ヒューマン・ライツ・ウォッチは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行に伴う人権問題の側面を伝えることに力を入れている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは調査を通じて、貧しい人、民族的および宗教的マイノリティ、女性、障がい者、高齢者、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー(LGBT)の人、移民、難民、子どもなど、もっとも危険にさらされている集団の必要に応え、人権に配慮した対応をするための指針として40の問いをまとめた。ヒューマン・ライツ・ウォッチはまた、新型コロナウイルス感染症による危機に対する対応は、よい対応から問題なものまで非常に多様な対応がなされていることを明らかにした。よい対応の例は、各国政府が採用するべき例として示したというよりは、人権保護義務を果たそうとする際に政府が選択できる政策の例としてあげている。ある対応例が挙げたことをもって、その対応をした政府の新型コロナウイルス感染症危機に対する取り組み全体やその国の人権状況全般を支持または批判するものではないことをご承知おきいただきたい。
予防とケア
一般市民への継続的な情報提供
- 政府は新型コロナウイルス感染症の世界的流行の拡大について一般市民に時宜を得て正確でアクセスしやすい情報を提供しているか?
- 政府は新型コロナウイルス感染症否定論に反論し、新型コロナウイルス感染症について事実に基づく妥当な懸念を表明したジャーナリストや内部告発者などの訴追に積極的に反対しているか?
ブラジル、ブルンジ、中国、メキシコ、ミャンマー、米国、ジンバブエの政府関係者は新型コロナウイルス感染症の否定論を表明し、その結果市民は世界的流行について市民に正確な情報を得られなかった。インドでは、当局はマイノリティであるムスリムのコミュニティが新型コロナウイルス感染症を故意に広めているという誤情報の拡散を抑制する努力をほとんどしなかった。対照的に、英国の警察は同国にいるムスリムを同じように中傷しようとする動きについて捜査を開始したと伝えられている。バングラデシュ、カンボジア、中国、エジプト、エチオピア、トルコ、ベネズエラでは、ジャーナリストなどがソーシャルメディア上で新型コロナウイルス感染症について報じたり意見を表明したりしたために逮捕、拘束されている。エジプトと中国はジャーナリストを国外追放した。ボリビアでは当局が新型コロナウイルス感染症を口実に使い、「誤情報」を広めたとして最長10年間投獄すると政敵を脅した。中国では内部告発者が咎められたことに対する激しい抗議がきっかけとなり地元の警察が謝罪するに至った。
- 政府はあらゆる形のインターネット遮断やインターネット上の情報へのアクセスの幅広い制限を解除したか?
エチオピアはオロミア州西部全域での電話とインターネットの遮断を3カ月ぶりに解除した。遮断によって新型コロナウイルス感染症への対応が妨げられるという批判を受けてのことだった。しかしバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプとミャンマー国内の紛争地域では、政府の命令によるインターネット遮断が原因で人々が命に関わる情報を得ることが今でもできていない。カシミールではインド政府が通信速度の遅い2Gで接続するよう命じたため、インターネットの動きが止まり、現地の医師が新型コロナウイルス感染症に取り組むのを助ける治療法を入手するのを困難にした。新型コロナウイルス感染症の危機を受けて、アラブ首長国連邦とオマーンはVoIPプラットフォームに長らく課していた制限の一部を解除し、Zoom や Microsoft Teams などを通じた遠隔学習をできるようにした。しかし両国はカタールと同様、音声や映像による通話を可能にするWhatsApp や Skype や FaceTime といったアプリケーションの禁止は継続した。
- 政府は情報格差(デジタル・デバイド)の解消に取り組んでいるか?
- 政府はインターネット上の情報へのアクセスのしやすさや価格を改善しようとしているか? とくにロックダウン下にある国では、いまやインターネットへのアクセスがなければ教育や仕事や新型コロナウイルス感染症の公開情報の入手ができなくなっている。
ペルーでは、新型コロナウイルス感染症の危機の最中にユーザーが支払いをできなくてもインターネットサービスの提供を保証する命令を政府が出した。インドの政府は学童が必要とするデータパッケージの料金を払い戻している。一部のアフリカのテレコム経営者は、新型コロナウイルス感染症の流行中により手頃な価格でインターネットアクセスを可能にするため、「必要不可欠な」ウェブサイトをデータ使用量上限の適用から除外している。
検査と治療の提供
- 国にいるすべての人が権利として、差別を受けることなく質の高い医療にアクセスできる状態になっているか?
