内閣総理大臣 岸田文雄 殿
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、9月27日の安倍晋三元首相の国葬出席のためのグエン・スアン・フック ベトナム国家主席の東京訪問に先立ち、ベトナムの深刻な人権状況について書簡をお送りいたします。特に、ベトナム国家主席との会談において、これらの問題を公けの場及び非公開の場で提起していただくよう、要請いたします。日本はベトナムにとって最大の政府開発援助国であることから、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ベトナムに国内の人権状況の改善を求めるにあたり、日本政府が非常に適した立場にあると考えます。
人権上問題のあるベトナム政府の諸政策の変更を実現するのが大変困難であることに疑いの余地はありませんが、日本や志を同じくするその他の政府のリーダーシップの下、国際社会が一致団結して努力すれば進展がありうることは明らかです。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)の権利が好例で、ベトナムの保健省が2022年8月3日、同性に魅力を感じたりトランスジェンダーであることは精神衛生の状態(精神疾患)ではないと公式に確認し、LGBTの人に対する差別的な対応や人権侵害を止めるよう病院や医療提供者に指示したという事例があります。この政策変更は、ベトナム政府はその保健政策を世界的基準や国際人権基準に合わせるべきであるという、諸外国政府及びそのハノイの大使館や国連諸機関による提言に沿ったものでした。
しかしながら、より一層の行動が必要です。ベトナム政府は、表現、結社、平和的集会、そして宗教と信仰の自由を含む基本的な市民的及び政治的権利を厳しく抑制し続けています。ベトナム政府は、ベトナム共産党がその権力独占を脅かすと見なすいかなる組織や団体の結成や運営も禁止しています。当局はウェブサイトへのアクセスを頻繁に遮断し、政治的に注意が必要だと見なす内容を削除するようソーシャルメディア企業やテレコム企業に求めています。ソーシャルメディア上も含めて一党支配体制を公然と批判する人は、政治的脅迫、嫌がらせ、移動の制限、物理的な攻撃、恣意的逮捕と拘束を受ける恐れがあります。警察が政治活動家を何カ月も拘束し、弁護士へのアクセスを与えずに虐待的な尋問を行うこともよくあります。裁判所は共産党の支配下にあり、ブロガーや活動家に国家安全保障関連犯罪の濡れ衣を着せて有罪判決を下し、長期の禁固刑を宣告しています。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本政府がベトナムの劣悪な人権状況に関して 1) 政治囚及び政治的被拘禁者、2) 移動の自由の抑圧、3) 情報の自由の抑圧、4) 信仰の権利と宗教の自由な実践の権利の抑圧、という4つの優先分野を焦点とすることを提言します。
1. 政治囚及び政治的被拘禁者
ベトナム政府当局は頻繁に、刑法その他の法律上の、表現が曖昧で恣意的に解釈される規定を使って政治的及び宗教的活動家を訴追し、投獄しています。例えば、「人民政権を倒壊させるための活動」(第109条)、「団結政策を損なうこと」(第116条)、「ベトナム社会主義共和国に敵対しようとする情報、資料、製品の作成、保管、配布または宣伝」(第117条)または「国家に敵対するプロパガンダ」(1999年刑法第88 条)、「治安の壊乱」(第118条)などの規定です。政府当局はまた、人権活動家を標的にするため、刑法の他の規定も利用しています。例えば「国家の利益、組織や個人の合法な権利や利益を侵害するために民主主義に対する権利や自由の権利を濫用すること」(第331条)、「公序を乱すこと」(第318条)です。当局は最近、政治的動機に基づく「脱税」(第200条)容疑で2018年のゴールドマン環境賞受賞者であるグイ・ティ・カイン(Nguy Thi Khanh)を含む環境や気候変動の活動家を訴追し、投獄しました。
