Victoire Ingabire.

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(ナイロビ)-本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2012年10月30日に野党党首ビクトワール・インガビレに対して下された有罪判決は、政治的動機に基づく容疑を含む極めて不正な判決である、と述べた。キガリ高等裁判所は、政府を害する謀議の罪及びジェノサイド否定の罪が成立するとして、懲役8年の刑を言い渡した。

野党であるFDU-インキンギ党党首のインガビレは、2010年10月14日に首都キガリにおいて逮捕され、6件の容疑で起訴された。3件の容疑は「テロ活動」すなわち武装勢力の創設、テロ活動の共謀並びにテロ活動及び武装暴力活動による国家安全保障に対する脅威についての共謀に関するものであった。残りの3件は、「ジェノサイド(集団殺害)イデオロギー」の罪、民族分断思想の罪及び一般市民に対する反乱の扇動を目的とする風説の流布の罪であり、2010年大統領選挙を前にした時期における、同氏の政府に対する公的な批判に関するものであった。判決によれば、裁判所はそれら6件の容疑のうち2件について判決を変更し、残る4件については無罪とした。

「インガビレを『ジェノサイドイデオロギー』の罪及び民族分断思想の罪の容疑で起訴したことから、ルワンダ政府には、政府に対する批判や民主主義社会における野党の役割を認めない意図があったことは明らかである。裁判所はそのような政治的な意図に利用されてはならない」とヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局長ダニエル・ベケレは指摘した。

インガビレに対する武装勢力との共謀の罪に関する有罪判決の正確性について、ヒューマン・ライツ・ウォッチは論評できない。しかしながら、同氏に対する有罪判決の根拠として用いられた証拠の一部は信頼性に欠ける疑いがある。

裁判は2011年9月に開始され、今年4月25日に終了したが、審理は複雑で、後退と遅延を繰り返した。インガビレは裁判で無罪を主張したが、4人の共同被告人、ヴィタル・ウームレミー、ジ-ン・マリー・ヴィアニー・カルタ、タルシス・ンディトゥレンデ及びノエル・ハビヤルマイは、同氏が武装勢力との共謀に関与したと証言した。

この4氏は、テロ運動への所属の罪、テロ活動への参加の罪、武装集団設立の罪の各容疑について有罪を認めた。ウームレミーには懲役4年6ヶ月、ンディトゥレンデとハビヤルマイには懲役3年6ヶ月、カルタには懲役2年7ヶ月の刑がそれぞれ言い渡された。4氏は、コンゴ東部で活動する武装勢力であり、メンバーの一部は1994年にルワンダで起きた大虐殺に参加した、ルワンダ解放民主勢力(以下「FDLR」という)の元メンバーである。FDLRは、近年コンゴ東部で一般市民に対して多数の残虐行為を行ってきた

インガビレは、FDLRと共謀し、新たな武装勢力である民主勢力連合(CDF)の設立を計画したという容疑をかけられていた。

前出のベケレは、「我々は、幾つかの理由からインガビレに対する裁判は公正に行われなかったと判断している。その理由とは、たとえば、『ジェノサイドイデオロギー』のような政治的動機に基づく罪で起訴されたこと、幾つかの証拠の信頼性について疑いがあったこと、インガビレの嫌疑に関する審理の前に政府の高官が公式声明を出していたこと、政治的な事件においてルワンダ司法が独立性に欠けるとの懸念が広く存在すること、などである」と述べた。

軍施設拘留中の自白の強制及び証人への脅迫の可能性

審理の中で、インガビレの共同被告人のうち3人が、軍事基地であるキャンプ・カミで拘留されていたことが明らかになった。被告人側証人の1人は、共同被告人の少なくとも1人についての拘留環境に問題があり、脅迫を受けた可能性があるとして、その証言の信頼性に疑問があるとした。

ヒューマン・ライツ・ウォッチがインガビレに対する裁判を独自に調査したところでは、キャンプ・カミを含む軍部の拘留施設に拘留されていた者たちに対し、自白を引き出すために強い圧力がかけられ、時には拷問がなされていたこともあるという情報を入手した。インガビレに対する裁判とは無関係の者であるにもかかわらず、インガビレその他の政府に反対する者を有罪にするための行為を強制された、と主張した者もいる。

インガビレに対する裁判の中で、被告人側証人の一人であるミシェル・ハビマナは、共同被告人の1人であるウームレミーが行ったインガビレに不利な証言は信頼性に疑問があると証言した。同氏は、自身がウームレミーとともに2009年にキャンプ・カミで拘留されていたとき、ウームレミーがインガビレと既知の間柄ですらないにも関わらず同氏を有罪にするよう説得されていたこと、自身もウームレミーからインガビレを有罪とするために情報機関と協力してほしいと頼まれたが拒否したことを証言した。しかしながら、法廷はウームレミーの証言を疑わなかった。

