内閣総理大臣 高市早苗 殿
CC: 外務大臣 茂木敏光 殿
ベトナム国家主席兼ベトナム共産党書記長であるトー・ラム(To Lam)氏が2026年11月8日から11日まで日本を公式訪問するにあたり、ヒューマン・ライツ・ウォッチを代表して本書簡をお送りいたします。この機会をとらえ、公の場での発言と非公開の会談の双方において、ベトナム政府の人権状況に対する深刻な懸念を提起していただくよう強く要請いたします。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、人権の擁護と保護に取り組む独立した非政府組織です。世界約100か国で国際人権法および国際人道法の違反を調査・報告しており、ベトナムにおける人権侵害についても30年近くにわたり記録してきました。
日越関係は近年、大きく強化されてきました。2023年11月、両国は関係を最高レベルである「アジアと世界における平和と繁栄のための包括的戦略的パートナーシップ」に格上げしました。両国の首脳は頻繁に相互訪問を行っています。
日本はベトナムの主要な貿易相手国の一つであり、ベトナムに対する海外直接投資(FDI)の最大の出資国の一つでもあります。さらに日本は、20年以上にわたり、ベトナムに対する最大の二国間政府開発援助(ODA)供与国となっています。2026年3月には、日本は「ベトナムのグリーン・トランジションと気候変動への強靱性を支援する」ため、2025年度分として6億900万米ドルの円借款を供与することに合意しました。
日本がベトナムにとって長年にわたる重要な援助国であり貿易相手国であることを踏まえれば、日本政府は、ベトナムに対して国内の人権状況の改善を働きかける上で、非常に有利な立場にあると考えます。
ベトナム政府はこの10年間で弾圧を急激に強めてきました。この期間は、トー・ラム氏が公安大臣(2016~2024年)を務め、その後同国の指導者となった時期にあたります。トー・ラム氏の下で、ベトナム警察は広範な取り締まりに乗り出して同国の市民社会を壊滅状態に追い込み、国境を越えた弾圧(トランスナショナル・リプレッション)を強め、言論の自由を犯罪として扱う過酷な法律の適用範囲を広げ、その運用を拡大してきました。
現在ベトナムには160人を超える政治囚がいます。これらの人びとは、表現の自由の権利を行使したこと、あるいは人権と民主主義のために平和的な活動を行ったことを理由に投獄され、過酷な法律に基づいて起訴されています。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ベトナム当局が「民主的自由の濫用」を禁じる刑法の曖昧かつ過度に広範で、濫用的な規定(第331条)をますます多用し、著名な活動家を沈黙させるとともに、劣悪な公共サービスや汚職、警察の虐待について苦情を訴えた一般市民に報復している実態を記録してきました。
また、ベトナムにおける労働者の権利の問題にもご留意いただきたいと思います。ベトナムと日本がともに締約国である2018年の「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTPP)の労働章第19.3条において、ベトナムは、国際労働機関(ILO)宣言に定める権利(「結社の自由及び団体交渉権の実効的な承認」を含む)を「自国の法律及び規則並びにこれらに基づく慣行において採用し、及び維持する」ことを約束しました。ベトナムはCPTPP上の約束の一環として、2024年1月までにILO第87号条約を批准すると誓約しましたが、2026年10月時点でいまだ批准していません。ベトナム当局は、独立した労働組合を組織する労働者の権利を組織的に抑圧しています。その結果、独立した労働組合は一つも存在しません。ベトナムはCPTPP上の義務に違反しており、この問題はトー・ラム氏に対して重要課題として提起されるべきです。
さらに、日本の『外交青書2026』は、「CPTPPを通じて、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった価値や原則を共有する国々と共に自由で公正な経済秩序を構築し、…大きな戦略的意義を有している」と述べていますが、ベトナムはまさにこれらの価値を組織的に軽んじています。
総理ならびに日本政府に対し、トー・ラム氏の訪日中にこれらすべての問題について公に懸念を表明するとともに、具体的には、ベトナム政府に対して以下を強く求めるよう要請いたします。
- 表現、結社、信教、集会の自由の権利を行使したことを理由に拘禁されているすべての人を、無条件で釈放すること。
- 平和的な異議表明を理由に個人を訴追するために用いられてきた、曖昧な文言の「国家安全保障」関連規定その他のベトナム刑法の規定を廃止すること。これには、「民主的自由の濫用」(第331条)、「団結政策の破壊」(第116条)、国家に反対する宣伝(第117条)が含まれる。
- 法律上も実務上も独立した労働組合の結成を認める労働改革の実施に向けて実質的な措置を講じるとともに、政府の管理下にある仕組みの外で、労働者の権利保護のために組織化を試みる労働者に対する脅迫や報復をやめること。
- 結社の自由に関するILO第87号条約を速やかに批准するとともに、ベトナムが批准済みである団結権及び団体交渉権に関するILO第98号条約の適正な適用を確保するため、必要に応じて法律と政策を改革すべく、ILOと誠実に協力すること。
- 刑事訴訟法を改正し、捜査期間を通じて弁護人に速やかかつ妨げられることなく接見する権利を含め、すべての刑事被疑者の適正手続の権利を保障すること。(現行法の下ではこの権利が保障されておらず、)これにより被告人は拷問その他の虐待を受ける危険にさらされ、法の適正手続と公正な裁判を受ける権利の原則が損なわれている。
私たちの要請にご配慮いただけますよう、あらかじめ御礼申し上げます。追加の情報の提供や、これらの問題についての協議には、いつでも応じる用意がございます。
