(ニューヨーク)戦闘で被害を受けているカチン州での支援を長期的に行うため、ビルマ政府は人道援助機関と合意をするべきだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日こう述べた。2011年6月以来、ビルマ国軍とカチン独立軍(KIA)との戦闘で少数民族であるカチン民族約5万人が避難民となっており、その多くが人道支援を必要としている。
数カ月にもわたる交渉を経て、12月上旬ビルマ政府は、国連機関に対しKIA支配地域を含むカチン州への人道目的でのアクセスを認めたものの、援助活動は今も制約を受けている。国外のドナーは、現場で援助活動を行う国内外の団体への支援拡大を模索すべきだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。
「ビルマ政府当局が、国連援助機関にカチン州の国内避難民へのアクセスを認めたことは大きな一歩だ。しかし政府と国外のドナーには、長期的な関与が必要だ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理エレイン・ピアソンは述べる。「ビルマ政府とカチン側の武装勢力は、村落から離れた避難民キャンプで暮らす数万人が必要とする食糧と住居を確実に提供すべきだ。」
中緬国境地帯のKIA支配地域での人道支援のコーディネートを申し出ていた国連人道問題調整事務所(OCHA)と国連児童基金(ユニセフ)に対し、ビルマ政府は12月上旬、人道目的でのアクセスを認めた。そして12月12日には、生活と居住に最低限必要な物資を積んだ国連のトラック6台が、ライザ近くにある国内避難民キャンプに到着した。
KIAの政治部門であるカチン独立機構(KIO)のほか、「カチンの光(Wunpawng Ninghtoi )」などの地元民間団体は6月以降、KIA支配地域の避難民を支援しているが、そのリソースは限られている。現地支援団体の報告によれば、ここ数週間で物資が減り、対応能力も限界に達している。また国外からの直接支援がないことも状況を悪化させている。
カチン側の複数の消息筋によると、避難を強いられているカチン民族は食糧とそれ以外の物資(薬、毛布、暖かい衣類、薪、燃料、十分な数の住居など)をともに必要としている。避難民キャンプでの医療も不十分で、子どもと妊婦には必要な栄養が十分に行き渡っていない。さらに人道面での状況やニーズについてのデータ収集も支援する必要がある。このほか消息筋によれば、キャンプ自体の物理的安全や住民の身の安全が、とくに紛争地域に近いキャンプで懸念されている。
12月10日、ビルマのテインセイン大統領は国軍に対してKIA攻撃の中止要請を行い、発砲は自衛目的に限るとはっきり述べた。しかしカチン州の国軍部隊がこの要請を受け入れたのかは依然不明だ。実際12月20日の時点でも戦闘は続いている。テインセイン大統領は国軍司令官でないため、国軍側が一方的な停戦を正式に実施するには、大統領自身が議長を務める政府の国防安全保障理事会の会合を開く必要がある。
カチン州から避難してきた民間人の多くが、ビルマ国軍による人権侵害をとりわけ恐れている。6月以降、カチン州に展開するビルマ国軍は、超法規的殺害、民間人への計画的で無差別な襲撃、強かん、強制労働や村落の略奪などを行っている。ビルマ国軍は複数の村を破壊しているが、少なくともそのうち2つは12月16日、すなわちテインセイン大統領が一方的停戦を命じた後に全焼した。
カチン州内の避難民約5万人のうち、約1万人が州都ミッチーナやバモーなど都市部のビルマ政府支配地域で生活する。こうした人びとに対しては、9月下旬に国連機関と現地の国際援助団体からの支援が始まった。
その他の町や中緬国境付近の国内避難民キャンプで生活する人びとについては、国軍とKIAの戦闘開始が6月上旬だったことに照らし、長期間にわたる食糧確保に懸念が生じている。作付け時期に自宅を離れざるをえなかった数万人は収穫も行えずにいる。このため今後多くの人びとが食糧を確保する上で深刻な事態に直面することになるのだ。