ポルトガルでは、政府は居住許可や庇護を申請中の人を6月30日まで永住権を持つ人と同じように扱い、国の医療制度も使えるようにすると発表した。イタリア政府は居住許可の失効期限を6月半ばまで延ばし、その人たちが国の医療制度を使用できるようにした。米国は新型コロナウイルス感染症の検査を無料にしたが、何百万もの人が健康保険に入っておらず公的医療を受けることができない。健康保険に入っている人も含めて多くの人にとって新型コロナウイルス感染症の治療費は高すぎて支払えないため、治療を求めるか破産を覚悟するかの選択を迫られることになる。
- 政府が強制的な検疫や隔離のための施設をもつ場合、そこにいる人に医療、感染からの保護、食料と水を提供しているか?
中国では、強制隔離中に滞在していた建物が崩壊したため10人が死亡した。ナイジェリアでは、ある州政府はその監督下にあった新型コロナウイルスに感染していない女性が亡くなって初めて隔離施設を改良した。ブルンディでは、検疫施設が不衛生で混雑していたことが批判を呼んだ。ウガンダでは、政府は強制隔離となった人に法外な額の料金を請求した。ギリシアとボスニアの当局は新型コロナウイルス感染症の危険を理由にキャンプにいる移民を隔離していると述べるが、予防措置がないためウイルスが容易に拡散する可能性がある。カタール政府は多くの移住労働者が暮らす産業地区を隔離したが、定期的に検査とモニタリングを行い給料も支払うと約束した。
- 政府は貧しい人やLGBTの人、障がい者、先住民など歴史的に取り残されてきた集団の医療への障壁を取り除こうとしているか?
- 政府は出入国管理法の執行を恐れて治療を避ける人が安全に治療を受けられるような策を講じているか?
パキスタンのある政府関係者は、医療への壁を取り払いトランスジェンダーの人たちを助けると公の場で約束した。モルディブでは、政府は労働許可証を提示しなくても利用できる新型コロナウイルス感染症用の診療所を移住労働者のために設立した。マレーシア当局は、宗教の集会で感染した可能性のある未登録移民や難民が自主的に検査を受けに来た場合には逮捕しないと約束した。対照的に、レバノンでは外出禁止令や移動制限がシリアからの難民にだけ課されている。米国政府は、社会福祉を利用した移民は永住権を取得できないと定めて問題とされている新規則について、新型コロナウイルス感染症関連の医療には適用しないと表明した。
- 検査キットや人工呼吸器が公平に使用されているか?
欧州連合は3月半ばに人工呼吸器やワクチンを含む医療機器の域内での「備蓄」を新たに行うと発表した。アフリカ連合は寄付された検査キットや機器について、国ごとに必要が異なるにも関わらずすべての国に同じ数を配ると約束した。世界保健機関(WHO)からシリア政府に提供された検査キットは反政府勢力が支配する地域に公平に行き渡っていない。米国では、居留地に暮らす先住民が利用する専用の医療制度では新型コロナウイルス感染症の検査能力が限られている場合がある。イスラエルに封鎖されているガザ地区に暮らす200万人のパレスチナ人にとって、医療機器の輸入制限や通行許可の否認が新型コロナウイルス感染症による危機への対応を妨げている。ミャンマーでは、限られた医療サービスしかない国内避難民キャンプに暮らすロヒンギャがキャンプ外で緊急の治療を受けるには当局の許可を得なければならない。人工呼吸器の使用について障がい者の優先順位を低くするプロトコルについて、米国政府はそのような「無慈悲な功利主義」は受け入れられないと警告した。
- 政府は医療へのアクセスを制限する国際貿易制裁の実施を止めたか?
国連は「一国での医療活動が妨げられれば全体に対する危険が大きくなる」として部門別制裁の解除を呼びかけている。明らかな例として、イランでは制裁のせいで国の新型コロナウイルス感染症への対応能力が損なわれている。
医師や最前線で働く人の保護
- 医療従事者に適切な防護具が提供されているか?
- ウイルスへの曝露リスクがあることを理由とする報復から医療従事者を保護するために策を講じているか?
