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国連大使殿

国際刑事裁判所(ICC)検察官が請求したスーダンのオマル・アル・バシール大統領の逮捕状に関し、本書簡をお送りいたします。我々は、本請求が、今後数週間にわたり、世界各国により精査されると理解しております。ダルフールにおける残虐行為の犠牲者たちにとって、そして最も重大な犯罪に対する不処罰を終わらせるための世界的な努力にとって、本件の帰趨は極めて重大な結果をもたらします。我々は、貴国政府が、安保理がこれまでに明らかにしてきた基本原則に照らして本件を検討するよう要請します。以下に示すとおり、我々は、司法手続に対するいかなる干渉をも安保理が拒否することが極めて重要と思料いたします。

ご承知の通り、ICC検察官が2008年7月14日にバシール大統領の逮捕状を請求した直後から、スーダン政府は、国際刑事裁判所のローマ規程第16条に基づく手続きの延期を確保する目的の外交運動を開始いたしました。同条項は、国際的な平和と安全の維持のために必要があれば、安保理に最大12ヵ月間裁判所の手続を停止する権限を与えるものです。この外交運動は、ダルフールでの残虐行為の犠牲者たちから法の正義の実現を奪う試みであり、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、これに深い懸念を抱くものです。安保理メンバー国は、集団殺害(ジェノサイド)罪、人道に対する罪、戦争犯罪の各犯罪について、スーダン政府の脅しにそって、不処罰を容認することがあってはなりません。

将来良い行動を取るという約束を見返りに裁判所の手続を停止することは、スーダン政府に前向きな行動を取らせるために効果的であるとは考えられません。それどころか、ダルフールにおけるスーダン政府の残虐政策ないし残虐行為に大きな変化をもたらすことにすら至らないと思料します。また、一般市民の保護状況の改善にもダルフールの人びとの正義にも、つながらないと考えられます。スーダン政府は、これまでも、安保理メンバー国と国際社会に対し、繰り返し約束を口にしてきました。しかし、現実には、約束は反故にされ無意味な紙切れとなりました。スーダン政府の空約束をこれ以上受け入れることは、安保理がダルフールに正義をもたらすという自らの責務を放棄することを意味すると思料いたします。

この間にもスーダン政府はダルフールの一般市民への攻撃を続けています。政府は7月だけでも3つの村落を攻撃したと報告されており、そのうち2回の爆撃はバシール大統領がダルフール訪問中に行われました。8月中旬、スーダン政府はダルフール北部で新たな攻撃を開始しました。政府軍は、ジャンジャウィード民兵と共に行動し、少なくとも大きな2つの村を攻撃。少なくとも5人の市民が死亡しました。また、2008年2月、一日のうちに3つの村を空爆し、100人以上の市民が死亡しましたが、いまだ何らの事実調査も行われていません。

ダルフールで交戦中の諸勢力間の和平協定を実現するため、国際刑事裁判所の手続延期が必要との主張もなされてきました。しかし、和平交渉の相次ぐ失敗と逮捕状請求の間には、何ら有意な関係はありません。和平交渉は、諸勢力の間に合意達成にむけた政治的意志が欠如しているため行き詰まっているものであり、国際刑事裁判所の手続とは無関係です。

逮捕状請求の停止を支持する別の主張もなされています。一般市民、ダルフール国連アフリカ連合平和維持軍(UNAMID)や人道援助要員に対し、スーダン政府軍が、報復攻撃を行うという潜在的・顕在的な脅威を想定した議論です。スーダン政府のこれまでの行動に鑑みれば、ヒューマン・ライツ・ウォッチも、こうした脅威を過小評価するものではありません。しかし、同政府には、UNAMIDの配備を促進するという安保理決議上の義務、そして、スーダンの一般市民を保護し、援助を必要とするダルフールすべての人びとに対して完全で安全な妨害のない援助要員へのアクセスを提供する国際法上の義務があります。スーダンの国家元首への逮捕状の請求がなされたからといって、スーダン政府が一貫して無視してきたこの義務から、政府が免除されるものではありません。更に犯罪を重ねるというスーダン政府の脅しに対し、ダルフールでの不処罰を終らせる努力を停止するという形で報いてはなりません。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、スーダン政府と緊密な関係を有する国も含むすべての安保理メンバー国には、一般市民、UNAMID、人道援助要員に対するいかなる報復的暴力も協働あるいは個別に真剣な検討に付され相応の対応がされるということを極めて明確にする責任並びに利益があると考えます。安保理は、こうした攻撃は国際社会の舞台でスーダン政府を完全に孤立させ、更なる制裁をもたらすことを明らかにする必要があります。また我々は、こうした攻撃が国際犯罪にあたり責任者が刑事訴追の対象となりうるということを、安保理が明らかにするべきと思料します。

