安全保障の専門家、国連スタッフや米国連邦議会の指導者たちは長年にわたり、北朝鮮との交渉では、核拡散とともに、北朝鮮政府による組織的な人権侵害にも対処する必要があると主張してきた。北朝鮮は、全体主義による抑圧、恒常的な強制労働、そして他に類を見ないサイバー攻撃による窃盗を、核開発資金の源としてきた。
米国議会は、2004年に「北朝鮮人権法」を成立させた際、この点を認識しており、北朝鮮における人権促進は「米国、北朝鮮、および関係国間の今後の交渉での重要な要素」であるべきと明記している。同法によって、北朝鮮国内への独立メディアの放送や北朝鮮国内の情報収集に対する資金提供が承認された。こうした北朝鮮の内部情報は、米国政府の政策策定や北朝鮮政府に対する制裁などで活用されてきた。
米国の資金提供によってこれまで行われてきたこうした調査が停止されることは、北朝鮮政府がロシアをはじめ海外での軍事プレゼンスを拡大して孤立と国内弾圧を強めるなかで、米国政府がそうした重要情報を入手できなくなることを意味する。
共和民主両党の幅広い支持により、米国議会は2008年、2012年、2017年と北朝鮮人権法を更新し続けてきたが、更新は2022年に停止となった。しかし、同法に基づく事業への資金提供は、国務省民主主義・権利・労働局(DRL)への予算措置の承認という形をとって続いていた。
しかし、現在トランプ政権は、国務省DRLによる全世界への資金提供をほぼ全額カットするとともに、小規模だが大きな影響力のあるこうしたプロジェクトを担当してきたプログラム事務局も含めて同局の予算の大半を廃止しようとしている。これが現実となれば、北朝鮮に関する国務省DRLのこれらの重要な活動は事実上終了することになる。たとえ米国議会が新たな北朝鮮人権法を可決して資金提供を再開することになったとしても、この資金配分・活用に必要なインフラや専門性は失われてしまう。失われた専門性を再度獲得するためには年単位での時間がかかるだろう。
共和党と民主党は北朝鮮人権法について、1つの明快な考え方のもとに団結してきた。それは、情報こそが自由を促進し、人権侵害を抑止するという考え方だ。北朝鮮人権法に基づくこれまでの少額の補助金は、越境ラジオ放送、北朝鮮国内に情報源を持つメディア、衛星画像分析プロジェクト、人権侵害情報を収集・記録するグループを支援し、孤立した北朝鮮が作り出す闇を照らし出してきた。この支援から得られた情報は、国連調査委員会(COI)による人道に対する罪の認定という画期的な調査結果(2014年)を導き出すことに貢献したほか、これまでも財務省の制裁指定、中央情報局(CIA)によるアセスメント、ミサイル防衛計画などで情報が利用されてきた。
北朝鮮人権法で支援を受ける市民社会組織の1つに、北朝鮮の人権問題を扱う韓国で初めての組織「北韓市民連合」(Citizens’ Alliance for North Korean Human Rights)がある。北韓市民連合は、違法なサプライチェーンをマッピングし、盗まれた暗号資産を洗浄する中国と東南アジアのフロント企業を特定した。北朝鮮国内に情報網を持つオンラインニュースサイト「デイリーNK」(DailyNK)は、北朝鮮のハッキング戦術とインターネットを用いた外貨獲得活動について報じている。
人権記録団体である「移行的正義ワーキンググループ」(Transitional Justice Working Group)は、数百に及ぶ処刑場や埋葬地を地理情報化(ジオコーディング)し、衛星画像と脱北者の証言を重ね合わせて、司法の場での責任追及に必要な証拠資料を作成している。「北朝鮮人権委員会」(Committee for Human Rights in North Korea)は、高解像度の衛星画像と脱北者の証言を照合し、ミサイル関連施設や囚人キャンプ内の炭鉱の場所を明らかにしている。
こうした情報源が今回消えてしまった場合、永遠に失われることになるかもしれない。そして世界は北朝鮮の内情について暗闇の中に取り残され、北朝鮮政府の公式発表のみに頼ることになる。人権侵害を暴露してきたこれらの団体は現在、存続の危機に直面している。
北朝鮮の独立メディアや市民社会を支援することは慈善活動ではない。こうした活動は、北朝鮮政府の人権侵害、収入源、違法なハッキング活動などの情報を明るみに出してきた。市中の物価に関する報告は、国境を越えて影響を及ぼしかねない飢餓や不安定情勢を警告できるし、人権侵害行為を記録する作業はミサイル基地での建設活動を発見できる。また、韓国メディア情報や未検閲情報を満載したUSBやSDカードは、北朝鮮政府の嘘を徐々に崩すのに役立っている。
デイリーNKや、非検閲情報を北朝鮮に放送・送信する「統一メディアグループ」(Unification Media Group)、「北朝鮮人権データベースセンター」(Database Center for North Korean Human Rights)や移行期正義ワーキンググループなどの調査・報告団体など、国務省DRLが有する助成金をまだ受給できている団体も、間もなく活動を完全に停止せざるを得なくなるかもしれない。
さらに悪いことに、トランプ政権は、米国議会によって設立・資金提供が行われてきた放送局「ラジオ・フリー・アジア」(RFA)への資金援助もカットした。RFAは北朝鮮向け放送を停止している。さらには全米民主主義基金(NED、National Endowment for Democracy)の予算カットにより、北朝鮮に情報を放送・送信している「北朝鮮改革ラジオ」(North Korea Reform Radio)や、人道に対する罪で北朝鮮当局者を国外で裁判にかける訴訟活動もしていた前出の北韓市民連合への資金援助の今後も不透明になっている。
米国議会は北朝鮮人権法を更新するべきである。さらに、国務省に対し、北朝鮮関連の資金援助を継続するよう緊急に圧力をかけるべきだ。暗闇の中で活動することを好む北朝鮮政府に対する監視を続けるとともに、北朝鮮の人びとに外の世界への窓を提供するプログラムを維持することは極めて重要である。