(アンマン) - ヨルダンは新学年度 (2016~2017) が9月から始まるのにあわせ、就学率を上げる野心的な目標を達成するため、シリア難民の子どもの教育機会を制限する政策に対処すべきだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。昨年度は、ヨルダンの国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR) に登録された学齢期のシリア人の子どものうち、3分の1以上(22万6,000人のうち8万人超)がフォーマル教育を受けられなかった。
報告書「『私たちは子どもの将来を案じている』:ヨルダンでシリア難民の子どもが直面する教育機会の壁」(全97ページ)は、ヨルダン政府が、シリア難民の子どもに公立学校での教育機会を与えるために行ってきた寛大な措置について詳述したもの。ヨルダンは、シリア難民が到着する以前から、公立学校の受け入れ能力および教育の質の面で困難を抱えていた。一方、シリア難民の子どもたちの前に立ちはだかる教育機会への壁も調査・検証。多くのシリア人が満たすことのできない庇護申請の登録要件、貧困・児童労働・中途退学の原因となる不正規労働に対する処罰、3年以上就学していない子どもの入学を妨げる壁などの問題が明らかになった。ヨルダンはこれまでに制限事由を一部緩和しているものの、関係当局はシリア人の子どもの教育を受ける権利の実現のため、さらなる努力を払う必要がある。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの子どもの権利担当上級調査員ビル・バン・エスベルドは、「ヨルダンはこれまで、シリア難民の子どもたちを就学させるために困難かつ注目に値する対応をとってきた。しかしシリア内戦の恐怖から逃れてきた多くの子どもが、いまだに教育機会とそこから得られるはずの未来を失ったままだ」と述べる。「ヨルダンへの支援を強化している国際ドナーは、早急にヨルダン政府に働きかけ、子どもや若者を学校から遠ざけている政策の壁を取り除かなければならない。」
2011年以来、ヨルダンは難民キャンプ内に学校を開設し、シリア人の子どもにより多くのスペースを提供するための2交代制(double shifts)を実施している。国際ドナーが資金援助した計画により、2016〜17学年度には最多で7万5,000人超の子どものために、新たなスペースおよびプログラムが加えられることになっている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは本報告書のため、難民を受け入れているコミュニティや難民キャンプで105人の難民に聞き取り調査を実施し、政府の政策、国連およびその他の団体による調査結果を検証、かつ教師や管理者と面会、複数の学校も訪問した。
ヨルダンでは約65万人のシリア難民が、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に庇護申請者として登録されており、同事務所によると、うち52万人がすでに難民キャンプを離れ、各コミュニティに移り住んでいる。電気や水道、暖房、あるいは窓もない校舎など、難民キャンプ内の過酷な状況について、シリア難民が証言した。コミュニティに住むシリア難民に対してヨルダン政府は、公立学校への入学手続きにあたり、内務省が発行する「サービスカード」を提示するよう義務づけている。しかし2014年7月以降にキャンプを非正規に去り、かつ保証人となる35歳超のヨルダン人親族がいない難民はカードの対象外となっている。このケースに該当する人びとの数は不明だが、おそらく数万人規模だろうとされている。
カードは発行された地区内でのみ有効で、ひとたび一家が他地区に引っ越せば再登録に最長で8カ月はかかってしまうため、子どもは1年間まるまる学校にいけないこともある。またカードを取得するためには出生証明書が必要とされているが、国連機関やNGO団体らの推定では、ヨルダンにいるシリア人の子どもの30%かそれ以上が、出生証明書を持っていない。
ヨルダンの現行法はまた、3年以上就学していない子どもの再入学を禁じている。ドナー支援プログラムのもとでは、2万5,000人までの8〜12歳の子どもが再入学できるが、それ以上の年齢には適用されない。ヨルダンは13歳以上の子どもを教育するプログラムを1団体に対し認可し、プログラム自体も拡大しているが、その恩恵はわずか数千人のシリア人の子どもにしか届いていない。
ヨルダンに住むシリア人の庇護申請者の86%以上が貧困状態にある。多くの家族が子どもの通学費をまかなうことができないことが、中途退学の主な原因になっている。たとえば「ハヤ」(10歳)と「ヌール」(11歳)姉妹のケースでは、農作業員として父親と一緒に働くため、週2日は学校を休まなければならないという。こうして姉妹自身やその下の兄弟・姉妹の通学費の足しにしている。
