2017年3月に、国連人権理事会はミャンマーに関する「独立国際事実調査団」を設置しました。その目的は「加害者の完全なアカウンタビリティと被害者に対する法の正義を確保するために…ミャンマー国軍や治安部隊による最近の行われた疑いがある人権侵害と虐待の事実と状況を確認する」ことにあります。任命された3人のメンバーは、マルズキ・ダルスマン(議長)、ラディカ・クマラスワミ、クリストファー・ドミニク・シドッチです。
事実調査団のマンデートは、アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)による2017年8月25日の襲撃後にミャンマー治安部隊が行った、ラカイン州北部のロヒンギャ住民への殺人、レイプ、広範な放火などの民族浄化作戦を受けて拡大されました。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査によれば、治安部隊の人権侵害は人道に対する罪に該当します。
72万人以上のロヒンギャが隣国バングラデシュに逃れました。同国では約100万人が難民として、不安定かつ人口稠密な、洪水の多いキャンプで生活しています。ロヒンギャ難民の帰還を促すために国連機関とミャンマー政府が合意を結ぶにあたっては、自発的かつ安全で尊厳が保障された、持続可能な帰還と、ロヒンギャの基本的権利を保障するための保護策が求められますが、近い将来にこうした条件が満たされる見通しはありません。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、すでに帰還した複数のロヒンギャ住民がミャンマーで拷問された事実を明らかにしています。
ミャンマー政府は事実調査団に協力せず、専門家とスタッフの入国を拒否しました。また、ミャンマーの人権状況に関する国連特別報告者・李亮喜氏の入国も拒否しました。
事実調査団は2018年8月27日に全20頁の報告書を発表しました。この報告書はラカイン州を大きく扱う一方で、シャン州とカチン州での政府治安部隊および民族武装勢力による重大な国際法違反行為も記録しています。ミャンマー政府は報告書の内容を即座に退けました。
事実調査団の報告書は400頁を越える付録文書とともに、9月18日に人権理事会に提出される予定です。
加害者への法の裁きに関する調査ミッションの主な勧告はどのようなものですか?
ミャンマー国内で加害者の責任を問うことはなぜできないのでしょうか?
事実調査団の勧告実施にあたり、国連人権理事会はどのような役割を果たすのでしょうか?
「国際的で独立した公平なメカニズム」が現在これほど重要なのはなぜですか?
人権理事会は、「国際的で独立した公平なメカニズム」を設けることができますか?
事実調査団の調査結果はどういったものでしたか?
事実調査団は、ミャンマーの治安部隊が、「犯罪捜査と訴追を必要とする」国際法上の重大な犯罪、つまり「人道に対する罪」、「戦争犯罪」、「ジェノサイド」を行ったことを明らかにしました。
戦争犯罪は、犯罪の意図を持った人々が犯す国際人道法の重大な違反行為です。少なくとも2017年8月以降、ラカイン州で国軍が行ってきた戦争犯罪行為には、殺人のほか、拷問、残虐な処遇、個人の尊厳の侮辱、民間人への攻撃、民間人の強制移動、略奪、保護された事物への攻撃、人質の略取、法の適正手続きのない量刑宣告や処刑、レイプや性奴隷、性暴力などがあります。
ジェノサイドとは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図を持って行われた特定の犯罪行為を指しています。
事実調査団は、ミャンマー治安部隊がロヒンギャに対し、次のようなジェノサイド行為をはたらいたことを確認しました。集団の殺害、重大な肉体的又は精神的な危害を集団に加えること、肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に課すこと、出生を防止することを意図する措置を集団に課すことです。
事実調査団は、ジェノサイドの責任者を把握するにあたり、「(国軍)高官への捜査と訴追を正当化するに足る情報」があると結論づけています。また国軍最高司令官ミンアウンフラインら国軍首脳部6人を、捜査と起訴の対象としています。
事実調査団は、ジェノサイドの中心的要素である「ジェノサイドの意図」を示す関連要因を強調しました。抑圧的なコンテクストと憎悪的なレトリック、個々の指揮官や加害者の発言、ラカイン州の人口構成の変更などの排除政策、破壊的計画の存在を示唆するレベルの組織、きわめて大規模かつ残虐な暴力などが挙げられています。
事実調査団は、ラカイン州でのアラカン・ロヒンギャ救世軍による一部の行為が「戦争犯罪を構成しうる」と報告しました。さらに、ミャンマー軍が人道に対する罪を行ったこと、またシャン州とカチン州では2001年以来、国軍が人道に対する罪を行う一方で、この地域の民族武装勢力も戦争犯罪を行っていたことを明らかにしました。
事実調査団が出した結論の根拠はどのようなものですか?