ハビマナはエドモンド・ンガランベとしても知られるが、元FDLRのスポークスマンであり、虐殺関連の容疑でキガリ内の刑務所で服役中であるが、法廷での証言の後、ハビマナは脅迫を受けた。刑務所当局は、検察の命令を受け、彼の独房を捜索した。ハビマナは法廷での証言用に準備したノートを含め、個人的な書類を全て押収されたと法廷で証言した。審理の中で、検察側は当該ノートを証拠として提出し、捜索を行ったことを認めた。また、ハビマナは刑務所当局により、法定外で弁護士の付添いを受けずに尋問を受けたが、これは極めて異常な手続きである。

その他の共同被告人であるンディトゥレンデとハビヤルマイは、同様にキャンプ・カミに数ヶ月間隔離して拘留されていたことを法廷で明らかにした。ンディトゥレンデは、情報機関の構成員と思われる者たちに、弁護士の付き添いを受けないまま、複数回にわたって尋問を受けたと証言した。

司法制度における政治的バイアス

インガビレ裁判は、同氏に対する審理が開始される相当前より政治的な干渉を受けてきた。インガビレが逮捕される数ヶ月前の2010年初めの時期から、ポール・カガメ大統領を含むルワンダ政府高官は、インガビレは有罪である旨を強く示唆し、無罪の推定を公然と損なわせてきた。

例えば、外務大臣ルイス・ムシキワボは、2010年8月7日にインディペンデント紙に対して「彼女は犯罪者である。…彼女は危険な人物である。FDLRやテログループとつながっており、犯罪歴もある」と述べており、2010年5月3日にはイースト・アフリカン紙に対して、「ルワンダにはインガビレのような人物のための場所はない。今も、今後長い間も」と述べている。2010年6月30日のルワンダ・ニュース・エージェンシーでは、「インガビレはFDLRの尖兵のようなものだ」との地方政府大臣ジェームス・ムソニの発言が引用されている。

これらのコメントは親政府系新聞、とりわけニュー・タイム紙において増幅された。同紙はインガビレに対する極めて敵対的な記事を、特に2010年大統領選挙を控えた数ヶ月間にわたって掲載した。

「証拠が提出される前にインガビレに勝ち目がない状況が作られた。そのような状況の下で彼女が公正な裁判を受ける可能性は極めて低かった」と前出のベケレは指摘した。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ルワンダの司法制度は、積極的な改革を行って来たことが、司法の政治利用によって害されてきたと指摘した。ルワンダの司法制度は独立性に欠け、裁判官・検察官・証人は政府からの圧力を受けやすく、特に政府に反対する者や批判者の関与する裁判においてその傾向が顕著である。

反対意見の圧殺

インガビレが起訴された2008年の「ジェノサイドイデオロギー法」は、政府への批判を封殺するための手段として用いられてきた。「ジェノサイドイデオロギー」の定義は極めて広く不明確で、濫用の余地を残している。与党であるルワンダ愛国戦線(以下「RPF」という)が1994年以来フツ族一般市民に対して行ってきた犯罪に対する発言を公的に行うインガビレのような人物は、「ジェノサイドイデオロギー」の罪の容疑を特にかけられやすい。インガビレはその罪の容疑をうけて、違憲訴訟を起こしたが、10月18日に最高裁は訴えには根拠がないと判断した。

10月30日の判決に関する初期的な報告によれば、高等裁判所は、インガビレに対して「ジェノサイドイデオロギー」の罪ではなく、2003年成立法に基づくジェノサイドの否定の罪の成立を認めたとのことである。

「1994年の虐殺をもたらしたような憎悪発言や民族的動機に基づく暴力を煽る言論を予防することは、ルワンダ政府の当然の責任である。しかし、暴力を予防する責任が、批判を圧殺することや、特定の出来事についての議論を禁止するための口実として使われてはならず、民主的改革を遅れさせる言い訳として使われてもいけない」とベケレは指摘した。

2010年、ルワンダ政府は「ジェノサイドイデオロギー法」の改正に着手した。改正法案は6月27日の閣議で了承され、現在議会で審議にかけられている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、政府に対し、改正後の「ジェノサイドイデオロギー法」において濫用的な訴追がなされること及び暴力を誘発する意図と効果のない言論が犯罪とされることを防止するよう、強く求めた。

政治的多元主義の妨害

ルワンダでは表現と結社の自由が厳しく制限されている。カガメが93%を超える支持を得て再選された大統領選挙から2年が経過するが、ルワンダには未だに実効的な野党政党が事実上存在しない。RPFは国政を独占し、議会では他政党からの有意義な抗議を受けていない。

FDU-インキンギ党は、2010年選挙前に政党としての登録を複数回にわたり試みたが、未だに実現できていない。同党はインガビレが逮捕されて以来さらに弱体化し、他の野党政党と同様、ルワンダ国内ではほとんど機能していない。

