Displaced people from the Yezidi sect, fleeing violence from forces linked to the extremist group Islamic State (also known as ISIS) in the northern Iraqi town of Sinjar, walk towards the Syrian border in August 2014.

© 2014 Reuters

(ベイルート)— 各国政府が重大な治安上の課題に直面した際に人権を軽視するのは大きな過ちだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の「ワールドレポート2015」内で述べた。

世界の人権状況を評価した25回目の年次報告書(全644ページ)で、ヒューマン・ライツ・ウォッチは90カ国超で起きた人権問題をまとめた。本報告書「はじめに」を執筆したケネス・ロス代表はその中で、激動の2014年に多くの政府が人権に対し、全面的な防戦態勢をとったことに触れ、非生産的な方策であったと強調している。

「人権侵害行為は今日ある危機の多くを生み出し、あるいは悪化させた主犯だ。人権の保護と民主的なアカウンタビリティ(真相究明・責任追及)の確保こそが、こうした危機解決の鍵となる」とロスは述べる。

過激派組織イスラム国(ISIS)の台頭は、人権が二の次となるきっかけを作った国際問題のひとつだ。しかしイスラム国はどこからともなく現れたわけではない。米国のイラク侵攻が残した治安の空洞に加え、イラクおよびシリア政府の宗派的かつ人権を無視した政策、そしてこれらに対する国際社会の無関心が、イスラム国隆盛の要因となった。

イラクのハイダル・アバディ首相がより包括的な統治を誓う一方で、政府は依然として、処罰を全く受けることなくスンニ派の一般市民を殺害するシーア派民兵組織に大きく依存。政府軍も一般市民や人口密集地への攻撃を行っている。腐敗し人権侵害的な司法制度を改革し、宗派的支配に終止符を打つことで、スンニ派がイラクで居場所を得られたと感じられるようにすることは、今後少なくともイスラム国の残虐行為を阻止する軍事行動と同じくらい重要になってくるだろう。が、アバディ首相は今のところ、必要不可欠な改革に着手しないでいる。

シリアでは、バッシャール・アル・アサド大統領の軍隊が、故意かつ悪意の攻撃を反体制派支配地域の一般市民に対して行っている。政府軍が使用する無差別兵器(なかでももっとも悪名高いのは「たる爆弾」)で、市民生活はほとんど忍びがたいものと化した。

それにもかかわらず国連安全保障理事会は、この大虐殺を止めるための国際社会の協力にロシアと中国が拒否権を発動したことから、ほぼ傍観に終始している。米国とその同盟国は、シリア政府に人権侵害停止を求める努力は後回しにし、イスラム国に対する軍事行動を優先した。この姿勢をイスラム国が利用し、アサド大統領の虐殺行為に立ち向かえるのは自分たちだけであると、潜在的な支持者たちに喧伝している。

ナイジェリアも人権問題が紛争の中心にあるという点で同様の情勢だ。イスラム過激派組織ボコ・ハラムは一般市民ならびにナイジェリア治安部隊を攻撃。市場やモスク、学校を爆破し、数百人規模の少女や若い女性を拉致している。政府軍もしばしばこれら攻撃に、人権侵害的なやり方で応じており、ボコ・ハラムへの支持を疑った何百人もの男性や少年を見つけだしては拘束し、虐待したり、時に殺害さえしている。しかし、人びとの支持を得るために政府に求められるのは、透明性を維持しつつ軍の人権侵害疑惑を捜査し、加害者を罰することである。

治安上の課題に直面して人権を軽視する傾向は、昨年米国でも問題として浮き彫りになった。米上院情報特別委員会は米中央情報局(CIA)の拷問に関する厳しい報告書の概要を公開。バラク・オバマ大統領は自らの指揮下で軍隊による拷問を否定する一方で、同報告書に詳述された拷問を命じた者たちに関しては、訴追はおろか捜査をも拒否した。オバマ大統領が法的義務をこのように放棄したことで、今後の米大統領たちも拷問を犯罪としてではなく、政策の選択肢として扱う可能性が大きくなった。この不作為はまた、他国に自らの加害者を訴追するよう米政府が主張する力も、大幅に減退させた。

ケニアエジプト中国などを含む多くの国々で、政府および治安部隊が実際のテロ事件やテロの脅威に人権侵害的な政策をもって対応。最終的に危機的状況は悪化した。エジプトで政府がムスリム同胞団を潰したことは、非生産的なメッセージを送ることになった。それは、もし政治的なイスラム主義者が投票を通じて権力を獲得しようとすれば、待ったなしで弾圧されるだろうというメッセージであり、結果として暴力的な手段をあおることにもなりかねない。フランスでもシャルリー・エブド襲撃事件に対する政府の対応に、ひとつの危険がはらんでいる。暴力を扇動しない言論の訴追に対テロ法を適用することは、表現の自由に萎縮効果をもたらすであろう。そして、他国が政府批判者を沈黙させるのに同様の手を用いることにも、弾みがついてしまうだろう。

治安上の課題に立ち向かうには、特定の危険人物を封じ込めるだけでは十分とはいえない。社会的・政治的秩序を支える道徳的な骨組みを再構築することが求められているのだ。

前出のロス代表は、「一部の政府は、人権を政治的な行動に欠かせない羅針盤としてではなく、平時の贅沢と見ているが、それは過ちだ」と指摘する。「世界各国の政治家は人権を、苛立たしい束縛としてではなく、危機と混沌から抜け出す方向を示してくれる、道徳的な道先案内人として認識した方がよいだろう。」

ワールドレポート2015はこちらからご覧下さい: https://www.hrw.org/world-report/2015