(ニューヨーク)-アジアの多くの過密で不衛生な刑事施設その他の収容施設は、被拘禁者と職員、また広範な人びとの身体的・精神的健康を脅かす、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)流行の重大なリスクにさらされていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。
新型コロナウイルス感染症の流行を阻むため、アジア諸国の政府当局は、基本的権利を行使したために拘禁されている被拘禁者を訴追せずに釈放するとともに、軽微で暴力を伴わない罪で拘禁されている被拘禁者を直ちに釈放すべきだ。当局は高齢の被拘禁者や、感染すれば命を失うリスクの高い、基礎疾患を持つ被拘禁者の釈放も検討すべきである。
「アジア地域の過密な刑務所や拘置所では深刻な危機が生じつつある」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア・アドボカシー・ディレクターのジョン・シフトンは指摘する。「アジア諸国の政府には、政治囚などそもそも拘禁されるべきでない人びとの釈放や軽微な犯罪で拘禁されている人びとを釈放し、被拘禁者数削減への早急な取り組みが求められている。」
囚人数世界上位10カ国のうち、5つはアジアだ。中国は、新疆ウイグル自治区の「政治教育」収容所の100万人や、「黒監獄」や「収容教育」施設に収容されたり、その他の超法規的拘禁措置の対象となっている人数(総数は不明)を含めず、公式の囚人数だけで世界第2位だ。インド、タイ、インドネシア、フィリピンも上位10カ国入りしている。
ロンドン大学バークベック校犯罪政策研究所(ICPR)によると、アジアの刑務所や拘置所の多くは過密状態にあり、インドネシア、カンボジア、バングラデシュの刑務所の収容率は200%を超えている。フィリピンは収容率が464%と世界で最も過密だが、500%を超える施設もある。
多くのアジア諸国では、判決前拘禁者の割合の高さが過密の主な原因だ。例えばフィリピンでは、被拘禁者の75%が有罪判決を受けておらず、多くの被拘禁者が公判まで何年も待たされている。バングラデシュとインドの判決前被拘禁者の割合はおよそ80%と67%だ。
フィリピンでは、拘置所の過密がこの数週間でいっそう悪化した。当局が外出禁止令や検疫隔離措置違反容疑で17,000人を新たに逮捕したためだ。なかには未成年者も多い。多くの場合、施設での保健・医療は貧弱だ。マニラ近郊にある国の刑務所では、毎年、被拘禁者の2割にあたる5,000人が死亡している。しかし、政府は差し迫る危機を回避するための重要な措置をまったく講じていない。拘置所への面会禁止と、体調の悪い職員の自宅隔離が指示されただけだ。
ミャンマーは、市中でも過密な刑務所でも、コロナウイルス感染症の流行に対処する設備が特に不足している。ビルマ政治囚支援協会によると、国内には刑務所と労働収容所が計100か所ほどあるが、全体で医師は30人、看護師は80人しか配置されていない。
国連の拷問防止小委員会は3月25日、各国政府に対し、「非拘束的措置のための最低基準規則」(東京ルールズ)が定める非拘束的措置を十分に考慮した上で、「刑務所の収容人数やその他の被拘束者の人数を可能な限り削減する」ことを呼びかけた。
ミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官も、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(感染爆発)封じ込めに向けた全体的な取り組みの一環として、各国政府に対し、被拘禁者数を減らすよう呼びかけている。「今こそこれまで以上に、各国政府は、政治囚や、政府に批判的な見解や反対意見を表明しただけで拘束されている人も含めた、十分な法的根拠がなく拘束されているすべての人を釈放すべきである。」
