(ニューヨーク)― カンボジア当局は、2年前に起きた、著名な政治評論家・ケム・レイ氏の殺害事件について、信頼性のある公平な捜査を行うべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。同国政府は駐カンボジア国連人権高等弁務官事務所に対し、独立捜査を依頼したうえで、捜査結果に基づいた行動を取ると公約すべきである。
2016年7月10日の白昼、ケム・レイ氏はプノンペンのカルテックス・ガソリンスタンドのカフェで殺害された。事件の2日前、氏はフン・セン首相とその一族が権力を不正に行使し、莫大な個人資産を蓄積していると公然と批判した。事件の3日後、国連の人権専門家3人が「政府と無関係な独立機関が実施する」捜査を要求。しかし政府は要請に応じなかった。
「ケム・レイ氏が殺されたのは、政権トップ層の大規模な腐敗を批判する著名人となったためだと思われる」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長ブラッド・アダムズは述べた。「カンボジア政府は法の支配を尊重していると主張するが、ケム・レイ氏が殺害されてから、政府は率先して捜査を行うことはまったくせず、法による裁きを求める反政府派に嫌がらせを行っている。」
ケム・レイ氏(当時45)は、草の根団体「クメール人のためのクメール」の創設者であり、政権批判をたびたび行う著名な政治評論家だった。この団体は、2017年6月の地方選挙への参加を目指して「草の根民主党」(GDP)として登録された。ケム・レイ氏の殺害と、数万人が街頭に出た葬儀の大きさには、カンボジア国内での氏の知名度が表れていた。
ケム・レイ氏の妻は夫の殺害時に妊娠7カ月だった。自分と子どもたちに危害が加えられるのを避けるため、一家は2016年8月にカンボジアを出国。2018年2月14日にはオーストラリア当局から特別人道ビザの発給を受けた。
政府は、2017年3月1日に根本的な欠陥のある茶番じみた裁判を半日だけ行い、事件は解決されたと主張する。だが疑問点は減るどころか増えていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘する。エース・アン(Oeuth Ang)を名乗る男性がケム・レイ氏殺害を自供し、同氏に3,ooo米ドル(約33万円)を貸し付けたが、返してもらっていないことが動機だと主張した。この「借金」があったことを示す証拠も、2人になんらかの関係があったことも起訴の過程では示されなかった。ケム・レイ氏の妻もエース・アン氏の妻の2人とも、そうした金銭の貸し借りはなかったと強く主張した。殺害現場であるカルテックス・ガソリンスダンドの防犯カメラの映像には、現場から逃げるエース・アン氏を追う、自動小銃AK-47を持った容疑者らしき人物が映っていた。
エース・アン氏は計画殺人と銃器不法所持で有罪となり、終身刑の判決を受けた。警察と検察は氏以外の容疑者についても、共犯者の存在についても、その存在を示唆する証拠があり、また氏に動機がなかったにもかかわらず、捜査を行わなかった。
ケム・レイ氏の殺害後、カンボジア政府は、事件についての政府の公式見解に疑問を呈したり、ケム・レイ殺害事件の背後にあると思われる人物たちについて異説を唱えたりする人びとに嫌がらせを行っている。何人もの人びとが政府の統制下にある裁判所に訴追された。フン・セン首相は、政治評論家のケム・ソカ氏に対し、ラジオ・フリー・アジア(RFA)のインタビューで、与党・カンボジア人民党の事件関与をほのめかしたとして、名誉毀損罪で告発した。裁判所はケム・ソカ氏の名誉毀損と重大犯罪教唆を認定し、1年6カ月の刑と、政府とカンボジア人民党に対する800万リエル(約4,400万円)の支払いを命じる判決を出した。
解散命令が出たカンボジア救国党(CNRP)の元指導者サム・ランシー氏と、同党の元上院議員タク・ラニ(Thak Lany)氏は、フン・セン首相が殺害を命令した主張をしたことで、嫌がらせ訴訟の標的となっている。2人とも亡命中だ。
「過去20年間、フン・セン首相を批判する人びとは次々に殺されていった。しかし殺害を命じた人びとは1人として、起訴はおろか逮捕すらされていない」と、前出のアダムズ局長は指摘した。国連と海外ドナーは、今回は従来のやり方は認めないとした上で、ケム・レイ殺害事件の容疑者を裁判に掛けるよう強く求めるべきだ。」