最前線で働く医療従事者は70パーセントが女性であり、過酷なスケジュールで働いているため感染や消耗の危険が高まっている。イタリア赤十字はカウンセリングを求める医療従事者のためのホットラインを運営している。英国では、医療従事者に声を上げないようにする圧力がかかっていることについて医師たちが不満を述べている。パキスタンでは防護具の不足に抗議した医師たちが逮捕された。イタリア、南アフリカ、スペイン、米国その他多くの国では、医療従事者が防護具の深刻な不足に直面している。多くの地域でコミュニティ団体が間に合わせのマスクやエプロンを準備している。インドとミャンマーでは、ウイルスのキャリアであるかもしれないという理由で家主が医師や看護師を立ち退かせた。インド政府はそのような家主を訴追すると脅した。
- 企業や政府は公共交通機関、食料雑貨店、配達、倉庫、刑務所、在宅ケアなど必要不可欠な職で働く従業員のために新型コロナウイルス感染症に対する適切な予防措置や検査へのアクセスを確保しているか?
米国では、ホールフーズ、インスタカート、アマゾンの従業員が防護具や危険手当を求めてストライキをした。米国、カナダ、英国の刑務所や拘置所の職員や組合も装備や検査の増加を求めた。
収容施設や拘置所での感染リスクの軽減
- 政府は刑務所、拘置所、入管収容施設での密集を緩和し「社会的距離を取ること(ソーシャル・ディスタンシング)」を可能にするため収容されている人の数を減らしているか?
国連拷問防止小委員会は各国政府に「早期釈放、仮釈放、一時釈放の制度を実施することによって可能な限り…刑務所人口を減らす」よう求めた。アルゼンチン、コロンビア、ブラジル、イラン、イタリア、タイ、ペルー、ベネズエラでは、拘置所や刑務所にいる人たちが過度の密集と劣悪な衛生状況によって新型コロナウイルス感染症にかかる危険が増しているとして抗議した。世界保健機関(WHO)は刑務所や収容所が流行に備えるための指針を発表したが、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパ、ペルシャ湾諸国、被収容者が石鹸を求めて抗議行動をした米国を含めて大半の入管収容施設はその指針に沿っていない。
アフガニスタン、インドネシア、イタリア、ヨルダン、ケニア、パキスタン、ポーランド、スーダン、米国の一部の管轄区では、拘置所の密集を軽減するために一部の囚人を解放した。英国と米国では、訴訟を通じて裁判所の命令による入管収容所からの解放を勝ち取った人もいる。ベルギー、オランダ、サウジアラビア、スペインも入管収容所から一定の人数を解放した。
- 大半の未決拘禁者、軽罪で収監されている者、起訴されていない被拘禁者、非暴力犯罪を犯した未成年など、拘禁されるべきではない人を釈放しているか?
- 当局は高齢者、基礎疾患のある人、障がい者、妊婦など新型コロナウイルスへの感染から重大な病気になる危険がより大きい受刑者の釈放を検討しているか?
チリと米国では、高齢者の釈放をこれから検討すると関係者が述べた。アルゼンチンでは、健康を害するリスクが高い者が収監に代わる措置の対象候補とされた。米国では一部の妊婦が釈放された。ブラジルは非暴力犯罪で収監されている子どもを釈放しており、ヨルダンは未決拘禁者の一部を解放した。米国では、連邦制度からの釈放は差別的なアルゴリズムを使って決定されるが、このアルゴリズムには人種と階級の面で偏向があることが明らかにされている。
- 政府は人権活動家、ジャーナリスト、政治活動家など政治囚その他の不当または恣意的に投獄された者を解放したか?
エジプト、バーレーン、イランは一部の政治囚と野党政治家を釈放したが、他の著名な被拘束者はいまだに獄中にある。トルコは多くの囚人を釈放する法律を可決するとみられるが、ジャーナリスト、人権活動家、不当にテロ行為容疑で拘束されている政治囚は除外される。キルギスタン、ミャンマーその他多くの国で政治囚の拘束が続いる。新型コロナウイルス感染症にかかる危険がある今、カンボジア、カメルーン、リビア、南スーダン、シリア、イエメンで恣意的に拘束されている者の釈放が緊急課題である。中国も新疆でのトルコ系ムスリムの大量収容を直ちに止めるべきである。
- 政府は密集する留置場・拘置所に人を増やさないためにセックス・ワーカー、非暴力の薬物犯罪者、「道徳的犯罪」で逮捕された者など刑事罰を受けるべきではない者の逮捕を止めるよう警察に命じているか?
