- 米国の支援を受けたイスラエル軍と民間請負業者は、欠陥のある軍事化された援助物資配布の仕組みを導入し、援助物資の配布を恒常的な大虐殺へと変えてしまっている。
- 苛烈な人道状況の直接的原因は、イスラエルが文民の飢餓を戦争の武器として利用している事実(戦争犯罪である)、またイスラエルが援助物資と基本的なサービスを継続的かつ意図的に遮断していること(人道に対する罪としての絶滅、およびジェノサイド行為に相当する)にある。
- 各国はイスラエル当局に対し、群衆統制の手段としてパレスチナ人の文民に対する致死的暴力の行使を直ちに中止し、援助物資搬入に対する違法かつ包括的な制限措置を解除するよう圧力を掛けるとともに、米国とイスラエルに対し、陥を抱えた現行の配布システムを停止するよう迫るべきだ。
(2025年8月1日、エルサレム)―イスラエル軍は、米国が支援する新たな援助物資配布システムの配布所で、飢餓にあえぐパレスチナ人の文民に発砲や砲撃を恒常的に行っている。これらは国際法に対する重大な違反行為であり、戦争犯罪に相当すると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。
イスラエル軍との調整の下で活動する「ガザ人道財団(GHF)」によって運営されるガザ地区内の4つの配布所とその周辺では、連日のように多数の死傷者が出ている。国連によると、2025年5月27日から7月31日にかけて、GHFの配布所で援助物資を入手しようとしたパレスチナ人少なくとも859人が殺害された。大半はイスラエル軍の攻撃によるものだ。苛烈な人道状況の直接的原因は、戦争の武器として文民の飢餓をイスラエルが利用している事実(戦争犯罪である)とともに、援助物資や基本的なサービスの継続的かつ意図的な遮断(人道に対する罪としての絶滅、およびジェノサイド行為に相当する)にある。
「イスラエル軍は、パレスチナ人の文民を意図的に飢えさせているだけでなく、家族のために食糧を求めて血まなこになっている人びとを、連日のように銃撃している」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの危機・紛争担当局長代理ベルキス・ウィレは述べる。「米国の支援を受けたイスラエル軍と民間請負業者は、欠陥のある軍事化された援助物資配布の仕組みを導入し、援助物資の配布を恒常的な大虐殺へと変えてしまっている」。
各国はイスラエル当局に対し、群衆統制の手段としてパレスチナ人の文民に対する致死的暴力の行使を直ちに中止し、援助物資搬入に対する違法な包括的な制限措置を解除し、欠陥を抱えた現行の配布システムを停止するよう迫るべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。その上で、国連を始めとする人道支援組織による、ガザ地区全域で大規模かつ制約を受けない援助物資の配布再開が可能にならなければならない。国連などの組織が人道基準に沿ってガザの住民に食糧を提供する能力を持つことは実証済みであり、このような形の配布は、南アフリカがイスラエルをジェノサイドで提訴した国際司法裁判所(ICJ)の拘束力のある判決で求められていることでもある。
2025年5月、イスラエルによるガザ完全封鎖開始から11週間以上が経過した後、GHFの配布メカニズムが稼働し始めた。報道によれば、イスラエル当局の目的は、国連などの援助組織による人道援助物資配布システムを完全に置き換えることにある。
イスラエル当局は、ハマースによる援助物資の流用を主張して一連の措置を正当化しているが、イスラエル軍の消息筋に基づくニューヨーク・タイムズ紙の報道によると、イスラエル軍は、国連の援助物資をハマースが組織的に流用していることを示す証拠を持っていない。国連主導のシステムは引き続き稼働してはいるものの、搬入を許可される援助物資の量や中身、またその行き先について、イスラエル当局は大きな制限を加えている。
GHFの配布システムは、イスラエル軍との調整の下で、米国の2つの民間請負会社Safe Reach Solutions社(SRS)とUG Solutions社によって運営されている。両社は「困窮する文民への食糧配布のみに専念している」と表明しており、いかなる政府からも独立しているとするが、4つの配布所はすべてイスラエル軍が軍事化したエリア内にある。そのうちの3つは、イスラエル当局がほとんどすべてを破壊し、ガザ住民の「収容」先として提案しているガザ南端の都市ラファに置かれている。残りの1つは、ガザを南北に分割する、民族浄化が行われたイスラエルのセキュリティゾーンの「ネザリム回廊」にある。