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イエメンの16歳の少女アフラは言った。

「大学に行って弁護士になりたかったけど、もうだめね。だって赤ちゃんを産むんだもの」

彼女の瞳は夢破れた憂いに沈んでいた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査員ナディヤ・ハリーフェ(在ベイルート)が、2009年に中東・イエメンを調査した際に出会った少女アフラ。当時16歳だった少女アフラは結婚5カ月目で妊娠していた。弁護士の夢は無理でも、せめて卒業まで学校に通いたいという彼女の願いも、父親から却下されてしまった、と言っていた。

将来の夢も学校も諦めたアフラ。しかし、彼女は特別ではない。悲しいことに、2011年12月に報告書として公表されたハリーフェ調査員によるイエメンでの調査結果は、前出の少女アフラが、少女時代に結婚を強制された結果夢を諦めた大勢のイエメン人少女のひとりに過ぎないことを示している。

全世界で、児童婚させられている少女は約5000万人と言われるが、なかでもイエメンはその傾向が顕著な国のひとつだ。イエメン政府と国連のデータ(2006年)によっても、15歳未満で結婚する少女が約14%、18歳未満で結婚する少女は約52%に上る。時には9歳にも満たない幼女まで強制結婚させられているのが現実だ。

2011年初頭以来、イエメンでも「アラブの春」が吹き荒れ、世界の目は、サレハ大統領の去就など「嵐」の行方に釘づけになっていった。そのなかで、残念ながら、少女の強制結婚をはじめ、日本や米国などの援助国がやっと関心を示し始めていたイエメン社会の様々な喫緊の課題が、忘れられてしまっていた感が否めない。

そして、とうとう2011年11月、サレハ大統領が辞任に同意した。この移行期の今こそ、イエメンの新指導部が、社会改革の一貫として、この問題に取り組む絶好の機会である。イエメンの次期政権は、少女と女性の人権保護を最優先課題とすべきであり、まずは18歳未満の婚姻を法律で禁止することから始めるべきである。

2011年12月10日のノーベル平和賞授賞式に3名の女性活動家の姿があった。そのひとりが、イエメン人ジャーナリストのタワックル・カルマン氏。長きにわたって結婚の法定年齢引き上げを求めてきた活動家でもある。彼女のノーベル賞受賞は、イエメンの未来に女性が果たすべき役割の大きさを雄弁に物語っている。

日本政府はもちろん、米国や英国、オランダ、ドイツなどの主要援助国は、イエメンの少女が教育や医療に十分にアクセスできるよう、そして、暴力から保護されるよう支援すべきである。しかし、それだけでなく、日本をはじめとする援助国は、教育などの社会サービスの中断をもたらすことの多い「児童婚」というこの悪習に終止符を打つべく、イエメン政府に働きかけるべきである。

2010年1月、政治的緊張が高まる直前にイエメンを訪問したヒラリー・クリントン米国務長官は、「児童婚は不当で愚かなものだということを社会に知らしめるために、私たちは若い女性たちを支援しなければならない」と述べた。

父親により9歳の時に、3倍も年上の男性と強制的に結婚させられたイエメン人の少女、ヌジュード・アリの話にクリントン長官が注目したのだ。夫が暴行やレイプを繰り返したため、ヌジュードは10歳で離婚した。

彼女の離婚は「世界最年少の離婚」としてニュースになったが、彼女の勇気が、他の少女たちが自分たちの悲しい経験について口を開く後押しをしている。全世界で5000人と言われる多数の少女たちの将来に悪影響を及ぼしているこの児童婚について、クリントン長官のみならず、日本のリーダーたちにも、声をあげてもらいたい。

児童婚の弊害は一生涯続くこともある。ヒューマン・ライツ・ウォッチのハリーフェ調査員に話を聞かせてくれた少女・女性たちは全員、児童婚の際、家族は結婚以外の選択肢を与えなかった、と言う。夫によるレイプや家庭内暴力に遭っているという少女や女性も多く、子どもを産むか否か、そしていつ産むかなどの問題について決定権はまったくない、と言う。

結婚前には、学校生活を満喫していたイエメンの少女たち。そのころの彼女たちの当時の夢は、日本の少女たちが描く夢と変わらなかった。しかし、彼女たちの夢――医師、弁護士、ジャーナリストなど――は、強制的に幕引きとなった。結婚させられることで。

児童婚による弊害はこれにとどまらない。たとえば、児童婚をした少女による早期妊娠と出産は、健康被害をもたらす可能性が高い。イエメンは中東でも最も妊産婦死亡率が高い国のひとつで、2010年には、10万人に対し210人が出産により死亡したと推計されている。世界保健機構によれば、15歳~19歳の若い女性の主たる死因は妊娠に伴う合併症だという。10歳~14歳の少女が出産時に死亡する確率は、20歳~24歳の女性に比べ5倍も高くなっている。

イエメンでは、結婚後すぐに新婦が妊娠することを期待する風潮が強い。が、少女たちには、多くの場合、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)や産科受診に関する知識がない。国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」によれば、幼くして結婚すればするほど妊娠の間隔が短くなり、しかも頻繁に出産するようになる傾向があり、少女たちの健康に多大な危険を及ぼす結果となっている。

すでに、日本の国際協力機構(JICA)は、イエメンにおける医療支援や教育支援を始めており、女子の就学率向上を目指した女子教育向上地域プロジェクトや小中学校建設計画などを行なっている。新たな学校の建設の際には、特に地方で、女子用の適切な施設を盛り込むことが肝心だ。また、教師の質の改善のためには、少女たちが学校に通い続けられるよう支援するとともに、進路相談も行う指導プログラムを盛り込むことなどが望ましい。JICAプロジェクトのさらなる拡充が望まれる。

その他にも、JICAの援助には、イエメンの地域社会を支援する母子向けの栄養・保健プログラムもある。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査員ハリーフェが聞き取り調査をした少女たちのほとんどは、母子に必要な栄養について全く知識を持っておらず、出産前・出産後ケアを受けることについても消極的だった。既存のプロジェクトを継続することに加えて、こうした幼い母親たちの支援にもさらに焦点を当ててほしい。

伝統的習慣とは、しばしば変化を嫌うものだ。しかし、政治的転換期を迎える現在のイエメンは、新指導部にとって、重要な社会問題・人権課題に行動を起こす絶好の機会となりうる。そのためには、政治的意思と道徳的勇気が求められる。そして、日本政府などの援助国には、ヌジュードやアフラのような少女たちを最優先にすえた援助こそが望まれる。

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