(ニューヨーク)–ビルマ政府の治安部隊は、アラカン州(ヤカイン州)北部で発生した宗派間暴力について、イスラム教徒のロヒンギャの大量逮捕と違法な実力行使で対応している、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。地元警察、軍隊、ナサカ(=国境警備隊)は、2012年6月上旬に発生したロヒンギャ民族と、大多数が仏教徒であるアラカン民族との間の暴力的な争いを鎮圧するにあたり、イスラム系住民の割合が圧倒的な複数の郡で多数の人権侵害を引き起こしている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチはビルマ政府に対し、恣意的かつ外部交通を遮断した状態での拘禁を停止し、重大な人権侵害に関与した治安部隊については、現場から外した上で責任を追及するよう強く求めた。当局は、国連や独立した人道組織、報道機関に対し、当該地域への安全なアクセスを保障すべきだ。
「ビルマ政府は、ロヒンギャ系住民に治安部隊が行っている大規模な人権侵害を即時停止すべきだ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理 エレイン・ピアソンは述べた。「被拘禁者全員が直ちに起訴か釈放されるべきであり、親族のアクセスも直ちに認められなければならない。」
アラカン州北部での宗派間暴力の勃発時点から、ビルマ政府の治安部隊は殺害などの人権侵害に関係していた、とヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。たとえば6月23日に、マウンドー近くの村で、治安部隊は暴力から逃れるために畑や森に隠れていたロヒンギャ系の村人約20人を追跡、発砲した。全体の死傷者数は不明だが、ある生存者のヒューマン・ライツ・ウォッチへの証言によれば、一団となって逃げていた若い男性8人のうち、治安部隊の発砲後に無傷で逃れたのは2人だけだった。
「皆とても怖がっていました」とこの男性はヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。「隊員たちがやってくるのが見えたので、私達はその場を離れ、村から出ようとしました。水路があるのですが、中にはそれを越えられない人がいました。すると軍は発砲し、射殺しました。」
今回の宗派間暴力のきっかけは、5月下旬にアラカン系の女性1人が、アラカン州南部のラムリ島で3人のムスリム男性によって強かん、殺害されたとされる事件が起きたことだ。6月3日にはトンゴップで、アラカン民族の暴徒によりムスリム10人が殺害された。6月8日、ロヒンギャ民族数千人がマウンドーで暴動を起こし、アラカン民族の財産を破壊し、正確な数は不明だが複数の死者を出した。その後ロヒンギャ民族の集団は州全域で殺害などの暴力事件を起こし、アラカン民族の家屋や村を焼き討ちした。アラカン民族の集団はロヒンギャ民族への暴力行為を行い、一部は地元当局や警察とも衝突した。殺害や殴打のほか、イスラム系住民の家屋や村が焼き討ちの被害にあった。
6月10日、テインセイン大統領はアラカン州北部に非常事態を宣言した。これにより国軍はもっとも基本的な適正手続抜きで人びとを逮捕、拘禁できる。国軍は今回の宗派間暴力をおおむね沈静化させたが、治安部隊のロヒンギャ民族への人権侵害がここ数週間で急増している、とヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。
地元警察とナサカは、宗派間抗争に関わったロヒンギャ民族の容疑者を捜索するとの名目で、ロヒンギャ民族を大量逮捕している。7月1日付の国営紙『ニューライト・オブ・ミャンマー』は、6月3日の殺害事件でアラカン民族30人が逮捕されたことを伝えた。しかし、アラカン州北部で現在起きている大量逮捕は差別的にも思われる。地元当局は刑事犯罪を行った疑いのあるアラカン民族の捜査も身柄の拘束も行っていない模様のためだ。被逮捕者の数や具体的な容疑についての報告は一切ない。
