(ニューヨーク)-タイ国軍は戒厳令による不正な権力を放棄し、検閲を停止し、恣意的に拘禁した全員を釈放すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。軍はただちに民主主義に基づく文民統治を復活させるべきである。

2014年5月22日のクーデター以来、国軍の全部門と警察からなる国家平和秩序評議会(NPOMC)は、与野党の政治家、活動家、ジャーナリストのほか、退陣させられた前政権の支持者とされる人びと100人以上を拘束した。一部は釈放されたが、軍はニワットタムロン首相代理など155人にも出頭を命じている。出頭に応じないと逮捕・訴追の可能性がある。また対象者は国外に出ることができない。

軍は大規模な検閲を実施し、国内の放送や出版、電子メディアに大幅な規制をかけている。NPOMCは夜間外出禁止令(午後10時から朝5時まで)を実施。5人以上の集会も禁じた。軍当局は親政府派の反独裁民主統一戦線(UDD)と反政府派の人民民主改革委員会(PDRC)の集会に解散を命じた。

「軍の統治によりタイの人権状況は急速に悪化している」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長ブラッド・アダムスは述べた。「軍は厳格な戒厳令による権力を行使し、政治家や活動家、ジャーナリストを逮捕し、メディアの検閲を行い、集会を一切禁止している。こうした全面的な取締りはただちに停止されなければならない。」

軍による逮捕は、全国に戒厳令が布告された5月20日に始まった。

軍報道官のウェラチョン大佐によれば、インラック元首相ら政治家、政治運動指導者、与党タイ愛国党の資金提供者など100人以上が「情勢への介入を防ぐために」逮捕されている。同報道官は元首相の拘束が数日間に及ぶと述べた。理由として「氏がこの争いの当事者の1人」であることを挙げた。タイ愛国党幹部の多くは、現在も軍によって拘束されていると見られる。

クーデター直後から、首都バンコクおよび各地で、軍当局は政府機関や職業組合、民間団体で働く者に軍への出頭を命じ、戒厳令に基づく規制を尊重するようにとの指示を与えている。

兵士はUDDとPDRCの抗議集会現場を解体し、参加者をバスで自宅に送り返した。バンコク市街では軍の支配に抗議する複数の人びとが5月23日夕方に逮捕された。「ファー・ディウ・カン」誌の著名編集長タナポン氏もその1人だ。拘束された人びとの所在は不明である。

隔離拘禁

軍が人びとを駐屯地など非公式の場所に拘禁しているとの報告がある。これは大いに憂慮すべきことだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。バンコク郊外のアクサ通りで集会を行っていたUDD幹部や支持者が逮捕された後、行方不明になったとの未確認情報がある。他県のUDD指導者と支持者も軍駐屯地に拘束されているとの情報があるが、正確な場所は不明で家族や弁護士も連絡が取れない。

秘密の場所に外部との連絡を遮断されて拘禁されている人びとには、5月20日に逮捕されたUDD民兵組織の中心的指導者ブーンレット氏、5月21日にUDDの秘密武器庫とされる場所に家宅捜索が行われた際に逮捕されたチャンタナ氏やチャワワット氏らがいる。軍当局は今のところ被拘禁者の氏名と人数、所在を明らかにしていない。非公式の場所に隔離された状態で軍による拘禁が行われると、拷問や虐待の危険性が著しく高まる。軍隊では法執行に関する訓練や研修が行われないからだ

「軍による大量逮捕劇は、秘密の拘禁場所への連行と相まっていっそう事態を悪化させている」と、前出のアダムス局長は述べた。「犯罪を行ったとされる人びとについては正規の起訴手続きを行い、民間法廷で公正な裁判にかけるべきだ。」

軍によるメディア統制

クーデター後に始まったメディアや自由な表現に対する検閲などの規制は強化されていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。クーデター発表直後、軍はテレビ局とラジオ局に通常編成を停止させ、軍の放送局「チャンネル5」をほぼ終日流すよう命じた。軍はPBSテレビのワンチャイ副取締役を逮捕、数時間身柄を拘束した。同局が命令に従わず、インターネットで普段通りの番組を流したからだ。TV局は通常編成に復帰しているが、軍の介入に批判的な情報を一切流さないという軍政の命令の厳守が求められている。

