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「家族と暮らす」子どもの権利、実現なるか?

子どものための革命と『新しい社会的養育ビジョン』

掲載: Yahoo! Japan

社会的養護業界にとって、8月2日に革命が起きたとも言われる。厚生労働省の「新しい社会的養育ビジョン」が示されたためだ。子どもの最善の利益を中心においた質の高いこのビジョン、乳幼児の里親率75%、虐待児らの施設入所停止などの具体的な数値目標を含むため、業界に衝撃が走ったのだ。

しかし世間の注目こそ集めなかったが、子どものための真の革命は昨年5月、塩崎恭久厚生労働大臣(当時)のリーダーシップの下、国会で起きていた。施設入所率85%・里親委託率15%という施設偏重日本において、子どもの「家庭養育原則」を高らかに謳った児童福祉法改正である

しかし戦後数十年にわたり子どもの施設入所を当然としてきた業界の法改正に対する反応は鈍かった。法改正に続いて、通知里親委託ガイドラインの形でも厚生労働省は「就学前の乳幼児期は、養子縁組や里親・ファミリーホームへの委託を原則とする」と、施設偏重文化からの脱却を業界に求め続けた。しかし、残念ながら業界には「革命」にふさわしい改革の機運はなかった。「原則」と言われるうちは例外はありだ、だいたいこれまでどおりでもいいだろうと安心していたのだろう。

数値目標が8月2日に示されるに至って初めて、これまでどおりとはいかないと衝撃が走った。子どもの最善の利益を今後はしっかり実現するため、この新ビジョンの実現に向けて、日本社会が一丸となって改革に乗り出すべきである。

「新しい社会的養育ビジョン」 数値目標&ロードマップ 概要

 

○乳幼児: 75%を里親委託(7年以内)、新規施設入所停止

○特別養子縁組: 倍増して1千件(5年以内)

○2020年まで:フォスタリング機関事業の全国的な整備の確実な完了

【日本の実態】

日本では、虐待や予期しない妊娠など、何らかの理由で親子分離された子どもたちは全国で約3万8千人にのぼる。こうした「社会的養護」下にある子どもたちの約85%にも上る子どもが、児童養護施設や乳児院などで集団養育されている。里親家庭や養子縁組によって、新たに愛情を注いでくれる家族にめぐりあえた子どもたちは2割以下と例外的だ。こうした日本の「家庭分離・施設偏重」モデルは世界的にも突出している。

国際人権ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は2014年5月、こうした社会的養護の実態を、全国200人以上からの聞き取り調査をもとに報告書「夢がもてない―日本における社会的養護下の子どもたち―」(全89頁)にまとめて発表。以来、日本の施設偏重の実態を批判するとともに、現状の里親制度を含む社会的養護政策の抜本的な改革を求めてきた。

【新ビジョンに対する反応】

衝撃を受けている社会的養護業界の反応はというと、一部先進的に取組んできた自治体などからは歓迎の声が聞こえるものの、横浜市(15年度末の里親委託率が13.5%)の担当者の声として紹介されていた「あまりに高い目標に驚いた」「数年単位で体制を整えるのは困難だ」が残念ながら代表的なようだ。里親虐待や不調への危機感からもっとゆっくりと進むべきとの声などもある。これまでもHRWは、自治体の児童相談所を含む業界関係の大人からこうした声をたくさん聞いてきた。被益者である子どもに声はなく、その結果、「子どもたち、十年~数十年家庭は待ってね」という不作為が近年ずっと続いてきた。

しかし、まずは想起して欲しい。そもそも家庭で暮らすことは子どもの基本的人権であり、必要のない施設収容をしないことは、政府の義務である(子どもの権利条約第20条3項)。数十年間も義務違反を続けたために、子どもの基本的権利の侵害に鈍感になりすぎているとしか思えない。私自身、何もしない不作為によって、大切な子ども時代を失った子どもたちから、だれが責任を持ってくれるんですか、と問われ続けて来た。

仮定の話だが、日本にほとんど学校がなく、多くの子どもが教育を受けられずにいたとしよう。学校建設が大変だ、いじめが心配だなどを理由に「しょうがない」となるだろうか。数十年かけて漸進的に改革すればいいとなるだろうか。いや、あり得ない。教育を受けるという子どもの権利を守ることを大前提に、日本社会が一丸となって、学校建設、制度整備、いじめ対策などを行い、親たちがリーダーとなって一刻も早く、と子どもの学びの場を確保するに違いない。

