スポーツ庁 長官 室伏 広治 様
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 会長 橋本 聖子様
要望書
第1 要望事項
下記の署名団体は、スポーツにおける体罰に強く反対しています。体罰やその他の虐待は、子どもやアスリートに生涯にわたるトラウマをもたらすものであり、私たちはこれを終わらせなければなりません。
- スポーツにおける体罰やその他の虐待が許されないことをすべてのスポーツ関係者や日本社会に遍く浸透させる強い決意を改めて表明することを求めます。
- スポーツにおける暴力を根絶し社会啓発活動をするための独立した専門行政機関『日本版セーフスポーツ・センター』を設立することを求めます。
- スポーツ基本法8条に基づく法制上の措置として、「セーフスポーツ法」を制定することを求めます。
第2 「日本版セーフスポーツ・センター」について
1 日本版セーフスポーツ・センターの機能の概要
- 『セーフスポーツ』とは、スポーツに関わる者があらゆる種類の「暴力」から守られている状態をいいます。
- ここでいう「暴力」とは、以下のすべてを含む概念です。
①身体的な暴力、②暴言等による精神的な攻撃、③性的虐待、④セクシャルハラスメント、⑤ネグレクト、⑥本来防げたはずのスポーツ事故の発生による受傷 - 日本版セーフスポーツ・センターは、日本におけるセーフスポーツを実現するために、次の機能を担います。
①セーフスポーツの概念の普及・教育
②スポーツ中の暴力に関する、独立・匿名・無償の相談窓口の運営、スポーツをする子どもへの暴力・暴言等についての申立てや報告の現存するすべての通報相談窓口の事案をまとめる統一システムを通じた受付
③スポーツ中の暴力事案の調査
④スポーツ中の暴力事案に対する処分、アスリートの救済、処分を受けた指導者への不服申立制度の提供
⑤同処分例の公表・データベース化
⑥再発防止のための研修・更生プログラムの提供
⑦スポーツをする子どもへの暴力・暴言等の防止、子どもを保護するための基準の整備、日本のスポーツ団体の基準遵守の確保
⑧適切な場合の、暴行・暴言等の虐待事案に関する犯罪捜査のための法執行機関への通報
⑨暴行・暴言等の虐待を受けたスポーツをする子どもに対する、無料、継続的、専門家による心理的支援のリソース提供
⑩スポーツをする子どもの指導者全員に対する研修基準の設置
⑪独立機関の存在と提供するリソースについての教育・啓発
- また、同センターは、以下のアスリートに対する人権侵害行為に対し、法的支援を必要としているアスリートが専門家に容易にアクセスできる仕組みを整えます。
①性的画像被害
②オンラインアビュース
③ジェンダー・人種・LGBT・障害などによる差別
④その他のスポーツ活動における人権侵害
2 セーフスポーツ法
- スポーツにおけるあらゆる種類の暴力を根絶することを目的とする法律です。
- 同法は、次の内容を含みます。
- 日本版セーフスポーツ・センターの設置及び活動の根拠
- スポーツにおけるあらゆる種類の暴力の禁止を啓発するための活動に関する、法的及び財政的な根拠
- スポーツ団体があらゆる種類の暴力を根絶するために活動する義務
- スポーツにおけるあらゆる種類の暴力の禁止
- スポーツにおける暴力を実施したと疑われる者に対する適正な手続の保障
- 暴力を実施した者に対し相当な処分を課す独立かつ公正な判断体の設置
- 処分を課せられた者に対する日本スポーツ仲裁機構への上訴権の保障
- 非違行為が認められたスポーツ指導者に対し、再発防止のための更生プログラムの提供
- 暴力・暴言等を受けずにスポーツに参加する権利等、スポーツをする人の権利の明確化
- スポーツをする子どもの指導者全員への研修の義務付け
- スポーツをする子どもへの暴力・暴言等に気づいた大人への通報の義務付け
第3 要望の理由
1 日本版セーフスポーツ・センターが必要な理由
