(ニューヨーク)-副大臣のひとりが要請した戦争犯罪捜査に対しスリランカ政府は、重大な人権侵害における大臣自身の責任を検証するべきである、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

2013年3月初旬に、ビニャガマムーシ・ムラリタラン再定住副大臣(通称カルナ大佐)は、タミル系政党の野党連合であるタミル国民連合党員の一部が、分離独立派タミル・イーラム解放のトラ(以下LTTE)と関係していたという憶測に基づき、同連合による戦争犯罪の捜査を求めた。同大佐は、LTTE指導者だったヴェルピライ・プラバカランと2004年に決別するまで、事実上のLTTEナンバー2であり、東部地方部隊の最高司令官だった。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局局長ブラッド・アダムスは、「カルナ大佐が戦争犯罪の捜査を求めたことで、内戦時の残虐行為をめぐる彼自身の役割があいまいにされるようなことがあってはならない」と述べる。「彼が率いたLTTE部隊は、スリランカでの最も恐ろしい人権侵害のいくつかに関与していた。ゆえに、長きにわたり滞っている政府の戦争犯罪捜査は、彼から開始するべきだろう。」

カルナ大佐が率いたLTTE部隊は、2009年5月に終結した26年間に及ぶスリランカ内戦において、最悪の犯罪の一部に直接関与していた。1990年6月、多くは同大佐の指揮下にあったと考えられるLTTE部隊に降伏した400〜600人の警察官たちが、縛られて猿ぐつわをかまされ、殴打された。LTTEはその後、警察官たちの中からシンハラ人とイスラム教徒を処刑。大佐はBBCとのインタビューで、LTTEがこれらの殺害を行ったと認めたが、自身は立ち会わなかったと主張している。しかし、現場に物理的に居合わせなかったとしても、「上官責任」という法原則にのっとり、大佐が刑事責任を問われる可能性はある。

もうひとつの事件は、1990年7月に起きた。カルナ部隊がバッティカロア県東部を移動中だったイスラム教徒の一団を停止させ、女性や子どもを含む約75人を処刑した。1990年8月にも同部隊は、バッティカロア県で起きたふたつの事件で、200人以上の一般市民を殺害している。

LTTEが子どもを広く徴兵し、兵士として使用していたことを、ヒューマン・ライツ・ウォッチは2004年発表の報告書「恐怖に生きる:スリランカにおける少年兵とタミルのトラ」で調査し、取りまとめている。カルナ部隊は、タミル系住民の家庭を日常的に訪れて、「運動」のために子どもを差し出すよう両親にせまるという、子ども兵士徴用において主要な役割を果たしていた。LTTEは求めに応じない家族に嫌がらせや脅迫を加え、少年や少女たちは夜間に自宅から、あるいは通学途中に拉致された。

カルナ大佐がLTTEと決別した後も、今度は政府治安部隊と共謀して、彼の部隊の活動は続いた。同大佐の勢力がスリランカ東部の諸県で、兵士として使用するために子どもたちを拉致していたことは周知の事実だ。自宅や職場、寺院、遊び場、公共道路、国内避難民収容所、そして時には結婚式からさえも少年たちを連れ去っている。これら人権侵害は、ヒューマン・ライツ・ウォッチによる2007年発表の報告書「共犯:カルナ勢力による子ども兵徴用・拉致と政府の関係」に詳しい。

カルナ勢力は最終的に政府治安部隊に加わり、東部の拠点からLTTEを後退させる一助となった。その後、カルナ大佐自身は政治の道に進み、2008年に国会議員となる。彼の政党は与党・統一人民自由同盟に属しており、現在カルナ大佐は再定住副大臣を務める。

前出のアダムス局長は、「カルナ大佐は、スリランカの長い内戦時に起きた最悪の残虐行為のいくつかについて、不処罰を享受している」と指摘。「一政党に対する捜査の開始という大佐の脅しは、自らの戦争犯罪責任を否定しながら、政敵を沈黙させんとする、利己的なふるまいといえよう。」