A protester lights candles at the makeshift graves of people killed during anti-government protests in Pearl Square in Manama, Bahrain on February 26, 2011.

© 2011 Reuters

(マナマ)-バーレーン政府の引き起こした暴力によるデモの死者は7名、けが人は数百名に上る。バーレーン政府の政治改革にあたり、透明で中立な捜査が必須である、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。また、暴力の責任者たちを訴追し、拘束中の人びとの虐待に関与した人物も訴追するよう、政府当局に求めた。

31歳のレドハ・ブ・ハミード(Redha Bu Hameed)は、2011年2月21日の月曜日、頭部に負った銃弾がもとで死亡した。2月14日以来、治安部隊の発砲による死者は彼で7人目。2月18日、治安部隊の暴力に抗議するデモ隊が真珠広場に近づくと、軍ならびに機動隊は、実弾・散弾・ゴム弾・催涙ガスを発射した。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの中東・北アフリカ局局長代理ジョー・ストークは「バーレン政府が真の改革を行なうのであれば、治安部隊が行った重大な人権侵害、そして非暴力のデモ隊への攻撃を命じた責任者に対する司法による裁きが必須である」と指摘。「バーレーン政府が締結した国際法上でも、その義務を負っている」と述べる。

バーレーン政府は、デモ隊殺害事件に対する捜査を行なうと表明。しかし、中立かつ透明な捜査が本当に行なわれるのかどうか、襲撃による負傷者や恣意的逮捕の被害者の捜査や、拘禁施設での虐待問題の捜査に加えて、デモに参加して死亡した7名全員の事件についても捜査が行われるのかどうか、明らかにされていない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、非暴力のデモ隊に対する武力行使・恣意的逮捕・拘束及びデモの際に治安部隊が拘束した人びとへの虐待など、治安部隊が行った重大な人権侵害の数々を調査してまとめてきた。

軍と治安部隊がデモ隊に実弾、鳥狩猟用の散弾、及びゴム弾を使用している事実を、ヒューマン・ライツ・ウォッチは確認している。犠牲者の大多数は散弾により死亡している。殺害されたデモ参加者は、アリ・ムシャイマ(21歳、2月14日死亡:Ali Mushaima)、ファデル・アル-マトルーク(31歳、2月15日死亡:Fadhel al-Matrook)、マフムード・アフメド(23歳、2月17日死亡:Mahmoud Ahmed Makki)、アリ・マンスール・アフマド・クダイル(53歳、2月17日死亡:Ali Mansour Ahmad Khudeir)、イサ・アブドゥル・ハッサン(60歳、2月17日死亡:Isa Abdul Hassan)、アリ・アル-モアメン(22歳、2月17日死亡:Ali al-Moamen,)、レドハ・ブ・ハミード(32歳、2月18日に負った怪我がもとで同月21日に死亡:Redha Bu Hameed)である。

ヒューマン・ライツ・ウォッチが得た目撃者らの証言によると、2月21日に死亡したブ・ハミードは、軍と機動隊がデモ隊に発砲した際、非暴力の平和的なデモに参加していた。デモ隊が真珠広場に到達するのを阻止すべく配置されていた軍と治安部隊は、ブ・ハミードなどのデモ参加者たちが、武器を持っていないと両手を挙げて接近してきたにも拘わらず、発砲を行なった。こうした証言は、ユーチューブのビデオでも裏付けられている。

60歳のイサ・アブドゥル・ハッサンは、2月17日早朝、真珠広場で機動隊が一斉摘発を行った際に、射殺された。殺害の現場を目撃した、モハメドと名乗る男は、身元を明かさない約束でヒューマン・ライツ・ウォッチに以下のように話した。「イサ・アブドゥル・ハッサンは警察に言ったんです。平和的なデモなんだから動くつもりはないって。我々は皆、そうする権利があるし、法律に反することは何もしていないってね。彼がそう言った途端、一人の警察官が仲間の警官から銃を取ってハッサンの頭に置き、額の真ん中にあてて、撃ったんです。アブドゥル・ハッサンの頭は真っ二つに割れて、即死しました。」