加害者への法の裁きに関する調査ミッションの主な勧告はどのようなものですか?
事実調査団は、「カチン州、ラカイン州、シャン州で行われた重大な人権侵害と虐待行為」は「その恐ろしい性質と遍在性ゆえに衝撃的なものである」としたうえで、これに対処するためとして、国連安全保障理事会に対し、ミャンマーの状況を国際刑事裁判所(ICC)に付託するか、旧ユーゴスラビアとルワンダのために設立されたものと同様の、アドホックな国際刑事裁判所の設置を強く求めました。ミャンマーはICC設立条約であるローマ規程の締約国ではないため、国連安保理による付託が、ミャンマーの状況全体をICCの管轄権の下に置く唯一の方法です。
ミャンマー国内で加害者の責任を問うことはなぜできないのでしょうか?
事実調査団は、ミャンマー政府が国際法によって犯罪を捜査し、訴追する「能力もなければ、意思もない」ことを示していると結論付けました。これは重要な結論です。なぜなら、ICCは、最終手段となる裁判所として、国内裁判所での裁判が不可能な場合に限り、代役となりうるからです。事実調査ミッションは、ミャンマーの政治制度と法制度が事実上、軍隊を法の上に置いたことを確認しました。ミャンマーの軍事法廷は軍隊による大規模な人権侵害に長年対処できていません。その一方で文民用の刑事司法制度は、独立性と公正な裁判基準を尊重する能力とに欠けているのです。
事実調査団の勧告実施にあたり、国連人権理事会はどのような役割を果たすのでしょうか?
国際的で独立した公平なメカニズム(IIIM)が現在これほど重要なのはなぜですか?
国連総会がシリアのために設置した同様のメカニズムをモデルにした、国際的で独立した公平なメカニズム(IIIM)が、今後の刑事裁判の土台を作るべく、犯罪容疑の証拠を収集、統合、保存、分析を行うことが急務です。ミャンマーに関するメカニズムには、犯罪の重大性、証拠収集基準、作業規模、またそれらに見合う人員と資源の必要性に見合う、シリアIIIMと類似の名称を与える必要があります。
こうしたメカニズムの緊急性には、現地の現実が反映されています。軍事作戦が2017年8月に始まって以来、ラカイン州北部ではロヒンギャが集住する362の村落が放火により、部分的または全面的に破壊されています。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ロヒンギャが集住していた少なくとも60の村落が2017年11月以降に部分的または全面的に破壊されており、犯罪の証拠も破壊されていることを記録しています。
ロヒンギャの被害者や証人数千人が現在ミャンマーとバングラデシュ両国にいるものの、これからさらに時間が経てば、記憶があやふやになり、重要な証人に話を聞くことができなくなったり、居場所を特定しにくくなったりする可能性があります。こうした課題が、ICCをはじめ、管轄権を持つ裁判所における犯罪捜査と刑事裁判を支援する、具体的な行動の緊急性を浮かび上がらせているのです。
国際的で独立した公平なメカニズム(IIIM)が設置されれば、非政府組織やジャーナリストなどがミャンマー全土で現在も続けている記録や事実調査の取り組みを一元化するうえでも重要な役割を果たすとともに、証拠が国際基準とベストプラクティスに従って収集されることを保障することにもなるでしょう。こうした活動は、被害者や証人へのリスクやさらなるトラウマを最小化し、調査員と共有する潜在的な証拠の機密性と完全性を保護するのに役立つでしょう。
証拠分析と事件記録の作成が行われることは、加害者に対して残虐行為の刑事責任が問われる可能性を示すとともに、さらなる虐待行為の抑止力としても作用するでしょう。収集された証拠は、普遍的管轄権の原則の下で事件を訴追する目的で、他の国も用いることができるのです。
このメカニズムには、人権侵害や虐待を効果的に文書化するための専門知識と予算が必要です。最低でも、このメカニズムには以下の分野の専門知識を持つスタッフを備えていなければなりません。すなわち上官責任を含む、重大な国際犯罪の事件記録と起訴状の作成、性暴力・ジェンダーに基づく暴力の調査と未成年者へのインタビュー、軍事作戦・武器・指揮構造の分析、法医学、ミャンマー刑法、重大な国際犯罪の捜査です。翻訳と通訳に十分な資金を割り当てる必要があります。
人権理事会は、国際的で独立した公平なメカニズム(IIIM)を設けることができますか?
