(アルジェ)— 西サハラ紛争で生まれた難民は40年もの間 、アルジェリアの砂漠にある難民キャンプで暮らしている。これらの人びとは全般的に、望めばキャンプを去ることもできるようにみえるが、実際は基本的権利を一部失いつつある、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。当該難民キャンプは、西サハラの民族自決を目指す西サハラ民族解放戦線(以下ポリサリオ)が運営している。西サハラ(サハラウィ・アラブ民主共和国—SADR)はスペインの元植民地で、1975年以来モロッコが実効支配する地域だ。
報告書「レーダー外:ティンドゥフ難民キャンプにおける人権問題」(全94ページ)は、国際人権団体による当該難民キャンプ研究のなかでも、もっとも詳細なもののひとつ。2週間の現地滞在中に実施した聞き取り調査と、そのほかでの聞き取り調査を基にしている。西サハラでは現在も国連が平和維持活動を行っている。しかし、世界各地における同様の活動とは対照的に、係争中の領土あるいは難民キャンプ内で定期的な人権監視は行なっていない。
ポリサリオは、自らの統治に対する批判的な言論および抗議集会を部分的に認めているものの、批判を口にする人びとが一部当局の嫌がらせにあっているという、信頼性の高い疑惑も存在する。軍事法廷で裁かれた一般市民の諸権利が侵害され、散発的に奴隷制らしき慣行も起き続けている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチ中東・北アフリカ局局長のサラ・リー・ウィットソンは、「西サハラのキャンプで人権侵害が一部おきているのも事実だが、一部関係者がこれをおおげさに吹聴しているのも事実だ」と述べる。「現場で国連が定期的に人権監視・報告を実施することで、モロッコの実効支配下にある西サハラ人および孤立した難民の保護と、真実の確立に繋がるだろう。」
ポリサリオは同地域の国連平和維持軍である「国連サハラ住民投票ミッション(MINURSO)」の権限を、人権監視も含めて拡大することを歓迎するとしている。一方モロッコは、自国領土と主張する地域の主権侵害にあたるとしてこれに反対の立場だ。
国連機関が9万〜12万5,000人と推定する難民は、過酷な砂漠の条件に耐えつつ、雇用機会が限られていることもあり、国際人道支援に大きく依存している。アルジェリアは多くの難民キャンプの住民に、国中の教育機関で高等教育を受けることを認めているものの、キャンプ外への定住については制限を課している。
ポリサリオ側は、西サハラ人が被っている人権侵害の主は、モロッコが民族自決の権利を拒否していることだと主張する。国連は西サハラを「非自治地域」に分類しており、モロッコによる併合も承認していない。15年間続いた争いの後、1991年にモロッコとポリサリオは停戦に合意、西サハラの人民が自決への権利を行使すべく住民投票を実施するための準備を国連が計画するという提案にも、併せて同意した。以来モロッコは、住民投票の実施は不可能であるとしてこれを拒否しており、代わりに実効支配下で西サハラの自治を認める措置を提案している。
ポリサリオはアルジェリアの承認・支援を受けて難民キャンプを運営するのに加え、西サハラ地域を小規模かつ散発的に支配。1976年にサハラウィ・アラブ民主共和国(SADR)の樹立を宣言した。国連はこれを承認していないが、複数の国々が承認している。
現地の難民キャンプを訪れたヒューマン・ライツ・ウォッチの調査員たちは、自由に内部を移動して調査の対象者を選び、アラビア語とハッサニア方言で個別に聞き取りをすることができた。キャンプ内に住む難民少なくとも40人、およびキャンプ外の難民12人、そしてポリサリオ関係者や国連機関およびNGOで働く外国人から証言を得ている。また本報告書には、ヒューマン・ライツ・ウォッチの問いに答えた、ポリサリオおよびアルジェリア関係当局の書簡も付記されている。
キャンプ内で聞かれた批判の声は、主にポリサリオの自治方法に対するもので、西サハラ人による民族自決という政治目標に対するものではない。キャンプ内のニュース媒体は、ポリサリオ上層部と異なる意見をほとんど報道しない付属機関である。
