(ニューデリー)-インド政府は、インド北東部のマニプール州で、暗殺や拷問を行った軍及び政府派民兵組織の兵士たち並びに警官らを全員訴追するべきである。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、本日発表した報告書の中でこのように述べた。

政府治安部隊による人権侵害は、マニプール州の反政府武装勢力の活動を煽る結果になっている。武装勢力は、拷問や暗殺を行い、爆弾や地雷を無差別に使用し、強制的な徴兵や広範囲な恐喝を行ってきた。

報告書「『抹殺命令』の標的とされる人びと:マニプールで蔓延する暴力と不処罰の報告」は79ページ。法による裁きと法による正義が無視され続けるマニプール州の状況を取りまとめている。同州では、軍事特別法(AFSPA)によって強大な権限を与えられた上に免責特権も付与された軍が、50年にわたって膨大な数の重大な人権侵害を行っている。

「兵士や警察官は、免責特権を認める法に守られており、役人たちは重大な犯罪を犯した彼らの責任を問おうとはしない」と、同報告書の筆者でヒューマン・ライツ・ウォッチの南アジア上級調査員メナクシ・ガングリーは述べた。「こうした法が、人権侵害を持続させている。そして、軍による人権侵害が継続する結果、逆に、民間人たちが反政府武装勢力に保護を求めるという行動を招いている。」

同報告書は、2004年、アッサム・ライフル部隊という政府派民兵組織によるタンジャム・マノラマ・デビ(反政府勢力メンバーとの疑いをかけられていた)に対する殺害事件(レイプ容疑もある)について、捜査・訴追がなされず、法の正義が無視されている現実について詳述。彼女の殺害の責任者を明らかにし処罰する試みは繰り返し行われたものの、AFSPA(軍事特別法)の免責特権規定に守られている軍により阻まれてきた。

同報告書は、兵士・政府派民兵・警察が、2006年以降にマニプール州で犯した超法規的処刑(裁判手続きを踏まないままの処刑)や拷問事件の詳細及びこうした人権侵害を阻止できていないインド政府の失態についてまとめている。被拘禁者の拷問、とりわけ反政府武装勢力のメンバー又はそのシンパであるとの嫌疑をかけられた者たちの尋問の際に行われる激しい暴力は、依然広範だ。拷問の被害者達は、恣意的に逮捕され、暴行を受け、電気ショックや擬似溺死(水責め)などの拷問を受けた状況について、ヒューマン・ライツ・ウォッチに証言した。

多くの場合、超法規的処刑には、ある一貫したパターンがある。まず、軍か警察が(多くは目撃者がいる目の前で)ある人物の身柄を拘束する。後に、軍や警察が、目撃者たちに、拘束された人物は、反政府勢力との武力衝突の最中に死亡したと宣告するというパターンである。このように捏造された「武力衝突中の死」は、治安部隊がある人物に反政府勢力の一味という嫌疑をかけたものの、十分な確証を得られなかった場合によく起きる。政府の役人や軍人が犠牲者の親族に対し、「間違い」で本当は殺されたと事後に認めることがあるが、これは公式発言としては決してなされない。犠牲者は、警察の記録上は反政府武装勢力メンバーとされたまま残り、救済措置への道は閉ざされる。

「軍は、法を無視し、容疑者を反政府勢力関係者と疑うや、同人を法廷で裁くことなく暗殺という手段に訴えている」と、ガングリー上級調査員は述べた。「国家の安全保障と軍の士気の名目で、政府は人権侵害者たちの後ろ盾となり、マニプール州住民を、法の正義を確保する救済手段がない状況に放置している。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、インドのマンモハン・シン首相に対し、マニプール州におけるAFSPA(軍事特別法)の再検討のためにシン首相自身が任名した委員会が以前出した結論に従うよう求めた。2004年のマノラマ殺害後にマニプール州で起きた数週間に及ぶ抗議運動の後に設立されたB.P.ジーバン・レッディ(B.P. Jeevan Reddy)判事を委員長とする委員会は、2005年、AFSPA(軍事特別法)の廃止を勧告。しかしインド政府は、これに応じていない。