ガザ北部の住民はいずれにも行くことができないため、国連主導の配布システムに頼っている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは7月に、最近数ヵ月間にガザに滞在し、配布所やその周辺で暴力を目撃したか、これらの拠点で死亡または負傷した人を診た人々合計10人をインタビューした。具体的には、5月から6月にかけてUG Solutions社のセキュリティ請負業者としてガザに滞在し、コントロールセンターや4つの配布所で数十回の配布作業に携わった、元アメリカ陸軍特殊部隊中佐アンソニー・ベイリー・アギラール氏、6月にガザで活動した外国人人道支援ワーカー1人、5月から7月にかけてガザで活動し、GHFの配布所やその周辺で負傷した文民を治療した外国人医師2人、GHFの配布所やその周辺で発生した暴力事件を目撃したパレスチナ人6人だ。調査チームはこのほかにも、さまざまな解像度の衛星画像を分析し、アギラール氏の撮影によるものを含む動画や写真を検証し、文書のメタデータを分析し、GHFによるSNSへの投稿を検証した。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは7月19日、調査結果の概要と質問リストを記載した書簡を、GHF、SRS社、UG Solutions社、イスラエル軍、米国政府に送付した。イスラエル軍、UG Solutions社、UG Solutions社の法律顧問、GHF/SRS社の法律顧問から回答があった。その概要は次段落の記述に反映させた。
GHFの配布所4ヵ所の選定と設営はイスラエル軍によるものだと、GHFの法律顧問はヒューマン・ライツ・ウォッチに回答した。衛星画像の分析から、調査チームは配布所がすべて軍事化されたエリア内にあり、イスラエル軍の前哨基地に囲まれていることを確認した。GHF の法律顧問によれば、GHFはSRS 社に配布所の運営を委託し、SRS社はUG Solutions社に配布所の警備を委託した。
ガザ全域の誰にでも行くことのできる数百ヵ所に食糧を運ぶのではなく、この新しい仕組みは、パレスチナ人に対して、がれきだらけの危険な場所を長時間移動することを強いている。目撃者5人によると、イスラエル軍は実弾を使って、パレスチナ人の配布所への移動を統制している。配布所内では、援助物資の配布は、アギラール氏の表現によれば無秩序な「争奪戦」であり、最も脆弱で弱い立場にある人びとはたいてい何も得ることができない。ヒューマン・ライツ・ウォッチが、GHFのFacebookページに掲載されたこの4ヵ所での105回の配布に関する発表を分析したところ、54回は20分も経たずに終わっており、20回は公式開始時刻前に終了が発表されていた。
あるパレスチナ人男性は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、翌日午前9時から始まる配布に参加するため、前日の午後9時頃に自宅を出たと語った。その途中、配布所を目指して歩いていると、イスラエル軍の戦車が発砲してきたという。「もし歩くのを止めたり、彼らの意に反する行動をとったりしたら、狙い撃ちにされました」。これとは別の出来事として、アギラール氏は、6月8日に「サイト4」のすぐ外で、イスラエル軍の戦車による文民車両への砲撃を目撃した。車内にいた4人は死亡しただろうと氏は述べている。ITVニュースのインタビューに応じた別の請負業者は、アギラール氏のいう、この車両への攻撃について語っている。
ある配布所に行ったことのある別のパレスチナ人男性は、困難で危険な道のりをこう説明した。「援助物資を必要としている多くの人が、配布所までたどり着けず物資を手にすることができません。実際に行くのなら運だけが頼りで、生還できたなら奇跡です」。
ヒューマン・ライツ・ウォッチがインタビューした目撃者7人によると、イスラエル軍は文民に対して恒常的に発砲していた。パレスチナ人の目撃者3人とアギラール氏も、GHF配布所内にいた武装警備員が、援助物資の配布中に、実弾などの武器を文民に用いたところを見たと主張している。GHFとSRS社の法律顧問の書簡は、配布所内で武器を所持する請負業者はUG Solutions社の人間であることを確認しているので、武装警備員はUG Solutions社の請負業者ということになると思われる。GHF、SRS社、UG Solutions社は、使用する請負業者が文民に武力行使を行った事実はないとした上で、UG Solutions社の人間が致死的暴力を行使するのは最後の手段であり、文民や援助物資を求める人びとに危害を加えたことは一度もないと回答している。
