(カトマンズ)- ネパールが中国の強い圧力を受けた結果、国内に居住するチベット人への規制を強化していると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書で述べた。ネパール新政権は、迫害を逃れてきたチベット人を受け入れ、表現・結社・集会の自由を平和的に行使する基本的権利を制約しないことを中国に明示すべきだ。
全100ページの報告書「中国の影で:ネパールでのチベット人虐待」は、ネパールのチベット人コミュニティーが現在、事実上の政治デモ禁止状態にあり、チベットの文化と宗教を促進する公の活動を厳しく制限され、ネパール治安部隊から日常的に人権侵害を受けていることを明らかにしている。チベット人はネパールで、過剰な力の行使、恣意的拘禁、拘禁中の虐待、脅迫と強要、威圧的な監視、定義が曖昧で過度の拡大解釈が可能な治安関係の容疑の恣意的適用などに直面している。
「ネパールのチベット人難民コミュニティの状況は、2008年に中国がチベットで暴力的弾圧を行って以降、著しく悪化した」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長ブラッド・アダムスは指摘した。「ネパールはチベット人の保護を続けてはいるが、チベット人入国者数を制限するようにとの中国の圧力に屈し、法の定める義務に反してチベット人の行動に制約を加えている。中国はこうした要求を安全保障上の懸念と偽っているが、実際には中国によるチベット弾圧の延長であり、チベット人が自分たちの窮状を世界に訴えることを難しくしようとすることが狙いなのだ。」
ネパールにはかなり大きなチベット人コミュニティが存在しており、同国は中国での弾圧を逃れたチベット人の安全な避難先として重大な役割を長年にわたり果たしてきた。中国は2008年、チベット高原での民衆による大規模な抗議運動に対して、継続的な弾圧に着手した。チベット人のネパール亡命を妨害し、国外、特にネパールのチベット人コミュニティの影響力を奪うことに注力している。
中国がチベットに大量の治安部隊を駐留させ、ネパールと中国の治安部隊の協力関係が近年密になった結果、中国はネパールに脱出するチベット難民の数を抑えられるようになった。2013年に中国から脱出したと記録されたチベット人は200人に満たない。2008年以前は年平均2,000人を超えていた。
本報告書「中国の影で」は、その後のネパールが、治安と「情報共有」に関して中国とのあいだで複数の協定に署名すると共に、チベット人コミュニティとその指導部、実際の活動家や活動家と見なした人物を徹底的に監視している実態を詳述している。ネパール政府は「国境での違法活動の抑制」の実施と、「不法移民の送還を行う効率的な制度」の創設のため、難民申請者および難民の保護に言及しないまま、中国人民武装警察部隊の国境警備隊との協力強化を約束した。本報告書はまた、ダライ・ラマの誕生日や、中国政府要人訪問時など政治的に微妙な時期には、チベット人地区に威圧感を与えるほどの武装警官を配置することが、ネパール当局にとって普通のやり方になっている実態をまとめている。
「ネパールは曖昧で一貫性のない理屈を持ち出して、平和的な抗議運動を沈黙させ、チベット人を差別し、ネパール人の活動家を脅迫している」と、前出のアダムスは指摘した。「いかなる制約も法に基づくべきだ。中国の政治情勢の変化に基づくべきではない。」
中国への強制送還
ネパール政府と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)との「紳士協定」に基づき、ネパールは領土内に入ったチベット人に対し、難民の地位を得ることができるインドへの安全な移動を保証している。国際法はネパールに対し、チベット人難民の強制送還を禁じている。中国で拷問や迫害に遭う危険があるためだ。
しかし今回の報告書が詳述した、ネパールと中国両国の国境警備隊の協力強化が一因となり、ネパールが時々チベット人を中国に強制送還している可能性があるとの重大な懸念がある。元ネパール内務省高官はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、現地の国境警備隊は、国境や国境付近で発見したチベット人を「真の難民」でないと判断した場合、司法手続きや審問なしに追い返したり、強制送還を行ったりしていると述べた。当時入国管理局の職員だった別の当局者はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、チベット人が強制送還されたケースがあったと述べた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチはこれらの告白を裏付けることができない。しかしその信頼性は高いと考えられ、さらなる調査が必要だ。こうした人びとは中国に送還されると拷問や虐待を受ける恐れが高いからだ。ネパール側から非正規に越境したとして中国当局に拘束されたチベット人は、通常投獄され、身体的虐待を受ける。
