ヒューマン・ライツ・ウォッチは、カンボジア、中国、タンザニア、米国、そして最近では南アフリカなど、世界各地でセックスワークに関する調査を行ってきた。セックスワーカーやこの問題に取り組む諸団体との広範な協議を含むこの調査によって、セックスワークに関するヒューマン・ライツ・ウォッチの次の方針が形作られてきた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、合意に基づく成人のセックスワークの完全な非犯罪化を支持する。
なぜセックスワークの犯罪化は人権問題なのか?
成人による自発的で合意に基づく性行為(性的サービスの有償取引を含む)を犯罪化することは、個人の自律とプライバシーに関する人権と相容れない。端的に言うと、政府は合意した成人に対して、誰とどのような条件で性的関係を持ってよいかを指示すべきではない。
犯罪化はセックスワーカーを警察官などの法執行官による虐待や搾取にさらす。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、犯罪化がなされている状況において、警察官がセックスワーカーに嫌がらせをし、賄賂を強要し、身体的・言語的な虐待を加え、さらにはレイプしたり性行為を強要したりしている実態を記録してきた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチはさまざまな国での調査を通じ、犯罪化によってセックスワーカーが、レイプや暴行、殺人をはじめとする暴力の被害を一層受けやすくなることを一貫して明らかにしてきた。加害者はセックスワーカーを格好の標的と見なしている。スティグマを付与されており、警察の助けを得られる可能性が低いからだ。また犯罪化は、セックスワーカーに警察の目を避けようと安全でない場所で働くことを強いる原因にもなりうる。
犯罪化は、セックスワーカーが、被害を受けた犯罪行為について法の裁きを求める力を一貫して損なっている。例えば南アフリカのセックスワーカーたちは、武装強盗やレイプの被害を警察に通報することはないと述べていた。自分たちの仕事は違法であるため逮捕されるのが怖いこと、また警察との関わりでは、嫌がらせを受けたり、偏見に基づく取り締まりの対象とされて逮捕されたり、嘲笑されたり、真剣に取り合ってもらえなかったりしてきたと話す。犯罪を通報したとしても、セックスワーカーは、みずからの仕事や立場ゆえに処罰やさらなる虐待を受けることを恐れて、加害者やレイプ犯に不利な証言を法廷で行うことに前向きになれないこともある。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)、公衆衛生専門家、セックスワーカー団体、その他の人権団体は、セックスワークの犯罪化がセックスワーカーの健康への権利にも悪影響を及ぼすことを明らかにしている。一例として、ヒューマン・ライツ・ウォッチは2012年の報告書『危機にさらされるセックスワーカー:米国4都市ではコンドームが売春の証拠に』で、警察や検察が、セックスワーカーによるコンドームの所持を売春容疑を裏づける証拠として用いていたことを明らかにした。この慣行により、セックスワーカーは逮捕を恐れてコンドームを持ち歩くことをためらい、防護措置なしで性行為を行わざるを得なくなり、HIVやその他の性感染症に感染するリスクが高まった。
犯罪化はこれ以外の人権にも悪影響を及ぼす。セックスワークが禁止されている国々では、セックスワーカーが労働者として組織化し、みずからの権利を訴え、互いに支え合い守り合うために協力することが難しくなっている。
セックスワークの非犯罪化はセックスワーカーの保護にどうつながるのか?
セックスワークの非犯罪化は、セックスワーカーに対する法的保護とともに、司法や医療など、その他の重要な権利を行使する力を最大限に高める。セックスワーカーとセックスワークという職業の法的認知は、その保護・尊厳・平等を最大化する。これは、セックスワークのスティグマ解消に向けた重要な一歩である。
セックスワークの非犯罪化は、人身売買(ヒューマン・トラフィッキング)や子どもの性的搾取といった他の人権侵害を助長するのではないか?
セックスワークとは成人間の合意に基づく性行為の取引だ。人身売買や子どもの性的搾取とは問題が異なる。この二つはいずれも深刻な人権侵害であり犯罪であって、必ず捜査・訴追されるべきだ。
セックスワークと、人身売買や子どもの性的搾取といった犯罪とを明確に区別する法律は、セックスワーカーと犯罪被害者の双方を保護する上で有効である。セックスワーカーは、人身売買や子どもの性的搾取といった犯罪について重要な情報を持つ立場にいる可能性もあるが、当人の仕事が犯罪として扱われている限り、その情報を安心して警察に通報できるようにはなりにくい。
各国政府は何をすべきか?