同性愛を犯罪とするウガンダでは3月末にLGBTの若者がシェルターで逮捕された。米国ではマイアミ、フィラデルフィア、トゥーソン、フィニックスなどの都市の警察が薬物犯罪やセックスワークといった「軽い」犯罪については逮捕をしないと表明した。ボルティモアの州検事もそのような犯罪で起訴は行わないと述べた。しかしニューオーリンズなど米国の他の都市では軽い犯罪での逮捕が続いている。
水と衛生設備へのアクセスの改善
- 政府は領土内にある密集キャンプで生活する難民、庇護申請者、国内避難民、移民に対する支援の指針として人道支援基準のベスト・プラクティスを使用しているか?
バングラデシュ、レバノン、ミャンマー、ナイジェリア、南スーダンなど難民、移民、庇護申請者、国内避難民がキャンプで生活する国では、過度の密集や衛生設備の不備、不十分な医療によって新型コロナウイルス感染症の急な感染拡大が起きて大勢が犠牲となる危険が大きい。イタリアでは何万人もの庇護申請者が大型の受け入れセンターで生活しており、部屋や食堂が共同であることも多い。レバノンでは国連の難民機関である国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が難民と協力して重要な衛生情報を伝えている。ギリシアは、数十人が新型コロナウイルス感染症にかかったアテネ近くのキャンプに14日間のロックダウンを課した。ヒューマン・ライツ・ウォッチはギリシアの島々にある過度に密集したキャンプから住人を移動させ、その際にもっともリスクの高い人を優先させるよう政府に要請した。国連は、多くは難民を抱えながら新型コロナウイルス感染症に対処している貧しい国々の援助に特化した支援金として20億ドルを集めようとしている。
- 政府はすべての人が清潔な水に継続的にアクセスを確保できよう、給水停止の一時停止を含めた積極的な策を講じているか?
公衆衛生を守り新型コロナウイルス感染症に対処するためには手洗いなどでよい衛生状態を保つことが鍵となる。リベリア、ケニア、インドネシアでは都市部に手洗いステーションが設置された。アフリカ人権委員会は「水道料金…の支払い期限の延期」を呼びかけた。スペインとアルゼンチンは給水停止が行われないことを保証した。日本とコソボは公共料金の支払い期限を延期。独立した国連の人権専門家10人は、各国政府が「この危機が続く間は貧しい人々に水を無料で提供すること」が非常に重要であると述べる。ボリビアでは政府が水道料金の50パーセントを支払い、バーレーンでは政府が水道料金を全額支払っている。ルワンダも無料の給水を約束した。南アフリカでは中央政府が地方自治体に対し、料金未払いを理由に給水を停止するのを止めるよう求め、非公式の集落その他の水を必要としているコミュニティにタンカーで水を配っている。シリア北東部ではトルコ当局が水の補給を頻繁に制限するため、住民が手洗いで感染を防ぐことができない危険にさらされている。
国境を超えた支援
- 政府は他国の新型コロナウイルス感染症対策を助けるために資金を集め運用する国際的な取り組みに貢献しているか?
米国、カナダ、欧州連合、世界銀行、アフリカ開発銀行はすべて、発展途上国の新型コロナウイルス感染症への対応を助ける人道支援のための緊急財政支援を承認した。ロシアは一部の医療用品を市場価格以下の値段で米国に提供した。中国政府は検査用品を全世界に送っているが、受け取り手の中には欠陥のある検査用品やマスクを回収しなければならなかったところもある。複数の多国籍企業が援助活動をすると発表した。
人権に配慮した危機管理
非常事態権限と治安部隊による権利濫用への対処
- 非常事態権限が合法で必要に応じた方法で使用されているか?
- 非常事態権限は期限つきで、立法府や司法府の監視対象になっているか?