目撃者はヒューマン・ライツ・ウォッチに対して、治安部隊がマウンドー郡内のロヒンギャ民族が多数を占める地域で暴力的な襲撃を行い、住民に発砲したほか、住宅や商店で略奪を行ったと述べた。複数の村で、警察とナサカがロヒンギャ民族を自宅から引きずり出し、激しい殴打を加えている。マウンドーの中心部から離れた地域の住民の話によれば、6月中旬に女性と子どもなどロヒンギャ民族数十人がナサカのトラックに乗せられてどこかに連れ去られ、現在まで行方不明だ。
ロヒンギャ民族の大量逮捕はブティーダウンとラテーダウンでも起きている。マウンドー郡での証言によれば、棒や刀を持ったアラカン系男性が治安部隊と共にロヒンギャ民族の村を襲撃している。ロヒンギャ系男性(27)はヒューマン・ライツ・ウォッチに対してこう述べた。「親戚のうち25人が捕まりました(……)。私は姪のうち2人が軍とナサカに連行されるところを目撃しました。田んぼにある大きな堤に隠れてやりすごそうとしたのですが、アラカン民族に見つかり、長めの短刀で刺されたのです。アラカン民族は姪たちを刺した後で、刑務所に連れて行ったのです。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチは仏教寺院やモスクの破壊とともに、宗派間暴力の期間中にアラカン民族とロヒンギャ民族の家屋数千軒が全焼したことを記録している。この結果、9万人が住んでいた土地を離れ、一時キャンプや共有地に、アラカン民族とロヒンギャ民族で分かれて避難している。ロヒンギャ民族数百人が一番近い国境からバングラデシュ側へと避難したが、多くがバングラデシュ国境警備隊により追い返された。
「アラカン州で起きた暴力事件はロヒンギャ民族とアラカン民族双方のコミュニティに甚大な被害を及ぼした。しかし責任者の特定と逮捕に向けた政府の努力が、さらなる人権侵害を引き起こしてはならない」と前出のピアソンは指摘する。「宗派間暴力と非常事態宣言を盾にして、治安部隊がこれまでのように、ロヒンギャ系住民への人権侵害や差別を行うことは許されない。」
ビルマ政府はアラカン州北部(マウンドー、ブッティーダウン、ラテーダウンの3郡からなる地域。住民の大半はムスリム)への国際社会のアクセスを制限し、ロヒンギャ系住民の移動を厳しく制限している。ナサカはこれまで長年にわたり、ロヒンギャ民族への恣意的拘禁のほか、被拘禁者には拷問などの様々な人権侵害を行ってきた。この事実は今回の大量逮捕に関して深刻な懸念を生んでいると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
今回の暴力事件が発生して以来、政府は当該地域での独立調査を許可していない。6月6日、テインセイン大統領は政府内にハイレベル委員会を設置し、事件の原因究明と関与者の特定、勧告の作成を命じた。委員会は8月30日までに調査結果を発表の予定だ。しかし、メンバーに現地治安部隊とアラカン州当局者が含まれている。このため調査委員会の独立性と客観性には懸念が残ると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。
ビルマ政府は、ビルマの人権状況に関する国連特別報告者のトマス・キンタナ氏をアラカン州に招き、治安部隊の暴力と行動について緊急視察を行うよう求めるべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。当局はただちに全拘禁施設の位置を開示し、被拘禁者全員の氏名を発表し、直ちに裁判を行うとともに、独立した人道組織の全施設に対する出入りを認めるべきだ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、アメリカ合衆国、欧州連合、ASEAN、オーストラリア、日本、その他ビルマの人権状況を憂慮する諸国に対し、ビルマ政府に、今回の暴力事件に関する入念な独立調査の実施を許可するとともに、被拘禁者の基本的権利の尊重を確約するよう強く求めるべきだと訴えた。また各国はバングラデシュ当局に対し、暴力から逃れた人びとに対する送還や入国拒否を行わず、一時的保護を提供するよう要請すべきだ。
「ビルマ政府は国内での政治変化が民族州にも拡大していること、そして地元当局による人権侵害は今後容認されないことをはっきり示すべきだ」とピアソンは述べた。「つまり人権侵害を停止し、実行者を処罰するとともに、独立調査をただちに許可すべきである。」