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岐路に立つ対人地雷禁止条約

相次ぐ脱退の動きや違反 議長国日本に求められる役割は

ウクライナの地雷除去活動のために日本から寄贈された金属探知機、キーウ、2023年11月20日。 © 2023 Kyodo via AP Images

4月4日は、国連が定めた「国際地雷デー」です。ロシアによるウクライナ侵攻で対人地雷が供与・使用され、条約加盟国が脱退の動きを見せるなど、いま危機にある対人地雷禁止条約。今年の議長国・日本が果たすべき役割とは何か――。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)危機・紛争・武器局のメアリー・ウェアハム局長代理と、HRW日本代表の土井香苗弁護士が連名で論考を寄せました。

紛争下の民間人を守り、発展してきた対人地雷禁止条約

4月4日は、地雷に関する啓発と地雷除去支援のために国連が定めた「国際地雷デー」。しかし、まもなく成立から30年を迎える対人地雷禁止条約(オタワ条約)*は、重大な危機に直面しており、今年、同条約の議長国をつとめる日本政府には、果たすべき重大な役割がある。

*対人地雷禁止条約(オタワ条約)=1999年3月1日に発効し、対人地雷の使用や生産、移譲、貯蔵などを禁止する。165の国が加盟。

どういうことか。

思い起こしていただきたい。約30年前の1997年12月3日、国際障害者デーに署名が開始された対人地雷禁止条約は、紛争下の民間人を守る前進として世界中で歓迎された。

条約交渉(オタワプロセス)では終始消極姿勢だった日本政府を一変させたのは、小渕恵三外務大臣(当時)だった。そして、小渕外務大臣は、1997年にカナダ・オタワで行われた上記の署名式で同条約に署名。「21世紀に私たちの子孫が地雷の脅威にさらされない世界に住めるよう」に誰もがこの条約を履行し、順守することを望むと高らかに表明した。

人を無差別に殺傷するのが対人地雷だ。被害者の多くは子どもである。しかし被害はそれにとどまらない。地雷が敷設された土地では住民に移住を余儀なくされる。人道支援の実施は妨げられ、営農を難しくし、紛争からの社会経済的復興は障壁となる。

こうした悲劇を止めるために作られた対人地雷禁止条約は、強力な基準と最良の枠組みを提供する条約だ。対人地雷の厳格に禁止すると同時に、加盟国に対して地雷除去・廃棄、そして被害者支援を義務付ける措置を組み合わせた内容となっている。

こうした点が評価され、私たちヒューマン・ライツ・ウォッチが共同創設した地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)は1997年、コーディネーターのジョディ・ウィリアムズ氏とともにノーベル平和賞を受賞した。

そして、条約成立から約30年。1999年の条約発効以来、対人地雷禁止条約は著しい進展を遂げた。加盟国は165カ国に及び、アフリカ連合(AU)全加盟国、欧州連合(EU)全加盟国、米国を除く北大西洋条約機構(NATO)全加盟国もメンバーだ。当時55カ国以上を数えた対人地雷の生産国が今では十数カ国にまで激減した。締結国の備蓄地雷5500万個以上が廃棄され、33カ国が自国の領土から対人地雷を完全撤去した。

さらには、2023年には地雷除去や被害者支援など地雷対策への世界全体での資金拠出額が初めて10億ドルを超えた。原動力となったのは3億800万ドルに上るウクライナへの多額の支援である。かつて対人地雷の生産・輸入国だった日本も、2003年2月には保有していた約100万個の対人地雷の廃棄を完了している。

ロシアの軍事侵攻で条約脱退の動きが増加、加盟国による違反も

この30年の輝かしい前進にもかかわらず、2025年現在、対人地雷禁止条約は重大な危機に直面していると言わざるを得ない。複数の国が条約からの脱退をほのめかしているほか、新たな地雷使用で犠牲者が生まれ、さらには米国政府が地雷除去への資金援助を凍結しているからだ。

日本政府は、2025年の対人地雷禁止条約の議長国(議長は市川とみ子軍縮会議日本政府代表部大使)である。世界の注目が日本に集まっている。日本政府には、今年12月にジュネーブ国連本部で予定されている重要会議・第22回締約会議までに、これらの重大な課題の解決策・対処策をみつけるリーダーシップを発揮することが求められるのだ。

対人地雷禁止条約が直面する課題の詳細は、年次報告書『ランドマイン・モニター』に詳しいが、以下、日本政府の強いリーダーシップが今年必要な分野を簡潔に示す。

まず重大な課題の一つが、対人地雷禁止条約に加盟していない国々に働きかけ、条約に加盟させることだ。最後に地雷禁止条約に加盟した国は2025年3月12日に批准したマーシャル諸島だ。

