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新国連安保理 理事国 日本の責任:流血の弾圧から1年 ビルマの軍事政権はまだ安泰だ

掲載: JanJan News

 米国大統領候補の討論バトルが盛り上がり、日本の国会も総選挙準備モードで論戦続き。しかし、両国で、全然議題にならない国がある。

 ビルマ(ミャンマー)軍事政権が市民を容赦なく弾圧し、世界中で抗議や非難の声が高まったのはたった1年前。それにも拘わらず、ビルマは、日本や米国をはじめとする国際社会の緊急課題リストからはずされ、いまやはるか下位に落ち込み見向きもされない。  
 
 1年前の2007年9月22日、アウンサンスーチー氏は軟禁されている自宅玄関前に姿を現し、自宅前を通りすぎる非暴力デモ中の僧侶500人の祝福を受けた。ビルマで最も有名な政治囚で国民民主連盟(NLD)の指導者であるスーチー女史が姿を現すことは滅多にない。過去18年のうち12年間以上も自宅軟禁されているからだ。  
 
 今年8月、まさにその玄関に、ビルマ担当国連特使、イブラヒム・ガンバリ国連事務総長特別顧問の側近たちが立っていた。ガンバリ特使と会ってほしい、と軟禁中のスーチー氏に拡声器で呼びかけた。しかしスーチー氏は面会に応じなかった。これ以上ガンバリ氏と会っても意味がなく、逆効果と判断したのだろう。普通なら、メガホンを手に大声で呼びかける側近たちの図は、笑いを誘うコミカルなシーンのはずだ。ただ、ここビルマでは、軍政の宣伝機関が、スーチー氏は交渉に応じない強情な障害だという印象作りにこのシーンを利用する。  
 
 僧侶が平和裏に行った抗議が流血の惨事に終わって1年。今も、スーチー氏と2,100人の政治囚は拘禁されたままだ。ビルマの軍事政権はその間、新憲法採択のための見せかけの国民投票を強行し、2008年5月のサイクロンの後に援助国ドナーたちからもらった援助を手に意気軒昂だ。見せかけの政治改革をのろのろと進めてきた軍事政権は、2010年に総選挙を実施すると言う。  
 
 1年前、バンコクに住んでいた私は、ビルマで起きていた事件の成り行きを、不安な予感と共に見守っていた。ビルマは変化が起きる寸前という様相だった。昨年8月、燃料価格が倍に跳ね上がったことなどをきっかけに、数千、数万の僧侶や活動家、そして一般市民が、街頭で抗議をはじめた。だがこのデモはまもなく、独裁に対する抗議行動となった。  
 
 10万人以上の人びとがビルマ全国どこかの行進に加わった。ビルマは過去20年で最大の抗議活動の渦中にあったのだ。僧侶たちの行進がスーチー氏の自宅前を通り過ぎていった時、軍事政権は手を出さなかった。行進を止める者はいなかったのだ。でも私はいぶかしんだ。この軍事政権の中に、はたしてこの民衆運動への共感を持ち合わせる者がいる?軍事政権幹部たちが、この高まる抗議の声を押し潰すことなく受け入れる可能性はある?  
 
 当然、答えは否だった。2007年9月26日、ビルマ軍は容赦のない弾圧を開始。治安部隊は軍政が支配する民兵たちとともに、数千人もの僧侶と非暴力のデモ参加者を暴行し、逮捕し、拘束した。一連の出来事を記録していた現地のジャーナリストたちは治安部隊に逮捕され、一方、新たに入国できた外国人記者はほとんどいなかった。私たちヒューマン・ライツ・ウォッチは、この抗議行動と流血の弾圧について、これまで世界で最も細な調査を現場で行っている。それでも、弾圧の全体像が明らかになったとはいえない。  
 
