2022年3月6日、ロシア軍は、ウクライナ北部でのロシア軍の進軍からキエフに逃れるため民間人数百人が通行していた道路の交差点を数時間にわたって砲撃したと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した。ウクライナ政府の発表によると、この攻撃で少なくとも8人の民間人が殺害された。攻撃は継続的に行われたという点で、民間人を傷つける無差別または不相応な攻撃を行わないという国際人道法上の義務にロシア軍が違反し、民間人の犠牲を避けるために実行可能なあらゆる予防措置を講じなかったことを示唆している。
目撃者によると、攻撃時に交差点に10人ほどのウクライナ治安部隊と少なくとも2台の軍用車両がいたが、逃げ惑う民間人のほうが圧倒的に多かった。治安部隊の一部は、民間人が荷物や子どもを運ぶのを手伝っていた。目撃者たちは、交差点のすぐ近くではなく、少し離れた場所でウクライナ軍とロシア軍との銃撃戦があったことを直接耳で聞き、また目にしたと述べている。どこで銃撃戦が行われたのか正確には分からないと話す証言もあったが、現場に記者がいたニューヨーク・タイムズ紙は、ウクライナ軍が交差点から約180メートル離れた陣地からロシア軍の方向に向けて迫撃砲を発射したと報じている。しかし、ロシア軍の砲弾は交差点に繰り返し着弾した。
「ロシアの砲撃と占領の恐れから逃れるためにウクライナ北部から逃げてきた多数の民間人が、またしてもロシアの攻撃の犠牲となった」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの危機・紛争調査員リチャード・ウィアーは述べた。「民間人が避難中の場所への数時間に及ぶ砲撃は、ロシア軍が無差別または不相応な攻撃を実施しており、民間人の犠牲を最小限に抑えるためのあらゆる実行可能な予防措置をとっていないとの懸念を抱かせるものだ」。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査・分析によると、砲撃に使われた砲弾は観測されていた可能性がある。つまり、ロシア軍は砲弾が着弾している位置を追跡あるいは「観測」していた可能性が高く、標的を調整するための情報を持っていたということだ。もしそうだとすれば、少し離れた地点の大きな軍事目標を攻撃するのではなく、民間人に損害を与える攻撃を続けたことは、それが無謀または結果を顧みないものであったことを示唆する。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、3月6日の攻撃に居合わせた7人(メディア関係者5人、避難中の民間人2人)にインタビューを行い、交差点に砲弾が着弾する映像1本とその後の写真6枚を分析した。市長によると、死者は子ども2人を含む8人だった。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、目撃者の証言や写真・動画の分析から、子ども2人を含む4人が砲撃中に殺害されたいう情報を収集した。
現地時間3月6日の午前9時半頃から午後2時まで、ウクライナ北西部からキエフに通じる道路P30で砲撃が続いたと目撃者は述べている。3月5日までは、民間人は戦闘から逃れるためにイルピン駅からキエフに向かう列車を利用していたが、この日の攻撃で線路が損傷した。そのため、3月6日には、キエフ北部の地域から逃れる民間人数百人はP30を利用してキエフに入り、そこからさらに移動しようとしていたのである。
交差点はキエフ市の境界から6km、イルピンの南、聖ゲオルギウス教会(ウクライナ正教会)と第二次世界大戦で戦った人びとを記念する像のすぐ前だ。ロシア軍の進行を阻止するためにウクライナ軍が破壊した橋のすぐ南側でもある。
目撃者によると、攻撃が始まる前、そして攻撃の最中には、破壊された橋の瓦礫の上を歩いてイルピン川を渡る民間人が絶えなかった。人びとはその後、キエフ中心部に向かうバスや車に乗るために交差点に集まり、あるいはさらに徒歩で進んでいた。
午前9時半から正午まで交差点にいたある目撃者の話では、攻撃が始まると、10分ごとに交差点やその周辺に砲弾が着弾した。「ロシア軍はあのあたりに迫撃砲の雨を降らせていた」と、この目撃者は述べた。「人びとは砲撃から逃れるために四方八方に走っていた」。あたりにはウクライナ兵数人と治安部隊が使用していると思われるトラック2台のほかには、目立った軍用車両はなかったという。ネットで広く流れた攻撃の映像では、ウクライナ軍の車両と思われる深緑色の車両1台が映っている。
午前10時半ごろに付近を通りかかったある民間人は、装甲車2台(うち1台は機関銃を屋根に装備)と治安部隊8人ほどを目撃した。この男性が現場を通りかかるとき、ロシア軍がいるイルピンとストヤンカの方向から砲弾が6発着弾した。
午前10時に通りかかった別の民間人は、飛来した砲弾がおそらく5発着弾したのを見たと話す。この女性は、窓のない貨物用ミニバンに乗り込んだところで6発目の爆発音がしたと述べた。運転手はミニバンのすぐそばで爆発が起きた直後にアクセルを踏み込み、後部ドアを開けたまま走り去った。2人とも、交差点の付近やすぐそばを通過するときに、ロシア軍に砲撃するウクライナ軍の姿はなかったと述べた。
