外務省は5月に、今年の「外交青書」を刊行した。そこに、「価値の外交」という新しい理想が語られている。戦後の日本外交の3本柱は、「国連中心主義」「日米同盟」「アジア重視」だったが、これに加えて今後は、自由と民主主義、基本的人権、法の支配などの普遍的価値の実現に取り組むと言う。麻生外相は、新しい方針は「先進民主主義国として我が国の責務だ」とする。

世界中に人権蹂躙がはびこっている。罪のない市民が戦争で殺され、飢餓に苦しんでいる。たくさんの子どもが兵士にされ、数千万人が難民となっている。政府と違う意見を言っただけで拘禁されている人も多い。

これらの人々は、人権を尊重する諸外国が助けてくれることに希望をつないできた。しかし、近年、人権に関して米国の信頼性には疑いが生じている。欧州連合(EU)もその潜在力を十分に発揮していない。グローバルな指導力を欠いているのが現状であり、日本はそれを埋められるかもしれないのだ。

しかし残念ながら、人権分野での日本の活動は目立っていない。外務省は表向き、人権侵害は懸念すべきこととしているが、実際には、ほとんど声を上げない。北朝鮮への批判でも、北朝鮮国民が日常的に受けている人権侵害は、余り念頭に置いていないように見える。

日本の外交官は、ビルマ(ミャンマー)のような常に人権侵害をしている政府に対してさえも、名指しの批判を避け、二国間での「静かな外交」を採用してきた。しかし、このような戦略で成果が上がった試しがない。

日本が「価値の外交」をお題目だけに終わらせず、人権侵害に苦しむ人々の力になりたいなら、国際社会に向かって声を上げ、日本のODA(政府開発援助)大綱にある人権原則を守らなくてはならない。

日本は2004年には、危機的な人権状況にあるビルマ、ベトナム、フィリピンを含む20か国の最大の援助国だった。日本の援助は、これらの国の得ている援助総額の3分の1から半分くらいを占めており、日本が人権侵害をやめるよう求めれば影響は大きい。

ビルマの軍事政権は1000人以上の政治犯を拘禁中で、少数民族への重大な人権侵害を続けている。それでも、日本の会社は、決定的な収入源を提供して政権を助けている。

一党制のベトナムでは5月に、民主主義を求める活動家らが、反政府宣伝罪で禁固刑の判決を受けた。欧州の外交官が裁判傍聴を求め、EUは懸念を表明する声明を出したが、東京からは何の反応も見えない。

アロヨ政権下で数百人の人権活動家や左翼政党のメンバーが暗殺されているフィリピンに対しては、安倍首相が首脳会談で懸念を表明しているが、不十分だ。

「静かな外交」は人権侵害を是認しているかのように見える。日本は、援助の決定の中で、人権上の懸念を考慮し始めるべきだ。スリランカでの国連の人権監視団の設立や北朝鮮への緊急人道援助への協力も大変有益だ。北朝鮮による拉致だけでなく、世界中の拉致について語り始めるだけでも、日本が、人権を重視する新たな外交政策を始めた証しとなろう。

必要なのは目に見える行動だ。こうした行動は、人権侵害をしている国の政権からは歓迎されないかもしれないが、人権を重視している世界中の人たちの目には、英雄的なものに映るだろう。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW) アジア局 政策実現責任者 ソフィー・リチャードソン。政治学博士。中国の民主化などに関する論文もある。HRWは米国に本部がある人権組織。