(モスクワ)ロシアでは障がいのある子どものうち約3割が国立の孤児院で生活し、暴力やネグレクト(育児放棄)にあう危険にさらされていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で述べた。ロシアは国の養護施設における障がいのある子どもへの虐待をなくし、これらの子どもたちが施設ではなく、家族との同居か、それ以外の家庭的環境で生活できるよう支援を行うべきだ。
報告書『国が見捨てた子どもたち:ロシアの孤児院で暮らす、障がいのある子どもへの暴力、ネグレクト、孤立』(全93頁)は、国立の孤児院に住む障がいのある子どもや若者には、職員による深刻な虐待やネグレクトを受け、発達が阻害されている人が多いことを明らかにした。ヒューマン・ライツ・ウォッチがインタビューを行った子どものなかには、施設職員から殴られ、鎮静剤を打たれ、管理や懲罰のためとして数日から数週間精神病院に送られた子どももいた。
「孤児院に住む障がいのある子どもへの暴力と虐待は痛ましく、本当にひどい」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの欧州・中央アジア調査員で報告書の著者のアンドレア・マッツァリノは述べた。「ロシア政府は施設の子どもへの暴力について、ゼロ・トレランス(いかなるものも許さない)政策を確立し、子どもたちが家族のもとで暮らすためのプログラムを直ちに強化すべきだ。」
本報告書は、子ども、家族、子どもの権利活動家、孤児院職員など200人以上へのインタビューと、障がいのある子どもが暮らすロシア各地の施設10箇所への訪問に基づく。訪問先の施設にいた子どものほとんどに家族がいる。しかしヒューマン・ライツ・ウォッチが訪問した施設の職員が、家族の面会や、その他の手段で家族が連絡を取ろうとすることを妨害しようとするケースもあった。そうした接触があると、手を掛けられる環境に慣れてしまい、子どもが「駄目になる」というのだ。
子どもたち自身、また子どもの権利を守る活動家によれば、孤児院では子どもたちが必要な医療措置を受けていない場合が多い。栄養や世話も十分ではなく、遊ぶ機会にも乏しい。また多くの子どもが正規の学校教育をほとんど、またはまったく受けていない。孤児院職員への十分な支援と研修がなく、人手も不足していることが、現在の職員の子どもへの対応の主な原因だ。子どもが助けを求めたり、虐待を報告したりする実質的な機会はほぼないに等しい。
ロシアでは、孤児院か里親のもとで暮らす子どもの95%は、両親のどちらかが存命だ。ロシア政府は、障がいのある子どもを含め、子どもの施設収容偏重を改めると公約している。しかし政府当局者は、施設に入所する障がいのある子どもが置かれている固有の状況について、十分な注意を払っていない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが確認した複数の事例では、医療従事者が親に対し、「お子さんには発達能力が欠けている」や「親御さんが世話をするのは無理」と説き、自分たちで育てるのを諦めるよう圧力をかけ、結果的に孤児院に送られたケースが多くあった。ロシアの多くの自治体では、十分で適切な教育、リハビリ・医療・金銭面を含めた国の支援へのアクセスが欠けている。このことも両親が子どもを施設に預け、あるいは引き取らない原因だ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、施設内で障がいが最も「重い」と職員が判断した子どもが、他の子どもから隔離されて「寝転び」部屋に入れられ、柵の中に入れられ、しばしば布きれで家具に縛りつけられていることを明らかにした。こうした子どもの多くが、授乳・食事とおむつ交換以外の世話をほとんど受けていなかった。こうした環境にいる子どもの多くが、柵の外に出て他の子どもと交わったり、外出できることはほとんどない。ある種の障がいのある子どもを「寝転び」部屋に隔離する措置は差別的であり、廃止すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「たくさんの障がいのある子どもが『寝転び』部屋に入れられており、身体・情動・知的発達に驚くほどの遅滞が見られた」と、前出のマッツァリノは指摘した。「これは障がいのある子どもがみな適切な食事・医療・教育にアクセスできてさえいれば防げる悲劇だ。子どもたちにはその権利がある。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが孤児院で働く職員多数に聞き取りを行うと、子どもの発達を支援したいと思っているとの答えが返ってきた。しかし職員の子どもの扱い方はしばしば許容できないものとなっている。暴力に訴えないしつけの仕方や、さまざまな障がいのある子どもたちへの食事の提供方法、身体的ニーズへの応答方法などを学ぶ研修などで、十分な支援を受けていないからだ。
国際法のもと、ロシアにはあらゆる形態の暴力やネグレクトから子どもを守る義務がある。障がいのある子どもを、当人の意志に反して親から分離してはならず、またあらゆる形態の暴力から守らなければならない。
子どもの高い施設収容率を改善するため、ロシア政府が取っている対策の1つが、2012-17年の「子どもの権利に関する全国行動戦略」の展開である。この文書には、施設に子どもを置き去りにすることを防ぎ、施設養護を減らすとの公約が含まれている。しかし一連の政策は、障がいのある子ども固有のニーズに十分に注意を払っておらず、実施とモニタリングの具体的計画を欠いていることを、ヒューマン・ライツ・ウォッチは明らかにした。
子どもの施設収容削減の必要性を認めた以上、政府には目的達成に向けた明確で実現可能な計画が必要だ。政府は実親と暮らす子どもへの支援を行うべきだ。同居が不可能な場合については、里親や養子制度を拡大すべきだ。
ロシアには、障がいのある子どもについての里親制度と養子制度が連邦レベルで存在しない。また障がいのある子どもの家庭の親たちは、地域で子どもを育てるにはさまざまな苦労があるとし、教育など各種サービスへの支援や、それを受ける機会自体が欠けていると指摘した。さらに行政の対応も否定的だと付け加えた。
ロシア政府は、子どもの脱施設化達成に向け、時間を区切った計画を策定すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。子どもを国の施設に収容するのは短期とし、しかも子ども本人の最善の利益にかない、国際人権法に適合するというきわめて限られた場合にのみ行うべきだ。政府はまた、障がいのある子どもを自宅で育てられるよう、家族に社会的支援とサービスを提供すべきだ。
国内外のドナーは、孤児院から家庭養護に移る子どもを増やす支援事業のほか、子どもの地域統合を支援する事業(通学可能な学校や医療サービスの提供)に資金提供を行うべきだ。
「何万人もの自国の子どもたちが自由に移動できず、家族や地域、同年代の子どもたちと切り離された生活を送り、他の子どもたちに提供されている実にさまざまな機会を奪われている。ロシア政府とドナーが行動を起こさなければ、この状態は変わらない」と、マッツァリノ調査員は述べた。「ロシア政府は、子どもを施設に送るのではなく、障がいのある子どもを育てる親への支援をもっと手厚くすることに着手すべきだ。」