この援助物資配布メカニズムはガザでの大規模な飢餓に対処できていないと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。GHFの法律顧問は、7月28日時点でガザで9,500万食を配布したと述べた。しかし、4つの配布所がフル稼働しても、GHFの計画では1日あたり約60台のトラック分の食糧しか提供できないとアギラール氏は指摘する。これに対して、2025年初めの停戦時に、国連主導の支援スキームの下でガザに入ったトラックは1日あたり600台だった。
7月29日、食糧不安に関する世界有数の専門家集団である「総合的食料安全保障レベル分類」(IPC)は「最悪の飢饉が現在ガザ地区で発生している」と述べた。ガザ保健省の報告によれば、7月30日時点で、2023年10月7日以降に子ども89人を含む154人が栄養失調により亡くなっているが、その多くが7月19日以降に落命している。7月27日、イスラエル軍は、物資の空中投下の再開、援助物資搬入のための安全ルートの指定、および支援の円滑化のために人口密集地での「人道的停戦」の実施を発表した。
イスラエル軍とパレスチナ武装組織との戦闘行為に適用される国際人道法は、紛争当事者に対して、文民と戦闘員をいかなる時も区別するよう義務づけている。攻撃を行ってよいのは軍事目標のみであり、文民や民用物を標的とする、または無差別的になされる攻撃は禁じられている。ガザにも適用される国際人権法は、「人命保護のために厳格に不可避な場合」を除き、火器の意図的な致死的使用を禁止している。こうした基準は、警察力を行使する民間治安要員にも適用される。
国際人道法と国際人権法の両者に基づき、当局は援助物資の配布を確実に行うための措置を講じることができるが、文民に対する致死的暴力の行使には厳格な制限がある。例えば、イスラエル軍が指定するルートから外れて歩いていた文民がいるとしても、それだけでは合法的な攻撃目標とはならない。また、そのような状況になっているからといって、警察当局が「人命保護のために厳格に不可避である」として、致死的暴力を意図的に行使することも正当化されない。占領下にある住民集団に属する文民を故意に不法に殺害することは戦争犯罪だ。
イスラエル軍が正当な理由なくパレスチナ人の文民に致死的暴力を繰り返し行使していることは、国際人道法と国際人権法に共に違反する。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、調査した事例について、殺害された人々がその時点で生命に差し迫った脅威となっていたことを示すいかなる証拠も見出していない。合法的な正当性がないにもかかわらず、警察力を行使する者が意図的な致死的暴力を行使することも国際人権法違反だ。イスラエル軍による GHF配布所周辺での恒常的な殺害も、イスラエル当局がパレスチナ人の文民が対象になることをわかっていながら、意図的に標的として殺害したことを示す証拠をすべて踏まえると、戦争犯罪に該当する。
SRS社が配布所での援助物資の配布を開始してから1か月後の6月26日、米国政府は GHFに3,000万米ドル(60億円)を割り当てると発表した。GHFが行った最初の1か月分の援助物資配布資金の出所は依然として不明だ。GHFの法律顧問はヒューマン・ライツ・ウォッチ宛ての書簡で「米国とイスラエル以外の政府から1億米ドル(150億円)を受け取った」と記したものの、どこの政府が支払ったのかは明らかにしていない。
トランプ政権は、議会の承認を回避して資金の割当を行っている。米国は、国際人道法に反する深刻な行為が続いていることを知りながら、多額の軍事援助を提供していることを踏まえれば、イスラエルがガザで犯している国際人道法違反行為に加担している。
米国議会も、GHFへの追加資金割当については議会への通知を義務づけるようにするとともに、飢餓にあえぐパレスチナ人への援助の有効性評価を含め、米国の資金が現在どのように使用されているかについて報告を求めるべきだ。
各国はジェノサイド条約によって負う義務に従い、対象限定型制裁、武器禁輸、特恵貿易協定の停止など、自国の影響力を行使できるあらゆる手段を用い、イスラエル当局によっていままさに行われている残虐な犯罪を阻止しなければならない。
「自国が持つ大きな影響力を活かしてイスラエルに現在進行中のジェノサイド行為の停止を迫ることはせず、飢餓にあえぐパレスチナ人の文民を群衆の統制手段としてイスラエル軍が殺害する原因となっている、死をもたらす仕組みの後ろ盾となり、資金提供すらしている米国の振る舞いは一切容認できない」と、前出のウィレ局長代理は述べた。「各国はパレスチナ人の絶滅を阻止するための緊急行動を起こさなければならない」。
調査結果の詳細は英語版ページをご覧ください。