(ワシントンDC)-世界銀行グループは、ビルマへの新たな国別援助戦略では主要な人権問題の克服を目指して行動すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは世銀への提案書で述べた。主要な問題には、民族的少数者への暴力、広範な土地接収、組織的な汚職がある。
ビルマの人権状況は大きく改善したが、2015年総選挙を控え、改革プロセスのゆくえは依然不透明。深刻な問題も未解決だ。世銀グループは2012年にビルマ政府への関与を注意深く再開しており、今後5年間でより包括的なパートナーシップによるフレームワークを展開する。世銀グループは、グローバルな貧困の削減、および持続可能な開発の達成を任務とする4つの機関と、1つの調停機関からなる。
「世界銀行は、2015年総選挙を控えたビルマの人権状況の評価にただちに着手すべきだ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのジェシカ・エヴァンス国際金融機関担当上級アドボケートは述べた。「次の総選挙は、ビルマが改革をさらに進める一里塚になるか、大きな後退となるかの分かれ目だ。世銀はベストの関与策を定める必要がある。」
ジム・ヨン・キム世界銀行総裁は、2014年10月10日から12日までワシントンDCで開かれる国際通貨基金・世界銀行グループ年次総会でのビルマ金融当局者との会合で、民族的少数者への差別と虐待、土地の権利と労働権の侵害、司法利用、汚職といった現在進行中の人権問題をはっきり指摘すべきだ。
世界銀行は1987年以降、深刻な人権侵害を行う軍事政権の統治を理由に金融支援を停止していたが、2012年にビルマへの関与を再開した。過去2年間で開発援助の額は増加したが、ビルマは依然として域内最貧国の一つだ。
現在、世銀グループはビルマへの新たな関与プロセスを試行しており、持続可能な包摂的発展への大きな障害を特定中だ。次の段階では、そうした障害への対応戦略を政府と協議する。この新たなプロセスが効果を発揮するために、世銀は物議を醸す人権などの問題を無視してはならないと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは世界銀行に対し、ビルマの前向きな変化と残された膨大な問題を徹底的に分析し、独立した組織と緊密な協議のもと、政府とともにそれらの問題解決にあたるよう強く求めた。
民族的少数者であるロヒンギャ民族ムスリムへの政府による弾圧は、数十年来のものだが、今もかなりの規模で続いている。2012年6月の宗派間暴力発生以来、ロヒンギャ民族を主体とする推計14万人が、ビルマ西部アラカン州一帯のキャンプに移動を余儀なくされた。
ビルマの1982年の国籍法は、ロヒンギャ民族について、多くが何世代にわたって国内に住んでいるにもかかわらず国籍を実質的に認めていない。これによって生じたロヒンギャ民族の無国籍状態は、人権侵害の温床となっており、アラカン州での宗派間暴力を終結させるうえでの深刻な障害となっている。国籍問題が一つの原因となり、ロヒンギャ民族はさらに貧しい生活を強いられている。また社会的・経済的権利の行使が制限されている。ようやく作成された『ラカイン(アラカン)州行動計画』の草案をヒューマン・ライツ・ウォッチが入手したところ、13万人を超えるロヒンギャ避難民を長期的な定住地に再移動させ、国籍認証手続を実施する計画の概要が示されていた。これに従って行われる国籍認証手続は、1982年法に基づくので本質的に差別的なものになる。
2012年の対ビルマ国別戦略で、世界銀行はこのような制度化された差別を「宗派間暴力の個別事例であり[…]現在も続く社会の分裂を解決する必要を示すものだ」として非難している。ロヒンギャ民族への攻撃は、民族浄化作戦の一環として人道に対する罪に匹敵するものだ。また社会的・経済的権利への影響は、事件以降深刻化している。しかし世銀からの発言はない。
2012年以来、ビルマ全土で、ムスリムを標的とした暴力行為や扇動行為が深刻に悪化している。2013年にはビルマ中部の多くの町で、また2014年6月にはマンダレーでも襲撃事件が起きた。
「ジム・ヨン・キム世界銀行総裁は、差別が社会はもちろん経済に与えるコストも強調してきた」と、前出のエヴァンス上級アドボケートは指摘する。「キム総裁はビルマ政府にこうしたコストの存在を示したうえで、制度化された差別を撤廃し、ロヒンギャ民族などムスリム系住民への暴力行為を停止する対策をとるよう求めるべきだ。」
世銀グループはまた、開発事業の優先順位を定め、具体化する段階に地域住民が参加できるよう、いっそう努力すべきだ。世銀は、国別資料とプロジェクト関連資料を、ビルマ語と英語以外の関係する民族の言語で公開すること、検討中の事業で直接影響を受ける現地住民と協議すること、またすべての協議に周辺化されている集団すべてが参加できるようにすることも求められる。また、政府から独立した組織や報道機関が受けている現行の規制について、その影響を調査し、政府とのハイレベル会合で取り上げるとともに、開発に関する参加と社会的なアカウンタビリティの重要性を強調すべきである。
世銀グループは、ビルマ国内の全事業について、人権にどのような悪影響が予想されるかを評価し、対策を行うべきだ。なかでも少数者への差別、土地の権利の侵害、労働権の侵害に注目すべきである。ハイリスク環境であることを踏まえ、国際金融公社(世銀の民間貸付部門)は事業者に人権配慮義務の履行を求めるべきだ。人権配慮義務には、起こりうる人権問題を特定するために必要な方策の実施、人権問題の緩和、予防措置にもかかわらず人権被害が発生した場合には適切な救済措置を行うことも含まれる。
世銀グループの全構成機関は、政府と民間の協業者の人権に関する記録を調査し、人権侵害あるいは汚職と無関係であることを確認すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。また全構成機関は、人権の完全な尊重を確保するため、資金を提供した事業の実施について厳格なモニタリングと監督を行うべきだ。
「世銀はビルマ国内の教育・保健・電気へのアクセスを向上させるうえで重要な役割を担っている」と、エヴァンス上級アドボケートは述べた。「しかし開発を実際に進めるためには、世銀は現在のビルマの人権問題をしっかり認識し、その解決に向けて積極的に行動をおこすことが必要である。」