更新: 2022年12月13日、高等法院が黎智英氏の公判を2023年9月25日まで延期した。
(ニューヨーク) - 香港当局は、民主化推進の旗手である香港メディアの実力者、黎智英(ジミー・ライ)氏に対する根拠なき訴追を即時取り下げ、同氏ほか6 人の共同被告を無条件に釈放すべきだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。黎氏の公判は 2022 年 12 月 13 日に再開される予定だ。
香港当局は、香港法を改定し、海外ベースの弁護士が国家安全保障関連の事案に関与することを禁ずるよう中国政府に要請、判断を求めた。黎氏が自らの弁護人を選ぶ権利を否定し、中国共産党がコントロールする本土の人民法院での裁判をちらつかせて威嚇した。黎氏と 1 件の罪状で有罪を認めた 6 人の共同被告は終身刑の可能性に直面している。
「中国政府は、長きにわたりもっとも強力な批判者のひとりだった個人を投獄しようとしているようだ」とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア副局長王松蓮は述べる。「当局は、黎智英氏に対する虚偽の訴追を取り下げ、黎氏ほか6人の共同被告を釈放すべきだ。」
75 歳の黎氏は、 2020 年 6 月に中国政府が香港へ導入した厳格な国家安全維持法 (国安法)に基づいて、「外国勢力との結託」で訴追された最初の人物だ。黎氏は、外国勢力との結託3件および扇動1件で罪に問われているが、これらはツイッターへの投稿や主催したインタビュー、黎氏が創刊した日刊紙・蘋果日報(リンゴ日報)の記事が根拠となっている。
黎氏は、国家安全保障上の容疑に加えて、2021 年 4 月、5 月、12 月に「無許可の集会」で、平和的な抗議行動に参加したとして、3事案合わせて20 カ月の実刑判決を受けた。また、2022 年 10 月には、所有する新聞社のリース違反2件で罪を問われ、「詐欺」罪で禁錮 5 年 9 カ月を言い渡された。黎氏は2021年4月から服役中。
黎氏の裁判は公正な裁判を受ける権利の重大な侵害によりすでに損なわれている:
- 弁護人を依頼する権利:2022 年 10 月、香港高等法院(高等裁判所)は、英国の上級法廷弁護士ティモシー・オーウェン氏を弁護人とする黎氏の申請を認めた。司法機構(司法府)はこの判断を不服として上訴したが、上訴法廷および終審法院(最高裁)で敗訴。香港特別行政区トップの李家超(ジョン・リー)行政長官がその後、北京の中央政府に対し、香港の事実上の憲法である基本法を「解釈」することで介入し、海外ベースの弁護士が国家安全保障関連事案で、法廷に立つことを禁ずるよう求めると述べた。加えてある香港の高官は、仮に黎氏が香港ベースの弁護人を見つけられなければ、適正手続上の保護が存在しないに等しい中国本土で裁判にかけられる可能性を示唆した。
- 公判前拘禁の長期化:国安法下では、容疑者が国家安全保障上の犯罪を犯さないと裁判官が判断しない限り、保釈は却下される。黎氏は2020年12月に国安法のもとで訴追されて以来、勾留されている。問われた犯罪の重大性または性質に関係なく保釈を否定する国安法上の推定は、香港のコモンローの伝統ならびに「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)における、保釈を支持する推定、無罪推定の原則と矛盾する。いずれも香港基本法を介して香港の法的枠組みに組み込まれており、権利章典条例で明文化されている。
- 陪審なき公判:国安法に従い、検察は黎氏の事案で陪審なしの公判を行うよう命じた。これは、高等法院における刑事裁判の伝統から逸脱するものだ。国連人権理事会は、公正な裁判を受ける権利に関する一般的意見32号の中で、次のように述べている。仮に「例外的な刑事手続き、または特別に構成された裁判所あるいは法廷[無陪審公判など]が、特定のカテゴリーの事案に適用された場合、違いを正当化するために客観的かつ合理的な根拠が提供されなければならない。」
- 指名された裁判官:北京の中央政府が任命した香港行政長官が選んだ裁判官3人が当該事案を担当する。
