内閣総理大臣 安倍晋三 殿
北朝鮮の人権問題における日本のリーダー的役割について
拝啓
ヒューマン・ライツ・ウォッチを代表して、総理大臣ご就任を心よりお祝い申し上げます。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは世界90カ国以上の人権状況を監視・報告する国際NGOでございます。私どもは2009年に東京事務所を開設し、北朝鮮を含むこの地域における人権侵害について数十年にわたり調査・報告をして参りました。
自由民主党は、先の選挙におけるJ-ファイル2012総合政策集のパラグラフ102において、日本外交を「自由・公正・法の支配など世界の普遍的な価値に基づき、国益を守るため、戦略的な外交をダイナミックに展開」するとした上で、対北朝鮮政策について「国連に拉致問題に関する調査委員会を設立する努力などを通じて国際社会と連携」すると宣言されました。
私どもは、貴党のこの政策を心より歓迎するとともに、「人道に対する罪」を含む北朝鮮における人権侵害に関する国連調査委員会(COI)を設立することへの強い支持をお伝えいたします。国連調査委員会は、北朝鮮工作員による日本などの他国民の拉致問題をはじめ、北朝鮮政府が自国民に対して続けている深刻な権利侵害を全般的に調査対象とする委員会であります。
国連人権理事会での対北朝鮮決議を起草する主提案国たる日本政府は、来る国連人権理事会の第22会期において、調査委員会の設立を率先して呼びかけるべきと思料いたします。この度の人権理事会は、COIを設立するにはまたとない機会となっております。と申しますのも、北朝鮮を一貫して擁護してきた3カ国――中国、キューバ、ロシア――は人権理事会の理事国からローテションで外れるため、2013年は、北朝鮮が過去享受した少ない支持をより一層弱めることが出来る年となっております。また、昨年2012年は、国連における数少ない北朝鮮友好国の北朝鮮支持の更なる減少が顕著になった年であり、国連の人権理事会と総会で、史上初めて対北朝鮮決議がコンセンサスで可決されたことが、これを何より雄弁に物語っております。
国連人権理事会で、対北朝鮮年次決議を支持する国は過去年々増えてきました。
そして、2013年人権理事会の理事国47ヵ国中、半数以上(全体で28ヵ国)の国が2010年以降一貫して北朝鮮に関する全ての決議を支持する姿勢をとってきた国となっております。現在の理事国の中では、一貫して対北朝鮮決議に反対票を投じている国はベネズエラ1ヵ国のみとなっており、その他の国は、時々に応じて棄権や賛成票や反対票を投じています。過去、確固たる支持姿勢を堅持してきた政府が、決議内容を強化する提案がされたからといって、それまでの姿勢を変えるとは思われません。
我々の分析によれば、日本政府及びその他の本調査委員会を支持する政府の効果的なロビイングがあれば、調査委設立の決議は圧倒的多数で可決される強い見込みがございます。安倍政権が、この前例のない機会を逃さずに活用されることを切に祈念いたします。
また、国連高官らも、より徹底したこの新アプローチの提案を支持しています。国連北朝鮮の人権状況特別報告者であるマルズキ・ダルスマン氏は昨年、国連総会に厳しい内容の報告書を提出し、「何十年」にもわたる独裁支配を強調した上で、国際社会に対し北朝鮮政府による多くの人権侵害と人道に対する罪を調査する「より詳細な調査メカニズム(a more detailed mechanism of inquiry)」の設立を考慮するよう訴えました。
より最近では2013年1月14日、国連人権高等弁務官ナビ・ピレイ氏が「世界に類を見ない」北朝鮮での人権侵害に早急に目を向ける必要性を訴え、「徹底的な国際調査(a full-fledged international inquiry)」を行う時が来たと述べました。「過去に北朝鮮に拉致された多くの韓国人と日本人の消息を明らかにする緊急の必要性がある」と言及するとともに「世界で最悪の人権状況の一つでありながら、殆ど理解されておらず、報道もされることもない同国について徹底的な調査を行うことは完全に正当化されるのみならず、長年待ち望まれてきたことと考える」と指摘しています。
