(ニューヨーク)− 各国政府は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行への対応で、高齢者の権利を尊重しなければならないとヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。
今現在入手可能な証拠に基づけば、新型コロナウイルス感染症への感染により、もっとも重大で命にかかわる合併症を引き起こす可能性が高いのは高齢者であることがわかっている。高齢者養護施設などに入居している場合は感染リスクが高まり、自宅にいる場合は深刻な社会的孤立に直面する可能性がある。また収容・拘禁されている場合には、支援に頼らざるをえず、さらに健康と人権が危機にさらされる。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの高齢者の権利担当調査員ベサニー・ブラウンは、「高齢者は新型コロナウイルス感染症の影響をとりわけ受けており、多くの政府が対応を急いでいる」と述べる。「しかし、政府が高齢者特有の体験を考慮に入れず、積極的に年齢差別と闘わなければ、高齢者は健康のみならず人権侵害リスクにも直面することになる。」
欧州では新型コロナウイルス感染症の犠牲者の95%超が60歳以上だ。米疾病予防管理センターは、2020年2月12日〜3月16日の米国における新型コロナウイルス感染症犠牲者は 85歳以上がもっとも多く、65〜84歳がそれに続くと報告した。
ウイルスによる深刻な症状や死亡のリスクが高いことに加えて、差別が高齢者の権利を脅かしている。新型コロナウイルスの経済的影響を論じた英国のある新聞のオピニオン記事には、高齢者の死が「高齢扶養家族を減らせる」ので、有益かもしれないと書かれていた。ウクライナの元保健相は3月22日のインタビューで、65歳以上の人びとは「すでに遺体」であり、政府は新型コロナウイルス感染症対応を「まだ生きている」人に集中すべきだと述べた。
テキサス州のダン・パトリック副知事は、高齢者は経済のために自らを犠牲にしても構わないと言ってくれるかもしれないと発言。 69歳の副知事は、3月23日の全米向けテレビ番組で、「さあ、仕事に戻ろう」と呼びかけた。「賢く振る舞い、日常に戻るのです。70歳以上である私たちは自分で自分の面倒をみますから、国を犠牲にするのはもうやめましょう。」
年齢に基づいて移動の自由に厳しい制限を課している政府も一部ある。高齢者は自宅に閉じ込められたままになるか、罰金ほかの罰則を科されるかという状況におちいっている。
一例として、ボスニアヘルツェゴビナでは、数週間にわたり65歳以上の人びとが外出禁止になっていた。食糧の買い出しや薬局通い、ゴミ出しまで禁じられ、 200人超の高齢者が罰金を科されるにいたったが、4月3日になって、月曜日〜金曜日の午前7時〜正午まで外出できるよう規制が緩和された。
期せずして独りでいることを余儀なくされる高齢者には、認知機能の低下など、生命を脅かしかねない様々な重度の身体的および精神的健康リスクがある。移動の自由に対する制限は適度なものでなければならず、年齢のみに基づくべきではない。
各国政府は「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)」において、保健上のニーズを確保しつつも、社会的孤立のリスクにも対処すべきだ。
新型コロナウイルス感染症はその他の感染症と同様、密接な状態で共同生活している人に高いリスクが及ぶ。こうしたリスクは、ウイルスが急速に広がり、すでに多くの犠牲者が出ている介護施設や老人ホームなどで特に深刻だ。米国の高齢者向け施設には約150万人が入居しているとされる(そのほかの共同生活型の支援施設などはこの数字に密接な状態で含まれていない)。
2月と3月にワシントン州のある施設で感染者23人が死亡したが、米疾病予防管理センターは4月1日の時点でさらに400のケースを追加報告した。3月31日、フランスのグラン・テスト地域の保健当局 も介護施設における高齢者570人の死亡を報告している。
高齢者は、地域社会で自立して生活するための十分な公共サービスを政府が提供できなかったために高齢者施設に行き着くことが多い。高齢者支援施策が十分でないために高齢者が施設収容され、その結果、数百万人がウイルス感染のリスクのより高い状況におかれたといえる。政府は、地域密着型の公共サービスの継続を確保し、施設行き以外に選択肢がないために、結果として施設入所となることのないようにする必要がある。
現時点で英国政府は、高齢者向けのソーシャルケア提供を改善するべきところ、特にイングランドにおいて逆にケア要件の審査とケア提供の義務を一時停止している。ウイルスの感染拡大が続くなか、公共の集会や交通手段の規制など、緊急事態規定の一部が正当化される場合はある。しかし、ひとたび社会的支援の審査などの責務を緩和すれば、基本的人権が侵される可能性が生まれる。
米国政府は、介護施設で高齢者が直面する新型コロナウイルス感染症リスクへの対応として、「訪問禁止」政策を発表。オーストラリアの一部施設は同国政府の公衆衛生手引では求められていないにも拘わらず、こうした動きに追従している。1回の訪問につき最大2名で時間も制限されているうえ、衛生と物理的距離に関するガイドラインも設けられている。
高齢者施設の方針は、高齢で感染リスクのある入居者の保護と、家族とつながるニーズならびに訪問者ならではのモニタリング機能との間でバランスをとる必要がある。入居者と施設職員の安全を保つためのよりバランスのとれたアプローチのあるべき姿としては例えば、多くの施設がすでにそうしているように、病気の訪問者の制限、訪問者の手洗いとマスクの着用、ソーシャル・ディスタンシング、訪問専用の個室の提供などが求められる。
多くの国の医療システムは、新型コロナウイルス感染症により深刻な合併症を引き起こした患者の数に圧倒されている。が、年齢が治療を拒否するための主な基準であってはならない。各国政府は、リソースの配分の決定に関して医療従事者に明確な指針を示すとともに、高齢者を含むすべてのハイリスク集団の治療へのアクセスに差別がないように監視すべきだ。また、複合的な差別にも着目して対応すべきだ。たとえば、LGBTの高齢者はHIVとがんの罹患率が高く、免疫システムが損なわれた結果、新型コロナウイルス感染症の感染による重篤な合併症にぜい弱である可能性が高い。
多くの高齢者が難民・避難民施設に収容されており、過密な環境と限定的な保健衛生用品へのアクセスから、健康上のリスクに直面している。各国政府は、法的地位にかかわらず、難民・避難民の高齢者が公的な健康保険制度および病院を利用できるようにする必要がある。こうした収容施設では、高齢者に特に注意を払った手洗いサポートなどを含む、健康を維持するのに必要な居住スペースや生活飲料水、衛生設備などへのアクセスを確保しなければならない。
高齢者には、刑務所や拘置所、収容施設からの釈放といった特別配慮も求められている。 たとえば米国では、その刑期の長さゆえに、高齢の受刑者が男女共々特に早いスピードで増加しており、以前から適切な医療提供が難しい状態になっていた。
ブラウン調査員は、「各国政府は、高齢者の健康への危機に対し、人権危機で応えるべきではない」と指摘する。 「この新型ウイルスの流行に対する政府の対応で、年齢差別の姿勢が強まり、高齢者の平等権が無視されれば、それは私たち全員が危機に直面しているということに他ならない。」