(ニューヨーク、2012年3月7日)- イラン司法権当局は、人権活動を理由に18年の刑を宣告した弁護士への一審判決を取り下げ、すぐに釈放すべきである、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日こう述べた。弁護士のアブドル・ファッターフ・ソルターニー氏は、国際法に保障された表現と結社の自由を侵害する容疑で有罪判決を受けた。氏はノーベル平和賞受賞者シーリーン・エバーディー(シリン・エバディ)氏らと共に、当局によって非合法化された人権団体の共同創設者に名を連ねる。ソルターニー氏は、2011年9月からテヘランのエヴィーン刑務所に収容されている。

2012年3月4日、国家の安全に関する容疑で訴追されたソルターニー氏は、2回の審理の後に有罪判決を下された。判決によると、氏は弁護士活動を釈放後20年間禁止される。理由は「被告人は、犯罪を(……)実行するための道具および隠れ蓑として法を用いた」からだ。判決はまた、テヘラン在住のソルターニー氏に刑期を「追放」状態で送ることを命じた。氏の身柄はブーシェフル州首都から600キロメートル以上南にあるボラージャーン刑務所に移送される。その理由は判決によると「氏がテヘランの刑務所にいることで腐敗を引き起こされる」からだ。当局は過去にも、エヴィーン刑務所に投獄されたことのあるソルターニー氏が、他の囚人に不適切な形で法的助言を与えたと非難したことがある。

「ソルターニー氏は、基本的人権の行使に直接関わる行為を理由に、数百キロメートル離れた刑務所で、18年は言うまでもなく、1分も過ごしてはならない」とヒューマン・ライツ・ウォッチの中東局長代理ジョー・ストークは述べた。「上級審は不当判決を破棄し、氏を釈放すべきだ。」

治安部隊はテヘランの革命裁判所内で9月10日にソルターニー氏を逮捕した。氏は依頼人の事案を検討するために出廷していた模様だ。この日以降、氏はイラン情報省が管理するエヴィーン刑務所第29区に収容されている。氏の弁護団は下級審の判決に不服の場合、20日以内に上級審に控訴することができる。

テヘラン革命裁判所第26支部はソルターニー氏を国家の安全に関わる複数の容疑で有罪とした。容疑は「反体制プロパガンダ」、反国家的集会および共謀、人権擁護協会(氏がエバーディー氏と2003年に共同創設したNGO)の結成などだ。裁判所はまたソルターニー氏がドイツのニュルンベルク市か2009年に人権賞を受賞したことに関して「不法な手段による資金の受領」で有罪とした。

高等裁判所は人権擁護協会の前スポークスパーソンでメンバーのナルゲス・モハンマディー氏にも有罪判決を下した。以前、テヘラン革命裁判所第26支部は、「反体制プロパガンダ」、反国家的集会および共謀、人権擁護協会への参加に関する容疑で氏に11年の刑を宣告していたが、上級審は懲役6年に減刑。治安部隊はモハンマディー氏を2010年6月に逮捕したが、7月1日には保釈している。氏は現在投獄はされていないが、近日中に召喚される見通しである。

革命裁判所は、国家の安全に関わるとされる事案など、特殊な事案を扱う裁判所だ。

ソルターニー氏の娘のマーデ・ソルターニー氏はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、当局は裁判所が発行した判決の写しを本人に見せたが、それを渡すことを拒否したと話した。「当局は父に判決に署名し、受け取りを認めるよう求めたが、父は拒否し、自分で検討するからと判決の写しを要求した」とマーデ・ソルターニー氏は述べた。また、ソルターニー氏は自身の裁判で弁明を行わなかったが、これは容疑が政治的な動機に基づくものだと考え、イラン国内法に則って陪審員の出席を要求したためだと述べた。

イラン憲法168条は「政治および報道に関わる犯罪は公開かつ陪審員出席の下で審理される」ことを定めている。憲法はまた、政治犯罪の定義は「イスラームの基準に従い法によって決定される」ことを義務づけている。しかし当局は、こうした定義をイスラーム刑法やその他の適用可能な法規に基づく形で与えていない。