ベトナムには現在、少なくとも164人の政治囚がいます。2022年の最初の9カ月間だけでも、裁判所は、政府の批判を述べたことや、人権、環境または民主主義について活動したことを理由に少なくとも25人に有罪判決を下し、長期の禁固刑を宣告しました。例えば、ジャーナリストのマイ・ファン・ロイ(Mai Phan Loi)と弁護士のダン・ディン・バック(Dang Dinh Bach)、そして市民ジャーナリストのレ・ヴァン・ズン(Le Van Dung、別名 Le Dung Vova)です。8月には、ハノイの裁判所が著名なブロガーのファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)と、土地権利活動家のチン・バ・フォン(Trinh Ba Phuong)とグエン・ティ・タム(Nguyen Thi Tam)による控訴を退けました。警察はこの他に、著名な人権擁護者のグエン・トゥイ・ハン(Nguyen Thuy Hanh)、グエン・ラン・タン(Nguyen Lan Thang)、ブイ・トゥアン・ラム(Bui Tuan Lam)を含む少なくとも14人を政治的動機に基づいた容疑で逮捕しました。
ベトナムの刑事訴訟法は、最高人民裁判所長官は国家安全保障を乱した疑いのある人を捜査が完了するまで拘束すると決めることができ(第173条5項)、捜査が完了するまで被拘禁者の弁護士へのアクセスを制限できる(第74条)としています。実際には、いわゆる国家安全保障関連犯罪の容疑をかけられた人は、政府当局の考え方ひとつで、弁護士へのアクセスなしにいつまでも警察に留置されることが頻発していることを意味します。
日本はベトナム政府に対し、公けの場そして非公開の場で、以下を求めるべきです。
- 基本的な市民的及び政治的権利を行使したために投獄または勾留されている人を含むすべての政治囚及び政治的被拘禁者を直ちに釈放すること。
- 刑法第109、116、 117、118、331条を廃止するか、ベトナム政府が1982年に批准した「市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「ICCPR」)」の下でベトナム政府が負う義務に適合するように修正すること。
- 国家安全保障関連犯罪を含むいかなる容疑で拘束されたすべての人が、逮捕後直ちに弁護士にアクセスできるように刑事訴訟法第74及び173条を修正または廃止すること。
2. 移動の自由の抑圧
ベトナム政府は、活動家、反体制者(dissidents)、人権擁護者などに、無期限の自宅軟禁、嫌がらせ、その他の形の恣意的拘束を受けさせることにより、移動の自由などの基本的権利を日常的に侵害しています。政府当局は活動家を、公の抗議行動や仲間の活動家の裁判、外国の外交官との会合、その他の人権関係の行事に出られないようにするために必要な期間だけ拘束することが頻繁にあります。
治安関係者らは、人を自宅軟禁しておくために自宅の外に私服の警備員を配置し、南京錠を使って人を中に閉じ込め、人が自宅を出たり他の人が訪れたりするのを防ぐためにバリケードなどの障害物を築き、地域の暴漢を組織して人が自宅から出ないように脅し、自宅の所有者の鍵に瞬間接着剤のような非常に強力な粘着物の塗布までします。
ベトナム政府はまた、空港や国境検問所での足止め、出入国を可能にする旅券その他の文書の発行の拒否などの方法で、人権活動家やブロガー、反体制者やその家族が国内外を旅するのを組織的に阻止しています。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが2月に発表した報告書『「自宅に閉じ込められる」:権利を制約されるベトナムの人権活動家たち(Locked Inside Our Home: Movement Restrictions on Rights Activists in Vietnam)』は、2004年から21年までのベトナムにおける組織的で厳しい移動の自由の制限について詳述しています。