- 政府は、人権義務の違反(一時停止)を関係人権条約機関に報告しているのか
少なくとも57の国が新型コロナウイルス感染症の危機を受けて非常事態を宣言しているが、国連人権高等弁務官事務所によれば、人権保護義務の免脱について国連事務総長に通知をしたのは40カ国だけである。ボリビア、フランス、モロッコは正式に非常事態を宣言せずに「公衆衛生に関する」非常事態を宣言した。アルゼンチン、エチオピア、ポルトガルなどが宣言した非常事態には期限が明示されており、更新についての議論や協議を可能にしている。ハンガリーは政府に無期限で無制限の権限を与える非常事態法を可決し、カンボジアも同様の法律の可決を目前にしている。イスラエルでは、国会を事実上一時的に停止しようとした動きが権力濫用だと批判された。タイとボリビアでは、非常事態に関する新しい法律や法令が表現の自由を損なう広範な検閲を認める内容となっているようである。英国の新型コロナウイルス緊急法は精神衛生に問題のある人や障害のある人の拘束をより容易にし、高齢者のための保護規定を弱めるものである。
- 治安部隊が「ソーシャル・ディスタンシング」を徹底させたり医療用品の配達をしたりしている場合、当局は権利濫用を防ぎ隊員の責任追及をするための措置をとっているか?
コンゴ、フランス、ケニア、フィリピン、南アフリカ、ウガンダでは、警察が外出禁止令や自宅待機令に違反した人を虐待したことが批判を呼んだ。パナマでは外出が認められる日を男女別に分けた措置の下、トランスジェンダーの女性が「女性用」と指定された日に外出していたために拘束された。女性が警察に服を脱ぐことを強制される事件が起きたウガンダと、男性が自宅前で撃たれた際に子どもたちがけがをした南アフリカでは、当局が事件を起こした警官を訴追すると約束した。
その他の権利を犠牲にすることを避ける
- 新型コロナウイルス感染症の世界的流行に対応するために政府が行っているデジタル監視技術の使用は、プライバシー権・集会の自由・表現の自由を守るように厳密に制限されているか?
- 使用されている技術は、4月に100以上の市民社会団体が打ち出したデジタル監視の8つの条件を満たしているか?
濃厚接触追跡や隔離の徹底、ウイルスがどう拡散しているかの一般的傾向の評価、「ソーシャル・ディスタンシング」の有効性の調査などのためにデジタル監視が使用されている。中国、イラン、ロシアは新型コロナウイルス感染症流行への対応の中で、個人のプライバシー権、表現の自由、集会の自由を脅かすデジタル監視手段を使っている。アルメニアとイスラエルは、通話履歴や位置情報を当局に引き渡すことをテレコム会社に求める、プライバシーを侵害する恐れのある包括的な法律を可決した。韓国では、新たな規制によって当局が個人の移動について匿名化した情報を一般市民に送ることを認めているが、これまでに出された情報には、私生活の暴露を警戒するような詳細が含まれていた。データ保護の保証の程度は国によって異なるものの、フランス、ドイツ、インド、イタリア、シンガポール、ポーランド、英国、米国も携帯電話の位置情報または顔認識の使用を検討しているか、すでに行っている。
国連は、関係者が「人権を侵害したり監視社会のための制度を実行したりするためにこの危機を利用する」のを防ぐには強力なデータ・ガバナンスの枠組みが重要となると警告した。100以上の独立した団体が監視技術を使用する際の8つの条件を提示した。台湾では技術を活用する取り組みが市民が参加する自発的な形で行われていることが懸念をいくらか和らげた。またヨーロッパでは匿名化され暗号化されたブルートゥース技術を使って自発的に、集約されない方法で濃厚接触追跡を行う取り組みが、より慎重に、プライバシーを重視した方法で行われている。
- 政府が国境を閉鎖している場合、難民申請を認めているか?
ブラジル、ハンガリー、ウガンダは難民申請をしようとしている人に対し国境を閉鎖した。米国は陸の国境を不法に越えてきた人が難民申請をするのを認めず直ちに追い返している。カナダが南の国境を一時閉鎖したため、難民申請者は米国に戻らざるを得なくなった。国連の難民機関である国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、新型コロナウイルス感染症はこのような措置を正当化するものではないとはっきりと述べた。ギリシアは難民申請を一カ月間停止していたが、4月に停止を解除した。欧州委員会は、EU対外国境の一時閉鎖は国際的保護その他の人道的なニーズを必要としている人には適用されないとした。それにも関わらずイタリアは新型コロナウイルス感染症を理由に国内の港を捜索救助活動に対して閉鎖させる法令を出した。
- 政府は移動制限や「必要不可欠でない」医療処置の制限が中絶ケアを受ける権利を損なわないようにしているか?
