安倍政権は2012年に発足以来、「積極的平和主義」のもと、数多くの国々を訪問してきました。2019年に安倍首相は現政権の外交を「世界の平和と繁栄にこれまで以上の貢献を行ってきた」と評価しており、「地球儀を俯瞰する」視点で展開していると述べました。
対米中韓が中心の日本外交
外務省による最新の世論調査によると回答者の約75%も、安倍政権の外交を支持しているようです。(参照:首相官邸、外務省)
しかし、日本の外交は日米同盟、対中国や対韓国を念頭に評価される傾向があります。日本政府の外交をより全体的に評価するためには、日本政府が各国に対して展開している外交政策を様々な角度から精査する必要があるのではないでしょうか。
例えば、ミャンマーです。
2017年夏にミャンマー軍はロヒンギャに対して大量殺害、性暴力、広範な放火などの残虐行為を行いました。この残虐行為の結果、ミャンマーに住むロヒンギャの大半である74万人以上が隣国バングラデシュに逃れ、劣悪な環境の難民キャンプでの生活を余儀なくされています。国連の事実調査団は2018年に、ミャンマー軍のこの行為をジェノサイドおよび人道に対する罪に当たると認定しました。
国際社会は一丸となってミャンマー政府や軍に対して批難を強めています。国連総会や国連人権理事会を通じて、ロヒンギャに対する過度の軍事力の行使を止めるようミャンマー政府に求める決議などを圧倒的多数で採択してきました。また、国際司法裁判所(ICJ)は1月23日にミャンマー政府に対してロヒンギャへのさらなる迫害を防ぐため暫定措置をとるよう、法的拘束力がある命令を下しました。同時に、国際刑事裁判所(ICC)は捜査の初期段階に入っています。
戦犯の声もある軍司令官を「おもてなし」
一方、日本政府の対応はどうでしょうか。
国連の場では、ほぼ全てのミャンマーに関する決議を棄権しており、ミャンマー政府の意向に忖度をして「ロヒンギャ」ではなく「ラカイン州のイスラム教徒」と呼んでいます。(参照:河野太郎公式サイト)
去年10月には、安倍首相と茂木外務大臣がミャンマー軍のミン・アウン・フライン最高司令官を日本に招きました。同氏は、ロヒンギャに対する戦争犯罪、人道に対する罪、およびジェノサイド罪に関し「捜査および訴追」されてしかるべき人物であると国連に名指しされています。また、2か月後に公明党の山口那津男代表がミャンマーを訪れ、アウン・サン・スーチー国家最高顧問にICCに自ら出廷したことに「敬意を表明」したうえ、ミン・アウン・フライン最高司令官に対して「司令官の指導力に期待したい」と語りました。(参照:防衛省・自衛隊、外務省、公明党)
最近では、丸山一郎在ミャンマー日本大使が具体的な根拠を示さず「ミャンマーでジェノサイドはなかった」という内容の発言をしたためバングラデシュ政府に抗議をされるなど物議を醸しました。当時はまだICJの決定が出ていなかったのにも関わらず、大使は「暫定措置が下されないことを祈る」という内容の発言もしており、日本政府がミャンマー政府に寄り添っている実態が露わになりました。また、1月28日に開催された都内のイベントでは、丸山大使はミャンマー軍の付き合いを「絶対重要」とし、ICCの判断で日本との関係が「阻害」されるのは「おかしい」と一方的に持論を述べています。
難民問題に目を瞑る日本政府
それだけではありません。
日本政府が発足当初から支持してきたミャンマー政府が任命した「独立調査委員会」が1月21日に最終報告書の要約版を発表しました。同報告書はミャンマー軍によるラカイン州のロヒンギャに対する戦争犯罪や重大な人権侵害を一部認めたものの、ロヒンギャに対する性暴力やジェノサイド(民族浄化)を認めませんでした。また、人道に対する罪の疑いについて一切触れていません。結果的に、部下に責任をなすりつける内容で、ミン・アウン・フライン最高司令官らトップの責任は問いませんでした。
日本政府はロヒンギャ難民問題に関する責任追及に消極的な一方、ミャンマーへの投資については積極的です。例えば、去年2月には日本貿易振興機構(ジェトロ)と国際協力機構(JICA)がラカイン州政府とミャンマー投資委員会(MIC)と「ラカイン州投資フェア」を開催しました。その後、アウン・さん・スーチー氏が二度来日するなど、日本ではミャンマーへの投資を呼びかける数多くの投資フォーラムが開催されています。
現実と乖離したスローガン
なぜ日本政府は74万人以上のロヒンギャ難民に寄り添わず、ミャンマー政府に忖度し、投資を促しているのか。大きな要因は、存在感を増す中国です。去年7月、中国企業によるミャンマーへの投資額と件数が日本企業を上回りました。ミャンマーと中国が急接近するなか、日本政府は人権侵害の被害者であるロヒンギャをないがしろにしてまでミャンマー政府に振り向いてほしいと必死なのです。この現象は、ミャンマーに限らずカンボジア、ベトナムやフィリピンでも見られます。(参照:日本貿易振興機構)
たしかに、日本政府が安全保障・地政学上の理由から、東南アジア各国政府に中国ではなく日本に振り向いてほしいと思うのは当然です。しかし、仮に投資や寄り添い外交を通じて中国より優位な立場に立てたとしても、それは短期的な結果でしかありません。一方、長期的に支援が必要な人権の確保や民主化の発展はないがしろにされてしまったため、結果的にミャンマーが非民主的な道を突き進んでしまい、日本に限らず地域全体にとって新たな不安定要素となる可能性があります。
以上を踏まえると、少なくともミャンマーを始め東南アジアに対して日本政府が展開している外交政策は「積極的平和主義」の理念から程遠いものだとわかります。なぜなら、国際社会の平和と安全の実現にあたかも反するかのように、人権を軽視して膨大なリスクが伴う経済活動を突き進めているからです。
日本政府は、自らが挙げる「積極的平和主義」や「人権外交」を実現し、国際社会における存在感を発揮するためには、ロヒンギャ難民問題に正面から向き合う必要があるのではないでしょうか