【全国のメディアで毎日のように報道される未だに暴力が行われている現状】
- これまで、わが国のスポーツ界では、日本スポーツ協会、日本オリンピック委員会、日本障がい者スポーツ協会、全国高等学校体育連盟、日本中学校体育連盟が中心となって、暴力の根絶に向けて活動をしていました。
- しかし、2020年7月に、ヒューマン・ライツ・ウォッチが公表した50競技のアスリートを対象にしたオンラインアンケートによれば、2013年以降に18歳未満の子どもであった381人の回答者のうち、暴力を受けたと回答した者は19%、暴言を受けたと回答した者は18%でした。
- スポーツ指導中の性的虐待・ハラスメントは、報告数自体が少なく、未だに問題の全貌がつかめていません。
- 以上の状況から、暴力の被害にあったアスリートが相談しやすいように、秘密が守られ、専門性があり、無料で相談できる相談窓口や、法的救済にアクセスできる仕組みが必要です。
【アスリートに対する法的支援の必要性】
- 加えて、現在、日本では、性的画像の問題や、ソーシャルメディア上の誹謗中傷に悩むアスリートが多いです。東京2020オリンピック大会中には、選手団により脅迫を受け、虐待や報復のための強制帰国の措置を受けたが免れたアスリートもいます。これらのアスリートが、低廉な費用で適切な法的支援を受けられるように、スポーツに関わる法律問題に関する専門家に容易にアクセスできる仕組みが必要です。
【小規模スポーツ団体の限界】
- 日本のスポーツ団体は、規模の小さい団体の方が多く、スポーツ指導における暴力の問題に、各団体が個別に取り組むことには限界があります。スポーツ指導における暴力専門の団体を設立することは、日本のスポーツ団体の現状にもかなうものです。
【諸外国におけるセーフスポーツ運動】
- アメリカやカナダ、オーストラリア、ドイツなどの諸外国では、政府が資金拠出やスタッフ、制度の割当により、スポーツにおける暴力を根絶する取り組みやアスリートを支援する取り組みを始めています。
- 以上の理由から、日本でも、スポーツにおける暴力を根絶し、アスリートに対する法的支援を充実させ、子どもを保護するため、政府の取り組みとして、日本版セーフスポーツ・センターの設立が必要です。
2 セーフスポーツ法が必要な理由
【明確な禁止の必要性】
- スポーツ指導における暴力は、刑法の暴行罪・傷害罪にあたるものです。しかし、スポーツ指導における暴力に対する刑法の適用は、消極的です。
- また、日本の社会では、愛情のこもった体罰なら許される、という誤った考え方がいまだに払拭されていません。
- そこで、スポーツ指導における暴力を細かく定義し、これを明確に禁止する法律「セーフスポーツ法」が必要です。
【統一的な対応の必要性】
- 日本のスポーツは、学校部活動として行われているもの、中央競技団体及びその加盟団体のもとで行われているものがあり、それぞれの団体が管轄する範囲が、細分化されています。
- 日本版セーフスポーツ・センターが担う機能をすべての団体に遍く適用するためには、日本版セーフスポーツ・センターの設置に法律上の根拠を与える必要があります。
【各ステークホルダーに対する権利・義務の保障】
- スポーツ指導における暴力を根絶するためには、スポーツ団体がこれに取り組む義務、スポーツ指導者に対する適正手続の保障・不服申立権の保障など、各ステークホルダーに配慮したバランスの取れた制度設計が必要です。
- 以上の理由から、スポーツ基本法施行から10年経った今、セーフスポーツ実現のために、法制上の措置が必要です。
2021年10月12日
日本セーフスポーツ・プロジェクト 代 表 弁護士 杉山 翔一
ヒューマン・ライツ・ウォッチ 日本代表 土井 香苗
一般社団法人アスリートセーブジャパン 代表理事 飯沼 誠司
一般社団法人ユニサカ 代表理事 渡辺 夏彦
一般社団法人監督が怒ってはいけない大会 代表理事 益子 直美
全国柔道事故被害者の会 代 表 倉田 久子