船に所狭しと乗り込んでビルマから逃れながら、タイやマレーシア、インドネシアによって領海外に追いやられるロヒンギャ・ムスリムの人びとの絶望的な姿に世界は息を呑みました。時を同じくして、ヴィジャイ・ナンビア国連事務総長ビルマ特使は問題の震央、ビルマのアラカン(ラカイン)州を訪問していました。この地域ではロヒンギャの人びとが組織的な迫害を受けており、ヒューマン・ライツ・ウォッチはこれを人道に対する罪による「民族浄化」と呼んできました。

今回の訪問には、ビルマの国連スタッフを代表するレナタ・デサリアン国連ビルマ駐在人道調整官が同行しました。それもあり、ナンビア特使が事態の深刻さに懸念を示し、長期化する危機的状況の解決に向けた政策転換を、国連も期待していることを明確にすると思われていました。  

しかし、訪問後にデサリアン氏が自らの事務所を通じて発表した声明はびっくりするほど生ぬるく、誤解を生む内容でした。「国連は、IDP[国内避難民]の状況改善への取り組みなど、ラカイン[州]の状況が最近改善していることを認識し、評価する。政府はIDPの帰還を認め始めており、生計手段の拡大や保健、教育で支援を行っている。」

これを読んだ人は、慈悲深い国や地方の役人が困難を味わっている人びとを首尾良く支援している、と勘違いしても無理はないでしょう。しかし真相は180度異なります。ナンビア氏やデサリアン氏は「こうした事態の改善を歓迎するものの、さらなる取り組みが必要である」ことを認めたのだから、基本的なことはカバーしたと考えたのかもしれません。しかしEU(欧州連合)外交団が2014年のラカイン州訪問後に発表した声明が各方面から批判されたことを踏まえれば、ロヒンギャの人びとが世界で最悪レベルの厳しい迫害を受け続けるなかで、今回の声明は些末な改善点に焦点があたりすぎです。声明のなかでは、ビルマ海軍による救出劇が賞賛もされています。あれほど大量の人びとが海路で出国せざるをえない状況が、ビルマ政府によって作り出されていることには一切触れずに、です。

アラカン州で多数派を占める仏教徒は、宗教指導者や政府職員、州治安部隊の支援を受け、2012年からロヒンギャへの広範な暴力をふるい、何万人もが自宅を焼け出されています。そして当局は命からがら逃げてきた人びとをキャンプに押し込め隔離しています。ビルマの1982年国籍法はロヒンギャに市民権を実質的に認めていません。ちょうど先週、ビルマ国会では、ロヒンギャの人びと、またそれ以外にもビルマで多数生活するムスリムの人びとを標的とした「人口調整」法が可決されました。それ以外の差別的な法案もじきに可決される見込みです。

こうした抑圧があるからこそ、何千人もの人びとが命がけで、多くの場合はぼろ船に乗り込まなければならないのです。ボートピープルの危機を話し合うための国際会議の直前に発表された声明であるにもかかわらず、この抑圧について一切触れていません。

国連が誤解を招く声明を発表しがちな理由ははっきりしません。更に、こうしたあいまいな態度は、本人たちの自称である「ロヒンギャ」という呼び方を国連が避けていることで悪化しています。一部の国連幹部と外交官は、この言葉をまったく口にしなくなりました。ビルマ政府が「ロヒンギャ」はいないとの公式的な立場を取っているからです。その代わりに政府は、しつこくロヒンギャの人びとを「ベンガル人」と呼びます。ロヒンギャがバングラデシュからの不法移民だと主張するときにビルマで使われる侮蔑的な言葉です。

国連は宗教的迫害が命じられている現状を見過ごすべきではありません。潘基文・国連事務総長も「ロヒンギャ」の表現を使ってはいますが、「『ロヒンギャ』を自称とし、よくそう呼ばれる人びと」という抑制的な言い回しでした。潘事務総長は今こそ、国連では「ロヒンギャ」を用いることが例外ではなくルールであると、はっきり述べるべきです。こうした態度は、潘事務総長が掲げる「人権最優先」という意欲的なアジェンダとともに、迫害される少数者の基本権擁護という事務総長の責務に合致するものとなるでしょう。

5月29日に世界17ヶ国と複数の国連機関の代表がバンコクで会議を行い、ビルマからの海路での大量出国の解決策を協議しました。しかし会合の公式声明で「ロヒンギャ」はまったく言及されていません。国連は今こそ立場を明確にし、グループのアイデンティティを取り消すことを拒否すべきです。

バンコクでの会合中、ナンビア氏はどこにいたのでしょうか。答えはビルマです。国勢調査結果発表を支援していました。今回の国勢調査では、「ベンガル人」という差別的な呼称を義務づけられたため、登録を拒否した推計110万人のロヒンギャは除外されました。ナンビア氏はビルマ訪問中に一度だけ、公の場で「ロヒンギャ」と口にしたようですが、これは批判に答えたときだけでした。

わたしたちはこう問いかけられるでしょう - ビルマ国内では背後から指揮することを選びがちな国連が、人権を「最優先」で取り組むよう、世界で求めることなどできるのでしょうか。