人権理事会は、証拠の収集と保存、加害者の特定などのさまざまな機能を果たすために、国際犯罪の報告に対応するメカニズムを定期的に設置しています。例えば、南スーダン人権委員会には、「不処罰を終わらせ、責任追及を実現することを目的として、性暴力・ジェンダーに基づく暴力や民族的暴力などの大規模な違反行為と人権侵害および関連する犯罪の訴えについて、事実と状況を決定かつ報告し、証拠を収集かつ保存し、その責任を明らかにする」とのマンデートが与えられています。北朝鮮については、関連する人権理事会の決議にしたがって、ソウルにフィールドベースの組織が設けられおり、「情報と証拠を集中的な保管場所の設置」、および「すべての情報と証言の評価にあたる法的な説明責任の専門家」の任命によって、そのモニタリング・記録機能が強化されています。
国連安全保障理事会がミャンマーを国際刑事裁判所に付託する現実的な可能性はあるのですか?
安全保障理事会によるICCへの付託が行われれば、ミャンマーでの重大犯罪の責任者への法的追及に関する国際社会の責任が強調されることになるでしょう。しかし中国とロシアは、シリアの重大犯罪についてICCへの付託をこれまでも阻止してきましたし、ロシアは近い将来についても引き続き付託を阻止する姿勢を明らかにしています。
安全保障理事国であるスウェーデンとオランダは、ミャンマーの状況をICCに付託するよう求めています。理事会外からも声が上がっているところです。例えば、インドネシア、マレーシア、東ティモール、シンガポール、フィリピンの国会議員130人以上がICC付託を求めています。マレーシア外相は、ミャンマー政府が「法による正義を保障する意思または能力がないことが証明された」場合について、ミャンマーでの犯罪に対処するために安保理が介入する責任があることを強調しました。
安全保障理事会の現在の政治力学も、近い将来にICC付託を実現する上での障害になります。現在までのところ、安全保障理事会のミャンマーに関する決議で「ペンホルダー」(決議案の非公式な起草プロセスを始める理事国)である英国は、ミャンマーの状況に関する事柄については、安保理理事国がおおむね合意する難民帰還のような問題ですら、決議案を提案していないのです。
安全保障理事会の政治環境を変え、決議の採択を可能にするためには、国連加盟国、とりわけ理事国が、ミャンマーにおけるアカウンタビリティの追及を優先して行うよう粘り強く求め続けることが必要です。そうすれば、中国、ロシアなどICC付託に反対する国々にとっての政治的負担が高まります。
ICCはミャンマーにおける犯罪に関する捜査にまだ着手していないのですか?
9月6日、ICCの予審裁判部は、ロヒンギャにバングラデシュへの移動を強いたミャンマー政府当局者について、追放という人道に対する罪で管轄権を行使できることを確認しました。人道に対する罪の要素となる行為が、ミャンマーとは異なりICC加盟国のバングラデシュで起きたからです。裁判官らもまた、ロヒンギャの追放が民族や宗教などの差別的根拠に基づくことを検察官が示した場合、裁判所は追放という人道に対する罪への管轄権を持ちうると述べました。さらに、ロヒンギャの帰還を阻止するミャンマーの動きは、「大きな苦痛や重大な損害」を引き起こす「その他の非人道的行為」として裁判所が審査できる可能性があるとも付け加えました。ミャンマーはこの判断を拒否しました。