- 避妊薬や適切な妊産婦医療が今でもすぐに利用可能か?
米国では、一部の州政府が中絶は必要不可欠ではない手術であり、新型コロナウイルス感染症の流行中には行われるべきではないと宣言した。これは性の健康やリプロダクティブ・ヘルスの国際的な法的保護に違反する。アイルランドは中絶前のカウンセリングのための遠隔治療の利用を認めた。英国では、イングランドとスコットランドの医療当局が隔離中に早期中絶薬を自宅で使用することを今は認めているが、北アイルランドの女性は非常に制限的な状況に直面している。フランスでは、中絶手術が可能な期間を延長する提案を上院議員らが阻止した。この提案の下では移動制限が解除された後にも中絶ケアへのアクセスが保証された可能性がある。イタリアでは中絶を「延期可能な」処置とみなして延期する病院が増えている。
サプライチェーンが途絶したため、ミャンマーの医療提供者はリプロダクティブ・ヘルス用品の在庫切れに直面している。私立病院が出産する女性のパートナーの立会いを禁止したことに対して激しい抗議が起きたのを受け、ニューヨーク州知事はパートナーの立会いを認めるよう命じた。
経済的影響への対処
- 新型コロナウイルス感染症がもたらす経済的悪影響を軽減するための政府の計画は、低所得・未登録・非公式部門の労働者を含むすべての労働者の基本的な経済的権利の保障を前提としているか?
インド、レバノン、パキスタン、南アフリカでは、非公式部門で低収入を得る人がロックダウンによって特に損害を被っている。中東では、家庭内労働者が四六時中働くことを強制される恐れに直面している。経済的危機に陥った貧しい家庭への政府からの支援がない中、児童労働や児童婚が増えると予想されている。米国では、大型景気刺激策からは税金を支払っている800万人以上の非正規滞在者が除外され、病気休暇も一部の人にしか保証されない。この景気刺激策は、「わいせつで性的な性質を持つ見せ物」から収入を得る人をスモールビジネスを対象とした優遇融資の対象からはっきりと除外しているため、合法なセックスワーカーや、ダンスや劇場公演の出演者は支援を得ることができなくなる。インドでは1.7兆ルピー(225億米ドル)の支援策によって貧困層や 弱い立場にある人に無料の食料支給や現金給付が行われ、医療従事者に保険が与えられる。ウガンダは授乳中の女性や日雇い労働者など弱い立場にある人のための食料配給を約束し、ルワンダも首都にいる2万の家庭に「宅配」による食料支給を約束したが、どちらの国でもそれ以外の貧困層の多くはこれらの事業の対象外となる。
- 政府は人が適切な住居を失うのを防ぐための策を講じているか?
- 政府は自宅が職場から遠い移住労働者やホームレス、非公式のキャンプで暮らす者を支援するためのサービスを準備しているか?
アルゼンチン、オーストラリア、アイルランドほか多くの政府は新型コロナウイルス感染症対策の中で住居が果たす役割を認め、立ち退きを止めるための措置を発表した。英国と南アフリカはすべてのホームレスに宿泊所を提供すると約束した。ドイツのベルリンでは、地方政府がユースホステルだったところを何百人ものホームレスに解放し、洗面設備を使えるようにした。イタリアでは間に合わせのキャンプに暮らし農業に従事する移住労働者に住居と衛生設備を提供するよう地方政府に求める声が高まっている。インドはネパールに戻ろうとして国境にいる何百人もの移住労働者を支援すると約束した。
- 政府は学校で出される給食に頼っていた貧しい子どもたちへの追加支援を準備しているか?
米国では、一部の公立学校で持ち帰り用の食事を提供しているほか、一部の農村部では食料郵送事業も行われている。英国では無料の給食の代わりに地域によってスーパーマーケットの商品券の配布や持ち帰り用の食事の提供や現金給付を行っている。カーボベルデは低所得家庭や給食に頼っていた子どものために一カ月間の食料援助を行うと発表した。南アフリカは全国的なロックダウンの間に子どもが利用できる学校給食事業を開始していない。
- 政府は休校や移動制限のため保育を過度に引き受けなければならない可能性の高い女性を支援しているか?
