(ニューヨーク)バングラデシュ政府は、2万人近くのロヒンギャ難民を、十分な医療・生活・保護のない離島に移動させていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した報告書で述べた。国連とドナー国政府は、当面のモンスーンシーズン中およびそれ以降のバサンチャール島の安全性、災害への備え、居住性について、独立したアセスメントを早急に求めるべきだ。
今回の報告書『「海の真ん中にある島の牢獄」:バングラデシュのロヒンギャ難民のバサンチャール島への強制移動』(全58ページ)は、バングラデシュ当局が、十分な情報提供に基づく同意のないままに多くの難民を島に移動させ、本土への帰還を妨げていることを明らかにした。同国政府は、コックスバザールの難民キャンプの過密状態を緩和するために、少なくとも10万人を、ベンガル湾に浮かぶこのシルト(砂泥)で形成された島に移動させたいとするが、人道支援の専門家らは、激しいサイクロンや高潮への対策が不十分であるとの懸念を示している。この島の難民たちは、不十分な医療と教育、過酷な移動制限、食糧不足、生計手段の欠如、治安部隊による人権侵害などを報告している。
「バングラデシュ政府は、100万人を超えるロヒンギャ難民への対応に苦慮しているとはいえ、人びとを離島に追いやったところで新たな問題が生じるだけだ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの難民・移民権利局長のビル・フレリックは指摘する。「国際的なドナーはロヒンギャ支援を行うだけでなく、難民が本土に戻ることを求めたり、専門家がこの島の状態は危険すぎるか、避難が持続的ではないという見解を示した場合には難民を本土に戻すよう、バングラデシュ政府に強く求めるべきだ。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2020年5月から2021年5月にかけてロヒンギャ難民167人にインタビューを行った。その内訳はバサンチャールにいる117人とコックスバザールにいる50人だ。後者のうち30人は後にバサンチャールに移送されている。
ロヒンギャの現状に対する第一義的な責任はミャンマーにある。2017年8月25日、ミャンマー国軍はロヒンギャ・ムスリムに対し、大量殺りく、レイプ、放火などの残忍な民族浄化キャンペーンを開始し、74万人以上が隣国のバングラデシュへの避難を余儀なくされた。バングラデシュは、それ以前の迫害から逃れてきた未登録のロヒンギャ難民をすでに30万人から50万人受け入れていたと推定される。ミャンマーは、ロヒンギャへの広範な人権侵害行為を停止せず、難民の安全で尊厳のある自発的な帰還に向けた条件整備を拒否してきた。
バングラデシュがロヒンギャに対して国境を開放したことは評価できるものの、当局はキャンプでの環境をほんとうの意味で快適なものにはせず、バサンチャールへの移動を求める圧力を強めている。当局は、難民キャンプでのインターネット接続を1年近く遮断し、子どもたちへの正規の教育を認めず、有刺鉄線のフェンスを設置して移動や緊急医療などへのアクセスを制限している。治安部隊には、恣意的拘束、強制失踪、超法規的殺害などの訴えがなされている。
2020年5月、バングラデシュは、海上で救助されたロヒンギャ難民300人以上を初めてバサンチャールに移送した。キャンプでの新型コロナウイルス感染症のまん延を防ぐために島内に隔離するというのが当初の説明だったが、この難民たちは家族といまだ再会できていない。バングラデシュ政府は、2020年12月に難民数千人をキャンプからこの島に移動し始めたが、島での保障ニーズ、安全性、居住性についての独立した技術アセスメントを認めるとの約束を反故にしている。
3月17日~20日に国連の一行18人が同島を視察したことを受け、バングラデシュ当局は国連に人道支援の開始を迫っている。難民たちによると、国連の視察ではバングラデシュ政府関係者が同席する前でしか話すことが許されず、島には問題がないように見せかけることを強いられた。
2021年5月31日には、数千人の難民が集まり、バサンチャールを訪問中の国連代表団との会談を試みるとともに、現状に対する抗議の声を上げ、島から出たいという意見がいくつも述べられた。バングラデシュ当局はこれまでにロヒンギャに対して、抗議活動を行わないよう警告していたと、複数の難民がヒューマン・ライツ・ウォッチに語っている。目撃者によると、こうした指示を無視した難民たちと治安部隊が衝突し、女性や子どもを含む複数のロヒンギャが負傷した。
バングラデシュ政府は、バサンチャールでの今後の人道的活動について、国連当局との協議を早急に開始すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。当局はまた、国連が訪問後に行った勧告に従い、すでに島にいるロヒンギャ難民の福利、安全、保護の状況を改善すべきである。
バングラデシュ政府は、ヒューマン・ライツ・ウォッチ宛の書簡で「バサンチャールのロヒンギャには、適切な衛生設備と医療施設に加え、十分な食料の供給を確保した」と述べ、すべての移動は十分な情報提供に基づく同意により行われたとした。しかし、こうした言い分は事実と異なるとする難民は多い。ある男性(53)は、キャンプの管理者に脅された後、移動させられないように身を隠したと述べた。「あの男性は、たとえ私が死んでも遺体を運ぶのだと言ったのです。あの島には行きたくありません。」 また、うその約束を信じて島に行くことにしたという人もいた。
難民たちは、島内の医療施設の不十分さも指摘する。ヒューマン・ライツ・ウォッチがインタビューした難民のうち14人は、喘息、痛み、発熱、関節炎、糖尿病、潰瘍、マラリアなど、さまざまな症状で治療を求めたが、ほとんどが解熱鎮痛薬のパラセタモール(=アセトアミノフェン)の錠剤を渡されて追い返されたという。このうち4人はその後に死亡し、家族らは救急医療が不十分だったせいだと考えている。
島内には救急医療体制がない。医師の紹介があり、島の当局が許可した場合には、難民は船で3時間、陸路で2時間かけて本土の最寄りの病院に行き、ようやく救急医療を受けることができる。救命処置が必要な妊婦も同様の扱いだ。出産時に妻を亡くしたある難民は、妻は合併症を起こし、医師から本土の病院への移動を勧められたが、許可を得るのに2時間かかり、そのあいだに死亡したと話す。
難民たちによれば、島では子どもたちに教師や学校、正規の教育課程があると聞かされていた。しかし、ある援助ワーカーによると、バサンシャールには推定8,495人の子どもがいるにもかかわらず、「多くて4つのNGOがわずか1,500人程度の子どもに教育を行うにとどまっている。」
ミザンさん(35)には7歳と9歳になる娘がいる。子どもたちが受けている教育は、実際にはキャンプよりもひどいという。「ここに来て半年になります。娘たちは勉強を続けるために、持ち物やバッグ、本などの学用品をすべて持ってきたのに、ここには学習センターすらないのです。」
6月にモンスーンシーズンが始まると、島は強風や洪水にさらされるリスクがある。周囲の堤防の強度は、カテゴリー3以上の暴風雨に耐えることができない模様だ。政府は十分な避難場所があるとするが、悪天候の際には海路や空路での輸送が制限されるため、難民やバングラデシュの治安関係者、人道支援者が限られた物資しかない状態で島に取り残される危険性がある。当局は、最近行われたバサンチャールへの難民の移動を悪天候で中止した。
「移動したくない難民たちを、サイクロンが頻発する低地の離れ島に連れて行くことは間違っている」と、前出のフレリック局長は述べた。「多くを失い、塗炭の苦しみを受けてきたロヒンギャ難民は、安全と福利を保障された状態で尊厳と敬意をもって扱われるとともに、長期的な解決策が見つかるまでの間、生活環境に関して、十分な情報を得た上で自発的に選択することを認められなければならない。」