2022年3月には、2月にロシアによる全面侵攻を受けたウクライナを支持する行事に民主化支持者8人が出るのを治安要員が阻止しました。
日本はベトナム政府に対し、公けの場そして非公開の場で、以下を求めるべきです。
- 自宅軟禁、拘束、嫌がらせ、監視、国内外の渡航禁止など、活動家その他の政府の批判者の移動の自由に関する権利に対する恣意的な制限を直ちに止めること。
- 市民を渡航禁止リストに掲載するのを直ちに止めること。渡航禁止リストに合法的に掲載された人は、直ちに適切な通知を受け、掲載の理由を知らされ、その決定について独立した公平な裁判所で異議を申し立てることができるべきです。
- 国家安全保障を理由とする人権の制限を、国際人権法の下で許される範囲をはるかに超えて認める憲法第14条2項及び15条4項を、廃止または修正すること。
- 曖昧に定義された国家安全保障関連規定に基づいてベトナム国民の出入国を政府当局が恣意的に禁じることを認める入管法の規定を廃止または修正すること。
3. 情報の自由の抑圧
ベトナム政府は、独立した報道機関及び民有の報道機関を禁止し続けています。ベトナム政府は、ラジオ局やテレビ局、そして印刷出版物を厳しく統制しています。政府に反対する、国家安全保障を脅かす、国家機密を暴露する、「反動」思想を推進するとみなされる情報を拡散する場合には、刑事罰が科されます。政府当局は政治的に敏感なイシューを扱うウェブサイトへのアクセスを日常的に遮断し、頻繁にブログを閉鎖しようとします。政府当局はまた、政府が政治的に容認できないと見なす内容やソーシャルメディアのアカウントを削除するようインターネットプロバイダーに求めます。
2019年1月に施行されたサイバーセキュリティ法は極めて問題の多い法律です。過度に広範で曖昧な法律で、自由表現を検閲する極めて広い裁量を政府当局に与え、政府当局が違反だと考える内容を通知から24時間以内にインターネットプロバイダーに削除するよう規定しています。
政府は2022年9月、テクノロジー企業に対し、国内に物理的な事務所を開設するとともに、ユーザーデータをベトナム国内に保管するよう命じるという、極めて大きな問題をはらむ新たな命令を出しました。この政令により、オンラインユーザーのプライバシー権を政府が侵害することが可能になるものですが、2022年10月1日に施行されます。
日本はベトナム政府に対し、公けの場そして非公開の場で、以下を求めるべきです。
- メディア関連のすべての法律や規制がICCPR第19条に従うようにすること。
- 検閲されず、独立し、民間によって運営される新聞や雑誌の出版を認めること。
- フィルタリングや監視その他のインターネット使用に対する制限を撤廃すること。
- インターネット上で平和的に意見を広めたために投獄または拘束されている人を釈放すること。
- サイバーセキュリティ法及び関連する政府命令53号/2022 を修正し、ICCPRを含む国際人権基準を完全に満たすようにすること。
- サイバーセキュリティー法に関連するすべての命令がICCPRを含む国際人権基準に従うようにすること。
4. 宗教の自由な実践の権利の抑圧
ベトナム政府は、法律や登録要件、嫌がらせ、監視などの手段で、宗教の実践を制限しています。宗教団体は政府の承認を得て政府に登録することを求められる上に、政府が支配する管理委員会の下で活動する必要があります。政府当局は多くの政府系教会やパゴダが礼拝を行うのを認めてはいますが、政府が「国家利益」「公序」「国家団結」に反すると恣意的に見なす宗教活動は日常的に禁止しています。2021年9月現在、ベトナムは約140の宗教団体(信者総数約100万人)を公式に承認していないことを認めました。これらの団体の大半は家の教会やレンタルスペースで信仰を実践しています。政府はデガ派プロテスタント、ハ・モン派カトリック、法輪功その他いくつかの宗教団体を「左道(ta dao)」(邪教)と呼び、それらの信仰を実践する人びとを攻撃、迫害しています。