北朝鮮の調査委員会は、北朝鮮の組織的かつ広範な人権侵害の証拠を収集するため、独立した徹底的な調査を行うことになります。実際に調査を行うのは、国連に任命された独立性の高い優秀な専門家グループであり、事実を明らかにするとともに、人権侵害行為にいかに対処すべきかを勧告いたします。確かに、これまでに国連北朝鮮の人権状況特別報告者であるマルズキ・ダルスマン氏とその前任者であるウィティット・ムンタボーン氏が北朝鮮政府による人権侵害を説明し北朝鮮において蔓延している不処罰を非難してはきましたが、北朝鮮における人権侵害のあまりの深刻さゆえ、更に詳細な調査が必要とされているのです。
ただし、国連調査委員会の活動が特別報告者の活動と重複するのを避けるため、日本政府は現特別報告者であるマルズキ・ダルスマン氏を委員長とする委員会を提案すべきと思料いたします。委員会の目的は北朝鮮政府が犯した重大で広範な人権侵害を調査することでありますが、人権理事会決議は同時に、北朝鮮の人権状況を調べて同理事会に報告するのに十分なリソースを与えることも求めるべきであります。
そして、調査委員会は、拉致被害者の家族などの被害者の声をしっかり聞き取るべきであり、その権限を十分活用し、被害者の受難を汲み取った内容の調査報告書を作成すべく、多くの人権を調査・報告すべきです。
調査委員会を支えるために更なるリソースが投入され政治的コミットメントが高まることで、具体的な人権侵害の実態・性質や被害者の所在消息、そして説明責任(アカウンタビリティ)の確保のためにとるべき措置をより詳細に明らかすることができます。調査委員会は、北朝鮮におけるあまりに深刻な人権状況に釣り合う更なる関心とコミットメントを北朝鮮の人権問題にもたらすとともに、特別報告者の今までの努力を補強すると思料いたします。
そして、入手可能なすべての情報を収集することはもちろん、被害者、その家族、生存者(サバイバー)、目撃者などの証言を調査・収集することで、調査委員会の報告書は、北朝鮮政府による人権侵害のレベル、性質、そしてパターンなどについて詳細を網羅するこれまでで最も権威ある文書となると考えられます。
更に、調査委員会は、北朝鮮政府が行った人権侵害に法的分析を詳細に加えた上で、国内レベルならびに国際レベルで取られるべき具体的な手段を勧告することもできます。特別報告者の指摘のとおり、北朝鮮政府による人権侵害の中には「人道に対する罪」に該当する行為もございます。
日本政府は、今こそ、新たな対北朝鮮戦略を国際社会が創出できるようリーダーシップを発揮するべきと思料いたします。北朝鮮政府による組織的で広範な権利侵害が生み出す恐怖は、多くの北朝鮮民衆の苦難や欠乏にもかかわらず、北朝鮮政府が現在のようなやり方を維持できている原因のひとつとなっております。北朝鮮政府と各国との間の国際関係の中で、人権問題も重要な課題のひとつであることを国連調査委員会の設立は示します。こうした新たなアプローチを国際社会の中で形作るための先頭に、日本が立つことを期待いたします。
北朝鮮政府が日本人13人の拉致を認めてうち5人が帰国してから既に10年が経過いたしました。以来、北朝鮮政府は拉致問題が既に解決済みであるとの姿勢を維持し、問題解決に向けた更なる進展はありません。現在、横田早紀江さんをはじめとする拉致被害者のご家族らも、北朝鮮政府に新たな回答を出すよう新たな圧力を加える調査委員会設立を求めはじめておられます。
また、金正日総書記の死後、息子の金正恩第一書記が権力の座に就いて1年以上が経過しましたが、北朝鮮の国内状況が極めて悲惨なままであることもすでに見て取れます。最近の脱北者たちは金正日氏の死後、国境の取締まりが強化されたと証言しており、2012年に中国へ逃れる脱北者の数は激減したことからも、北朝鮮と中国両国により国境管理が強化されたことが見て取れます。また、20万人もの人々が、集団的懲罰(連座制)と強制労働により基本的人間性を否定された非人道的環境の強制犯収容所に拘束されている実態も継続しているとともに、北朝鮮政府が国民生活よりも、国力以上に肥大化した軍に優先順位を置き続け、国民の食糧不足状態を継続させている実態にも変わりがありません。
私どもは日本政府に対し、改めて、来る人権理事会において調査委員会を提案するよう要請するとともに、実現に向けて他国政府と交渉をするよう政府官僚に対し指示されますよう要請いたします。また、本件についての直接の意見交換やできる限りの情報や支援の提供をさせて頂けましたら幸甚の至りでございます。本件に対する真摯なご検討に感謝申し上げ、ご回答をお待ち申し上げます。
敬具
ヒューマン・ライツ・ウォッチ
日本代表
土井香苗