FDU-インキンギ党では、インガビレ以外の党員も脅迫、逮捕又は拘留を受け、一部には訴追を受けた者もいる。今年9月、FDU-インキンギ党党員9人がルワンダ西部のキブエで逮捕され、違法な会合を開いたとの容疑で起訴された。また同氏らは反乱及び住民間の紛争を扇動したとの容疑でも起訴され、予防処置としての拘留を未だに受けている。9月8日には、FDU-インキンギ党幹事長であるシルヴェイン・シボマナ及び同党のキガリ代表であるマーチン・ンタブカは、バス内での非公式な会話において政府の政策を批判した後、ギタラマの近くで警察に一晩拘束された。警察は同氏らが政府の方針に対して批判的すぎること非難し、同党が違法な会合を開いていると主張した。翌日、彼らは起訴されないまま釈放された。2011年4月には、FDU-インキンギ党党員であるアナスタセ・ハガビマナとノーバート・マニラファシャの2人が、ルワンダ国内の物価上昇を批判する党声明案に関連して逮捕された。マニラファシャは刑務所で2週間、ハガビマナは4ヶ月間拘留された。

他の野党政党も同様の扱いを受けてきた。PS-インベラクリ党の設立者であるバーナード・ンタガンダは、政府を批判したことで現在投獄されている。同氏は、2010年6月24日、大統領選挙の数週間前に逮捕され、国家安全保障への脅威の罪、「民族分断思想」の罪、無許可デモの組織を試みたことの罪の容疑で起訴された。2011年2月11日に、同氏は懲役4年の有罪判決を受け、2012年4月27日には最高裁で刑が確定している。

PS-インベラクリ党党員のシルバー・ムウィゼルワとドナティエン・ムケシマナは、2010年8月、所有者が返還要求した後に同党の事務所に侵入したことを理由として、それぞれ「反乱」容疑と器物損壊容疑で懲役3年と懲役2年の刑を言い渡された。ムケシマナは8月に刑期満了で釈放されたが、ムウィゼルワは今も服役中だ。

同党のその他の党員は繰り返し嫌がらせや脅迫・強要を受け、また党の政治活動に関連して警察から繰り返し尋問を受けている。9月5日、PS-インベラクリ党副党首のアレクシス・バクンジバケは、キガリ内で武装した男たちに拉致され、目隠しされ、知らない場所に一晩拘留された。拉致の実行犯たちは、PS-インベラクリ党の活動・党員・財源・他の反政府団体との関係について同氏に対して尋問した。同氏は、党活動をやめるよう説得を受けた後、再び目隠しをされて別の場所(未公表)に車で運ばれ、ウガンダ国境を越えた場所で放り出されている。

野党第3党のルワンダ民主緑の党は、2010年7月に副党首が殺害され、その後党首であるフランク・ハビネザが亡命したことによって、深刻な影響を受けた。FDU-インキンギ党と同様に民主緑の党も、地方政府及び国家政府による度重なる行政面その他の面での妨害により、ルワンダにおいて未だ政党として登録されていない。今年9月にルワンダに帰国したハビネザは、2013年国会議員選挙への参戦のために再度党の登録を試みている。

ジャーナリストも標的

ジャーナリストやその他の政府に対する批判者も、批判的な見解の表明に関連して訴追されてきた。8月には、ウムシンギ新聞の編集者であるスタンレイ・ガテラが、同紙に掲載した、結婚生活の安定と、(筆者の見解として)ツチ族に魅力的な女性が多いことに関する論説記事に関連して逮捕された。彼は10月に差別の罪とセクト思想の罪の容疑で起訴され、裁判に掛けられ、判決を待つ間刑務所に拘留されている。

4月には、ラジオ・フグカのアナウンサーであるエパフロディテ・ハバルギラが、ニュース放送においてジェノサイドの生存者に言及した際に用語を混同するという間違いを犯し、「ジェノサイドイデオロギー」の罪の容疑で逮捕され、起訴された。彼は6月に無罪判決を受けて釈放されるまで、3ヶ月間刑務所で拘留された。検察官は彼の無罪判決に対して控訴している。

ウムラブヨ新聞のアグネス・ウウィマナとサイダティ・ムカキビビは、政府及びカガメに対して批判的とみられる記事に関連して、2011年2月にそれぞれ17年及び7年の懲役刑を受け、現在服役中である。4月5日、最高裁判所は、同事件の控訴審において同氏らの量刑をそれぞれ懲役4年と3年に減刑した。最高裁判所は、両氏に対する「国家安全保障への脅威」の罪及び、編集者であるウウィマナに対する名誉棄損の罪についての有罪判決は維持したが、ウウィマナに対する、1994年のジェノサイドを矮小化したとの罪の容疑及び「民族分断思想」の罪の容疑については棄却した。