午後1時29分、現地のオンラインメディア「ドンバス・フロントライナー」は、動画1本と写真6枚をインスタグラムのアカウントに投稿した。ヒューマン・ライツ・ウォッチはこれを調査した。ニューヨーク・タイムズで契約するフリージャーナリストが撮影したこの動画には、民間人義勇兵である領土防衛軍の武装した隊員1人(黄色の腕章で識別できる)が、P30上のフェンスのそばに立っている様子が映っている。少なくとも10人ほどがスーツケースを引き、ペットを連れていた。突然、シューという音がして閃光が走り、大きな爆発音が聞こえた。数秒後、そこにいた領土防衛軍の隊員が地面に投げ出され、救助を受けている。制服姿の男性2人が地面に倒れた4人の遺体に駆け寄り、そして近くに立っていた3人目の男性が「衛生兵、衛生兵!」と大声で呼んでいた。
写真のうち1枚は、聖ゲオルギウス教会のそばで、民間人の服装をした4人の遺体が地面に並べられ、その横にカバン2つと小動物を入れるキャリーケース1つが置かれた光景を写している。別の写真では、教会の向かいにあるスーパーの駐車場の横に、担架に乗せられた遺体らしきものが写っている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、この写真がこの時点で撮影されたものなのか、それともイルピンでのそれ以前の砲撃の時に撮影されたものなのかを確認することができなかった。
フリージャーナリストのマキシム・ドンデュク(Maxim Dondyuk)氏は、現場には正午頃に到着し、2時間ほど滞在した。ドンデュク氏によると、ロシア軍は交差点およぼその周辺に5分~10分おきに砲弾を発射した。午後2時ごろに起きた爆発で、氏は右肩に金属片の直撃を受けて負傷した。破壊された橋の方向から民間人が徒歩で続々と到着し、ぎゅうぎゅう詰めになって車に乗り、南へ向かおうとしていたという。また、彼が見かけた唯一の軍事要員は10人ほどのウクライナ治安部隊だった。
ここ数日、ロシア軍とウクライナ軍は、ウクライナ全土で激化する戦闘の影響を受けている地域について、民間人の安全な避難経路の開設を協議してきたが、そうした努力は今のところ失敗に終わっている。3月3日の第2回協議では、双方が「平和的」な民間人を避難させ、紛争の影響が激しい地域への医薬品や食料を届けるための人道回廊の設置に原則合意した。
しかし、赤十字国際委員会(ICRC)が強調したように、詳細かつ有効な合意がなされなかったため、避難が計画されていたにもかかわらず、至る所で砲撃が続き、当局は避難を中止せざるを得なかった。3月6日にキーフ郊外でロシア軍の砲撃に巻き込まれた人びとのように、ウクライナ北部からの避難しようとする民間人のための一時的な停戦や人道回廊の実現については、これまでのところ当事者間での具体的な合意に至っていない。
戦時国際法は、紛争当事国に対し、軍事行動を行うに際しては、民間人に対する攻撃を差し控えるよう不断の注意を払い、民間人および民用物の損傷を最小限に抑えるために「実行可能なあらゆる予防措置」を講じる義務を定める。これらの予防措置には、攻撃対象が軍事目標であって民間人または民用物でないことを確認するためのすべての実行可能なことを行うこと、状況が許す限り攻撃について「効果的な事前の警告」を与えることが含まれる。
紛争当事国は、戦闘または軍事目標の近傍から民間人を移動させるよう努めなければならない。戦時国際法は、民間人を傷つける意図的かつ無差別、不均衡な攻撃を禁止している。民間人に危害を加える故意のある、又は無謀な攻撃の責任者は、戦争犯罪人として訴追される可能性がある。
ウクライナ軍もまた、民間人の危害を回避または最小化するために、実行可能なあらゆる予防措置を講じる義務を負う。このような予防措置には、民間人や民用物が存在する地域からの軍事行動を回避することや、実際の敵対行為がなされている地域への民間人の立入の防止などが含まれる。
居住地(人口密集地)に広範な影響を及ぼす爆発性兵器の使用は、不法な無差別・不均衡な攻撃への懸念を増加させる。こうした兵器は精度が低く、爆発半径が広く、多数の弾頭を同時に投下する。これには、3月6日のイルピンの攻撃でも使用された可能性のある、無誘導・無観測の大口径弾の使用も含まれる。こうした兵器の使用は居住地では避けるべきである。
国際刑事裁判所(ICC)は、ウクライナでの事態について捜査を開始した。イルピンでの民間人の死は、ICCによる調査の重要性を強調するものだ。ジュネーブの国連人権理事会が3月4日に設置した調査委員会は、イルピンで不法な攻撃が行われた疑いについて調査を行うべきだ。
「この紛争の双方には、民間人への危害を防ぐとともに、民間人が安全に避難できるよう、実現可能なあらゆる予防措置を講じる義務がある」と、前出のウィアー調査員は指摘した。「国際的な調査を実施することで、無謀な無差別攻撃の責任者に対し、かれらが後日法廷に立たされる可能性があるというメッセージを送るべきだ」。