神奈川県内の労働基準監督署は、トランスジェンダー女性がうつ病になったのは上司からのハラスメントが原因であるとし、労災認定を行いました。この上司は、本人の要望にもかかわらず、この女性を女性代名詞で呼ぶことを拒み続けて「彼」と呼ぶなどしていました。その結果、彼女は休職を余儀なくされ、精神保健サービスを受けることになりました。
日本は、国際労働機関(ILO)の雇用及び職業についての差別待遇に関する条約(1958年、第111号条約)を批准していませんが、労働法上、性的指向(セクシュアルオリエンテーション)や性自認(ジェンダーアイデンティティ)に関するハラスメントが禁止されています。この事件は、トランスジェンダーへの法的保護が限られている日本の現状を改善する上で重要な勝利である一方、トランスジェンダーの人びとにとって法制度の壁がいかに高いかを浮き彫りにするものでもあります。このトランス女性は、性自認が女性であることを上司に説明したにもかかわらず、日本の法律が生み出した極めて高いハードルのため、戸籍上の性別が変更されず、法的には男性とされたままでした。このため、この上司はそれを理由にして、彼女を「彼」と呼んでも構わないだろうと言い張ったのです。
日本では、トランスジェンダーの人が戸籍上の性別を変更して法律上の性別を変更しようとする場合、家庭裁判所に申し立てを行う必要があります。申請者には、性同一性障害の性別の取扱いの特例に関する法律(通称GID特例法)に基づく要件として、精神科医による診断を受け、外科的な断種手術(生殖腺除去)が義務づけられています。結婚しておらず、20歳未満の子どもがいないことも要件とされています。
2017年、国連人権理事会での普遍的・定期審査で、日本はこの法律の改正を約束しました。国内そして国外からの要求の高まりにもかかわらず、日本政府はその約束を履行していません。2019年、最高裁判所は、同法が日本国憲法に違反しないとする下級審の判断を支持しました。
そもそも法律の名称自体を変えなければなりません。「性同一性障害」という表記が国際的な医学的基準にそぐわないからです。世界保健機関(WHO)は2019年、最新の国際疾病分類(ICD-11)で「性同一性障害」を削除しました。国連専門家と世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会(WPATH)は、いずれも日本政府に対し、この法律の差別的要素を撤廃し、トランスの人びととその家族を他の人びとと平等に扱うよう求めています。
先日、国会でトランスジェンダーの人びとが集まり、ジェンダーアイデンティティをめぐる問題に関する初めての院内集会(「トランスジェンダー国会」)が開かれました。その席に集まったすべての政党の国会議員は、GID特例法を改正する必要性を確認しました。
今回の神奈川県の事案が示すように、一刻も早い法改正が必要なのです。