非加盟国の一つが米国。それ以外に、中国、インド、イラン、イスラエル、北朝鮮、パキスタン、ロシア、韓国も非加盟だ。

対人地雷条約の締約国でない国々による新たな使用も大きな問題だ。例えば、ロシアは2022年2月にウクライナに全面侵攻して以来、同国で対人地雷を大規模に使用し続けているため、民間人数千人が犠牲となり、広大な土地が汚染されている。

こうしたロシアの対人地雷の使用は、近隣国の安全を脅かし、条約脱退の動きにつながっている。

ポーランドと、エストニアとラトビア、リトアニアのバルト3国の国防相は3月18日、「軍事的脅威が増している」として対人地雷禁止条約脱退を自国に勧告する共同声明を出した。リトアニアはクラスター弾禁止条約からも3月6日に脱退している。

フィンランドは2012年に対人地雷禁止条約に加盟したものの、現在、脱退の是非が議論されている。

ウクライナは対人地雷禁止条約の締約国であるにもかかわらず、2022年に、またより最近にも、ウクライナ軍が対人地雷を使用したという信頼に足る証拠がある。また、2024年11月以降、ウクライナは米国から少なくとも2回の対人地雷の移転を受け入れており、対人地雷禁止条約への度重なる違反行為を犯している。

いずれも民間人の生命を危険にさらし、国際人道法を損なう遺憾な動きだ。

ミャンマー軍政下でおびえる村人、地雷原の畑で遊ぶ子供たち 

非加盟国のミャンマーでは軍政下にある国軍が1999年から対人地雷を繰り返し使用している。複数の非政府武装勢力も同様だ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは2023年10月、2022年以降にミャンマーの地雷サバイバーの民間人15人(うち子ども3人)と50人を超える反政府勢力の兵士を治療したある外科医にインタビューを行った。

この医師は、地雷が村や農場、軍事キャンプ周辺に設置されていることを指摘し、こう話した。「村人はおびえていますが、米やトウモロコシの収穫時期になると戻らざるを得ません。子どもたちは畑について行くことになる。そして、そこで遊ぶのです」。

ある地雷サバイバーは、ミャンマー西部ラカイン州にあるアウク村から逃げるさなかの2024年8月9日に対人地雷を踏んだとヒューマン・ライツ・ウォッチに話した。「私がもうひとりの村人と幹線道路を歩いていると地雷が足元で爆発した」という。この男性はその場で意識を失った。村人たちが彼を川岸まで運び、そこから国境を越えてバングラデシュ側に運んだ。彼は病院で左足下部の切断手術を受けた。

状況のいかんにかかわらず、誰の使用であろうと、あらゆる対人地雷の使用は非難されるべきだ。 即席爆発装置(Improvised Explosive Device)について「手製だから合法」などの主張がされることがあるが、被害者が起動させるタイプの爆発装置は、現地で入手可能な材料で即席に作られたものか、工場で製造されたものかにかかわらず、条約によって禁止されていることに注意すべきだ。

無論、いかなる兵器も軍事的な有用性をもたらす可能性がある。しかし兵器の中には、その無差別性がきわめて強いため、民間人への被害や人道的影響を考慮して容認できないとされるものがあり、対人地雷もその一つだ。2023年に確認された全死傷者のうち84%は民間人で、年齢が判明している死傷者のうち37%は子どもだった。

トランプ政権下で細る人道支援、議長国・日本に期待される役割

日本政府がリーダーシップを発揮して対処すべき課題の最後に挙げたいのが、支援の確保の問題だ。条約の掲げる人道的目標を達成するためには、支援を必要とするすべての国に十分な支援が確保されるよう各国政府が確保することが必要だ。

米国は対人地雷禁止条約に署名していないものの、過去30年にわたり、地雷除去や地雷生存者のリハビリプログラムへの人道支援では世界最大の拠出国だった。しかし、トランプ大統領が1月20日に就任してから数日のうちにその資金提供は停止され、この重要な支援が継続されるかどうかは不明なままだ。

米国政府の支援資金が中断しているため、世界中の国際機関やNGOの地雷除去作業員やリハビリ提供者たちなどが、大きな困難に直面している。米国の資金援助が打ち切られる可能性があるため、その減少分を補うために、日本政府をはじめとするドナーからの拠出がこれまで以上に重要となる。

重要な年、2025年に対人地雷禁止条約の議長国をつとめる日本政府。人道的軍縮の規範を守り推進するために、諸問題の解決と対処に向けた最大限のリーダーシップが求められる。世界の目が日本に注がれている。

 

メアリー・ウェアハム(Mary Wareham)ヒューマン・ライツ・ウォッチ危機・紛争・武器局長代理。

2012~2024年、HRW旧武器局でアドボカシー・ディレクターを務め、人道的軍縮の推進と、さまざまな武器からの民間人の保護強化に取り組んだ。2012~2021年に「ストップ・キラーロボットキャンペーン」のコーディネートを担当。

土井香苗 ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表

1975年生まれ。弁護士として日本への難民の法的支援などに関わった後、HRW東京事務所設立。人質司法の解決にも取り組む。

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