軍は出版メディアに対し、軍の行動に批判的なコメントを載せないように命じている。テレビ局とラジオ局は軍やタイの政治状況に否定的なコメントを述べる可能性のある人物を出演させないようにとの指示も受けている。軍当局はジャーナリストに対し、命令に従わなければ訴追すると通告している。 

NPOMCは検閲を実施中だ。「偏向」している、または「世論の誤解」を引き起こす可能性があると判断した情報が放送、出版、ソーシャルメディア、ウェブサイトに流れないようにしている。本リリース作成時点で、軍は衛星デジタル放送局15局と多数のコミュニティ・ラジオ局に放送休止を命じた。ケーブル放送や衛星放送の事業者は国際放送やエンターテインメント放送の配信を全面停止するよう命じられた。このためタイではCNN、BBC、アルジャジーラ、ブルームバーグなど国際放送が映らなくなった。ニュースルームには兵士が配置されて「否定的な」リポートやコメントがないかと検閲を行っている。5月23日、軍はインターネット事業者全社を招集し、タイの政治状況に関係するコンテンツを厳しく自主規制するよう命じた。

「大規模な検閲とメディアへの脅迫は、軍政に対する一切の批判を許さないためのものだ」と、アダムス局長は述べた。「タイの友好国と同盟国はメディアへのこうした攻撃を止めるよう求めるべきだ。政治が危機を迎えているときにこそ言論の自由はいっそう必要なのだ。」

戒厳令法(1914年)による憲法停止

プラユット陸軍司令官が5月22日にクーデターを発表した際、軍は2007年憲法の大半を停止し、政府から国の行政機能を奪った。司令官は100年前に制定された戒厳令法(1914年)を実施。これは軍に対して基本的人権・自由を規制する無制限の権力を認め、人権侵害について実質的な免責特権を与えるものだ。同法により、全公務員は軍当局の指示に全面的に従って行動しなければならない。さらに人権保護を含めたあらゆる法のすべての条項は、それが戒厳令法と齟齬をきたせば一時凍結されて、戒厳令法の規定が実施される。

戒厳令法により、軍は司法の監督なしにあらゆる行動を禁止し、メディアを自由に監視し、会議や集会を非合法化し、あらゆるものを捜索・押収し、場所を占拠し、容疑がなくても最大7日間人びとを拘束することできる。損害が起きても賠償は実質的に行われない。同法は、戒厳令法に従って行われた軍の行動から個人や企業が何らかの損害を受けても、回復措置や補償を実施することを認めていないからだ。

プラユット司令官は全国的な介入を「必要な限り」続けると述べた。さらに反政府派と親政府派とのあいだで暴力的な政治対立が激化し、暴動や大規模な騒ぎが今にも発生しそうだったため、これを防止する上で介入は必要だったと主張した。

権力の掌握は、対立勢力の代表者同士の交渉を軍が仲立ちした直後に行われた。交渉には暫定政権、与党タイ愛国党、野党民主党、親政府派の反独裁民主統一戦線、反政府派の人民民主改革委員会が参加した。暫定政権が退陣を拒否して交渉は決裂した。

クーデターの標的は、前回2006年のクーデターで退陣したタクシン元首相とタイ愛国党の元首相派であることは明確だと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。2001年から2006年まで首相を務めたタクシン氏は高い支持率を集めたが、人権面では惨憺たるものだった。汚職による訴追を逃れるために2008年に亡命した氏は、国外からタイ愛国党に資金提供・監督を行う。前回2011年総選挙でタイ愛国党が勝利した際には、妹のインラック氏を首相に据えた。

「タイ軍らは、タクシン氏と周辺の影響力を排除しようと躍起になっている。軍は現在タイ全体を人質にとり、その命運を握っている」と、アダムス局長は述べた。「政権は銃口ではなく投票から生まれる。タイ軍はこの事実をしっかり認識する必要がある。」