10億人以上の生徒が通学していない中、それによって増えるケア労働は女性の負担となる可能性が高い。すでに女性は男性の3倍も無給のケア労働をしていた。米国とドイツの経済学者たちは新たに発表した論文で、新型コロナウイルス感染症は「女性と女性の雇用機会に偏って悪い影響」を与えるだろうと予測した。オーストラリアでは、政府は働く両親のための保育を無料にした。日本は保育のために仕事ができない人に企業が有給休暇を与えるための補助金を用意した。
「ソーシャル・ディスタンシング」による損害への対応
心理社会的な支援
- 新型コロナウイルス感染症による「ソーシャル・ディスタンシング、や経済的被害や愛する人を失うことなどが引き起こす心理的損害をふまえ、政府は市民が精神衛生サービスを受けられるようにしているか?
米国の新型コロナウイルス感染拡大の中心となっているニューヨーク市は、住民全員に電話による無料の心理社会的カウンセリングを提供すると約束した。ヨーロッパの感染拡大の中心であるイタリアでは、精神面をサポートする全国的な事業を政府が開始した。オーストラリアでは「コロナウイルス健康サポートライン」という専用回線の設置が発表された。
子どもの学習の継続
- 政府が学校を休校にした場合、すべての子どもが自宅で学習できるようにする策を講じているか?
少なくとも188の国で学校が閉鎖されているため、世界で学校に入っている生徒の90パーセント以上にあたる15億人以上の生徒が学校に行っていない。カナダの一部の州では、コンピューターを持たない生徒も利用できるように、オンラインのカリキュラムに全面的に頼るのではなく課題を物理的にコピーしたものを生徒に郵送している。イタリアは、教師の訓練や生徒へのコンピューターの提供を含めた遠隔教育のために3月半ばに8500万ユーロを計上した。
- 政府は障害のある子どもを含めて歴史的に取り残されてきた集団が遠隔教育システムにアクセスできるようにしているか?
レバノンの学校は、障害を持つ子どもたちが遠隔学習を活用できるようにする手段を提供していない。アルゼンチンでは、障害のある子どもの学習支援は隔離が解除されるまで一時的に停止されている。
- 家庭での暴力やマイノリティに対する暴力への対処
- 国家当局は外国人に対するヘイトスピーチや反移民のヘイトスピーチに反論しているか?
中東、ヨーロッパ、米国ではアジア人が新形コロナウイルス感染症に関連した差別やヘイトクライム(憎悪犯罪)の標的となっている。同様に、カメルーンでは外国人や一時帰国者、インドでは北東部の住民、カンボジアではムスリム、韓国ではある宗教団体に所属する人たちが標的にされている。米国では、新形コロナウイルスを「中国ウイルス」または「武漢ウイルス」と呼ぶことにこだわる言説の出現と同時にアジア人に対する偏見に基づく行為が急増した。ハンガリーのビクトル・オルバン首相は新型コロナウイルスを利用して移民を攻撃し、ゼノフォビアを煽った。
- 政府は家庭での暴力の犠牲者を支援するために資源を投入しているか?
UNウィメンは、ブラジル、中国、フランス、ケニア、キルギスタン、南アフリカでドメスティック・バイオレンスが急増したことから明らかなように、ロックダウンが家庭内での暴力の増加を引き起こす可能性があると警告した。LGBTも同様の暴力を受けるいっそうの危険にさらされている。フランスは暴力の被害者のために2万泊分の無料宿泊を提供し、薬局で暗号を言って助けを求めるよう呼びかけている。イタリアでは、家庭での暴力から逃げてきた人を泊めるために地方当局がホテルを徴用する権限を与えられた。インドでは、ある州の政府がドメスティック・バイオレンス専用のホットラインを設立した。国連の女性に対する暴力に関する特別報告者は、被害者のためにチャットやショートメッセージサービスを提供することを提案した。教師は虐待に気づき適切な介入を求めるのにもっとも適した立場にいることが多いが、学校が休校となっているため、子どもの虐待が感知されない可能性がある。ドイツでは、児童保護機関が運営を縮小しているため、「危険な状態にある」子どもの様子を以前ほど頻繁に確認することができなくなる。
訂正
新型コロナウイルス感染症の大流行の中、少なくとも84カ国が緊急事態の政策および対策を施している。しかし、4月15日時点の国連に通知されている公開情報によると、11カ国のみが国際的な人権義務を停止していると正式に国連に報告している。