昨年の中央アフリカ共和国は悲劇以外の何ものでもありませんでした。「同盟」を意味するイスラム教徒が主体の反政府勢力「セレカ」は2013年12月、権力を掌握してから10カ月でその座を追われます。しかし短期間とはいえ、その支配は血なまぐさいものでした。そして迎えた翌年も暴力沙汰から解放された訳ではなかったのです。

昨年は、凄絶な復讐殺人の年と化してしまいました。セレカは同国の中心部にある街バンバリに素早く軍事基地を再建。もともと東部と北部地域の支配を模索していた場所です。一方、イスラム教徒への憎悪を募らせていたキリスト教徒が主体の民兵組織「アンチバラカ」も、これでもかというほどの反撃に出ました。昨年末までに数千人規模の一般市民が両陣営により殺害され、80万人超が家を追われて避難民となっています。なかでも半分ほどは近隣諸国へ国外脱出しました。その大半はイスラム教徒です。ヒューマン・ライツ・ウォッチはこの虐殺問題に関して複数の調査を実施し、検証。それを詳しくまとめたのが、昨年12月発表のマルチメディア記事「崩壊し始めた国家—The Unravelling」です。

Special Feature: Journey Through the Central African Republic Crisis

2014年1月、キャサリン・サンバパンザ大統領率いる暫定政府が指名されましたが、現在まで治安回復に苦慮しています。敵対勢力間で昨年7月に署名された停戦合意も、大部分で反古にされた状態です。

4月に国連安全保障理事会が、一般市民をまもり、人道支援のアクセスを確保するため、国連中央アフリカ多面的統合安定化ミッション(MINUSCA)設立を承認。それまで平和維持活動を担っていたアフリカ連合から引き継ぐかたちで、9月15日に同連合の部隊(4,800人)も国連ミッションに統合され、国連平和維持活動部隊の展開も開始されました。予定されている1万1,800人増兵計画は、現在8,500人規模まで進められていて、2013年に安保理が承認した2,000人規模のフランス平和活動維持部隊もそのまま駐屯しています。

こうした平和維持活動部隊は中央アフリカを安定に導けたのか? 答えは「まだ」です。彼らはこれまでに多くの戦闘員を武装解除し、一般市民に部隊基地での避難生活を許可し、報復の恐怖の中で暮らす国内避難民たちを保護してきました。しかし多くの暴力事件が基地のすぐ近くで起きているのが現実なのです。

中央アフリカ共和国はアフリカでもっとも貧しい国のひとつ。その再建はまだ始まったばかりです。2014年かの国について語られたことのなかで一番ましだったのは、「もっと酷いことになっていたかもしれない」ということでした。でも 、「もっと酷いこと」が何だったかを想像するのは、困難で不愉快なことです。