(カイロ)-2007年6月以降、エジプトの国境警備隊は、イスラエルに越境しようとしたアフリカ系移民を少なくとも32人殺害し、また、イスラエルは少なくとも139人の越境者をエジプトに強制送還したと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した報告書で述べた。エジプトは、これら送還されてきた人びとを拘禁し、その所在を明らかにすることを拒んでいる。情報によれば、イスラエルからエジプトに強制送還された者の中には、エジプト政府により、その後、迫害の危険性が高い母国に強制送還された者もいるとされる。

90ページの報告書「恐怖のシナイ半島:エジプトとイスラエルで移民・難民・庇護希望者が直面する危険」で、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、エジプト政府に対し、越境者たちに死に至る可能性のある武力行使を行うのをやめること、そして、迫害や虐待の危険性のある国への送還の全てを停止することを求めた。また、エジプトでは、送還された者が軍事裁判にかけられ、出身国へ違法に強制送還される可能性がある。よって、イスラエルは、エジプトへの強制送還を停止すべきである。両国は、庇護を求める人びとの権利を尊重せねばならない。

「エジプトは、何の脅威にもならない移民へ発砲したり、拷問の可能性のある場所に人びとを強制送還したりするのを止めるべきである」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの中東局局長代理ジョー・ストークは述べた。「イスラエルは、恣意的な拘禁や深刻な人権侵害の可能性のある出身国への強制送還を行うエジプトに、人びとを強制送還してはならない。」

シナイ半島でイスラエルへ越境を試みた丸腰の移民たち(子どもを含む)に対するエジプト国境警備隊の発砲事件が、この報告書「恐怖のシナイ半島」に多数記録されている。また、エジプトでは、エジプト政府当局が移民家族を離散させ、子どもを含む移民たちを劣悪な環境下で拘禁していることを同報告書は明らかにしている。エジプト政府は移民を軍事裁判にかけ、また、国連の難民援助機関が移民たちへアクセスを拒否された例も報告されている。そして、イスラエルも、移民の家族を離散させ、不適切な環境下で移民たちを拘禁している。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、エジプトとイスラエル両国が、基本的な庇護申請手続を尊重していないことを明らかにした。

2006年以降、13000人を超える移民・庇護希望者・難民が、主にエリトリアとスーダンからエジプトを通りシナイ半島の国境を越えイスラエルに入国。2007年8月と2008年8月に、イスラエルはそのうち計139名をエジプトに強制送還した。イスラエルは、エジプトが当該送還に合意した上で送還者を虐待しないと保証した主張しているが、一方エジプトは、初回の送還に先だってそうした合意の存在を公に否定している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、エジプトとイスラエルにいる69人の移民・庇護希望者・難民、そして両国の政府当局者ら並びに複数の難民の権利組織に、聞き取り調査を行った。

シナイ国境での恣意的な殺害だけでなく、エジプトの治安部隊は子どもを含む数百人の移民を逮捕し、過酷な状況下で拘禁してきた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の基本原則は、庇護希望者の拘禁は最終手段としてしか許容されないと明記している。エジプト政府は、イスラエル政府により送還された人びとや、入国許可関係書類なしにエジプト南部のスーダンとの国境を越えてエジプトに入国した約1200人のエリトリア人に対するUNHCRのアクセスを拒否している。

2007年8月、イスラエルが48人のアフリカ人(主にスーダン国籍)をエジプトに強制送還した後、エジプトはUNHCRなどが当該送還された人びとにアクセスするのを妨害してきた。情報によれば、恣意的な逮捕や拷問のおそれがあるにも拘わらず、20人にも上る人びとをスーダンに送還したとされる。その48人の所在及び現在の状況は、不明のまま。2008年8月、イスラエルは新たに91人のアフリカ人をエジプトに強制送還した。この人びとの所在も未だ不明である。イスラエルは、エジプトに強制送還した人びとに庇護申請する機会を認めなかった模様。これは、国際難民法違反である。