当局は過去にも2005年2009年にソルターニー氏を逮捕・収容した。2005年7月30日にテヘラン検察庁長官(当時)サイード・モルタザヴィー指揮下の司法権当局者は、テヘラン法律家協会の事務所内でソルターニー氏を逮捕した。その翌日、司法権報道官は、当局がソルターニー氏を「核スパイ事件に関する秘密を明らかにした」罪で逮捕したと発表した。

当局はソルターニー氏をエヴィーン刑務所第209号房に219日間拘留した。その間大半は独房拘禁状態だった。2006年7月16日、革命裁判所はスパイ活動容疑でソルターニ氏ーに有罪判決を下した。懲役5年が宣告され、5年間弁護士活動が禁止された。しかし2審判決はすべての容疑に関する有罪判決を破棄した。

2009年6月16日、治安部隊はソルターニー氏を再び拘束した。選挙結果が大きな争点となった2009年大統領選挙で、マフムード・アフマディーネジャード(アフマディネジャド)の当選が宣言されてから4日後のことだ。氏は2か月の拘束後に釈放された。

政府は2005年以降、人権活動家を擁護する弁護士への圧力を強めており、特に2009年の大統領選後にはいっそう厳しくなった。2011年8月のエバーディー氏の話によれば、少なくとも弁護士42人が2009年6月から政府の迫害を受けている。司法権はソルターニー氏以外にも、ナスリーン・ソトゥーデ氏、モハンマド・セイフザーデ氏とジャーヴィード・フータン・キヤーン氏に対して、今回と似た国家の安全に関わる容疑で有罪判決を下し、懲役刑と長期間の弁護士資格停止を科した。司法権は複数の著名な弁護士(モハンマド・アリー・ダードハーフ氏、ハリール・バフラーミヤーン氏など)に保釈金での仮釈放を許可し、控訴審判決が出るまで刑務所外に滞在することを認めている。

2010年に、モハンマド・ジャヴァード・ラーリージャーニー司法権人権本部(イラン政府下の人権機構)書記はソトゥーデ氏の事案に関し、氏が反政府的な「非常に不快なキャンペーン」に関与したとして、氏が外国のペルシャ語メディアの複数のインタビューで依頼人を弁護した事例を挙げた。2011年1月20日、アーヤトッラー・サーデグ・アーモリー=ラーリージャーニー司法権長官は、弁護士は政府の評判を損なうインタビューを控えなければならないという政府としての警告を繰り返した。

上記以外にもエバーディー氏モハンマド・モスタファーイー氏とシャーディー・サドル氏ら、少なくとも弁護士8人が、度重なる逮捕や身柄拘束、嫌がらせによって出国を余儀なくされた。当局は2008年にエバーディー氏が代表を務めた人権擁護協会の活動を禁止、閉鎖させた。2010年3月、テヘラン一般革命検察庁は、同協会ら3つの国内人権団体について、反国家的な「サイバー戦争」に関与したと批判した。3団体はいずれも容疑を否定し、人権擁護協会は今回の攻撃を「人権活動家と市民セクターに対するフレームアップ」に他ならないと述べた。

当局はまたイラン弁護士協会について、政治的見解や平和的な人権活動家など差別的な理由で弁護士の立候補を禁止するなど、協会の独立を制限している。たとえば2008年にモハンマド・アリー・ダードハーフ氏、ハーディー・エスマーイールザーデ氏、ファリーデ・ゲイラト氏、ソルターニー氏(全員が人権擁護協会メンバー)は、人権活動家としての活動を理由に、司法権から弁護士協会の中央理事会選挙の立候補資格を剥奪された。

国連の弁護士の役割に関する基本原則は、弁護士がその仕事を「脅迫、妨害、嫌がらせ、不当な干渉を受けずに」を行うことができなければならないと定めている。同原則は弁護士には表現の自由があるとも定める。これは、市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)第19条にある「法、司法、ならびに人権の推進と保護に関する事柄についての公の議論に参加する権利」にもうたわれている。

「ソルターニー氏とモハンマディー氏への判決は、自らの職務を執行しただけで逮捕、拘禁され、有罪判決を下される多くの人権活動家たちの最新の事例である」と前出のストークは述べる。「司法権は今すぐ、基本的権利を自由に行使したことに関する全ての有罪判決を破棄し、嫌がらせや妨害を受けずに仕事に復帰することを認めなければならない。」