 国内外のビルマ人たちは、国連や各国政府に対し、行動を起こし、更なる流血を防ぐよう訴えた。軍事政権を批判する国家も支援する国家も、一様に自制を呼びかけ暴力を非難した。たとえば、米国、オーストラリア、カナダの3国は、ビルマ軍事政権幹部に対する対象限定金融制裁を強化。通常は傍観を決め込むASEAN(東南アジア諸国連合)も、弾圧に「嫌悪感」を表明した。国連は、ガンバリ特使をビルマに入国させて軍政と話をさせるよう要求し、これを認めさせた。日本世論も、映像ジャーナリスト長井健司氏の殺害に激怒。とうとう、軍事政権幹部たちが、血まみれの行動の責任を取る時が来たのだろうか・世界は注目した。  
 
 答えは否。安保理メンバー国の中国、ロシア、南アフリカは、安保理事でビルマ軍事政権を守る投票行動をとり、ビルマ軍政幹部を守ることに余念がなかった。ビルマ軍事政権は、一致団結した国際社会からの圧力に直面することもなく、安泰の日々過ごしている。一方、国際社会は、行動を伴わない「対話」を延々と続けて、意味のないあがきを続けているだけだ。  
 
 この無法国家を加盟国とする恥をよそに、ASEANはスーチー氏の拘禁継続に形式的な「遺憾」を表明するのみで、重い腰を全然上げようとしない。  
 
 弾圧に対する独立した国際調査が切実に求められるところだが、多国間機関や関係各国は、ビルマ軍政幹部に、これを真剣に要求していない。国連は、ビルマを訪れ改革を促し続けているが、そもそも、軍事政権内に耳を貸す者などいない。前回のガンバリ氏訪問では、軍事政権の上層部は会見を拒否するなど国連軽視の態度を明らかにしていたが、これに対し、国連が協力せよと圧力をかけることもなかった。本当は、ガンバリ氏は、氏と会おうともしないビルマ軍政トップのタン・シュエ上級大将の自宅前でこそ、拡声器を使って面会を要求するべきだったのだ。ビルマの悲劇の元凶は、彼とそのとりまきたちにあるのだから。  
 
 新憲法の国民投票直前にビルマ南部の大部分を破壊した2008年5月のサイクロンは、軍事政権にも予想外だったが、しかし、見せ掛けだけの投票を都合よく覆い隠した。(疑わしい)92パーセントという圧倒的多数で可決されたとされる新憲法は、軍事支配を更に強固に制度化する。  
 
 弾圧直後に「嫌悪感」を表明した潘基文国連事務総長は、サイクロン後にビルマを訪問し、「政治ではなく、人びとの命」について話しに来たと宣言。もちろん、命を救うことが優先事項であるのはわかる。しかし、潘基文事務総長は、せっかくのチャンスを逃し、結局、ビルマ軍事政権に誤ったメッセージを送る結果となった。潘事務総長がラングーン(ヤンゴン)を去ったわずか数日後、軍事政権はスーチー氏の軟禁を更に一年延長したのだ。  
 
 街頭で抗議活動を行った勇敢な僧侶と民衆たちが凶弾と暴力に倒れた流血の場面を、ビルマの歴史上失敗に終わった蜂起のひとつと単純に理解すべきでない。むしろこの場面は、国連、米国、日本、その他影響力を有する国々が、ビルマの悲惨な現状を解決するのにまたも失敗した場面として記憶されるべきだ。昨年ビルマで行われた数多くの犯罪行為に対し、国際的な調査のメスを入れるのは今からでも遅くない。中国、ロシア、インド、タイ、その他ビルマ軍事政権を支援し続ける国々は、この醜悪な政権を支持し続けることへの政治的代償を支払わされるべきなのだ。  
 
 先月、国連総会で、首相に就任したばかりの麻生太郎氏が国連安保理の理事国選挙への日本の立候補を表明。10月17日の投票で、日本は選出された。来年からの新しい安保理理事国として、日本は、ビルマ軍政幹部に圧力をかけ、軍事政権を支援する中国やロシアの立場とはしっかり対峙すると、明確にするべきだ。一年経った今も、ビルマ問題は、国際社会の重大問題なのだから。  

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エレーン・ピアソン氏は、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW、本部・ニューヨーク)のアジア局長代理

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