- 韓国の雇用法・政策は年齢ベースで高齢労働者を差別する内容(age-based employment laws)となっており、高齢者を元の仕事から強制的に退職させた上で低賃金で不安定な仕事に追いやっている。
- 不十分な社会保障は定年退職に伴う収入の喪失と相まって、労働者が高齢化することを罰する制度(a system that punishes workers for getting older)を生み出している。
- 政府は、60歳以上定年制と「ピーク賃金」制度を廃止し、再雇用・再就職制度と社会保障制度を見直すべきだ。
(ソウル)―韓国では、年齢に基づく雇用関連の法律と政策(age-based employment laws and policies)が高齢労働者を差別していると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した報告書で述べた。不十分な社会保障制度は、高齢者が直面している苦境をさらに悪化させている。
今回の報告書『年を取ることは罪:韓国の年齢に基づく雇用政策と高齢労働者の権利』(全72頁)は、60歳以上定年制、「賃金ピーク制」、再就職(同じ仕事での再雇用を含む。以下同じ)制度という、年齢に基づく3つの雇用関連法制度が、高齢労働者にどのような悪影響を及ぼしているか、また未整備な社会保障制度がそうした労働者の状況をいかに悪化させているかを明らかにしている。
「韓国では、高齢労働者を年齢差別から保護するはずの法律や政策が、実際には正反対の効果をもたらしている」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのシニアリサーチャー、ブリジット・スリープは述べた。「こうした法律や政策によって、高齢労働者は定年退職後も元の仕事を続ける機会を奪われ、低賃金で不安定な仕事に追いやられている。その唯一の理由は年を取ったこと。韓国政府は、年齢を重ねることを理由に高齢者を罰する政策を廃止すべきである」。
2024年2月から9月にかけて、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、首都ソウルで政府系・民間に勤務する42~72歳の韓国人労働者34人にインタビューを行った。また、韓国人研究者、労働組合員、ジャーナリスト、非政府組織(NGO)代表者の計41人と意見交換をするとともに、国内法および、韓国政府、研究者、労働者団体、マスコミ、国際機関が韓国語または英語で発表した報告書も精査した。
雇用に関して年齢差別を禁止する韓国の法律「雇用における年齢差別禁止及び高齢者雇用促進に関する法律」(2008年)は、公民両部門の雇用主が、労働者の持つ職務上の技能にかかわらず、強制退職年齢(定年)を60歳以上に設定することを認めている。この「60歳以上定年制」は、公的セクターと従業員300人以上の大企業で広く採用されている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、雇用主が高齢労働者の給与を定年退職前の3~5年間について減額してもよいとする「賃金ピーク制」が、経済的・精神的な損害をもたらしており、この仕組みがエイジズム(年齢差別)的な固定観念に基づいていることを明らかにした。この制度は、年金拠出額、退職金、失業給付といった他の経済的受給権にも負の影響を及ぼしうるものだ。
インタビューを受けた59 歳の男性労働者に対し、雇用主は 1 年後の退職を命じた。退職後の男性の給料は 55 歳水準のわずか52%まで引き下げられることになる。「年齢を理由に私たちの給料が減らされるのだから、これは差別です」と、この男性は訴えた。「正当な理由がありません」。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、定年退職の強制が、高齢労働者の精神的な健康と福祉にも悪影響を及ぼしていることを明らかにした。
59歳の看護師は、36年間勤めた職場を60歳で去らなければならない。「この職場を離れた自分なんて想像もできません。吹きすさむ風の中で一人ぼっちでいるような気持ちになるでしょう」と、この看護師は述べた。
国際人権法では、年齢など差別禁止属性に基づき人を区別して扱う場合、その扱いには正当な目的があり、かつ、その手段に均衡性と必要性が担保されていることを示す「正当化テスト」を満たす必要がある。しかし、韓国の国内法下では、強制的な定年退職にはそもそも正当化理由が必要なく、高齢労働者がこれを差別だと主張して法的に争うことは難しい。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、年齢に基づく韓国の法律や政策(age-based laws and policies)は差別を構成するとの結論に達した。定年制とピーク賃金制度の目的は、それぞれ、高齢労働者を少なくとも60歳まで元の職に留めることと、若年労働者の雇用を財政的に支援することだ。しかし、高齢労働者の被る不利益は、あらゆる利益をはるかに上回っている。
政府は、高齢労働者の技能向上のための職業訓練や、若年労働者の雇用に対する雇用主への助成など、もたらされる不利益を抑える方法でこれらの目的を達成することができる。今回問題となっている政策は、すべての高齢労働者に影響を与えるが、その影響は、職業生活を通じて年功、高給、十分な貯蓄や年金を達成する機会に恵まれることの少ない女性に対して均衡性を欠いている。
雇用に関する年齢差別を禁止したこの国内法によって、韓国政府と地方自治体には、元の仕事を退職した高齢労働者に再就職を支援する責任があると定める。しかし、これでは問題の解決にはなっていない。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査によれば、既存の再就職支援プログラムは、高齢労働者を低賃金で不安定な仕事に就かせるものとなっているからだ。
政府統計によると、60 歳以上労働者の平均収入は、それより若い労働者よりも 29% 低い。さらに、再就職した高齢労働者の仕事は、警備員やケアワーカーなど、若者が就きたがらない低賃金の職に集中している。このような年齢に基づく「職業分離(occupational segregation)」は、差別の一形態である。
こうした問題は、人権基準を満たさない不十分な社会保障制度によっていっそう深刻化していると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。60歳で退職を余儀なくされた人びとは最長270日間の失業給付しか受け取れず、65歳で国民年金老齢年金や基礎年金の受給資格を得られるまで、最長5年間の空白期間を過ごすことになる。2023年時点で、60歳以上で国民年金を受給している人の割合はわずか40%だ。
韓国は国際人権法に基づき、すべての人びとに対して、年齢に関わらず、差別されない権利、労働する権利、社会保障を受給する権利を保障する義務がある。韓国政府は、60歳以上定年制と賃金ピーク制を廃止すべきだ。また、再就職制度と社会保障制度を見直し、高齢者が公正で有利かつ意味のある雇用機会と、少なくとも生活水準の賃金に対して、平等にアクセスできるようにすべきである。
「韓国の年齢に基づく雇用関連の法律と政策は、高齢者と将来世代を差別している」と、前出のスリーブ・リサーチャーは述べた。「政府には、年齢差別やエイジズムを始め、あらゆる形態の差別を禁止する包括的な差別禁止法を制定することが求められている」。