ビルマのアラカン州の州都シットウェーを震撼させた2012年の民族浄化のこれ以上ない証拠となるのが、ロヒンギャ民族居住区アウンミンガラーです。中心部のわずか数ブロックに押し込められ、警察と軍のチェックポイントに囲まれたこの地区。数百人が死亡し、14万人以上が家を失った宗派間暴力が起きる以前は、中流階級に属するロヒンギャの商人や商店主が、仏教徒やヒンドゥー教徒と隣り合って暮らしていました。ある村の長老はわたしに、アウンミンガラーの人びとはアラカン民族仏教徒の襲撃を食い止めてくれて、「タッマドー(ビルマ国軍)がやって来て、私たちは協力して地区を守った」と話してくれました。

Outside the sole remaining mosque in Aung Mingalar, in the Arakan State capitol of Sittwe, Burma, September 2015.

© 2015 David Scott Mathieson/Human Rights Watch

しかし、襲撃を境にアウンミンガラーはこの街から、そして実質的には世界から切り離されてしまいました。人口は2012年の8,000人から4,500人に減り、住民はほぼ完全に孤立しています。子どもの多くは栄養が足りていないようで、道には下水が溢れてしまっています。訪問を許された数少ない部外者を見れば住民たちは笑顔を浮かべそうなものですが、実際には怯えと不安の入り交じった表情を見せるのです。多くの人たちが、いくつか先の通りに住む仏教徒からまた攻撃されるのではないかと恐れている、と話していました。

政府側は住民の安全確保に誠実に取り組んでいるように見え、実際に、2012年以降に襲撃事件は起きていません。しかし明らかにこうしたアプローチは、生活をきわめて悲惨なものにすることで、住民が地方のキャンプに行くように、または2015年に激増したロヒンギャ民族の海路脱出劇に加わるように仕向けるもくろみと並行して行われています。

地区には小学校1校と簡素な商店が数軒あります。週2、3度、住民はシットウェー周辺にある国内避難民キャンプ地域(95,000人のロヒンギャ民族が住んでいます)のマーケットで食べ物を調達することができます。ただし警察には用心棒代を払わなければいけません。

政府はアウンミンガラーの住民に対し、ビルマの国籍政策をめぐる残酷なジレンマを提示しています。2008年の制憲国民投票と2010年の総選挙ではロヒンギャ民族に投票権が与えられましたが、今年に入り、多くが仮の国民登録証を剥奪されました。これは大規模な権利剥奪行為です。ロヒンギャたちは国民資格の確認手続きを受けるよう迫られてきましたが、国民として認められるのは、「ベンガル人」と申告し、厳格な1982年国籍法の下で奇跡的に有資格者となりうる場合に限られます。たとえ完全な国民と認められたとしても、反ムスリムのきわめて過激なナショナリズムが高まる現状のビルマでは、人権が完全に保証される見込みは低いのです。

シットウェー市民が11月8日の総選挙の投票を控える一方で、アウンミンガラーの住民は孤立とみじめさにさいなまれながら、政府が意図的に自分たちに基本的自由を認めていないことを理解することでしょう。