Elena Milashina

© 2009 Patricia Williams

(モスクワ)-ロシア政府捜査当局は、著名なロシア人ジャーナリストで人権活動家のエレナ・ミラシナ氏への悪質な暴行事件に対し、迅速かつ徹底的な捜査を行うべきである、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

2012年4月5日午前零時直後、正体不明の男2人が、ロシアの著名な独立系新聞ノーヴァヤ・ガゼータ紙の記者ミラシナ氏と、彼女の友人で米国の人権・民主主義団体フリーダム・ハウスのプログラム担当職員であるエラ・アソヤン氏を襲撃。事件は、モスクワ郊外のバラシハにあるミラシナ氏の自宅付近で起きた。アソヤン氏はモスクワを訪問中で、その夜ミラシナ氏の家に滞在していた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ欧州・中央アジア局長のヒュー・ウィリアムソンは「ジャーナリストを敵視する環境の中で活動する、勇気あるジャーナリストが襲撃された場合、通常の路上強盗と見える事件であっても、ミラシナ氏の新聞記者としての活動に関連する暴行ではないのか、当局は捜査する義務がある。いずれにせよ、捜査当局は犯人特定と責任追及のため、直ちに行動をとるべきだ」と語る。

ミラシナ氏によると、犯人は主に彼女の頭部を狙い、殴る蹴るの暴行を加えた。彼女は12ヶ所に及ぶ頭部血腫を負うとともに、歯を1本失った。犯人はアソヤン氏に対しても数度暴行を加えたものの、主な狙いはミラシナ氏だったとみられる。ミラシナは財布、アソヤンはノートパソコンを奪われた。犯人たちは、ミラシナのノートパソコンの入ったバックパックも奪おうとしたが、彼女が抵抗しているところに通行人3人が助けに入ったために逃げ去った。

ノーヴァヤ・ガゼータ紙の花形記者だったアンナ・ポリトフスカヤ氏が、2006年、残忍な手口で殺害された後、ミラシナ氏は、チェチェンなど人権侵害のはびこるロシア北コーカサスを報道するという重責を引き継いだ。2009年7月、チェチェンの著名な人権活動家で、ミラシナ氏の重要な協力者だったナタリア・エステミロワ氏が白昼堂々殺害された。ミラシナ氏は独自にこの暗殺事件の調査も行った。ノーヴァヤ・ガゼータ紙はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、ミラシナ氏への襲撃が彼女のジャーナリストとしての活動に関連している可能性を捨てていない、と述べている。ミラシナ氏は近年、記事に関する多くの脅迫を受けていた。

午前零時40分頃、ミラシナ氏は犯人が逃げた直後に警察に電話。30分程待っても警察が現れなかったため、出血して衰弱していたミラシナ氏とアソヤン氏はいったんミラシナ氏の自宅に戻った。午前2時、暴行後に彼女たちを助けてくれた3人の女性から、犯行現場に警察が到着した旨の電話をうけたミラシナ氏らは、犯行現場に戻った。

犯行現場の警察車両の中には数名の警察官が乗っており、目撃者の1人に質問をしていた。しかし、警察官たちはミラシナ氏とアソヤン氏を無視し続け、車から降りて来ることもなかった。彼女たちは寒い中で15分待った後に自宅に帰ろうとしたところ、警察官たちは彼女たちをすぐに追いかけてきて、ミラシナ氏の自宅近くで追いついた。

ミラシナ氏によると、ある警察官が車両から身を乗り出して怪我の様子を記録するために病院に連れて行くと持ちかけてきたものの、その物言いはとても失礼で、誠実さがみられなかった。暴行による痛みと長時間外で待たされたことによる疲労でくたくたになっていたミラシナ氏とアソヤン氏は、ミラシナ氏の自宅に戻った。翌朝、ミラシナ氏は診断書を書いてもらうために病院に行った。ミラシナ氏とアソヤン氏は警察への供述も行い、現在は、襲撃事件に対する予備的な調査が行われている段階である。

前出のウィリアムソンは「警察の犯行現場への到着が不可解なほど遅かったとみられる。しかも、怪我をしているミラシナ氏とその友人に対する医療面での手助けを優先的に行っていない模様だ。とても遺憾である」と語る。

ロシア政府当局は、この襲撃に対し、徹底的かつ公正な捜査を行うべきである。さらに、緊急通報から警察車両の現場到着までに90分もかかり、かつ、現場到着後に警察官が不適切な行動をとったという報告についても、捜査の中でしっかり調査すべきである。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2009年、エレナ・ミラシナ氏に対して、ヒューマン・ライツウォッチの最も栄誉ある賞であるアリソン・デ・フォージュ人権賞を授与した。同賞は年に一度、他者の尊厳と人権を守るために自らの命をかけている勇気ある個人を称えて贈られる賞である。