ローマ規程第16条に基づく手続き停止は、12ヵ月間(但し、更新可能)に限定されていますが、いったん延期されれば、以降、それを止めることは非常に困難と考えられます。我々は、安保理が延期を決定すれば、その1年後、そしてその後も1年の期間満了のたび、更新を促す大きな圧力がかかると考えられます。安保理による手続き停止は、手続き停止の延長を目指すスーダン政府がさらなる暴力の脅しを行うことを助長し、安保理が、ダルフールの非戦闘員を攻撃するという脅迫の人質化することにもつながります。スーダン政府の改善約束に基づき延期がなされた場合でも、1年後の停止更新時期に、安保理をこれとまったく同じ立場に置かれることにかわりはありません。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、手続延期が、不処罰を永続させることになりうるという現実を、安保理は認識しなければならないと考えます。

このような差し迫る現実的な問題に加え、より広範な原則問題もあります。

国際刑事裁判所の手続延期は、恐るべき残虐行為の被害者たちから、法の正義の実現を奪う危険をはらみます。よって、決定には細心の注意を払う必要があります。それに加え、現在進行中の独立した裁判手続を停止することは、ダルフールとスーダンだけに留まらぬ非常に危険な前例を作ります。国際法上最も重大な犯罪に対する法的責任を事実上取引してしまい責任追及から逃れさせるという前例を作ることで、安保理は、重大な残虐行為の責任者とみられるすべての者たちが、現在スーダン政府のように脅迫と交渉の双方を使いこなして法の支配から逃れようとすることを助長することとなります。

最後に、安保理自体の信頼性が問題になります。理事会は、捜査と訴追のためにダルフールの状況を国際刑事裁判所検察官に付託しました。2008年6月16日、検察官から、スーダンの全ての国家機関が犯罪実行のために動員されていることが明らかになったとの報告を受けた後、安保理は、スーダン政府に対して裁判所に協力するよう求める議長声明を採択しました。検察官がバシール大統領に対する逮捕状を請求したことを受けてこのプロセスを停止すれば、ダルフールの人びとに対する安保理のコミットメントだけでなく、ダルフール問題について有意義かつ一貫した政策を安保理は取っていないとの疑問を生じさせます。手続停止を拒否することは、安保理が自ら付託し捜査が何年も続いたような案件については16条適用は予定されていないという見解を支持する通説的見解とも一致するものです。

我々は、スーダン政府に、国際刑事裁判所の手続を受動的に傍観すべきと示唆するものではありません。スーダンの国内裁判所においてこの事件を訴追する真の意思があり、かつそれが可能であることを示せば、スーダン政府は、ローマ規程第19条により、状況や事件の受理許容性について争うことができます。国際刑事裁判所判事らは、スーダン政府に捜査・訴追を行う意思及び能力があるか判断する権限を有しています。しかし、当該裁判手続は、第16条に基づき捜査を停止する安保理の権限とは、まったく無関係です。

したがって、我々は、貴国政府が、最も早い適切な機会において、国際刑事裁判所の手続を停止しようとする行動に対しはっきり反対を表明するよう求めます。加えて、我々は、貴国の国連代表団が、バシール大統領やダルフールの状況の捜査の停止を求めて安保理に提案されうるすべての決議に対し、反対投票を行うよう要請します。

さらに、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、一般市民、平和維持軍または人道援助要員に対する報復に関し、安保理が、スーダン政府に対して法的義務を遵守するよう強く求めることが重要と思料いたします。スーダン政府に、集団殺害(ジェノサイド)罪、人道に対する罪、戦争犯罪に対する不処罰は拒否するという明確なメッセージを送ることが極めて重要です。

ご都合の宜しい時にお会いさせていただき、本件に関して話し合う機会を歓迎いたします。

敬具

リチャード・ディッカー
インターナショナル・ジャスティス・プログラム・ディレクター

ジョージェット・ギャグノン
アフリカ局局長

スティーヴ・クロショー
国連アドボカシー・ディレクター

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