また別件では、2008年6月、エジプトは、入国許可関連書類を持たずに南部のスーダンとの国境を越えてエジプトに入国した約1200人のエリトリア人を、拷問や虐待に遭うおそれが高いにもかかわらず、即座にエリトリアに送還。このエリトリア人たちを送還しないようUNHCRは繰り返し訴えたが、エジプト政府はこれを拒否した。エリトリア国内の人権団体及び国際人権団体によれば、エリトリアは送還された者のうち740人を軍刑務所に拘禁している。

イスラエル当局は、エジプトからシナイ国境を越えて入国してきた移民を危険な「侵入者」と分類し、庇護申請をすることすら許さずに長期間拘留してきた。またイスラエルは、子どもを含めた相当数の移民を何ヶ月も拘留するという実務を続けており、夫を妻や子どもから引き離している。イスラエル当局は、2008年2月と7月、庇護申請者など数百名の一斉検挙も行った。

イスラエル政府が、600名のスーダンのダルフール地域出身者たちに一時居住権を与え、2000名のエリトリア人に一時労働許可を与えたこともあった。しかし、イスラエルの難民保護制度は不十分で、イスラエル政府は、移民たちが難民申請手続を行うのを妨害し、事実上、庇護を希望する人びとを誰も難民として認めていない状態だ。

「恐怖のシナイ半島」報告書は、エジプト政府に対し、越境者に対する死に至る可能性のある武力行使を直ちに止め、国境警備隊による全ての殺害事件を調査するよう求めている。また、イスラエル政府に対し、エジプト政府の政策が、移民や庇護希望者の全ての権利を尊重する政策へ抜本的に改善されたことが明らかになるまで、エジプトへの移民の送還を全て中止するよう求めている。

法律的な背景説明 

国境越えをしようとする者に発砲するというエジプトの政策は、生命に対する権利の恣意的剥奪であり、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)の第6条に違反する。警察が致死的武力手段を行使するのは、生命を守るために不可避である場合に限るべきである。エジプト政府は、国境での出入国規制権限を有するものの、当該権限は、国際人権法上の義務に違反しない方法で行われなければならない。

自由権規約は、国内法違反の容疑で勾留されている者に対し、適正手続きと公正な裁判を求めている。すなわち、エジプト政府は、シナイ半島などの立入禁止軍事区域への無許可侵入を処罰する権限を有するものの、こうした区域に侵入したために身柄拘束されたすべての者は、公正な裁判を受ける権利を有するのである。

国際難民法上、難民とは、出身国に送還された際に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する者をいう。庇護希望者とは、難民認定されることを希望していることを関係当局に届け出た者のことである。難民法のみならず拷問等禁止条約(拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約)や自由権規約も、エジプトとイスラエル両国に、迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖がある国又は拷問にあう実際上の危険がある国に難民を強制送還することを禁じており、また、このような禁止規定を遵守しない可能性のある第三国への強制送還も禁じている。

イスラエル政府は、難民条約及びその議定書の締約国として、難民及び庇護希望者の身柄拘束は、その者たちの身元確認及び庇護申請の基礎情報を確かめるために必要な場合に限るべきであり、庇護希望者を不法入国したことにより処罰すべきでない。同じくエジプト政府も、難民条約締約国(アフリカ難民条約の締約国でもある)として、身柄拘束した移民たちに強制送還の決定を下す前に、庇護申請を許可し、当該申請についての判断を行うべきである。

イスラエルとエジプト両国は、難民法、自由権規約及び子どもの権利条約に従い、子どもにとって最善の利益となる場合以外には子どもを両親から引き離さないよう確保する義務を負う。両国は、また、仮に子どもを身柄拘束しなければならない場合、適切な環境で身柄拘束することも確保すべきである。これらの条約は、家族を不必要に離散させないこと、そして、たとえ当該政府には家族離散に直接的責任がない場合でも家族の再結合を進めるために手段を講ずることも要求している。