警察は、政府管理下の宗教外で活動する宗教団体を監視し、時に暴力的に取り締まります。承認されていない独立宗教団体は常に監視や嫌がらせや脅迫に直面し、その信者は公然とした批判、信仰の放棄の強制、拘束、尋問、拷問、訴追を受けることがあります。
ラオカイ省当局は2022年1月、「多くの家族が邪教を放棄する誓約書に自発的に署名し、法が認める宗教に転向して、共産党の指針や政策と、宗教に関する国の法律を真剣に守る」よう「粘り強く」説得したと発表しました。
当局による信教の自由の組織的弾圧について、政府関係者自身の表明による証拠が十分にあります。例えばコントゥム省当局は2022年5月に、省内全域でハ・モン派カトリックを根絶させたと公然と自賛しました。トゥエンクアン省当局は2022年6月、2022年の最初の4カ月間で「70世帯に対し、違法のドゥオン・ヴァン・ミン(Duong Van Minh)[宗教]団体を放棄し、[共産]党と国家を信奉するよう宣伝し、運動した」と主張しました。2022年7月には、バックカン省当局が2023年までにドゥオン・ヴァン・ミン団体を根絶させるつもりだと誓いました。当局は、2週間のうちに「42世帯の221人に不法組織ドゥオン・ヴァン・ミンを放棄する誓約を書かせた」と発表しました。警察は、1人が「白いキャンバスの板を取り下げ、作業部会から提供されたホー・チ・ミン大統領の肖像画に取り替えることに同意した」と主張しました。ザライ省の地元当局は8月、同省の宗教委員会がハ・モン派カトリックやデガ派プロテスタントなどの「邪教」と戦い、排除するために警察隊と密接に協力したと報告しました。
ロンアン省の裁判所は2022年7月、仏教派団体のティン・タット・ボン・ライ(Tinh That Bong Lai)の会員6人に有罪判決を下し、刑法第331条の下で「国家の利益、組織や個人の合法な権利や利益を侵害するために民主主義に対する権利や自由の権利を濫用」したとして3年から5年の刑を宣告しました。当局は6人が「宣伝と扇動、そしてドゥクホア県の警察や仏教の評判と、チャン・ゴック・タオ氏(Tran Ngoc Thao、仏教名は Thich Nhat Tu)の名誉と尊厳を損なうことを目的とした不正確で、歪曲され、でっち上げられた内容」の短い映像を作成したと主張しました。被告らは尋問中に拷問を受けたと主張しましたが、裁判所はその訴えを退けました。
日本はベトナム政府に対し、公けの場そして非公開の場で、以下を求めるべきです。
- すべての独立した宗教組織が自由に宗教活動を行い、自己統治をおこなうことを認めること。管理委員会を持つ政府承認の宗教組織への加入を選ばない教会や教派は、独立した運営を認められるべきです。
- 政府非承認の宗教の信者であることを理由にした政府による嫌がらせ、信仰の放棄の強制、逮捕、訴追、投獄、虐待を止めるとともに、宗教や信仰、表現、平和的な集会と結社の自由に対する権利を平和的に行使したために現在拘束されているすべての人を釈放すること。
- 宗教問題に関連するすべての国内法をICCPRを含む国際人権法に沿って改訂すること。ICCPRに違反する形で宗教や信仰、表現、結社、平和的集会の自由を侵害する国内法の規定をすべて修正すること。
- 国連機関の代表、NGO、外交官などの外部のオブザーバーが、妨害されず同行者なしに、中部高原(特に、最近モンタニャールが外国での庇護を求めて去ったコミューンや村を含むこと)にアクセスするのを認めること。このような外部のオブザーバーと話をする、またはその他の方法で連絡する人に対して復讐や報復がないようにすること。
以上の重要な事柄について、私どもヒューマン・ライツ・ウォッチの提言をご検討くださいますよう、お願いいたします。さらなる情報が必要であればご遠慮なくご連絡ください。
日本代表 土井香苗
アジア局 局長 エレーン・ピアソン
Cc:
外務大臣 林芳正 殿
国際協力機構 理事長 田中明彦 殿