インドは、AFSPA(軍事特別法)の再検討を求める国連の人権諸機関の懸念や勧告をも無視してきた。例えば1997年、国連人権委員会は、マニプール州でAFSPA(軍事特別法)の適用を続けることは、非常事態権限の発動に等しいと述べ、さらに、こうした同法の適用が、市民的および政治的権利に関する国際規約に沿うよう確保するため、監視されるべきであると勧告。2007年には、人種差別撤廃委員会(CERD)が、インド政府に対し、AFSPA(軍事特別法)を廃止すること及びジーバン・レッディ委員会報告書(外部リークされて明らかになった)の勧告に基づき「より人道的な法」に差し替えることを求めた。また、女性差別撤廃委員会(CEDAW)は、2007年2月、インド政府に対し、AFSPA(軍事特別法)の廃止または改正のために行った取り組みに関して情報を提供するよう、強く求めた。

「インド政府は、マニプール州の一般住民たち及び国連の人権諸機関からのAFSPA(軍事特別法)廃止の要請を無視するだけでなく、自ら任命した委員会の結論をも無視してきた」と、ガングリー上級調査員は述べた。「これは、怒り、憎しみ、そして更なる暴力を生み出している無神経さのあらわれだ。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチはAFSPA(軍事特別法)の廃止に加え、以下のとおり提言/勧告した。

  • インド政府及びマニプール州政府は、軍、警察、政府派民兵のメンバーを含む人権侵害の責任者たる政府関係者を捜査・訴追すること。
  • インド政府は、2004年のタンジャム・マノラマ・デビ殺害の全責任者を、法の及ぶ限り最大限逮捕・訴追すること。
  • マニプール州の武装勢力は、すべての武装勢力が行った残虐行為を公式に非難し、こうした人権侵害に対して適切な法の裁きが実現するよう確保すること。
  • 武装勢力は子どもの拉致・徴兵を直ちに止めること。

報告書「『抹殺命令』の標的とされる人びと」で取り上げた事件の一部抜粋:

2004年、マニプール州の高齢女性たちは、マノラマ殺害に関連して、かつてない抗議運動を展開した。自らの衣服を脱ぎ捨て「私たちもレイプしろ」と軍に呼び掛ける横断幕を掲げるというものだった。参加者の一人であるギャネショリ(L. Gyaneshori)は、ヒューマン・ライツ・ウォッチにこう語った。

「マノラマの死で私の心は張り裂けんばかりだった。私たち母親はすすり泣いていた。『今に娘たちもレイプされるかもしれない。あの子たちもあんな残酷な目に遭うかもしれない。女の子はみんな危ないわ。』私たちは服を脱いで軍の前に立った。『さあ、母親が来たわ。私らの血を飲みなさい。私らの肉を食べなさい。その代わり娘には手を出さないで。』でもあの兵士たちは何の罰も受けてない。マニプールの女達の服を脱がせたのはAFSPA(軍事特別法)。私たちは今でも丸裸なのよ。」

モハメッド・アブドゥル・ハキムは、15歳の息子、ラザム・カーンが、2007年9月13日、警察と第32アッサム・ライフル部隊員との合同チームに殺された状況について説明した。治安部隊は最初、彼らの家に来て、カジン(Khajing)という反政府武装勢力の嫌疑がかかった男について尋ねた。息子のカーンは、隣の家まで兵士に付いてくるよう求められ、そこで殺されたという。

「私たちは殴られて、それから中庭に集まるよう言われたんだ。兵士たちは家の中を探していた。突然、息子の叫び声が聞こえてきた。『僕はカジンじゃない!』あとから近所の人が、兵士が息子を地面に押し付けていたのを見たと教えてくれた。息子は泣いていた。奴らは地面に伏せていた息子を撃ったんだ。私たちは銃声しか聞かなかった。そして息子の叫び声は途絶えた。」

エランバム・サナヤイマ(Elangbam Sanayaima)は、2007年11月27日、第21アッサム・ライフル部隊員に拘束され、分離独立派の統一マニプール解放戦線(UNLF)のメンバーであると疑われて、アッサム・ライフル部隊の駐屯地に連行された。サナヤイマによると、

「駐屯地で、俺は目隠しされ、後ろ手に縛られた。そして奴らは尋問し始めたんだ。奴ら、何度も何度も俺がUNLFのサナヤイマだって言い張るんだ。訓練と仲間について聞かれた。俺が無実だって言っても殴るだけだ。それから、ほとんどまっさかさまになるくらいまで俺の頭を後ろに押した。それで、鼻と口に水を掛けたんだ、息ができなくなるまで。」