軽微または暴力を伴わない違反行為の容疑で拘禁され公判を待つ人や、逃亡のおそれが高くない人などは直ちに釈放されるべきだ。このほかにも、アジア各国の政府は、次の理由で拘禁されている人びとについて、拘禁の代替措置を検討すべきだ。
- 健康上のリスクが高い人びと、具体的には、高齢者、妊娠中の女性(成人と未成年)、新型コロナウイルス感染に伴う合併症リスクが高いと思われる障がいのある人、免疫力が低下している人、心臓病、糖尿病、肺疾患、HIVなどの慢性疾患を持つ人など。リスク評価は、拘禁が続くことで、その人の健康が守られるかどうかで判断されるべきであり、さらに拘禁期間、犯罪行為の重大性、釈放されることが公衆にもたらすリスクといった要因が考慮されるべきである。
- 暴力を伴わない犯罪で起訴又有罪判決を受けた、監護すべき人がいる人。子どもと共に収容されている女性(成人と未成年)、子どもの主たる保護者である受刑者など。
- コミュニティの半開放型施設で日中働く人びと
- 有罪判決を受けたが、刑期終了が目前に迫っている人
- その他、拘禁継続の必要性がないが、それが見合わない人
各国政府は、拘禁中の被収容者を保護し、治療する国際法上の義務を負う。そして収容施設での新型コロナウイルスの流行発生を防止し、発生時には対応するための包括的な計画を立案し、実施することが求められている。計画は単純な閉鎖に頼るものではなく、被拘禁者の身体的・精神的健康の保護措置を提供すべきだ。刑務所には、被拘禁者が家族や法律相談にアクセスできるようにしつつ、被拘禁者と職員の健康を守ることが求められている。
国際的な指針によれば、収容施設が感染を防止する上で最も重要なアプローチは、「ソーシャル・ディスタンシング」を行うことだ。これは被拘禁者と職員との距離を、食事中や房内を含めて、いかなるときも2メートル開けることを指す。また、高リスクの人、新型コロナウイルス検査陽性者、または新型コロナウイルス感染症と一致する症状を持つ人、および濃厚接触者を隔離することも非常に重要だ。しかし、こうした対策は、アジアの多くの過密な刑務所では実現不可能であり、当局は刑務所の被拘禁者数を直ちに減らすことが強く求められている。
刑務所でのリスク軽減計画には、飲料水へのアクセスの確保、被拘禁者への衛生用品と当該疾病に関する情報の提供、警察署、裁判所、拘置所、刑務所がもつ房の徹底的かつ定期的な消毒、刑務所職員、面会者、被拘禁者に対するスクリーニングと検査プロトコルの実施、被拘禁者の施設間移動を可能な限り行わないこと、すべての被拘禁者、特に感染者へのヘルスケアと精神保健サービスの保障などが挙げられる。
すべての計画には、女性受刑者や障がいのある受刑者への配慮が含まれなければならない。こうした人びとは固有の医療ニーズを持っており、刑務所制度内部ではその利益が二の次とされやすい。
アジア各地の刑務所および拘置所は、対策の有効性についての最善の証拠に基づき、特に脆弱な被留置者、陽性反応を示した者、およびその濃厚接触者を隔離または別個に収容するための計画を策定すべきである。そのような措置は比例したものでなければならず、被留置者は、そのような措置が懲罰的なものであると感じたり、症状が出た場合には刑務所職員への通知を遅らせたりすることがあってはならない。当局は、隔離が被拘禁者の精神状況に与える影響も考慮すべきである。
刑務所や収容施設は、地域社会から孤立しているのではなく、新たな被拘禁者や釈放された被拘禁者だけでなく、施設と自宅を行き来する施設職員などの労働者から構成されている。被拘禁者を一時的な敷地外隔離や必要に応じた隔離に置くなどして、感染拡大前に施設から出し、その数を減らすことは、被拘禁者、職員、周辺コミュニティのリスクを減らすことになるだろうと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。
「過密状態の緩和は、アジア全域の刑務所と拘置所内外の健康危機を回避するため、必ず実施すべきだ」と前出のシフトン・ディレクターは述べた。「被拘禁者の健康保護を怠れば、アジア各国政府は今回の感染爆発を食い止められなくなるだろう。」