(バンコク)―カンボジア当局は、同国において新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の影響に懸念を表明した人びとを、いわゆる「偽ニュース」を拡散しているとして逮捕するのをやめるべきだ、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは2020年1月末以降、新型コロナウイルス感染症に関する情報を共有したとして、17人がカンボジアで逮捕されたことを調査・検証した。これらには、解党に追い込まれた野党カンボジア国民救国党(CNRP)党員または支持者4人が含まれ、全員が勾留下にある。当局はまた、自分の学校や州で感染者が出たといううわさについて、ソーシャルメディアに怖いと投稿した14歳の少女を逮捕・尋問した。今後は「偽ニュース」を拡散せず、また謝罪するという誓約書に署名をした12人は釈放されている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局局長代理フィル・ロバートソンは、「カンボジア政府は新型コロナウイルス感染症の発生を悪用して、ウイルスや政府の対応を憂慮する野党活動家ほかの身柄を拘束している」と指摘する。「政府は言論の自由の侵害をやめ、新型コロナウイルス感染症について正確かつタイムリーな情報の提供に努めるべきだ。」
3月22日の時点で報告された国内の感染症例は86件。フンセン首相は当初、同国における感染リスクを軽視する態度をみせ、1月30日の記者会見ではマスクを着用している記者や関係者を定例記者会見から追放すると脅した。3月17日にはその路線を変更して、イタリア、ドイツ、スペイン、フランス、米国、イランに対し30日間の一時入国禁止措置を発動した。が、数百人規模の中国人兵士が参加する合同軍事演習は予定どおり開催されている。
フンセン首相はこれまでのところ、強力な疾病監視システムに基づいた公衆衛生の広報活動の実施や、感染例を把握する検査システムの構築、またはウイルスが国民にもたらす重大リスクの承認さえ怠っている。報告された症例が比較的少ないのは、十分な検査の実施や必要な情報の共有が不十分なためではないかという疑問も残る。
逮捕された17人のうち5人は、シェムリアップ、ポーサット、ココン、首都プノンペン、タケオ、カンポット、プレイベンの7州に住む女性だ。訴追された人びとは、扇動・陰謀・偽情報の拡散といった刑法違反を問われている。
3月9日の演説で、フンセン首相はプレイベン州の救国党党員Long Phary氏を逮捕するとあからさまに威嚇した。プノンペン警察は3月18日に同氏を逮捕し、国内にウイルスが蔓延しているといううわさを電話で話していたのが理由だと氏に伝えている。政府は使用電話の内容をどのようなかたちで知ったかについては言及していないが、これまでにも市民社会活動家や野党党員に対して不正な電話盗聴を行ってきた。
3月17日にはプノンペン警察がプレイベン州の救国党青年党員Ngin Khean氏(29歳)を逮捕。当局は同氏がFacebookで新型コロナウイルスについて「偽ニュース」を拡散したと主張している。氏はプノンペンのプレイサル刑務所に公判前勾留され、重罪となる陰謀および扇動の罪で訴追されている。
3月11日、シェムリアップ警察が当地の救国党支持者Phut Thona Lorn氏(別名:Lorn Ly)を逮捕。逮捕前に同氏はFacebookプロフィールで2本の動画を共有していた。動画のなかの話し手は、陽性反応を示した外国人入国者の対応について、カンボジア政府がベトナム政府の支援を必要としたと述べている。当局が「偽ニュース」を拡散したとして同氏を告訴、シェムリアップ州裁判所が虚偽情報の拡散で訴追した。警察は逮捕前に1週間、氏のFacebookアカウントを「監視」していたとしているが、監視の法的根拠については説明していない。同氏はシェムリアップの州刑務所に勾留されている。
3月18日、情報省は47のFacebookユーザーおよびページが新型コロナウイルス感染症に関して誤った情報を拡散、国内に恐怖を引き起こしたり、政府の評判を傷つけようとしたと主張。同月20日、ソー・ケン内相は、「混乱でかきまわすため」に新型コロナウイルスの偽情報を拡散した個人はすべて法的措置に直面することになると警告した。
国際人権法のもと、カンボジア政府はあらゆる種類の情報を模索・入手・伝達する権利を含む表現の自由を保障する義務がある。どの政府にも健康権を含む諸権利の保護・促進に必要な情報提供が義務づけられている。公衆衛生上の理由から表現の自由に対して許容される制限が基本的権利そのものを侵害してはならない。新型コロナウイルス感染症で権利を尊重した対応をするには、正確かつ最新な情報、公共サービスへのアクセス、サービスの中断に関する告知、対策をめぐるそのほかの側面を保障する必要がある。
新型コロナウイルス感染症に関連したカンボジア政府による野党党員および支持者への嫌がらせ行為は、インターネット上やそれ以外で自らの考えを表明する市民社会活動家・独立系ジャーナリスト・一般市民に対する、これまでの広範に及ぶ弾圧の一環だ。政府は、「偽ニュース」法およびサイバー犯罪法の採択、メディア法の改正をすると繰り返し述べている。そうなれば、表現の自由を制限し、反体制派とみなした市民に対する恣意的かつ自由自在な監視が拡大する可能性が高い。
もっとも近時の弾圧は、最高裁判所が2017年11月に政治的根拠で救国党を解党させて以降の党員と支持者に対する一連の嫌がらせや逮捕に基づいている。2019年8月〜11月にかけて、当局はさまざまな訴追内容で60人超の党員を恣意的に逮捕または拘禁したが、その多くが扇動およびクーデタ計画で訴追された。過去に国外に追放され、11月9日にカンボジアに帰国する予定だった救国党の指導者たちを迎え入れるために集結したためだった。
ロバートソン局長代理は、「新型コロナウイルス感染症の発生という国家的な危機の最中にもかかわらず、カンボジア政府が大規模な広報活動を実施する代わりに、インターネット上の批判者を沈黙させることにより関心を寄せているようにみえることに恐怖を感じる」と述べる。「人権の推進を目指す諸外国政府およびドナーはカンボジア政府に対し、まずは表現の自由の保障を手始めに、新型コロナウイルス感染症対策で人権尊重アプローチを採用するよう圧力をかけるべきだ。」