子どもが家族と暮らすという当たり前の権利。その実現のためにも、もう言い訳はやめて一丸となりましょう、予算とマンパワーを投入して早急に「十分な体制」を作って、乳幼児たちに家庭を早く保障しましょう、と網羅的な改革ビジョンを示したのがこの新しい社会的養育ビジョンなのだ。

ところで「乳幼児の里親委託率75%」の実現には、全国で毎年約900人の里親が新たに必要と試算されている。人口120万人程度の都道府県・政令指定都市(広島市・さいたま市くらいのサイズ)で、年間9人の新しい乳幼児里親が必要ということだ。決して無理な数ではないだろう。

【フォスタリング機関】

戦後数十年続いている施設養育モデルを脱却し、質の高い家庭養育に迅速に移行することが容易と言っているのではない。しかし、子どものために絶対必要だと言っているのだ。実現に向けて必要な制度・実務が新ビジョンにいくつも提示されている。中でも大事なのが、質の高いフォスタリング機関(里親への包括的支援体制)の迅速な導入・整備であろう。フォスタリング機関とは、里親とチームとなり、リクルート、研修、支援などを一貫して担う包括的支援体制。新米里親となる市民の不安解決のために、そして何より、里親虐待や里親不調などを予防して、質の高い里親養育を保障されるべき里子にとって、なくてはならない存在だ。

しかし残念ながら、全国でもまだフォスタリング機関は少数。これを迅速に全国に広げるためのひとつの方法として、乳児院・児童養護施設や、子ども支援に経験のある質の高いNPO等が多数、フォスタリング機関として手を挙げ活躍できるよう、国・自治体をあげて、支援する体制を整えて十分な予算を投入することが必要だ。新ビジョンでは、2020年までにフォスタリング機関事業の全国的な整備を確実に完了するよう求めている。

【しなやかに…】

新ビジョン発表以前から、自らをしなやかに変えている乳児院もある。たとえば、長野県にあるうえだみなみ乳児院の取り組みだ。赤ちゃんを預かる乳児院から機能転換し、3年かけて里親支援や産前産後母子支援などを事業の中心にする計画だ。乳児院としてのこれまでの経験や地域での信頼などを活かし、地域のニーズにあわせてスタッフの再配置・再トレーニングなどをすることを通じて、フォスタリング機能への転換を図っている。日本全国に約130ある乳児院の参考になるパイロット的取り組みであり、うえだみなみ乳児院に続いて、各地のニーズを踏まえて検討された計画に基づきながら、赤ちゃんの幸せのために一肌脱ぐという乳児院が続々と現れることを期待する。そうした日本各地の先進的乳児院のパイロット的取組みで得られた貴重な経験が、全国展開に活かされるべきだ。

ところで現在の措置費は、入所児童数を基本として各施設に支払われる制度だ。機能転換のための移行期間には入所児童数を計画的に減らしつつ新たな機能付加の準備をする必要があり、これを成し遂げるための費用をどう捻出するかも課題である。今後このような機能転換を図ろうとする施設を増やしていくためには、現在の施設入所インセンティブに基づく予算制度は改め、速やかに家庭移行インセンティブに基づく安定した制度を導入し法定化する必要がある。

新ビジョンが示しているのはフォスタリング機関事業の整備だけではない。ソーシャルワーク体制作り、社会的養護に関する第三者評価機関創設、子どものアドボケイト制度の創設、永続的解決(パーマネンシー保障)としての特別養子縁組の推進、里親制度改革、児童相談所・一時保護所改革、施設改革、自立支援などのビジョン・工程表を網羅的に示している。ひとつひとつ極めて重要なピースであり、どのピースも欠けることなく達成できるような予算とマンパワーを投入することが不可欠だ。それで初めて、ビジョンは幻ではなく現実に至るだろう。

日本の脱施設・家庭移行の動きは、多くの先進国から数十年遅れて今起きている。とすれば、十分な予算投入をしなかったためにおきた里親不調の頻発など、他の先進国のフォスターケアの発展における失敗から学び、これを避けることもできるはずだ。

【最後に、市民ひとりひとりができること】

ジョン・F・ケネディ米大統領が言った格言の1つが「国が何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何をできるかを問うてほしい」だ。

国・自治体が今回の新ビジョンのすべての施策を取ったとしても、子どもの「家族と暮らす権利」は、多くの善意の市民の参画なくしては成り立たない。市民ひとりひとりが、「里親」という生き方を社会貢献の選択肢のひとつとして考えてみる社会になるべきだ。子どもが人生を切り開いていく様を特等席で見られる「子育て」。そのやりがいは、他の何ものにも変えがたい充実感のはずだ。

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