2月18日のデモに参加していた別の目撃者が、匿名を条件にヒューマン・ライツ・ウォッチに語ったところによると、自分と他のデモ参加者が、真珠広場の近くにいた機動隊と軍兵士に近づいた際、遠くの拡声器の音にまぎれて誰かの消え入るような声が聞こえたが、何を言っているのか聞き取れなかった、と言う。デモ隊は両手を掲げ、「非暴力で!平和的に!」と唱えながら前進を続けたところに、治安部隊が発砲した。アブドゥル・レドハ・ブフメイド(Abdul Redha Buhmaid)は頭部に銃弾を受け死亡した。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、恣意的逮捕・拘束事件や拷問に該当する虐待事件などを調査して取りまとめてきている。サルマニヤ(Salmaniyya)病院のサディク・アレクリ(44歳:Abdul Redha Buhmaid)医師は、2月16日と17日の朝の夜、真珠広場の医療用テントにいた時に、機動隊に襲撃された。彼はヒューマン・ライツ・ウォッチに、自分を含むスタッフたちは国際赤十字の紋章をつけたジャケットを着ていて、ボランティアの医療チームであることを示す身分証明カードを携行していた、と話していた。午前3時を少し過ぎた頃、機動隊がキャンプを襲撃してきたと誰かが叫ぶ声を聞き、何事かと外に出たところ、即催涙ガスと銃声に包まれた、と彼は語っている。

数分後、警棒と銃を持った機動隊がサディク・アレクリ医師の前に立ちはだかった、と言う。手錠を掛けられそうになったので、座り込んで両手を上げ、自分は医師だと言ったが、機動隊は後ろ手に手錠を掛け、そのうち数人は殴る・蹴る、そして警防での暴行を始めた。次に立ち上がらせると知らない場所まで彼を連行。アレクリ医師によると、100mおきくらいごとに、機動隊から殴る蹴るの暴行を受けた、と言う。顔を警棒で殴るという暴行も受け、鼻の骨を骨折。何度も暴行を受けたアレクリ医師は左目を負傷し、一時的に視力を失う怪我を負った。

アレクリ医師は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに、この一連の暴行の後、真珠広場の近くに止めてあった暗色のバスに連行されたと話す。バスに乗ったとき1人の警官が自分のパンツを引き摺り下ろしたので、性的暴行を受けるのではないかという恐怖を感じたそうである。ある警官はその次に彼をバスの中に歩かせ、手錠をしたまま座らせ、めくり上げたシャツで頭を覆った。座る前に彼は他にも拘束された人びとがバスにいることに気付いた。それから1時間、何人かの警察官がバスに入ってきて、その通路で繰り返し拘束された人たちに暴行を加えていた、とアレクリ医師は話している。アレクリ医師はヒューマン・ライツ・ウォッチに、ある警察官が、「お前の汚い血で俺のイスを汚したら、お前を殴り殺すからな」と脅していた、と話していた。

自分と他3人の拘束されていた者が救急車に乗るのを、警官は結局許してくれたと、アレクリは話していた。彼は2月17日午前6時、顔・背中・腹部に重傷を負ってサレマニーヤ病院に収容された。2月22日、骨折した鼻と激しい打撲傷を負った顔の治療に疲労困ぱいしたアレクリは、顔の手術を受けた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、これまでにも、救命救急士に対する攻撃に関する調査結果を報告している。真珠広場でキャンプを張っていたデモ参加者への早朝襲撃の後、救命救急士が負傷した者に適宜かつ重要な治療を施すのを、警察が妨害したのだ。

市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約:ICCPR)及び国連拷問等禁止条約(Convention Against Torture)の締約国として、バーレーン政府は、自国の治安部隊が拷問を行うのを防止する義務を負うとともに、生存権・表現と結社の自由・平和的な集会を開催する権利を保護・促進する責務を負っている。バーレーン政府は、国連の「法執行職員による強制力及び武器の使用についての国連基本原則(United Nations Basic Principles on the Use of Force and Firearms)にも従わなければならない。同国連原則は、命を奪う可能性のある火器の使用は、死の危険を避けるために止むをえない場合以外には許されず、しかも、自制的かつ比例原則に則った使用しか認められない、としている。

同国連原則はまた、各国政府に、「恣意的若しくは濫用的な武力と銃火器の法執行官による使用は、各国の法律のもと処罰される」、「上官の指揮命令の下にいる法執行官が武力と銃火器を違法使用したことを、上官が知っている若しくは知っているべきであるにも拘わらず、その上官が当該違法使用を防止・抑止或いは報告するために職権上の全ての措置を講じなかった場合、その上官は責任を問われる」ことを確約するよう義務付けている。

前出のストークは、「バーレーン政府は中立の事実調査委員会を早急に設置し、平和的なデモ参加者への武力使用の事件及び逮捕されたデモ隊に対する虐待或いは拷問疑惑について調査すべきである」と述べる。「違法な襲撃に関与した者の訴追は、意味ある政治改革を目指すにあたり、非常に重要な要素である。」