Relatives of prominent reformers and other people detained after Iran's disputed June 2009 election gather outside the prosecutor's office in Tehran calling for the release of their family members.

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(ワシントンDC)「イランで、2009年6月の大統領選結果に対する抗議活動が続いている。これに対する政府弾圧は、これまで報告されているよりずっと広範で、内容も過酷だ。」ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した報告書でこう述べた。報告書には多数の人権侵害事例が明らかにされている。イランでは、非暴力の反政府デモ参加者が現在も拘禁中。アフマディネジャド政権は、拘束中の人びとを全員を釈放し、人権侵害の責任者の責任追及を確約すべきである。

今回発表された全19頁の報告書『31年目のイラン・イスラーム共和国:選挙後の深刻な人権状況』は広範な人権侵害事例を記録。その内容は、超法規的殺害、強かんと拷問、集会や表現の自由の権利への侵害などの人権侵害や、2009年6月12日の選挙後の9カ月間に行われた数千件に及ぶ恣意的逮捕など。イスラム革命の31回目の記念日を祝うために政府による様々な催しが行なわれているが、今も、人権侵害の生々しい報告が相次いでいる。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ中東局長代理ジョー・ストークは、「イラン政府は、一連の記念祝典を機会に、国内の人権侵害から目をそらそうとしている。だがそうはいかないだろう」と述べた。「イランの政府が本来行うべきは、人権侵害実行者の身柄をこの機会に拘束することだ。」

今回の報告書は、デモ参加者やジャーナリスト、人権活動家、拘束された政治家の家族など、様々な人びとへの電話インタビューと電子メールでのやりとりに基づき作成された。イラン政府は、表現の自由や集会の自由を非暴力的に行使したとして市民を脅迫、逮捕、訴追する大規模な取締りを依然として続けている。本報告書はそうした実態を明らかにするもの。イラン政府は、今も、弾圧を中断してもいなければ、責任者を追及してもいない。

テヘラン郊外のキャフリーザク拘置所に収容されていた男性は、ヒューマン・ライツ・ウォッチの電話インタビューに対し、当時の経験を次のように語った。

6月26日、看守たちは「擬似処刑」を再び行なった。水が欲しい、トイレに行きたいと申し出る人びとを罵倒しながら、手当たり次第に殴った。私は言った。「俺を死刑にしたいなら、してくれ。それで気が済むだろう。」腹に一発蹴りが入った。その場に倒れこむと、さらに蹴りを何発もくらった。私が血を吐くまで終わらなかった。別の男が言った。「このオカマ野郎をあっちへ連れて行って強かんしちまえ。生意気な口を二度とは利かなくなるさ。」 男は私を無理矢理に別室へ引っ張っていった。そして私の両手両足を縛り、下着を引きずり下ろした。〔中略〕私を強かんしながら男は言った。「〔中略〕自分のケツさえ守れない野郎が、どうやってビロード革命[訳注:今回の反体制運動のこと]をやろうって言うんだよ。」 私は血を吐き、意識を失った。

大統領選挙後の数週間続いたデモは、1979年の王制打倒とイスラーム共和国成立のきっかけとなった当時のデモ以来、最大規模となった。機動隊と民兵組織バシジは、デモ参加者に棒や棍棒で襲いかかった。実弾を発射したケースもあった。整然とデモを行った大多数の参加者と、破壊行為に走った少数の人びとが無差別に対象とされた。国家による暴力行使は、デモの現場に留まらなかった。私服部隊やバシジ民兵は、学生寮を襲撃し、住宅地の寝込みを襲った。昨年6月だけで、少なくとも40人が、政府の弾圧を直接的な原因として死亡した。

イラン当局も、一般のデモ参加者数千人を拘束すると共に、政府に批判的な有名政治家や活動家を大量に逮捕した。拘束された一般参加者への虐待がもっともひどかったのは警察署や拘置所。特にキャフリーザク拘置所が最悪だった。少なくとも3人が、同拘置所での負傷が原因で死亡したと国会真相究明部会が認定している。警察の留置場に収容された人びとは、拘束中、性的な暴行が横行していたと報告している。

イラン政府当局は、エビン刑務所でも虐待を加えた。同刑務所は大規模な拘禁施設で、ヒューマン・ライツ・ウォッチがこれまでに何度も組織的な人権侵害を報告している施設だ。エビン刑務所に収容された著名な政治家や活動家は、自白を強制されたとみられ、政府はこうした自白を、昨年8月の100人以上を対象とした大量裁判の証拠にした。

逮捕と脅迫による弾圧が広く展開されている一方で、反体制派の活動は続いている。重要な国民の休日や宗教上の祝日を選んで、現政権とその政策に反対する平和的な抗議活動を繰り返している。直近では昨年12月末、デモ参加者が全国の主要都市に集まり、シーア派の祝日であるアシュラの日を祝った。これは、政府に批判的な最高位聖職者で大アーヤトッラー・ホセイン・アリー・モンタゼリー師の死を追悼する行事と重なった。警察とバシジ部隊は、テヘランとクム(コム)でデモ隊を攻撃。多数の負傷者を出したほか、少なくとも8人の死者を出した。当局は、活動家やデモ参加者を逮捕。一部に、死刑犯罪で訴追する、と脅した。

 「政府の弾圧も、反体制派の批判を止めることはできなかった」と前出のストークは述べる。「イラン政府は、もう弾圧戦術はやめるべきだ。そして、政府を批判する意見を述べる権利を国民に認めるべきだ。」