メディア報道によると、検察が黎氏に対する「外国勢力との結託」の証拠と考えているものには、海外政治家の注意を喚起しようとしたツイッター投稿、米国務長官(当時)との会談、蘋果日報のデジタル・プラットフォームで、海外政治家へのインタビューを自ら行ったトークショーの主催がある。ほかに、表向きの証拠には蘋果日報の英語版を発行したこと、2019年の香港民主派抗議行動を支持したこと、そして権利侵害をめぐり香港政府高官に制裁措置の発動を外国政府および政治家に呼びかけたことが含まれる。
2019年4月〜2021年6月のこれら「外国勢力とのコミュニケーション」は、国安法施行前に起きたできごとであるにもかかわらず、検察は黎氏が「外国勢力との結託」の「首謀者」だったことを示すものであると主張し、重い刑罰の可能性を示唆した。 が、言及された活動または言論のいずれも、国際法が認識しうる犯罪に該当する可能性がある暴力ほかの行動に当てはまらない。
検察は、「扇動」の証拠として、2019年〜2020年に蘋果日報が公開した160本の記事(民主派政治家および活動家が書いた論説も含む)が、香港市民に抗議行動を呼びかけ、「警察に対する憎悪を扇動」し、かつ「中国中央政府に抵抗するための暴力的方法の使用を促進」したと主張した。しかし、検察がこれらの主張を立証するためにどの記事を使用しているかは不明だ。
2022年11月、黎氏の共同被告6人は、「外国勢力との結託」で黎氏と「共謀」した罪を認めた。6人は次のとおり:張劍虹氏/蘋果日報の親会社「壹傳媒」(ネクスト・デジタル)の前最高経営責任者、陳沛敏氏/蘋果日報の前副社長、羅偉光氏/前編集長、林文宗氏/前執行編集長、馮偉光氏/英語ニュース部門の前執行編集長、楊清奇氏/前論説主筆。なお、共謀罪の量刑審問の日程は未定だ。6人のうち数人が黎氏の公判で証言する予定で、結審後に判決が言い渡されることになる。
「中国および香港の政府が、国家安全保障に関する事案から海外ベースの弁護士を排除しようとする策略は、国安法の施行以来、急激に低下してきた香港における法の支配をさらに弱体化させるだろう」と王松蓮は述べる。
中国の最高立法機関である全国人民代表大会常務委員会は、12月下旬に開催される次の隔月会期で香港基本法を「解釈」する予定だが、常務委員会の12月の議題にそのような項目は含まれていない。仮に常務委員会がこれを行えば、1997年に香港の主権が英国から中国に移譲されて以来7回目となる。これら7つの決定のうち3つ (2004年、2016年、および2020年) が、香港の半民主的統治を侵食し、最終的に終結させた。常務委員会が独立派政治家2人の議員資格を剥奪した2016年の決定と次の決定は、香港で進む裁判事案へ中央政府の直接的干渉で共通する。
また、常務委員会の決定は香港の弁護士の独立性をさらに損なうものであり、政治裁判にかけられている被告の弁護人を依頼する権利の行使は、さらに困難になるだろう。逮捕されたデモ参加者の代理人を務めていた香港ベースの弁護士の一部は、国安法施行後に香港を離れた。中国および香港の当局が香港大律師公会(香港弁護士会)の前会長ポール・ハリス(夏博義)氏に対して行った嫌がらせは注目を集めたが、これも弁護士に対する威圧的な環境の一因となった。国家安全保障関連事件の被告が海外ベースの弁護士を代理人にすることを禁じられたら、こうした事案を進んで引き受けてくれる香港ベースの弁護士はほとんど、あるいはまったくいない。そうなれば、被告は北京の中央政府の要求に従う弁護人を依頼しなければならないか、さもなくば中国本土に移送され、中央政府が掌握する法制度の下に置かれるリスクに直面することになる。
黎智英氏の事案の重要性は香港だけにとどまらない、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べる。中国政府は、本土の中国語メディアすべて並びにインターネットをコントロールしている。2020年以降、中国および香港の政府は、かつて香港で繁栄していた独立報道機関を解体した。こうした報道機関は中国共産党に対して辛らつな姿勢を貫いていた。香港警察は、蘋果日報と、これも影響力のあった立場新聞を強制捜査して解体させた。少なくともほかに7つの報道機関が、取り締まりを恐れて閉鎖した。現在、中国政府のコントロール下にない中国語話者向けの独立した代替中国語情報源はほとんど存在しない。
「関係各国政府は、黎智英氏に対するすべての訴追を取り下げるよう中国政府に圧力をかけなければならない」と王松蓮は述べる。「香港の法の支配と報道の自由に対する中国政府の攻撃は世界的な脅威だ。」