敬具
エレイン・ピアソン
アジア局長
ヒューマン・ライツ・ウォッチ
土井香苗
日本代表
ヒューマン・ライツ・ウォッチ
別添:ベトナムの根深い権威主義と悪化する人権侵害
政治囚
ベトナム政府は、平和的な政治活動家や宗教活動家を訴追・投獄するため、刑法その他の法律の中の、文言が曖昧で恣意的に解釈される規定を頻繁に用いています。これには、「団結政策の毀損」(第116条)、「ベトナム社会主義共和国国家に反対する目的で情報、資料、物品を作成、保管、流布または宣伝すること」(第117条)、「民主・自由の権利を濫用して国家の利益、組織・個人の正当な権利・利益を侵害すること」(第331条)が含まれます。
2026年の最初の9か月間に、当局は少なくとも31人の活動家に有罪判決を下し、長期の懲役刑を言い渡しました。その中には、著名なブロガーであるホアン・ティ・ホン・タイ(Hoang Thi Hong Thai)氏やフイン・ゴック・トゥアン(Huynh Ngoc Tuan)氏が含まれます。このほか警察は、政府を批判したとして少なくとも46人を逮捕しました。
基本的な権利を行使したことを理由に拘禁されている、以下の政治囚の事案を提起していただくよう要請いたします。このうち数人は深刻な健康問題を抱えています。恣意的に拘禁されているすべての人は、直ちに無条件で釈放されるべきです。
- カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)、土地の権利活動家
- ホアン・ドゥック・ビン(Hoang Duc Binh)、労働活動家
- レ・ディン・ルオン(Le Dinh Luong)、民主化運動家
- グエン・チュン・トン(Nguyen Trung Ton)、民主化運動家
- グエン・トゥオン・トゥイ(Nguyen Tuong Thuy)、独立系ジャーナリスト
- グエン・ヴァン・トゥック(Nguyen Van Tuc)、民主化運動家
- ファム・チー・ズン(Pham Chi Dung)、独立系ジャーナリスト
- ファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)、作家・人権擁護者
- チャン・ドゥック・タック(Tran Duc Thach)、民主化運動家
- チャン・ヴァン・バン(Tran Van Bang)、民主化運動家
労働者の権利の抑圧
ベトナムは、2024年1月までに批准すると誓約したにもかかわらず、結社の自由及び団結権の保護に関するILO第87号条約をいまだ批准していません。また、団体交渉に関するILO第98号条約をはじめとする批准済みの条約上の義務の履行や、独立した労働組合を結成・運営する労働者の権利の保障についても、ほとんど進展が見られません。
当局は労働者の代表制を支持していると主張していますが、実際には独立した労働組合は認められていません。政府が労働組合の全国組織と位置づけるベトナム労働総同盟(Vietnam General Confederation of Labor:VGCL)は独立していません。その指導部は政府またはベトナム共産党によって任命され、傘下の労働組合は通常、経営側が承認した人物によって率いられています。
政府はまた、2019年労働法典(2021年施行)により、企業レベルで独立した労働者組織の設立が認められていると主張しています。しかし、そのような組織の存在は確認されていません。当局は、こうした組織の登録と運営に必要な規則を定めておらず、そのための法的・行政的な手続も整備していません。
施行規則が存在しないことに加え、労働組合法の規定からも、政府が真に独立した労働組合を認めるのではなく、労働者の代表をVGCLの管理下にとどめておく意図であることがうかがえます。
国家による統制は、共産党指令第24号にも表れています。同指令は、特に国際貿易協定やILOとの関与に関連して、労働団体、市民社会組織、外国の関係者に対する監視を強化するよう求めています。
政府系メディアは、独立した労働組合を、政治体制の転覆を図る「敵対勢力」として描いてきました。労働活動家の逮捕や独立した労働組織化に対する制限と相まって、こうした政策は、結社の自由と国際的に認められた労働者の権利に対するベトナムの姿勢に深刻な懸念を生じさせています。
国境を越えた弾圧(トランスナショナル・リプレッション)
近年、ベトナム当局は、国境を越えた弾圧、すなわち自国の領域外にいる反体制派や批判者を標的にして異論を封じ込めようとする政府の取り組みを強めています。当局は、タイやカンボジアをはじめとする他国の政府に圧力をかけ、恣意的な逮捕や拷問、投獄を恐れてベトナムから逃れたベトナム国民を送還させようとしてきました。
ベトナムの治安部隊は、ドイツやタイでベトナム国民を拉致してきました。その中には、チン・スアン・タイン(Trinh Xuan Thanh)氏、チュオン・ズイ・ニャット(Truong Duy Nhat)氏、ズオン・ヴァン・タイ(Duong Van Thai)氏が含まれます。この1年間に、ベトナムの裁判所は海外に住むベトナム人を欠席裁判にかけ、有罪として長期の懲役刑を言い渡しました。その中には、レ・チュン・コア(Le Trung Khoa)氏、グエン・ヴァン・ダイ(Nguyen Van Dai)氏、ドアン・バオ・チャウ(Doan Bao Chau)氏、ディン・ユム(Dinh Yum)氏、シウ・ディ(Siu Di)氏、ダン・ティ・フエ(Dang Thi Hue)氏が含まれます。これらの裁判以降、警察は、欠席裁判で有罪とされた人々と交流したとして、ベトナム国民に多数の警告を出し、罰金を科しています。
政府はタイに対し、元政治囚のレ・チー・タイン(Le Chi Thanh)氏をはじめ、庇護を求めている活動家を送還するよう迫りました。9月には、海外を拠点とする政治団体ベトタン(Viet Tan)が、ベトナム警察がカンボジアで同団体のメンバー3人を超法規的に連行し、拘禁したと発表しました。