告」すると結論づけた。
2024年、キルギスでは抑圧的な「外国代表者」法が制定された。この法律は、いかなる額であれ外国資金を受け取り、曖昧に定義された「政治活動」に従事する非政府組織に対し、「外国代表者」というスティグマ化された呼称を適用する。この法律の成立前から、欧州安全保障協力機構(OSCE)民主制度・人権事務所のマッテオ・メカッチ所長はこの法案が成立すれば、市民社会、人権擁護者、メディアに悪影響をもたらすことになると述べていた。
ハンガリーは2017年、外国資金を受け取って、ほぼすべての種類の活動に従事する非営利組織を標的とした「NGO透明性法」を可決した。対象団体は、あらゆる出版物やオンライン資料で「外国資金提供組織」であることを宣言するよう義務づけられた。この法律は2021年、欧州司法裁判所が、EU基本権憲章などEU法に違反するとの画期的判断を示したことで廃止された。同裁判所は、資金調達へのアクセス権を結社の自由の本質的要素の一つと認め、こうした法律が結社の活動への不信感を助長しうる萎縮効果をもたらすことを認定した。
2024年、欧州人権裁判所はロシアのいわゆる外国代理人法が表現の自由と結社の自由を侵害するとの判断を示した。同裁判所は、「公的なコミュニケーションにおいてスティグマ化し誤解を招く『外国代理人』のラベルの使用を義務付けることは……強制的な自己スティグマ化の環境」を作り出すと認定した。また、ロシアの立法が「全体主義体制の特徴を備えている」と指摘した。これは、ロシアの法律が集会・結社の自由への権利を侵害するとした2022年の欧州人権裁判所判決に続くものだ。
2024年の判決は、ラベリング要件が伴うリスクを明らかにしている。こうしたラベリングによって、政府は市民社会団体に対する弾圧を、市民活動に対する露骨な政府統制よりも一定の社会的受容を得やすいナラティブを通じて提示することができる。また、市民的・政治的権利、平等、反差別といった、こうした組織の多くが取り組む大義を、普遍的価値ではなく外国勢力の思惑として正当性を奪う効果もある。
したがって、提案されるいかなる法案においても、外国の資金源から資金を受け取っているという一事をもって、市民社会団体に「外国代理人」のラベルを付すべきではない。また、法の恣意的な運用を防ぐため、「外国代理人」「政治活動」を含む法律条文の核心的用語は限定的かつ明確であるべきだ。
独立した監視
国際的な最良基準に沿った独立監視機関を設置する
ツワネ原則の第31原則は、「国家は……安全保障部門の組織を監視するための独立監視機関を設置するべきだ。監視項目には、機関の活動・規則・指針・財務・管理運営が含まれる。このような監視機関は、監視対象機関からは、組織・運営・財政の面で独立しているべきだ」と定める。
したがって、日本政府は、スパイ防止法および外国代理人登録制度の法制化を含む情報活動能力の強化を決定する場合には、ツワネ原則に沿った独立監視機関を設置すべきだ。日本弁護士連合会は2026年2月20日の声明で、日本の情報機関を監視する目的で、こうした機関を設置するよう日本政府に求めている。