2010年にポリサリオは、西サハラを訪れていた難民キャンプの住民がモロッコによる実効支配に賛成の意を述べた後、彼を2カ月以上にわたって拘禁。その後モーリタニア側に移送し、家族が住むアルジェリアの難民キャンプへの帰還を禁じている。
これ以降、批判者数名がポリサリオ当局から出頭命令を受けたと訴えており、ポリサリオ系ラジオ局に所属するあるジャーナリストは、独立系ウエブサイトに批判的な記事を掲載した報復として、同僚1人とともに上司から左遷されたと述べている。しかしながらヒューマン・ライツ・ウォッチは、人びとがその政治意見や活動から、過去3年の間にポリサリオにより投獄されたという証拠は入手していない。組織的な拷問についても同様だ。が、聞き取り調査の過程で男性2人が、拘禁下に治安部隊から虐待行為をそれぞれ受けたと主張している。
改革を求める小規模の抗議集団が、キャンプ内にある行政施設と国連難民機関の事務所外でこれまでに座込みデモを実施しているが、ポリサリオの治安部隊がこれを解散させることは概してない。
囚人とその弁護人たちへの訪問でヒューマン・ライツ・ウォッチは、サラウィ・アラブ民主共和国の軍事法廷で裁かれた一般市民が、難民キャンプ内にいることを知った。 これは、薬物犯罪をめぐる管轄権を軍事法廷に付与する2012年の大統領令に起因している。
しかしながら、一般市民を軍事法廷で裁くことは国際人権の基本的な規範に抵触する。当該の軍事法廷は民事法廷とは対照的に、控訴機関を持たない。少なくとも8つの事案で軍事法廷に訴追された一般市民が、公判前手続きにおいて裁判所が許可する拘禁期限を超え、数週間から数カ月も 拘禁されたり、刑期終了後も収監されたままになったりしていた。
一般的にポリサリオは、難民キャンプ住民のモーリタニアや西サハラへの渡航を恣意的に制限しない。しかしながらポリサリオおよびアルジェリア当局は、サヘル地域のテロに対する懸念や密輸と闘う必要性を引き合いに、道路上のセキュリティと検問所を厳しくしつつある。
また、個別のケースではあるものの、奴隷制の一形態の存在がキャンプ内で明らかになった。ポリサリオは長らくこうした慣行の根絶を求めており、これを犯罪とする法律があるにもかかわらず、である。被害者は黒い肌を持つサラウィ系である傾向で、非自発的な家庭内労働のかたちをとることが多いと、キャンプの住民が設立した反奴隷団体「自由と進歩協会」は言う。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ある兄弟・姉妹が母親同様にある一家の奴隷として拉致され、最長で18年間も強制的に家庭内労働をさせられていたと話す事案を調査・検証した。この兄弟・姉妹はポリサリオによって2013年に解放されている。先の「自由と進歩協会」は、近時の奴隷疑惑事件をリストにして、サラウィ・アラブ民主共和国当局に被害者を救出するよう、政策提言を行っている。
本報告書は、ティンドゥフの難民キャンプにおける現在の人権状況を調査・検証するもので、1991年の停戦合意に先立つ年月は調査対象としていない。モロッコとポリサリオによる紛争期間には概して、停戦以降よりはるかに重大な人権侵害が犯されていた。こうした重大犯罪の加害者を特定して、その責任を問うための取組みには、いずれも現在まで着手していない。
ポリサリオは一般市民をめぐる軍事法廷の管轄権に終止符を打ち、すべての奴隷制的慣行の根絶にむけ一層の努力を払うべきだ。また、難民キャンプの住民が平和的に自治法や指導法に異なる意見を述べる自由や、西サハラの独立以外の政策を提言する自由も保障すべきだろう。
アルジェリアは、ポリサリオが運営する難民キャンプ内の住民を含む、自国領土内のすべての人の諸権利を確実に尊重する法的責任を認識すべきだ。
国連安全保障理事会は、国連サハラ住民投票ミッションの権限を拡大すべきだろう。これには西サハラおよび在アルジェリア難民キャンプにおける人権監視および結果報告、あるいは国連による定期的かつ独立した現地での監視・報告を可能にする代替的メカニズムの設置が含まれる。