国際人道支援は難民が生き抜くために必要不可欠なものだが、十分ではないことが多い。それにもかかわらずヨルダン当局は、取得が難しい労働許可証を持たずに就労している難民を逮捕しては、キャンプに送還している。子どもは非正規の仕事で逮捕される可能性が低いとみなされていることから、シリア内戦開始以来、ヨルダンに住むシリア人の子どもの間で児童労働が4倍に増加した。ヒューマン・ライツ・ウォッチが聞き取り調査をしたすべての働く子どもたちは、長時間労働や危険な労働条件を訴えた。また、ヨルダン法および国際労働法の双方に違反する非常に幼い子どもの就労ケースも明らかになった。そのうちの1人「モハマド」(8歳)は、毎日7時間もマフラクの路上でナッツを売っている。
子どもは成長するにつれて、より大きな労働へのプレッシャーに晒される。中等教育の学齢期と推定されるシリア人の子どもは2万5,000人、あるいはそれ以上だが、昨年フォーマル教育に就学したのはわずか5,500人にすぎなかった。教育へのアクセスの欠如は、特に青少年に悪影響を及ぼしている。ヨルダンは大学入学に際しての制限を緩和し、シリアでの中等教育終了証明書の原本提示をシリア人生徒に求めるのをやめるべきだ。そして、これまで規制されてきたNGOによる職業訓練の機会提供も奨励すべきだろう。
2011年以降にヨルダンで婚姻届を提出したシリア人の間で、児童婚が12%から少なくとも32%に跳ね上がった。親たちは、年上の少女たちの通学時の安全を案じており、これも教育への更なる壁となっている。
ヨルダン当局は近ごろ、シリア難民に猶予期間を与えて規制も緩和。結果としてシリア難民2万人超が労働許可証を取得した。とはいえ、最多で10万人ともいわれるシリア人が対象外とみられている。欧州連合理事会は、指定の「開発区」で製造された商品に自由貿易の優遇措置を与えることで合意。この開発区は最多で20万の雇用を生み出せる可能性を秘めており、シリア人も雇用対象となる。しかし、実際にこの計画が結実するまで何年も要するだろう。この間にヨルダンは労働許可をめぐる制限の緩和を無期限に延長し、ドナーも難民の所得拡大の機会をもっと支援しなければならない。
就学を阻む追加要因として、ヨルダンでは体罰が禁じられているものの、その施行が不十分なために、体罰がまん延しているという報告があげられる。加えてユニセフは、年間1,600人のシリア人の子どもが、同級生からの嫌がらせで中途退学してしまうと推定している。ヒューマン・ライツ・ウォッチはまた、教職の研修を全く受けずに最大で生徒50人のクラスを受け持っているヨルダン人教師にも話をきいた。一部には明らかにそれがトラウマになり、心理社会的なサポートを必要としている教師もいた。
2015年、国際ドナーはヨルダンにおける教育のために7,150万米ドルの支援を約束したが、一部の援助資金は第4四半期までに支払われなかったため、9月の年度初めに間に合わなかった。 2016年5月26日には、5つの国際ドナーが2016〜17学年度のために5,770万ヨルダン・ディナール(約8,130万米ドル)を約束。2016年8月2日の時点で、ヨルダン人のみならずシリア難民にも利益をもたらす教育プロジェクトのために、これらドナーは4,170万米ドルを拠出したと、ヨルダンが報告している。ヨルダンの「シリア対応計画」は、2016年の教育用追加予算として2億4,960万米ドルを計上。世界銀行は、シリア内戦によるヨルダンの負担額は毎年25億米ドルになると算出している。
有効な書類を持たない子どもが就学を拒否されることをなくすため、ヨルダンは柔軟な入学条件を設定すべきだ。「3年間ルール」も廃止し、公認の「キャッチアップ」プログラムに入ることができなかった子どもは、代わりに学年分けのための実力テストを受けられるようにすべきだ。国際ドナーは教師の研修や通学費といった学校関連費用のための支援など、持続的かつ十分で、タイムリーな資金援助を確保しなければならない。また、中等教育学齢期の子どもおよび障がいを持つ子どもの支援にも力を入れる必要がある。ヨルダンと国際ドナーがともに協力して、すべての子どものための教育の質の向上を目指すべきだ。これがひいては、コミュニティ間の緊張の軽減にもつながる。
バン・エスベルド上級調査員は、「シリア人の子どもが教育を受けられるようにすることは、国の最善の利益につながると、ヨルダンの政策立案者たちは認識している」と指摘する。「シリア人の子どもや若者が『失われた世代』となってしまうことは、人権と地域の未来にとりくすぶり続ける危機と言える。」