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北朝鮮に拉致されためぐみさんの救出のため、粘り強い闘いを続けた横田滋さんの死を悼む

北朝鮮の人権侵害解決に、世界の指導者は一層の努力を

An April, 2005 photo shows Shigeru Yokota and his wife Sakie at a meeting in Tokyo to demand the return of North Korean abductees. Their daughter Megumi, seen in the picture in background, was abducted by North Korea in 1977. © The Yomiuri Shimbun via AP Images

思いやりにあふれた不屈の闘志、横田滋さんがこの世を去りました。

2020年6月5日、横田滋さんが87歳で亡くなりました。滋さんは妻の早紀江さんとともに、1977年に拉致され、北朝鮮に拉致されて連れ去れた娘のめぐみさん(当時13歳)を取り戻すため、40年以上にわたってたゆまぬ努力を続けてこれらました。また夫妻は、1970年代~1980年代に北朝鮮政府に拉致された日本人被害者の救出を目的とした家族会を設立し、中心となって活動を展開しました。めぐみさんをはじめとする拉致被害者たちは、スパイに日本語やそのアクセント、日本文化を教えたり、日本の身分証明書の偽造に利用されたりと、スパイの訓練に協力させられたと言われています。

滋さんは、これまで1,400回以上の集まりに参加して拉致問題を訴えてきました。その粘り強さは日本社会に深い影響を与え、日本ではかつて無名に近かったこの問題を、地方の村に住む人から東京の政権中枢まであらゆる人に知らしめたのです。めぐみさんを題材にした映画マンガ、演劇、文学作品などは、滋さん・早紀江さん夫妻の努力の賜物です。その粘り強さの結果現在、拉致問題は日朝外交の最重要課題の一つとなり、安倍政権の最優先課題ともなっています。

北朝鮮は2002年にめぐみさんを拉致したことを認め、めぐみさんはすでに亡くなったと主張しましたが、滋さんと早紀江さんは決してあきらめませんでした。

国連は2013年、北朝鮮の人権問題に関する調査委員会を立ち上げ、人道に対する罪をはじめ、北朝鮮政府による組織的な人権侵害の実態を明らかにしました。横田夫妻は、安倍首相が委員会の設置を主導する上でも重要な役割を果たされました。また、現在進行中の北朝鮮での人権侵害を記録し、証拠を収集するとともに、訴追の可能性を探るために設置されている人権高等弁務官事務所のソウル現地事務所設置にも貢献されました。

日本全国が、滋さんの非凡な人柄を偲び、その死を悼んでいます。日本をはじめ各国の政府指導者には、滋さんを決して忘れることなく、その粘り強さを見習い、北朝鮮の残虐な人権侵害を解決するために一層の努力こそが必要です。

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