ネパール当局者はチベット人難民の規制強化方針について、「地政学上の微妙な問題」、ネパールが「一つの中国」を公式に指示していること、「ネパールでの反中国活動」を許さないという、その方針に関連する義務なるものを挙げて正当化してきた。しかし「反中国活動」という表現は、ネパール国内法では無意味であり、なんの力も持たない。チベット人の政治的発言を狙い打ちにする政策や実務は、明らかに差別であり国際法に違反する。ネパールは非暴力の政治的抗議行動を、それが自国民によらない場合でも禁止しているが、これは国際人権法上の確立した義務に反している。
ネパールによる取締強化の影響は、チベット人コミュニティ全体で感じられる。ネパールは、同国内のチベット人の少なくとも半数に対し、正式な身分証明書類の発行を依然拒否している。これによりチベット人は、政治活動への関与とは無関係に、警察や刑事司法制度から、強まる監視や悪化する人権侵害の被害にさらに遭いやすくなっている。通学、就職、商売、外国渡航などさまざまな活動に必要な書類を入手することが、チベット人にはますます困難になっている。
「ネパールは、大半がネパール生まれのチベット人数千人について、かれらが法的に存在することを認めようとしない。一切の身分証明書を発行してないのだ」と、アダムスは指摘した。「これにより、チベット人コミュニティ全体の周辺化と、かれらへの人権侵害が強まっている。」
報告書はまた、ネパール政府が中国の政治情勢に配慮することを強調していることは、ネパール人社会とネパール語メディアにも強い影を落としていることも示した。チベット人コミュニティの人権状況を監視し続けてきたNGOは圧力にさらされ、非国民呼ばわりされている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチはネパールに対し、国内のチベット人の基本的権利を更に保証する具体的な措置を講じるよう求めた。難民の資格があるチベット人全員に難民としての身分証明書を与え、強制送還を禁じる国際法(ノン・ルフールマン原則)を厳守することなどが挙げられた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは中国に対しても、国際人権法と難民法に定められたネパールの義務と相反する措置を行うよう、ネパール政府に圧力を掛けるのを止めるよう強く求めた。
「ネパールは、チベット人の人権を制限することを、隣の大国のご機嫌を良くする安上がりな手段だと考えているようだ。中国と良い関係を保つことは重要だが、基本的権利の制限は一線を越えている。これは、いまだ脆弱なネパールにおける法の支配を支えようとする努力を損なうだけでなく、政治的動機に基づいた警察活動と人権侵害の野放し状態を助長するものだ」とアダムスは指摘した。
証言(抜粋)
「[中国側代表は]ネパールに不法入国したチベット人を、UNHCRに引渡すのではなく、ネパールの法律に従って処罰するよう要求した。」
―北京の省庁レベル会合に出席したネパール政府高官(2012年7月)
「ここなら安全だと思っていました。でもようやく中国がネパールに私たちの処遇を指図しているってことに気付いたのです。」
―ドルジェ・ツェリン(チベット人難民、2013年3月、カトマンズ)
「ネパール当局が情報をすべて中国と共有するのではと心配です。私たち難民の多くはチベットに親戚がいるので、地元政府による報復を恐れているのです。」
―J・K(2012年、カトマンズ)
「現在、正規の身分証明書を所持せず反中活動に関与しているチベット人を、中国政府に引渡す可能性について協議している。」
―ブハラト・バハドゥルG.C副警視総監(2009年3月)
「警察に地下室から連れ出された日、私たちは[ネパールに通じる]橋を歩いて渡るのに抵抗しました。行くものかと言ってね。でも中国の警察官に首根っこをつかまれて、橋を無理やり渡らされたのです。」
―ネパールに送還された中国籍のチベット人(2012年4月)