各国政府は、セックスワークを完全に非犯罪化し、セックスワーカーが法の上でも実際にも差別を受けないようにすべきだ。また、セックスワーカー向けのサービスを強化し、安全な労働条件とともに、公的給付や社会的セーフティネットへのアクセスも確保すべきだ。
さらに、セックスワーカーとその活動に対するいかなる規制や統制も差別的なものであってはならず、その他の点でも国際人権法に適合していることが求められる。例えば、セックスワークに従事する人びとが団結して組織化することや、安全な環境で働くことを妨げるような制限は正当な制限とはいえない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチはなぜ「北欧モデル」ではなく完全な非犯罪化を支持するのか?
「北欧モデル」はスウェーデンで最初に導入されたものであり、性を買う行為を違法とする一方、売る側であるセックスワーカーは訴追しない。北欧モデルの支持者は「売春」を本質的に有害で強制的なものと捉えている。そして、金銭的取引としての性行為への需要をなくすことで、セックスワークの廃絶を目指す。セックスワークの完全な非犯罪化を求める団体と北欧モデルを支持する団体との意見の相違は、多くの国々で、また世界全体で、女性の権利に関するコミュニティ内部での論争の的となってきた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが北欧モデルではなく完全な非犯罪化を支持するのは、完全な非犯罪化がセックスワーカーの権利保護の点でより効果的なアプローチであることを調査研究が示しているからだ。セックスワーカー自身もたいていは完全な非犯罪化を望んでいる。
北欧モデルに対しては、性を買う人びとを非難しつつ、性を売らざるを得なかったと見なす人びとを非難しないでいられる妥協策として政治家の間に一定の支持がある。しかし、実際には、北欧モデルは性を売って生計を立てている人びとに壊滅的な影響をもたらしている。このモデルはセックスワークの廃絶を目的としているため、セックスワーカーが安全な働き場所を見つけること、労働組合を結成すること、協力して働き、互いを支え合い守り合うこと、みずからの権利を訴えること、さらには事業用の銀行口座を開設することさえ難しくする。また、セックスワーカーにスティグマを付与して社会から周縁化し、警察による暴力や虐待を受けやすい状態にしたままにする。仕事であるセックスワークも客も依然として犯罪化されているからだ。
セックスワークは性暴力の一形態ではないのか?
そうではない。成人がみずからの自由意思で、金銭と引き換えに性行為をすると決定したのであれば、それは性暴力ではない。
セックスワーカーが性暴力を含む犯罪の被害者となった場合、警察は速やかに捜査を行い、容疑者を訴追のために送致すべきだ。例えば、ある人が売春斡旋者による強制の結果として金銭と引き換えに性行為を行う場合や、売春斡旋者や客から暴力を受ける場合、あるいは人身売買の被害者である場合、これらは重大な犯罪である。警察は速やかに捜査を行い、事件を訴追のために送致すべきだ。
セックスワーカーはしばしば深刻な暴力やその他の虐待・危害にさらされているが、たいていの原因は犯罪化された環境での就労にある。ヒューマン・ライツ・ウォッチなどの諸団体による調査からは、非犯罪化が、セックスワーカーが被害者となる、性暴力を含む犯罪の削減に役立ちうることを示している。
セックスワークの非犯罪化のほかに、ヒューマン・ライツ・ウォッチはセックスワーカーの権利についてどのような政策を支持しているのか?
自発的なセックスワークに従事する人びとは、貧困や社会的周縁化の背景を持っていることがあり、労働市場へのアクセスを含め、差別や不平等に直面している場合がある。こうした点を踏まえ、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、調査研究や教育機会、経済的支援、職業訓練と就職支援、社会福祉サービス、情報提供などを通じて、セックスワーカーの人権状況を改善する措置を支持している。またヒューマン・ライツ・ウォッチは、セックスワーカーに影響を及ぼすジェンダー、性的指向、ジェンダー・アイデンティティ、人種、エスニシティ、あるいは在留資格に基づく差別に対処する取り組みも奨励している。
Human Rights Watch research documenting abuse against sex workers:
- Why We’ve Filed a Lawsuit Against a US Federal Law Targeting Sex Workers, June 2018
- Greece: Police Abusing Marginalized People: Target the Homeless, Drug Users, Sex Workers in Athens, March 2015
- “I’m Scared to Be a Woman”: Human Rights Abuses Against Transgender People in Malaysia, September 2014
- In Harm’s Way: State Response to Sex Workers, Drug Users and HIV in New Orleans, December 2013
- “Swept Away”: Abuses Against Sex Workers in China, May 2013
- “Treat Us Like Human Beings”: Discrimination against Sex Workers, Sexual and Gender Minorities, and People Who Use Drugs in Tanzania, June 2013
- Off the Streets: Arbitrary Detention and Other Abuses against Sex Workers in Cambodia, July 2010
- Sex Workers at Risk: Condoms as Evidence of Prostitution in Four US Cities, July 2012