「戦争が起こったので、まったく作付けができなかった。」 8月上旬にヒューマン・ライツ・ウォッチがインタビューした、ブンセン村からの避難民の女性(70)はこう述べた。その女性は、戦闘開始以前に稲の作付けを行うことができたのは、村の38世帯のうち3世帯だけだったと指摘し「今後深刻な事態になるでしょう。[中略]途方に暮れているんです。もし村に戻ることができないとしても、ともかく食べていけるように最善を尽くします。しかしいずれにしても手元にお米はないんです」と言う。
戦闘が起きたことで、いったん村を離れた世帯は、田畑の管理のためにあえて危険な村に戻らざるをえない状況が生じている。しかしそこでは、住民たちを敵側とみなすビルマ国軍部隊と鉢合わせする危険性がある。稲の作付けができた世帯にしても、収穫より前に避難せざるをえなかった。11月、シャン州のロイカンに住んでいたカチン女性はヒューマン・ライツ・ウォッチにこう話した。「稲の刈り入れを待って避難することはできなかったんです。とにかく逃げなければならなかったんですから。村はどこも同じ状況よ。これからどうすればよいのかしら。」
現地で活動するある人道支援要員は、11月にヒューマン・ライツ・ウォッチにこう述べた。「緊急性の高いニーズと長期的なニーズは、食糧と食糧の確保の問題だ。[中略]住居も現在では大きな問題となっている。医薬品も同様だ。ここ[ライザの町の外にある最大の避難民キャンプ]は大きなキャンプだが、病院がないので、15床の病院の建設を目指している。医師はおらず、訓練を受けた資格のある看護師がわずかにいるだけだ。基本的な医薬品を提供することしかできていない。しかも今は冬で、寒さも厳しい。」
国際人道法は政府に、戦争の影響を受ける人びとの人道的ニーズを満たす責任を定めている。国内武力紛争の当事者(この場合、ビルマ政府とKIA)は、食糧、医療のほか、生存に不可欠な物資を必要とする民間人に人道援助を提供する義務を負っている。もし当該国政府がこの義務を完全に履行できなければ、公平な人道支援機関が代役を果たすことを許可しなければならない。紛争当事者は人道援助要員の移動の自由を確保する義務があり、その行動や移動に対しては、軍事的な必要性が生じたときに一時的に制限を加えられるだけだ。
国連の国内避難民に関する指導原則(The UN Guiding Principles on Internal Displacement)は、国内避難民に対して各国政府が果たすべき義務についての基準を定めている。これによれば、政府当局は避難民に対し、食糧と飲料水、最低限の住居、適切な衣類ならびに基本的な医療と衛生に関する安全なアクセスを「最低限」提供する義務がある。こうしたニーズの多くがカチン州では満たされていない。
前出のアジア局長代理ピアソンは「カチン州できわめて弱い立場に置かれた人びとは、継続的で調整の行き届いた支援を今も必要としている」と指摘。「人里離れた地域にいる多くのカチンの民間人には、食糧、暖かい衣類、もっとまともな住居、医療へのアクセスに対する強いニーズがある。」
ビルマ国軍による民間人への攻撃のほか、ヒューマン・ライツ・ウォッチはビルマ軍とKIA双方による子ども兵士と対人地雷の使用を調査・記録している。これらはともに重大な国際法違反行為だ。ヒューマン・ライツ・ウォッチはビルマ国軍とKIAに対し、国際人道法の尊重、民間人への人権侵害の停止、カチン州全土での安全かつ妨害を受けない人道的アクセスの保証を求めている。
前出のピアソンは「ビルマ国軍には、6月以降カチンの人びとに行なわれている人権侵害行為への責任がある」と指摘。「また紛争当事者は双方とも、子ども兵士と対人地雷の使用を停止すべきだ。これらは民間人に甚大な被害を与える行為である。」